第7章 2013年 プラス50 – 始まりから50年後 1 平成二十五年(13)

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第7章  2013年 プラス50 – 始まりから50年後 1 平成二十五年(13)
 その後、広瀬が言っていたように、節子の病状は悪化の一途をたどっていった。
包丁騒ぎのようなことがしょっちゅう起きて、つい手を上げそうになることが増えていく。
担当医に相談すると、そんな症状に効く薬があると言われ、剛志は藁にもすがる思いでその薬を処方してもらった。薬は本当によく効いて、節子に飲ませると劇的に大人しくなる。だからなんの疑いもないままに、彼は戻ってきた平穏な日々に心の底から感謝した。
 しかしそんなありがたい日々も、そうそう長くは続かない。
 きっと頭の片隅で、薄々感じていたと思うのだ。ところが以前の状態を恐れる余り、知らず知らずのうちに考えないようにしていたのだろう。
ふと気がつけば、節子が滅多に話さなくなっている。
話しかければ返事はあるが、そうでなければ滅多に言葉を発しない。ついこの間まで、歩き回られて困っていたはずが、あっという間に一人では満足に歩けなくなった。
 なんとも間抜けな話だが、剛志はここまでになって初めて作用の強さに気がついたのだ。
 その日から、薬の投与をすっぱりやめて、慌てて担当の医師に相談しに行く。しかし希望に沿って処方した薬で、ああだこうだ言われたって困るという答えが返った。
 確かに、十分すぎるほど大人しくはなった。
しかし今あるこの状態は、大人しいなどという表現にとどまらない、まるで人間らしさを削ぎ落とされてしまった印象なのだ。
 剛志はやりきれない気持ちのまま、節子の車椅子を押しながら帰った。
途中何度も涙が溢れ出て、やはりタクシーに乗らないでよかったと心から思う。そしてもう二度と、あの手の薬には頼らない。そう誓って、心の声だけで節子に何度も詫びたのだった。
 ところが服用をやめた後も、節子の状態は元のようには戻らない。
さらに病状も進んでいって、ある日とうとう何をどうしようと立てなくなった。その頃には一人で食事もとれないし、もちろんトイレも手取り足取りという感じだ。
こうなると当然、剛志への負担はかなり大きいものになる。
 しかし剛志はそれでも、施設へ入れようとは思わなかった。
支援サービスなどをどんどん使って、自宅で介護を続けようと決めていた。そして彼女の死を元気なまま見届けようと、剛志は心に強くそう思う。
ところがそんな願いが一瞬にして、ある日を境に吹き飛んでしまった。
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