第4章  1963年 - すべての始まり 〜 7 小柳社長(2) 

文字数 1,516文字

第4章  1963年 - すべての始まり 〜 7 小柳社長(2)
 ――どうしてだ? 俺の記憶がおかしいのか?
 それとも自分が現れたせいで……以前の世界と変化したのか?
 せめて苗字でも違っていれば、当初、共同経営者でもいたんだろうと思えばいい。
 ところが苗字も一緒で、その顔つきだって似ているところもなくはない。
 ――もしかして、兄弟がいたか?
 ふと、下の名前を聞こうと思った。ところがそれを知ったところで、もともと名前を覚えちゃいない。ただそれ以外はなんの問題もなく、ほぼ順調に製品化に向けてスタートできた。
 大急ぎで何パターンかサンプルを仕上げ、それらを抱えて売り込みをかける。あと二ヶ月で年が変わってしまうのだから、何より販売先くらいは決めておきたい。
 ただ実際、剛志は最初に売れ始めた店を知らなかった。
 それでも一向に心配などしておらず、
 ――俺が高校生だった頃の歴史は、きっとここでも、同じように繰り返されるはずだ。
 そんなふうに信じて、名の知れた百貨店すべてに電話をしまくる。そしてアポイントの取れたところから、サンプルを抱えてプレゼンして回った。
 もともと婦人服のバイヤーなのだから、なんとかなるだろうという自信はあったのだ。
 ところが行く先々で断られる。初めて目にするスカート丈に、どこの担当者も予想を超えて目を丸くした。ひどい時には、あんた、真面目に言ってるの? そんな顔つきをあからさまに見せて、老舗百貨店のバイヤーは何も言わずに席を立った。
 さらに剛志の方は、できたばかりのあまりにちっちゃな弱小だ。そんな会社との取引を、できるならしたくないという本音がどの百貨店でも見え隠れする。
そんなこんなでふた月経っても販売先は見つからない。剛志はいよいよ困り果て、一か八かで勤めていた会社に連絡を取った。
 二十年後には全国に何百と広がる小売店舗も、この頃はまだ銀座に二店舗目ができたばかりだ。
それでも知っている社員はきっといる。ただ剛志の期待する人物が、この時代でどの立場にいるかが問題だった。
 昭和五十八年には出世していて、この時代ならバイヤーくらいしてそうな人物……そんな名前を思い浮かべ、彼はドキドキしながら銀座の店に電話をかけた。するとなんとも嬉しいことに、一人目の名前を挙げたところで、
「彼なら仕入れ担当ですよ。ちょっと待ってください。今、代わりますから……」
 なんて答えがさっそく返った。ここからはまさにトントン拍子で、あっという間に商談日を迎える。そしてこれまでの苦労が嘘だったように、
「やっぱり、ここまで短いと、寒いうちは厳しいでしょうから、夏物の打ち出しの時、店の一番地で扱わせてもらいますよ」
 と言って、二十年後には事業本部長になっている男は、来年四月の納品をあっさり約束してくれる。そうしてその夜、近所の小料理屋で祝杯をあげた。
 元いた時代の小柳氏は酒好きで、打ち合わせを名目に剛志もよく付き合わされた。ところがこの時代の彼は酒が弱く、ビール二杯で顔を真っ赤にしてしまう。
たったそれだけで上機嫌になって、
「俺はね、ミニスカートに懸けたんだよ!」
 さも嬉しそうに剛志に向かって言ったのだった。
「前の会社では布帛を担当してたから、名井さんの言ってることはよくわかるんだ。売り先さえ見つかれば絶対に売れるって思うし、だからもうこっちのもんだ。いいんだよ一店舗だって。確かあの会社、最近銀座にもう一店舗つくったろ? 妙に丸っこいビルだって新聞で見たよ。つまりさ、売れちまえば、そこにだって置いてくれるだろうし、銀座の一等地で売れたとなりゃ、もう百貨店だって黙っちゃいない。だからぜったい間違いなしだ……」
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