第6章  1983年 – 始まりから20年後 〜 3 革の袋

文字数 943文字

                 3 革の袋


「どうぞ、鍵は開いてますから……」
 防犯カメラに映った男へ、剛志は平静を装ってそれだけを告げる。
 あの時、自分は何を思っていたか? そんなことを思い出そうとするが、意外なほど記憶に残っていなかった。ただただ家の豪華さに驚いて、急に尿意をもよおしたのだけは妙にしっかり覚えている。
 あれは、ソファーに座る前か? 
それともその後すぐだったのか? 
そんなことばかり考えながら、彼は三十六歳の剛志を記憶通りにリビングへと誘った。するとソファーに腰を下ろそうかという時に、トイレを貸してほしいと若い剛志が言い出したのだ。
その瞬間、彼は思わず反応してしまった。
 目の前で、同じことが起きている! 
そんな事実に今さらながら驚いて、つい素に戻って声まで出そうになったのだ。
それでもすぐに何でもないふうを演じてみたが、きっと少しくらい変に思ったに違いない。しかし彼はこの後、トイレであの〝岩〟を見てしまうから、どうせこんなことはすぐに忘れ去ってしまうだろう。
 そうして案の定だ。トイレから戻った剛志の印象は大きく変わって、さっきまでの緊張した感じは面白いほど消え失せる。
 ただその時、まるで予想していなかったことが一つだけあった。
 それはまさしく驚きの真実で、剛志が姿を見せると同時に否応なしに現れ出るのだ。
 ――おいおい、勘弁してくれよ。
 それはもちろん、目の前にいる剛志への感情だったが、言ってみれば同時に、過去の自分に向けてのものでもあった。
ズボンのチャックが、見事なまでに全開なのだ。
 あの時、床に飛び散った小水を拭き取って、それからもう一度窓の外を覗き込んだ。
そして、そのまま……???
 ――俺は、チャックを開けっぱなしで、あの岩を眺めていたのか……。
 そんなこととはまるで知らず、彼はそのままソファーに座る。するとより左右に広がって、ますますその奥がさらけ出された。
 ――よりにもよってブリーフかよ、それもどうして白なんだ……?
 それでいて本人は気づいていないから、それから彼は真剣な顔で、あの事件のあらましを話し始める。
声はまさしく神妙で、顔の下には真っ白なブリーフだ。
 そんな愉快な光景に、つい笑い出しそうになるのを剛志は必死に耐えたのだった。
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