第6章 1983年 – 始まりから20年後 〜1 髭と眼鏡と……真実と(3)
文字数 1,131文字
1 髭と眼鏡と……真実と(3)
行方不明だった社長が戻ったのか? それとも噂自体がデタラメだった?
次から次へと疑問が浮かぶが、どれもこれも現実的ではない気がする。
変わらずに、ビルはそこにあったのだ。
見覚えのある建物がそびえ立ち、社名もロゴデザインも記憶にあるそのままだ。
剛志は会社の前まで走って、荒い息のまま二十階建てのビルを見上げてみた。しかしどうにも記憶通りで、あとは中に入って確かめるしかない。だからそのまま一階にあるショールームに入っていき、その先にいる受付嬢へドキドキしながら声をかけた。
「小柳社長にお会いしたいのですが。わたし、彼の古い知り合いでして、千駄ヶ谷時代にお世話になった者だとお伝えいただければ、きっとおわかりになると思います」
さらに岩倉ではなく、名井という名を受付嬢に言づけた。
この時点で不審がられていないから、少なくとも社長は小柳というのだろう。
であれば、ここはあの会社だろうし、もしかすると意外とすぐに、小柳氏は舞い戻っていたのかもしれない。
そして案の定、彼はあっさり最上階へ上がることを許される。
それから社長室の扉が開かれるまで、剛志の期待は膨らんでいた。小柳氏は今一度チャレンジし、本来あるべき未来を取り戻していた。そんなふうに想像したが、扉が開いたその瞬間、真実はまるで違っていたと思い知る。
顔が、ぜんぜん違ったのだ。
「あなたが名井さんなんですね! いやあ、これはなんという驚きだ! ようこそおいでくださいました。さあ、そんなところにいらっしゃらないで、どうぞどうぞ、こちらにかけてください。今、お茶を出させますから……」
そこまで一気に口にして、
「いや、お茶はやめましょう! もし、お時間があるなら出ませんか? いや、なくても是非、今日はわたしに付き合ってください」
さらにそう言ってから、男はデスクに置かれた受話器を手にする。すると待ち構えていたように相手がすぐに出たらしく、
「お客様と外出するから、駐車場に車を一台回してくれ」
視線は剛志に向けたまま、社長であろう男はそんなことを口にした。
もちろん時間はいくらでもあったし、何よりちゃんとした真相を知りたかった。
だから言われるままに頷いていると、それから十分足らずで、いかにも高級そうな小料理屋に連れて行かれる。好き嫌いはないかと問われて、特にないと答えたところで和室の襖がスッと開いた。現れたのは板前らしき老年の男で、聞けばこの店の主人だという。
きっと、よほどの上客なのだ。そんな印象をたっぷり見せて、二人のやりとりがササッと終わった。ビールの注文と、あとは「いつもの感じで……」と口にして、彼は真剣な顔を剛志へ向ける。
行方不明だった社長が戻ったのか? それとも噂自体がデタラメだった?
次から次へと疑問が浮かぶが、どれもこれも現実的ではない気がする。
変わらずに、ビルはそこにあったのだ。
見覚えのある建物がそびえ立ち、社名もロゴデザインも記憶にあるそのままだ。
剛志は会社の前まで走って、荒い息のまま二十階建てのビルを見上げてみた。しかしどうにも記憶通りで、あとは中に入って確かめるしかない。だからそのまま一階にあるショールームに入っていき、その先にいる受付嬢へドキドキしながら声をかけた。
「小柳社長にお会いしたいのですが。わたし、彼の古い知り合いでして、千駄ヶ谷時代にお世話になった者だとお伝えいただければ、きっとおわかりになると思います」
さらに岩倉ではなく、名井という名を受付嬢に言づけた。
この時点で不審がられていないから、少なくとも社長は小柳というのだろう。
であれば、ここはあの会社だろうし、もしかすると意外とすぐに、小柳氏は舞い戻っていたのかもしれない。
そして案の定、彼はあっさり最上階へ上がることを許される。
それから社長室の扉が開かれるまで、剛志の期待は膨らんでいた。小柳氏は今一度チャレンジし、本来あるべき未来を取り戻していた。そんなふうに想像したが、扉が開いたその瞬間、真実はまるで違っていたと思い知る。
顔が、ぜんぜん違ったのだ。
「あなたが名井さんなんですね! いやあ、これはなんという驚きだ! ようこそおいでくださいました。さあ、そんなところにいらっしゃらないで、どうぞどうぞ、こちらにかけてください。今、お茶を出させますから……」
そこまで一気に口にして、
「いや、お茶はやめましょう! もし、お時間があるなら出ませんか? いや、なくても是非、今日はわたしに付き合ってください」
さらにそう言ってから、男はデスクに置かれた受話器を手にする。すると待ち構えていたように相手がすぐに出たらしく、
「お客様と外出するから、駐車場に車を一台回してくれ」
視線は剛志に向けたまま、社長であろう男はそんなことを口にした。
もちろん時間はいくらでもあったし、何よりちゃんとした真相を知りたかった。
だから言われるままに頷いていると、それから十分足らずで、いかにも高級そうな小料理屋に連れて行かれる。好き嫌いはないかと問われて、特にないと答えたところで和室の襖がスッと開いた。現れたのは板前らしき老年の男で、聞けばこの店の主人だという。
きっと、よほどの上客なのだ。そんな印象をたっぷり見せて、二人のやりとりがササッと終わった。ビールの注文と、あとは「いつもの感じで……」と口にして、彼は真剣な顔を剛志へ向ける。