終章  2017年 – 始まりから54年後 〜 平成二十九年三月十日(3)

文字数 1,029文字

 平成二十九年三月十日(3)



 後は硬直している節子を運んで、パネルの数字をほんのちょっといじればいい。
 それから節子を運ぶのに、想像した以上に時間がかかった。それでも暗くはなっていないし、幸い今日という日はよく晴れ渡り、この時期にしてはずいぶんと暖かい。
 そうして残る不安要素は、明らかに一人乗りだろうこのマシンに二人が乗って、これまで通りちゃんと運んでくれるかだった。ただどうであろうと、もう残された道はこれしかないのだ。
 剛志は今一度、パネルの数字を確認する。
 〝00000100〟
 未来へ向かうのだから、数字の色はそのままだ。
「智子、今度こそ二人で、オリンピックを一緒に見ような……」
 そんな呟きを声にしながら、
 ――エーゲ海に沈む夕陽も、俺は忘れてないからな。
 タイムマシンを思ってしまえば、飛行機が怖いだなんて、感じる方がおかしいだろう。
 そんな思念が浮かび上がって、彼が前方に腕を伸ばした時だった。
 まるで蜂に刺されたような、チクッという痛みがみぞおちに走った。
 それでも大騒ぎするような刺激ではない。だからすぐに治まるだろうと、背筋を伸ばして深呼吸を繰り返すのだ。
 ところが一向に収まらず、それどころか痛みはどんどん増してくる。一分もしないうちに、締めつけられるような激痛が胸元辺りにまで広がった。
 ――おい、頼む……どうして、今なんだよ!?
 そう思った途端だ。
 ドスンと、まるで殴られたような衝撃が走った。
 彼はその場にしゃがみ込み、苦痛に顔を歪ませ、天を仰ぐ。
「くそっ……」
 思わずそんな声が出て、そばにいる智子へ目を向けた。ほんの数秒、そのまま顔を見つめてから、全身に力を込めて剛志は懸命に立ち上がる。
 それから前方へ手を伸ばし、光を放っている膨らみを力いっぱい押し込んだのだ。
 するとすぐ、室内が眩い光に包まれ、そんな中ほんの少し笑みを見せ、剛志は必死に出口に向かった。
 そうしてなんとか室内から出て、階段三段目に足を掛けた時だ。
 地表へ続いていた階段が、いきなり平坦なスロープに変わった。途端に足は支えを失い、勢いよく地面に向かって滑り落ちてしまう。
 ドシン! そんな衝撃を全身に感じて、それでも意識はちゃんとあった。
 ただ、目には何も映らず、上を向いているのか下向きなのか? 
 それさえもわからないまま剛志は確かに聞いたのだ。
 ブーンという機械音が微かに響き……、
 大昔のエレベーターに乗っている……。
 まるで、遠い記憶の中にいた。
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