第202話「桐生蒼羽の過去⑤」

文字数 3,853文字





        ―AM10時40分―


            《桐生家―茶の間》

娘の舞香さんが亡くなったと知らせを受けた桐生蒼羽は、瞬間的に頭の中が真っ白になった―――――
···羅刹と契約を交わしてすぐにこんな事態が起こるなど、どう考えても偶然ではあり得ないと思ったからだ
····羅刹がリスクを冒してでも人の世に戻りたかった理由がそんな事の為だったなんて―――――
····呆れて言葉も無いわ
ああ····

桐生蒼羽とて、まさかと思っていただろうな――――

さっそく裏切り行為に出るなどとは···、人と百鬼の契約を軽んじているのかと····
でも···、舞香さんの死が事故だと言う可能性も考えられたんじゃ···
桐生蒼羽は桐生家の長男だ。覚醒していないとは言え、娘の身に起きた違和感とドス黒い何かを感じ取らずにはいられなかっただろう
····じゃあ遊馬さんにかけられている呪いにも?
·····ええ
病院の遺体安置室には、先に遊馬さんとハルトさんが来ていて、遊馬さんは泣きすがるように妹に寄り添っていた
その光景を目の当たりにした桐生蒼羽は、悲しみに暮れる遊馬さんの元へズカズカと近寄ると、勢いよく服をめくり上げ何かを確認したんだ―――
自分の娘が亡くなっている上に、それを悲しむ息子に対して何て態度なの····!優しい言葉の一つもかけられないなんて!
·········

(まだ小学生なのに····)

··············
そうだな···

本当に誤解されやすい男だと思うよ

っ?!
·····?
桐生蒼羽は、舞香さんが亡くなった理由に羅刹が関係しているのだと感じていた
だからこそ、生きている遊馬さんの体には呪いが無いか確認せずにはいられなかったんだ···
···········

····そして、その後に舞香さんの遺体も確認して全ては確信に変わる

····やはり、自分の所為で娘が犠牲になってしまったのだと―――――
············
だが遊馬さんは、舞香さんが亡くなったのを自分のせいだと感じていたため、妹の亡き骸にすがりながら何度も謝っていたんだ····
····そんな遊馬さんの姿をただただ見ていた桐生蒼羽に、ハルトさんは声をかけた―――――



「姉さんが命を懸けて産んだ愛しい子供達より、薄命な姉さんの命の方がよほど重かったんですか――――?」




っっ!!!!!
····勿論、どのような命も天秤にかけることなど出来はしない。そんな事はハルトさんとて分かっていながらも言わずにはいられなかった
····普段朗らかな性格のハルトさんから出ているとは思えない程の無感情な声色は、桐生蒼羽をさらに責め立てていた
そうして、暫くうつむき、肩を震わせていた桐生蒼羽は何も言わずに病院から飛び出して行ってしまったんだ
···桐生蒼羽が向かった先って―――――
·····桐生蒼羽は、遊馬さんにもかけられた生贄の呪いを解くよう直談判するために羅刹の元へ向かっていた
···········
だが、実際に会ってみた羅刹のおぞましさは尋常では無かった
そこでようやく、覚醒前の桐生蒼羽がどうこう出来る相手では無い事に気づかされる事になる――――
ま、まさかその時に桐生蒼羽は殺され―――――
·····いや、その時はもはや直談判など出来るような領域の話では無く、何とかその場から逃げ出す事だけを考えなければならなかった
···全ては遊馬さんのために―――

自分はまだ死ねないと感じていた

····なんと
そんな情けない桐生蒼羽の姿を見ていた羅刹は、彼を見下しながらゲラゲラと笑い転げていた
·····それほどに、力の差が歴然な相手と契約を交わしてしまったと言う事だ―――――
·············
羅刹は人を苦しめてから殺すのが生き甲斐なゲス野郎だ――――
だからその日は、敢えて桐生蒼羽を殺さずに生かして帰したのだろう
ただの気まぐれだったと·····
·····だが、羅刹はその余裕のせいで結果的には消滅される最後を迎えることになる
そ、それって····
·····桐生蒼羽は、桐生家にとって相容れない相手である櫻井家に助けを求めたんだ
っ!!!!
····このような事態になってしまってはもう桐生蒼羽の手には負えない
かと言って、半ば逃げ出すように家を出てしまった実家に助けを求める事など到底出来なかった
····やはり桐生蒼羽は櫻井家に来ていたのですね―――――
ええ···

当時、櫻井家の当主は遊馬さんの妻である櫻井蓮さんのお父上だった

昔、真那さんから当時の櫻井家ご当主様の能力は創立者様と同じくらいだと聞いたことがあったわ····
·····櫻井家のご当主はとても優しい方で、突然押し掛けてきた桐生蒼羽に対しても誠実な対応をしてくれた
······流石は掌慶さまです
そして、桐生蒼羽の話を真摯に受け止めた櫻井家当主の考えにより、桐生蒼羽は少しの間保護される事となった
····その日から5日ほど過ぎた頃の事だ
櫻井家は当主が統べる本堂(寺)と、将来息子が任される本殿(神社)があるが―――――
はい!櫻井家は神仏混淆(しんぶつこんこう)なのです!
その莫大な敷地には入ってはいけない領域がある
っ!!!

(····そんな事までご存知とは)

鬱蒼と生い茂る草木の奥に背の高い柵が立っており、そこには柵の扉が設けてあるのだが―――――
その扉には封印の真言がかけられていて、誰も行き来が出来ないようになっていた
····あの扉の向こうは鬼門と繫がっていると聞いたことがあります
そう···

陰の気が強い場所ゆえ、本来なら誰も近づく事すら出来ないはずだった

だが、霊力が強いため陰の気に触れても平気だった者がいた
っ!!
····それが櫻井蓮さん、遊馬さんの妻でありオーマの母親だ
彼女は自らを落ちこぼれだと感じていたようだが、実際は兄とは変わらない強さを持っていたんだ
···········
当時、遊馬さんと同じ年だったレンさんは陰の気が気にならない為に、誤って扉の側まで行ってしまっていた
そして、扉に近付き過ぎた彼女は無意識の内にその扉に手をかけ、鬼門に誘い込まれそうになった―――――
····のだが、その時たまたま桐生蒼羽が庭を散歩していたんだ
っ!!
それを目撃した桐生蒼羽は、焦ったように櫻井蓮さんの元へと駆け寄り、抱き抱えてその場を離れた
陰の気に触れてしまった桐生蒼羽は、蓮さんを抱えたまま何とか本堂のある場所へと移動したが、そのまま倒れてしまう
床に臥してしまった桐生蒼羽は、娘が無惨に殺される夢を何度も何度も繰り返し見せられていた――――――
自分の娘を犠牲にしてしまった罪悪感から、何としてでも櫻井蓮さんを救いたかった····
····そんな桐生蒼羽の心内を感じ取ったのか、櫻井家当主は遊馬さんを助ける為に一つの案を掲示した



「私の娘と貴方の息子さんは同じ年のようですね―――」


「····それが何でしょうか···?」


「今回、レンを救って下さった恩もありますので、貴方の息子さんを救う為に私も協力致します」


「ほ、本当ですか?!」


「·····ええ」


「···ですので、この先レンを貴方の息子さんに出会わせましょう」


「····えっ?!」


「そして···二人が出会った時、もしもレンが貴方の息子さんを救いたいと願ったのならば、己の命を懸けてでも守り抜き、全てを解決させると断言致します」


「··ちょっ、と待って下さい···!」


「···はい?」


「そ、それって···もし、レンさんがアスマを拒否した場合はどうなるんですか?!」


「·····そうですね」


「残念ながら、貴方の息子さんにはレンを魅了する程の実力は無かったものと諦らめて貰いましょう(ニッコリ)」


「そ、そんな···、お見合いじゃないんだから――――」


「···蒼羽さん、貴方の息子さんはそんなに残念な性格なのですか?(見た目も)」


「····は?!」


「自身が無さそうだったのでねぇ··」


「アッ、アスマは俺なんかよりも余程出来た子供ですよ!!優しく!妹思いで!顔だって俺に似て―――――」


「···フフ」


「っ?!」


「いや、失礼しました。貴方はそもそも自分の子供達に興味がなかった故、このような事態に陥っていると仰っていたものですから····」


「···········」


「貴方にとって、奥様の存在が大きすぎただけで子供達の事もちゃんと愛していたのではないでしょうか」


「···い、今更···俺にそんな事を言う資格など···」


「·········」


「···取り敢えず分かりました」


「···レンはね、とても優しい子なんです。困っている人を放っておけるような人間ではありません··。とは言え誰彼構わず助けるような人間にも育てた覚えはないんですけど」


「··········」


「アスマを···、どうか宜しくお願いします·····!」


「···全てはレンの判断にかかっておりますが、レンと貴方の息子さんが出会うまでの間は十二天将のうちの一、「天空」に然りげ無く守らせましょう」


「あっ、有難うございます!!」


「···しかし天空は、息子さんの元凶を何とかする事など出来ませんのでその辺はご了承下さい」


「····分かりました」


「因みに、天空はレンタルした場合、1日30000円ほどかかる程の百鬼である事もお伝えしておきますね(ニッコリ)」


「······ほ、本当に申し訳ありません」


「それでは、貴方は貴方のやるべき事をおやりなさい――――」


「ご武運を――――」



······こうして、遊馬さんと蓮さんは出会うことになったんだ








続く

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登場人物紹介

名前 姫城 いろは(ひめぎいろは)

年齢 20歳

職業 大学生


都内ではあるが、県境で沿岸にある集落出身。その集落には毎年行われる豊年祭があるが今年は何故かその豊年祭にいろはが招待を受ける····

名前 姫城 花梨(ひめぎかりん)

年齢 20歳

職業 大学生


いろはの従姉妹

いろはのご近所に住んでいて、小さい頃から姉妹のように育ってきた。いろはにとって大切な存在。

名前 夜叉丸(やしゃまる)

年齢 不明

職業 不明


謎だらけの青年

名前 ホシ猫

年齢 不明

種類 妖怪


妖猫『仙狸(センリ)』人型バージョン

化け猫の類い。人の精気を喰らう必要があるため、死にたくても死ねない夜叉丸の側で精気を拝借している。

名前 黒鉄(くろがね) 

年齢 656歳

種類 妖怪


妖怪『猫又』の人型バージョン

巷では有名な超級百鬼。飼い主の「黒崎陵」とは600年前の記憶を共有しており、唯一無二の存在。当時の二人の事情は『百鬼夜行』に記されている。

名前 黒崎 陵(くろさきりょう)

年齢 60歳

職業 「黒猫マート」の店長


黒鉄の飼い主

24Hコンビニ「黒猫マート」の店長で、黒鉄の飼い主。迷い猫を保護し育てている。黒鉄とは600年前の記憶を共有しているため、黒鉄からは昔の名前「佐助」で呼ばれている。

名前 如月 歩夢(きさらぎあゆむ)

年齢 20歳

職業 大学生


いろはの元彼

いろはと同じ大学に通う元恋人。色々あったが結局は今でもいろはの事を引きずっている。

名前 佐伯 怜奈(さえきれな)

年齢 21歳

職業 大学生


いろはの元親友

昔はいろはと仲が良かったらしいが、いろはへの嫉妬心が強いため何かと嫌がらせをしてくる性悪女。

名前 新羅 咲哉(しんらさくや)

年齢 20歳

職業 大学生


如月 歩夢の友人

掴み所のない性格だが、何故か女の子からはモテる。たまに闇が垣間見える事があるため歩夢は少し警戒している。

名前 宮琵 曄子(きゅうびようこ)

年齢 ???

種類 妖怪


妖怪『九尾の狐』の人型バージョン

狐の姿になる事は殆んど無い。

大昔に人から命を救われている為、人を襲わず同族を食糧としている。大食間であり、その力は脅威と言われている。

名前 北条 莉桜(ほうじょうりお)

年齢 25歳

職業 図書館勤務(公務員)


温厚で優しい口調が相手に好印象を与えているが、実際は周りの事や人に興味がなく、相手がどう感じようと全く構わないタイプ。だがやっぱり優しいのでモテている。

名前 伊吹 逢馬(いぶきおうま)

年齢 24歳

職業 祓い屋&心理学者


両親が極度な霊感体質であり、自らも見事に受け継いだ為、祓い屋家業を営んでいる。大学では心理学を専攻していたのでたまに心理学者としての仕事もしつつ生計を立てている。未だに独身。

名前 十朱 真那(とあけまな)

年齢 24歳

職業 管理栄養士&イタコ


本業は管理栄養士だが、今では貴重な存在である「イタコ」の後継者。本人はイタコであることが嫌な為、実家を継ぐのを放棄して伊吹家に居候している。その代わりに逢馬の仕事を手伝わされて結局イタコをやる羽目になっている。

名前 比企 夜叉丸(ひがやしゃまる)

年齢 10歳

職業 人斬り一家


約700年前、まだ人だった頃の夜叉丸。

親に捨てられ死ぬ間際に比企家の頭首である藤治(とうじ)に拾われ、人斬りとして育て上げられる。

名前 比企 藤治(ひがとうじ)

年齢 32歳

職業 人斬り一家


約700年前、死にかけていた夜叉丸を拾って人斬りとして育て上げるオッサン。

比企家の頭首にして凄腕の剣客。

名前 比企 氷月(ひがひづき)

年齢 10歳

職業 比企家の家事全般


比企家頭首である藤治の娘。

母親は既に他界しており、比企家に住む男共の面倒や家事など全てを担っている。

名前 比企 白夜(ひがびゃくや)

年齢 25歳

職業 人斬り一家


人斬り一家のリーダー的存在。比企家に住んでおり、戦では100人斬りを達成している剣客。左目は損傷し隻眼となっている。

名前 坂本 瑠迦(さかもとるか)

年齢 24歳

職業 調理師


いろはのバイト先である、古民家カフェのマスター。最初はせっかちで強引なイメージだったが、実は優しくて空気の読める爽やかなイケメン。野菜作りが趣味で自家製野菜を店で提供している。

名前 廃炉(はいろ)

あだ名 タマネギ

年齢 不詳

職業 カルラ様の側近


鬼族の頂点であるカルラの側近。真面目で忠実な性格だが、人をおちょくった様な一面があり、いつもカルラに消されそうになっている。あだ名の由来はその性格がタマネギ部隊に似ているためだと言われている。

名前 廃炉(はいろ)

あだ名 タマネギ

etc


廃炉の人型バージョン。趣味が中々良いためイケメンになるが、その性格は変わらない。

名前 迦楼羅(かるら)

年齢 不詳

職業 鬼族の長


全ての鬼をまとめる鬼族と言う貴族の頂点。しかし自分の一族である鬼族にも殆んど興味がないため、鬼狩りに仲間を狩られても面倒くさい程度にしか思っていない。取り巻きにどやされて仕方なく鬼狩りを追い払っている。

名前 姫城 奈瑞菜(ひめぎなずな)

年齢 23歳

職業 料理人


200年程前の時代の中、カルラと出会う女料理人。見た目はとても可憐たが過去の経緯から極度の男性不信。しかし惚れっぽいため、いつも簡単に騙されてしまうようなちょと残念な女性。

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