第157話「黒鉄の事情」
文字数 2,457文字
《春の闇》
林に紛れ込んだ夜叉丸は、一切の気配が感じられないカルラを見失う訳には行かなかった―――
しかし、勝機を見出せない状況で無闇に手を出すのは得策ではない
木の上で機会を伺うしかなかったが···
カルラは夜叉丸を探すどころか一切微動だにしなかった
その時――――――
こちらを向くわけでも無くカルラは独り言の様に呟いた
いい加減イラついて来たカルラは、手に持っている夜叉丸の刀をゆっくりと振り上げた
次の瞬間――――――
夜叉丸が身を潜めていた木々達は轟音と共に薙ぎ倒され、ついさっきまで鬱蒼としていたはずの林が今では見る影もなくなっていた
それにより、夜叉丸は強制的に身を晒される羽目となる
―――その上、カルラの放った斬閃の速さは肉眼で認識する事が出来ず、危うく夜叉丸もろとも斬り裂かれる所だったのである
その時叫んだのはホシ猫だった
動体視力の良さと野生の勘がカルラの気配を察知したのである
ホシ猫の声に即座に反応した夜叉丸は、体勢を崩しながらも自身の血の刀で背を守るよう身構えた―――その時、
背後に激しい衝撃と、刀同士がぶつかる金属音が春の闇に響き渡ったのだった
ザワザワザワ―――――――
春の闇の桜の木の影には、無数の鬼たちが身を潜めてこちらを伺っていた
今にも飛び掛かって来そうな荒い息遣いは、早く人が喰いたくて堪らないのだろう
黒鉄はそう言うと、颯爽と走り去ってしまった
そして、黒鉄が去り···
レイが一人になったのを見計らったかのように、身を潜めていた鬼達が一斉に飛び出した――――!
周りを確認するわけでもなく、そう呟いたレイは刀(エビ)を鞘にしまった後、鯉口を切り、姿勢を低く刀の柄に手をかけた
そのとき静かな風が何処からともなく吹き始め、散り続ける桜の花びらがレイの周りで渦を巻く―――――
それは一瞬の出来事だった――――
刀身が鞘から抜けた刹那、右手一本で真一文字に払うように一閃
そのまま上から来る鬼へ向けて斬り上げ、両手で持ち直して、斬り下ろす抜刀術だ
初め静かに抜かれた刀(エビ)は、急加速し、最後は疾風のごとき速さで敵を切り付ける技である
一斉に襲いかかって行った鬼達は、まるで時間が止まったかのように一瞬動きを止め、その直後、バラバラに斬り刻まれた肉片は血飛沫と共に地面に降り注ぐ事となった―――――
レイの放った剣技「抜刀術 疾風雲耀」(ばっとうじゅつ しっぷううんよう)は一之太刀を疑わない、一刀に全てを掛ける剣技であるため威力は相当なものである
その上、刀(エビ)には梵字が刻まれている為、死にきれない鬼の場合には直後に来る地獄の苦しみの方が苛烈(かれつ)だ
威力の高い剣技は外しやすいデメリットがあるが、今のレイには黒鉄の「天眼通」があるため鬼達の行動を先読みする事が出来、威力を最大限に引き出すことが可能だった
そう返事をすると、レイは両手で印を組む―――――
レイが真言を唱えたその時―――――
レイを中心とした位置から、足元に結界円陣が急速に広がり、さらに領域を広げていく結界は半径5キロ程度まで達していた