第201話「桐生蒼羽の過去④」

文字数 3,049文字






        ―AM10時50分―

     

              《桐生家―茶の間》

羅刹にとって、桐生蒼羽との契約交渉は地獄から這い上がる為の唯一の手段だった―――――
····とにかく地獄から抜け出したい羅刹は、この契約交渉が破綻されないようにしなければならない
···········
···人と百鬼の契約って、地獄からも這い上がれる程の誓約力があるってこと?
··そうだ

この契約は絶対だ

だがこの事が閻魔に知れたら羅刹は拷問の上、消滅されるだろう
っ!!
地獄には地獄のルールと言う名の規律がある
一度地獄へ堕ちた者が地上へ上がる事は二度と無い――――
····だからこそ、獄卒が存在するのだからな
····なるほど、だから閻魔様が激怒なさったのですね···
ええ···、まさか獄卒が脱獄するとは考えもしなかったのでしょう
気が遠くなるほど長い期間の刑罰、そんな苦しみからようやく開放されたと言うのにまたやらかすとは思わないわよね――――
そう···

だからこそ羅刹は焦っていた

しかし、確実に桐生蒼羽との契約を完了させるために桐生蒼羽にとって好条件を掲示したんだ
····好条件?

あんなものが――――?

·····結果的には最悪な結果になってはいるが、それは羅刹が契約内容を無視し制約を守らなかったが故だ
契約違反にペナルティは存在しないのですか····?
····そうですね、契約内容を完全に無視すればペナルティはあるでしょう――――――
ですが、羅刹は肝心な部分だけは約束を守っているのです
····もしかして

神楽さんの寿命?

············

ああ、その通りだ

·····元々、彼女の寿命は余命1年程度だった――――
だが実際は、遊馬さんが17歳になるまで生き長らえていた····、病院のベッドの上だったがな
·············



····それで約束を守ったと言えるのだろうか?

舞香さんの命を奪い、遊馬さんの半生をめちゃくちゃにし、結局は桐生蒼羽さんすらも羅刹のせいで亡くなっていると言うのに―――――


それは等価交換とは到底呼べるものでは無いことに···心底腹が立って仕方がなかった



····羅刹は表向き、桐生蒼羽にとって都合のいい話をふっかけた
そ、それはどのような――――
羅刹が最も望んでいたものは地獄から這い上がる事です···
その為には何としても契約をさせる必要がある――――――
····まさか、羅刹の等価交換は地獄から這い上がる事····?
····ああ、ただそれだけだ
·····なんですかそれ
桐生蒼羽からすれば、これ程に美味しい話は無かったでしょう···何も犠牲にならないのだから
····そうでしょうね、契約さえしてしまえば羅刹は地獄から這い上がる事が出来、桐生蒼羽は奥様の命を救える
····だが相手はあの羅刹です
地獄から這い上がってしまえばこちらのモノ、後は人を苦しめて殺すと言う娯楽を楽しみつつ生きるだけですから
····本当に最低な奴だわ
そうして、騙されていることに気付く事すら出来なかった桐生蒼羽は、羅刹との契約を完了させてしまった
····まさかその後、羅刹が桐生蒼羽の子供達に「生贄の烙印」の呪いをかけるとも知らずに―――――
············
····でも、桐生蒼羽はすでに子供達への愛情なんて無かったのでしょう?だったら、その「生贄の烙印」を子供達が受けていたって―――――
··············
····彼は本来優しい性格の持ち主だ。周りの環境や妻への執着心によって闇落ちしてはいたけどな
····昔

その話を父から聞かされた時、桐生蒼羽は···派閥のあった櫻井家に頼った可能性があると言っていました

·····そうですね

彼はとても後悔していました

人と百鬼の契約交渉など本来ならば自分の能力よりも遥かに高いモノとは行ってはならないのだから
············
大体、そんなにうまい話がある筈もなく。獄卒だと判明した時点で交渉はしてはならなかった
····まぁ、こればかりは桐生蒼羽の判断ミスによるものです
····全ては妻の命を救いたかった、と言う事ですね
ええ···

色々な運命の歯車が噛み合ってしまったのでしょう

···············
じゃあ···、舞香さんが殺されてしまうなんて予想もしていなかったのね
·····桐生蒼羽は羅刹との交渉後、突然舞香さんが亡くなったと連絡を受けたんだ―――――
その日は兄である遊馬さんと共に伊吹神楽の母である祖母の実家へ、叔父の悠人(ハルト)さんと遊びに行っていた
とても良く晴れた日だった。入道雲が鮮明に見えていて、青空がどこまでも続いていた夏休みのとある日――――
··············
祖母の実家の裏山にある美しい小川、そこで子供達を遊ばせようとハルトさんが連れて来ていた
その日の川はとても穏やかで、キラキラと輝く水面の下では小魚が気持ち良さそうに泳いでいる――――
舞香さんは大人しい性格で、兄の遊馬さんとハルトさんの言う事をちゃんと聞いてから行動をする子だった
穏やかでも川は危ないから一人で行動してはいけないと言われていた舞香さんは、近くの岩に座って美しい川を眺めていた――――
なんていい子なの····
···その時は、遊馬さんが釣りをしたいと言い出し納屋に行こうとしていた為、ハルトさんが場所を教えるために一緒に付いて行ってしまっていた
っ!!
そして、急いで舞香さんの元へ戻ろうと走っていた遊馬さんが目の当たりにしたもの――――――
····川岸の砂利の上で、背を向けて立往生している舞香さんの姿だった
どうしたのかと遊馬さんが訪ねようとしたその時、こちらを振り向いた舞香さんの顔は恐怖に歪み、真っ青になっている――――
····その異様な光景に、遊馬さんはふと舞香さんの足元を見たんだ
·············
舞香さんの両足首は、青白い人の手に食込まんばかりに握られていた
っ!!!
そしてその青白い人の手は、川の中から延び出ているようだった
遊馬さんは瞬間的に、このまま川に引き摺り込まれてしまう気がして必死で舞香さんの手を取ろうと走った
··········
だが、それを悟ったかのように白い手は舞香さんの足を急に引っ張り、そのまま川へと舞香さんを引き摺り込んだんだ―――――

追い付く事が出来ない遊馬さんは妹を助けようとそのまま川へ飛び込む勢いだったが····

後から追い付いたハルトさんに止められてしまう――――
····ハルトさんとて苦渋の決断だった。このままでは遊馬さんすらも失うであろう事を直感していたのだから
·········
遊馬さんは、舞香さんが兄に助けを求めながら溺れて行く様をただ見ている事しか出来なかった···
·····何と言う事なの――――
それ以降、その日の出来事が遊馬さんのトラウマとなるのは当然のことだった――――
それと同時にハルトさんにとっても同じだ····
――――いや、

むしろハルトさんには見えていた

な、何をですか?
····舞香さんが川へ引き摺られた時、川の中から無数の青白く伸びた人の手が、子供達二人を取り囲んでいた光景を―――――
っ!!!
······「生贄の烙印」

なるほど···、全ての百鬼に命を狙われるって事か―――――

ああ、まったく――――

とんでもない超級百鬼を人の世に送り出したものだよ

クソ野郎すぎて反吐が出ますね!!
そ、それで····

桐生蒼羽は舞香さんが亡くなった事を聞かされてどう思ったのかな··

············







続く

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登場人物紹介

名前 姫城 いろは(ひめぎいろは)

年齢 20歳

職業 大学生


都内ではあるが、県境で沿岸にある集落出身。その集落には毎年行われる豊年祭があるが今年は何故かその豊年祭にいろはが招待を受ける····

名前 姫城 花梨(ひめぎかりん)

年齢 20歳

職業 大学生


いろはの従姉妹

いろはのご近所に住んでいて、小さい頃から姉妹のように育ってきた。いろはにとって大切な存在。

名前 夜叉丸(やしゃまる)

年齢 不明

職業 不明


謎だらけの青年

名前 ホシ猫

年齢 不明

種類 妖怪


妖猫『仙狸(センリ)』人型バージョン

化け猫の類い。人の精気を喰らう必要があるため、死にたくても死ねない夜叉丸の側で精気を拝借している。

名前 黒鉄(くろがね) 

年齢 656歳

種類 妖怪


妖怪『猫又』の人型バージョン

巷では有名な超級百鬼。飼い主の「黒崎陵」とは600年前の記憶を共有しており、唯一無二の存在。当時の二人の事情は『百鬼夜行』に記されている。

名前 黒崎 陵(くろさきりょう)

年齢 60歳

職業 「黒猫マート」の店長


黒鉄の飼い主

24Hコンビニ「黒猫マート」の店長で、黒鉄の飼い主。迷い猫を保護し育てている。黒鉄とは600年前の記憶を共有しているため、黒鉄からは昔の名前「佐助」で呼ばれている。

名前 如月 歩夢(きさらぎあゆむ)

年齢 20歳

職業 大学生


いろはの元彼

いろはと同じ大学に通う元恋人。色々あったが結局は今でもいろはの事を引きずっている。

名前 佐伯 怜奈(さえきれな)

年齢 21歳

職業 大学生


いろはの元親友

昔はいろはと仲が良かったらしいが、いろはへの嫉妬心が強いため何かと嫌がらせをしてくる性悪女。

名前 新羅 咲哉(しんらさくや)

年齢 20歳

職業 大学生


如月 歩夢の友人

掴み所のない性格だが、何故か女の子からはモテる。たまに闇が垣間見える事があるため歩夢は少し警戒している。

名前 宮琵 曄子(きゅうびようこ)

年齢 ???

種類 妖怪


妖怪『九尾の狐』の人型バージョン

狐の姿になる事は殆んど無い。

大昔に人から命を救われている為、人を襲わず同族を食糧としている。大食間であり、その力は脅威と言われている。

名前 北条 莉桜(ほうじょうりお)

年齢 25歳

職業 図書館勤務(公務員)


温厚で優しい口調が相手に好印象を与えているが、実際は周りの事や人に興味がなく、相手がどう感じようと全く構わないタイプ。だがやっぱり優しいのでモテている。

名前 伊吹 逢馬(いぶきおうま)

年齢 24歳

職業 祓い屋&心理学者


両親が極度な霊感体質であり、自らも見事に受け継いだ為、祓い屋家業を営んでいる。大学では心理学を専攻していたのでたまに心理学者としての仕事もしつつ生計を立てている。未だに独身。

名前 十朱 真那(とあけまな)

年齢 24歳

職業 管理栄養士&イタコ


本業は管理栄養士だが、今では貴重な存在である「イタコ」の後継者。本人はイタコであることが嫌な為、実家を継ぐのを放棄して伊吹家に居候している。その代わりに逢馬の仕事を手伝わされて結局イタコをやる羽目になっている。

名前 比企 夜叉丸(ひがやしゃまる)

年齢 10歳

職業 人斬り一家


約700年前、まだ人だった頃の夜叉丸。

親に捨てられ死ぬ間際に比企家の頭首である藤治(とうじ)に拾われ、人斬りとして育て上げられる。

名前 比企 藤治(ひがとうじ)

年齢 32歳

職業 人斬り一家


約700年前、死にかけていた夜叉丸を拾って人斬りとして育て上げるオッサン。

比企家の頭首にして凄腕の剣客。

名前 比企 氷月(ひがひづき)

年齢 10歳

職業 比企家の家事全般


比企家頭首である藤治の娘。

母親は既に他界しており、比企家に住む男共の面倒や家事など全てを担っている。

名前 比企 白夜(ひがびゃくや)

年齢 25歳

職業 人斬り一家


人斬り一家のリーダー的存在。比企家に住んでおり、戦では100人斬りを達成している剣客。左目は損傷し隻眼となっている。

名前 坂本 瑠迦(さかもとるか)

年齢 24歳

職業 調理師


いろはのバイト先である、古民家カフェのマスター。最初はせっかちで強引なイメージだったが、実は優しくて空気の読める爽やかなイケメン。野菜作りが趣味で自家製野菜を店で提供している。

名前 廃炉(はいろ)

あだ名 タマネギ

年齢 不詳

職業 カルラ様の側近


鬼族の頂点であるカルラの側近。真面目で忠実な性格だが、人をおちょくった様な一面があり、いつもカルラに消されそうになっている。あだ名の由来はその性格がタマネギ部隊に似ているためだと言われている。

名前 廃炉(はいろ)

あだ名 タマネギ

etc


廃炉の人型バージョン。趣味が中々良いためイケメンになるが、その性格は変わらない。

名前 迦楼羅(かるら)

年齢 不詳

職業 鬼族の長


全ての鬼をまとめる鬼族と言う貴族の頂点。しかし自分の一族である鬼族にも殆んど興味がないため、鬼狩りに仲間を狩られても面倒くさい程度にしか思っていない。取り巻きにどやされて仕方なく鬼狩りを追い払っている。

名前 姫城 奈瑞菜(ひめぎなずな)

年齢 23歳

職業 料理人


200年程前の時代の中、カルラと出会う女料理人。見た目はとても可憐たが過去の経緯から極度の男性不信。しかし惚れっぽいため、いつも簡単に騙されてしまうようなちょと残念な女性。

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