第3章  1983年 – 始まりから20年後……4 十六歳の少女(5)

文字数 1,315文字

               4 十六歳の少女(5)


 雑誌などの裏表紙には、編集人やら発行人と一緒に発行年月日も記載される。
 知っている雑誌のそんなのを見れば、きっと智子も信じるだろう。そう思った通りに、彼女は今ある現実をすぐ受け入れた。
 それでも二十年という年月だ。十六年しか生きていない智子にとって、それはあまりに長くて突飛な時間だったろう。
「二十年……」
 再び、そう呟いたと思ったら、手にあった雑誌をいきなり顔にあてがった。
 その手がみるみる震え出し、すぐに小さな嗚咽を漏らし始める。これには剛志も大慌てだ。店を出てからにすべきだったと思ったところで、今となっては遅すぎる。
慌てて彼女の肩に手を置いて、
「智子ちゃん……」
 この日初めて、もちろん二十年ぶりに彼女を名前で呼んだのだ。
 すると途端に、智子の嗚咽がピタッと止んだ。懸命に堪える様子を見せて、ジッと動かず数秒間が経過する。やがて智子の顔から雑誌が離れ……、
「もう、大丈夫です……ごめんなさい」
 そう言いながら、必死に作った笑顔を剛志に向けた。
 それから剛志は、夕食用に握り飯とカップラーメンを少し多めに購入する。駅に戻ってタクシーを拾えば、二十分ちょっとで自宅マンションのはずだった。
 ところがコンビニを出てすぐに、智子がコソッと言ってくるのだ。
「あの……ご不浄って、この辺にありますか?」
 この時、この〝ご不浄〟を理解するのに、ひと呼吸ほどの時間がかる。それでもなんとかトイレのことだと思い出し、再び智子を連れてコンビニの中に入っていった。
 思えばずっと、智子はトイレに行っていなかった。そしてふと……、
 ――もし、洋式だったら、智子は用を足せるだろうか?
 そんなことが気になって、確認すべきだったと後悔しながら店を出る。
「おい、ロリータ野郎」
 そんな声が聞こえたのは、店を出てから一秒経ったかどうかだろう。
そこで初めて、そう広くない道の反対側に、三人の男たちが座り込んでいるのを彼は知った。三人が三人とも煙草をくわえて、それぞれ別々のアルコール飲料を手にしている。
 一目でガラの悪い連中だとわかるのだ。きっと暇に任せて宴会でもしていたか、空になった瓶や缶やらが所狭しと転がっている。
 ――こいつら、ずっとここで飲んでたのか……。
 となればきっと、店内にいる智子のことも知っている。
 ――だからロリータ野郎、になるわけか……。
 と、そこまでささっと考えて、剛志は慌てて視線を外した。それから何事もなかったように、三人から背を向けコンビニ店内へ目を向ける。
 ところがそんな剛志を、彼らはそう簡単には解放しない。
「おいおい、無視すんじゃねえよ、ジジイ!」
 さっきよりいくぶんすごみを増して、そんな言葉が投げかけられた。
 ジジイ? 俺はそんなに年寄りじゃない! スッとそんな言葉が思い浮かぶが、そう返してしまえば、タダでは済まないのは火を見るより明らかだ。
 だからとことん無視を決め込み、出てきた智子とさっさとこの場から引き揚げよう。そう思っていたのに、そんな希望はあっという間に消え去ってしまった。
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