第4章  1963年 プラスマイナス0 - すべての始まり 〜 1(2) 

文字数 590文字

            1 昭和三十八年 三月十日



「おい、そこで何をしている!?」
 振り返れば入り口に警官が二人、一人はすでに飛びかかろうという体勢だ。
 この瞬間、剛志の判断は早かった。数字の横にある突起を思いっきり叩き、そのまま出口に向かって飛び出したのだ。
 警官一人は階段から転げ落ち、もう一人は剛志とぶつかり何やら大声をあげていた。
 ただ少なくとも、あれが消え去った時には外だったろうし、たとえまだ中にいたとして、気にしている余裕はもちろんない。
 ちらっと後ろを振り返ったが、あったはずの入り口が消えていた。だから動き出したのは間違いないし、後はただただ逃げるだけだ。
 ところがそこは庭園じゃない。広場のような空間から外はまさに自然のままだった。
 木々の中へ走り込んですぐに、剛志は足を何かに取られ、そのままダイブするように倒れ込んでしまった。
 逃げられない! そんな覚悟を瞬時に思い、彼はとっさに腕を伸ばした。木の根の間に手を突っ込んで、心の底から願うのだった。
 ――頼む! お願いだから見つからないでくれ!
 次の瞬間、そんな心の声を押しつぶすように、背中に何かがドシンと乗った。
 途端に息ができなくなる。
「確保!」
 そんな大声が耳に届いて、彼は薄れゆく意識で微かに思った。
 ――腕時計は智子が持っている。だからきっと、大丈夫だ……。
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