第199話「桐生蒼羽の過去②」

文字数 3,037文字




        ―AM9時15分―


         《桐生家―茶の間》

―――――伊吹神楽(いぶきかぐら)と出会った桐生蒼羽(きりゅうあおは)は今までに感じた事のない感情を実感することになりました
その感情は、苦痛でしか無かった彼の人生にとって一筋の光となっていたのは言うまでもありません
····伊吹神楽も、最初こそ戸惑っていたものの桐生蒼羽を慕うのにそう時間はかからなかった―――――
お互いが大学を卒業する頃には、二人で同棲をする約束も交わしていたのです
···で、ですが

跡取りの長男が家を出るなんて許されたのでしょうか?

··········
···丁度その頃――――

桐生蒼羽は家族から無能だと···冷遇され始めていた時期だったので··

·····!
····いつになったらお前のその能力は開花するのかと、お前の努力が足りないせいだと――――――
·····随分、父親から詰(なじ)られていた様です
··········
能力の覚醒など、個人でどうにか出来るものではありません―――――
そんなものは誰にも分からないのです。····努力だけで何とかなるのならば、桐生蒼羽は既に実力者となっていた事でしょう
···実の父親とは思えない言葉です
············

そうですね···

··········
·····いろは?
···大丈夫か?
···あっ

いや·····大丈夫だよっ

もし、調子悪かったら部屋で休んでいても良いからな
うん····
·········

(いろは様――――、何か思う所があるのでしょうか···)

·····そして

桐生蒼羽は大学を卒業すると共に家を出ました····

····まるで全ての運命から逃げるかのように―――――
····その時は勿論彼女も一緒にですよね?
····ええ

伊吹神楽は桐生蒼羽の苦痛を全て知った上で、彼を支える覚悟でしたから

気丈な方だったのですね
···まさに、彼にとっての心の拠り所は彼女以外には有り得ませんでした
家督に押し潰されそうだった彼のたった一つの生きる理由です―――
チラッ
········!
(おやっ)
――――――その後は二人で何事も無く、平和に暮らしていました
····因みに――――

桐生家の家督は、優秀だと特別扱いされていた次男が請負うこととなり···

·····長男などまるで存在していないかのように、父親は次男坊の世継を喜んでいたようです
····だったら!

最初から次男に世継ぎをさせれば良かったではないですか!

長男を蔑んでまで家督を継がせようとしていたのは何だったのです?!



····習わしだよ、ナギ

昔からの風習や仕来たりと言った所だ




っっ!!!???
玄宥様っっ?!
っ!!
···そう言えば

昔、真那さんが同じようなことを言ってたわ――――

っ?!
イタコが嫌で嫌で仕方がなかったのに、自分は長女だからと家を継がされそうになっていたって····
双子の妹の方が素質があるのに、なぜ自分なのかと―――――
····そう、昔からの仕来たりってのは厄介なものだ
だからこそ父親は、勝手に家を捨てた長男を引き留めもせず、むしろ好都合だと思っていた――――
····もしかして、その時既に破門にされていたのでは―――――
いえ···、父親が非情な人でも母親は長男への愛情をとても持っていたので、破門については断固反対していました
元々、桐生家として生まれたのは母親の方であり、父親は霊力の高い婿養子でしたから妻の言葉には逆らえなかったのだと思います
なるほど····!

(ナイスですお母様!!)

····そして、その後も何事もなく普通の生活を幸せに暮らしていた二人でしたが、籍を入れることは出来なかった―――――
えっ?!
····両方の親からの許しをどうしても貰えなかったからです
····両方?

なぜ伊吹神楽さんの方もダメだったの?

実は···、俺も驚く事実がそこに隠されていたのだけど―――――
·········?!

(なんだろ)

伊吹家は····、櫻井家の遠い親戚だったんだ····
·····ええっ?!
そ、それは·····

何ていう巡り合わせなのかしら

まぁ···でも、伊吹遊馬さんと櫻井蓮さんの場合は、かなーり遠い親戚に当たるから血の濃さは特に問題なかったようだけどな
····でも、そうなると――――

伊吹家が桐生家を認めたくない気持ちは分からなくもないわ···

ある意味、櫻井家と同じ思考になるのでしょうから―――――
····そう

当時も昔からの因縁は続いていた

お二人の間には障害だらけだったのですね―――――
····だからと言って、そう簡単に彼女を諦められる男では無く···
そりゃあ、何たって彼の「生きる意味」なんですからね神楽さんは!!
····ええ、そうですね
(···むしろ愛情という名の執着なんだろうけど)
···········
····なので両方の親からの了承は得られないので、二人の大学時代の親友に証人になってもらうことにしたのです
っっ!!!!
愛し合っていた二人は、どうしても結婚をして家族が欲しかった――――
それは···伊吹神楽の望みであり、桐生蒼羽はとにかく彼女を溺愛していたので拒む理由もありません
····なんと!
···そうして夫婦となった二人は1年後に一人目の子供を授かることになり、伊吹遊馬が産まれました――――
っ!!!
曾祖父様のお父様誕生ですね!

(逢馬↑) (遊馬↑)

ええ····
···········

桐生蒼羽さんは···、遊馬さんが産まれた時はどうだったのかしら?

あぁ、その時は勿論喜んでいたよ

···愛する妻が命がけで産んだ命なのだから―――――

そうなのね····
ただ、その時の出産が難産だったと言う事と、元々体があまり強くなかった事もあり、彼女の体調は思わしく無くなって行きます―――――
····そんな
だが彼女はその事を夫である桐生蒼羽には言わなかった――――
···心配をかけたく無かったのね
そう···、彼女自身もいつもの事だと思っていた部分もあったようだしな
····それでも、子供が大好きな伊吹神楽は、妹を欲しがる遊馬さんの為にもう一度妊娠する事を望みました
·····えっ!!
···········
そうして、遊馬さんが四歳になる頃、長女の伊吹舞香が産まれたのです
···当時、遊馬さんが物心着く以前から父親である桐生蒼羽は遊馬さんへの接し方に悩んでいた
手の掛かる年齢だった遊馬さんの事は、母親の伊吹神楽が愛情いっぱいに面倒を見ていたのですが――――
····その優しい妻に対する、桐生蒼羽の執着が我が子への嫉妬心となり始めていました
··········

(やっぱり···)

遊馬さんが物心つく頃····、丁度舞香さんが産まれた辺りには、桐生蒼羽は遊馬さんへの愛情は殆ど無かった可能性があります
····それってきっと、桐生蒼羽の家庭事情が大きく関係しているのでしょうね―――――
····その通りです

愛情を与えられずに育ってきた環境が育むものは心の闇だけですから

·········
彼は彼の執着を自制する事が出来なかった―――――
···それでも愛する妻が必死で産んだ子を蔑ろにする事もできず、ただひたすらに無関心になるしか無かったのです
······もはや言葉もありません
ただただ遊馬さんが可哀想で·····
···········
····それでは、少し話を別な方向へ変えましょう
っっ?!
·····えっ
ここから話す事は、桐生蒼羽を餌とし····遊馬さんへ生贄の呪いをかけた「羅刹」についてです―――――







続く




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登場人物紹介

名前 姫城 いろは(ひめぎいろは)

年齢 20歳

職業 大学生


都内ではあるが、県境で沿岸にある集落出身。その集落には毎年行われる豊年祭があるが今年は何故かその豊年祭にいろはが招待を受ける····

名前 姫城 花梨(ひめぎかりん)

年齢 20歳

職業 大学生


いろはの従姉妹

いろはのご近所に住んでいて、小さい頃から姉妹のように育ってきた。いろはにとって大切な存在。

名前 夜叉丸(やしゃまる)

年齢 不明

職業 不明


謎だらけの青年

名前 ホシ猫

年齢 不明

種類 妖怪


妖猫『仙狸(センリ)』人型バージョン

化け猫の類い。人の精気を喰らう必要があるため、死にたくても死ねない夜叉丸の側で精気を拝借している。

名前 黒鉄(くろがね) 

年齢 656歳

種類 妖怪


妖怪『猫又』の人型バージョン

巷では有名な超級百鬼。飼い主の「黒崎陵」とは600年前の記憶を共有しており、唯一無二の存在。当時の二人の事情は『百鬼夜行』に記されている。

名前 黒崎 陵(くろさきりょう)

年齢 60歳

職業 「黒猫マート」の店長


黒鉄の飼い主

24Hコンビニ「黒猫マート」の店長で、黒鉄の飼い主。迷い猫を保護し育てている。黒鉄とは600年前の記憶を共有しているため、黒鉄からは昔の名前「佐助」で呼ばれている。

名前 如月 歩夢(きさらぎあゆむ)

年齢 20歳

職業 大学生


いろはの元彼

いろはと同じ大学に通う元恋人。色々あったが結局は今でもいろはの事を引きずっている。

名前 佐伯 怜奈(さえきれな)

年齢 21歳

職業 大学生


いろはの元親友

昔はいろはと仲が良かったらしいが、いろはへの嫉妬心が強いため何かと嫌がらせをしてくる性悪女。

名前 新羅 咲哉(しんらさくや)

年齢 20歳

職業 大学生


如月 歩夢の友人

掴み所のない性格だが、何故か女の子からはモテる。たまに闇が垣間見える事があるため歩夢は少し警戒している。

名前 宮琵 曄子(きゅうびようこ)

年齢 ???

種類 妖怪


妖怪『九尾の狐』の人型バージョン

狐の姿になる事は殆んど無い。

大昔に人から命を救われている為、人を襲わず同族を食糧としている。大食間であり、その力は脅威と言われている。

名前 北条 莉桜(ほうじょうりお)

年齢 25歳

職業 図書館勤務(公務員)


温厚で優しい口調が相手に好印象を与えているが、実際は周りの事や人に興味がなく、相手がどう感じようと全く構わないタイプ。だがやっぱり優しいのでモテている。

名前 伊吹 逢馬(いぶきおうま)

年齢 24歳

職業 祓い屋&心理学者


両親が極度な霊感体質であり、自らも見事に受け継いだ為、祓い屋家業を営んでいる。大学では心理学を専攻していたのでたまに心理学者としての仕事もしつつ生計を立てている。未だに独身。

名前 十朱 真那(とあけまな)

年齢 24歳

職業 管理栄養士&イタコ


本業は管理栄養士だが、今では貴重な存在である「イタコ」の後継者。本人はイタコであることが嫌な為、実家を継ぐのを放棄して伊吹家に居候している。その代わりに逢馬の仕事を手伝わされて結局イタコをやる羽目になっている。

名前 比企 夜叉丸(ひがやしゃまる)

年齢 10歳

職業 人斬り一家


約700年前、まだ人だった頃の夜叉丸。

親に捨てられ死ぬ間際に比企家の頭首である藤治(とうじ)に拾われ、人斬りとして育て上げられる。

名前 比企 藤治(ひがとうじ)

年齢 32歳

職業 人斬り一家


約700年前、死にかけていた夜叉丸を拾って人斬りとして育て上げるオッサン。

比企家の頭首にして凄腕の剣客。

名前 比企 氷月(ひがひづき)

年齢 10歳

職業 比企家の家事全般


比企家頭首である藤治の娘。

母親は既に他界しており、比企家に住む男共の面倒や家事など全てを担っている。

名前 比企 白夜(ひがびゃくや)

年齢 25歳

職業 人斬り一家


人斬り一家のリーダー的存在。比企家に住んでおり、戦では100人斬りを達成している剣客。左目は損傷し隻眼となっている。

名前 坂本 瑠迦(さかもとるか)

年齢 24歳

職業 調理師


いろはのバイト先である、古民家カフェのマスター。最初はせっかちで強引なイメージだったが、実は優しくて空気の読める爽やかなイケメン。野菜作りが趣味で自家製野菜を店で提供している。

名前 廃炉(はいろ)

あだ名 タマネギ

年齢 不詳

職業 カルラ様の側近


鬼族の頂点であるカルラの側近。真面目で忠実な性格だが、人をおちょくった様な一面があり、いつもカルラに消されそうになっている。あだ名の由来はその性格がタマネギ部隊に似ているためだと言われている。

名前 廃炉(はいろ)

あだ名 タマネギ

etc


廃炉の人型バージョン。趣味が中々良いためイケメンになるが、その性格は変わらない。

名前 迦楼羅(かるら)

年齢 不詳

職業 鬼族の長


全ての鬼をまとめる鬼族と言う貴族の頂点。しかし自分の一族である鬼族にも殆んど興味がないため、鬼狩りに仲間を狩られても面倒くさい程度にしか思っていない。取り巻きにどやされて仕方なく鬼狩りを追い払っている。

名前 姫城 奈瑞菜(ひめぎなずな)

年齢 23歳

職業 料理人


200年程前の時代の中、カルラと出会う女料理人。見た目はとても可憐たが過去の経緯から極度の男性不信。しかし惚れっぽいため、いつも簡単に騙されてしまうようなちょと残念な女性。

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