第十六話

文字数 5,073文字

 準備をするに当たり、先ずはゼラのブレストプレートか。もともとが借り物でサイズがちゃんと合っていない。背中に取り付けた取っ手は何度も補強しているが、やはり最初から鎧と一体化したものの方が頑丈にできる。

「ゼラの鎧を新調したい」
「では鎧職人のところへ行きましょうか」

 部隊の経理担当になったフェディエアを連れて、エクアドと数人の護衛と共にローグシーの街へと。

「蜘蛛の姫様だー」
「お、坊っちゃんの蜘蛛姫だ」

 ゼラが街を歩くとゼラを見ようと人が集まって来てしまう。ローグシーの住人の中には子供の頃の俺を知ってて坊っちゃんと呼んでくるのもいるが。

「用事を先に済ませたいんだが」
「なんだい、王都の騎士学校暮らしでうちの焼き鳥はもう食えないって?」
「そんなこと言ってないだろう。分かった一本くれ」
「蜘蛛の姫さんの分は?」
「ゼラは味付けの濃いのは苦手なんだ」
「じゃ、タレ無しで」
「塩も無しにしてくれ」
「タレ無し塩無しってなー、肉の味しかしねぇ」

 ゼラと一緒に歩けばフードで顔を隠しても意味が無い。下半身蜘蛛で背も高いゼラは目立ってしまう。ミュージカルと絵本の影響もあってゼラは受け入れられている。そして、ウィラーイン家が慕われているのはいいことだが、こうして捕まると長くなってしまう。タレ無し塩無しの焼き鳥を一本、親父から受け取りゼラに。

「どうだい蜘蛛の姫さん? ウチの焼き鳥は、と言っても自慢のタレ無しだとなぁ」
「んむ、ンー、まあまあ?」
「厳しいな。お世辞でも旨いって言ってくれりゃ、一本おまけすんのに」
「ンー、でも、まあまあ」

 まあまあ、と言いながらも、もぐもぐと食べるゼラを見てクスクスと笑う人達。苦笑いしてる焼き鳥屋の親父に一応説明しとくか。

「ゼラは人と食習慣が違うんだ。気を悪くしないでくれ」
「焼き鳥はいまいちで? それなら何が?」
「野菜と果物は嫌いで、甘いものとチーズが好みで、」
「そんならうちのでどうよ?」

 今度は飴屋が割り込んで来た。飴屋の差し出す蝶の形の飾り飴をゼラが受け取り口に入れて、

「チョウチョの羽根、あまい! おいし!」

 と、ニッコリ笑う。飴屋の親父は勝ち誇った笑顔で焼き鳥屋の親父は悔しそうだ。寄り道に時間を取られないように、人を避けて鍛冶屋の通りまで。絵本を持った子供がついてくるので、アルケニー監視部隊がなんとか遠ざける。

 ウィラーイン領兵団の使う鎧鍛冶のところへと。スピルードル王国では女騎士も女ハンターもいる。強くて頼りになることに男女の区別は無い。もともと盾の国とは女が元気で強いということもある。
 こうなると女用の鎧というのも必要。身体のサイズを測るために裸を見せるのに、男はイヤ、ということもある。
 夫婦で鎧鍛冶をしているところでは奥さんが測って旦那が作る、というとこもあるにはあるが。こういう事情の為か女の鎧鍛冶師というのがけっこういる。
 鍛冶師でも男は武器で女は鎧というのが多い。

「こりゃまた妙なブレストプレートだねー」

 ゼラの着けていた赤いブレストプレートを外して手にして見ている女鍛冶師が呟く。説明しておこう。

「なんでももとは冗談半分で作ったもので、胸が大きく見える鎧だと。背中の取っ手はゼラの蜘蛛の背に乗るときの為に取り付けたものだ」
「ふうん。馬と違って手綱が着けられなかった、か」
「このブレストプレートのように、背中に取っ手を着けて、前はお腹を隠す前掛けが着けられるものを頼む」
「変わった注文だけど、これは面白い。しかし胸が大きく見える鎧とはね。脱がされたらバレちまうだろうに」

 クスリと笑う火に焼けた肌の女鍛冶師。堂々と胸を張ってそう言うのは自信があるからだろうか? その女鍛冶師はゼラを見る。今のゼラは鎧下ひとつだ。

「この辺の女鍛冶師の中じゃ、あたしが一番と思ってたけど、上には上がいるもんだね」

 まじまじと見てるのはゼラの胸。鎧下を下から押し上げる二つの小山。

「ねぇさんよりデカイよ。えーと、ゼラさん? 鎧下、脱がすよ?」

 脚立を持ってきてゼラの鎧下に手をかけるのは、女鍛冶師に似てるが背は低い。妹らしい。

「これからサイズ測るから男連中は、」
「ンー、カダールとエクアドは、いて欲しい」

 ゼラの言葉に鍛冶屋の中の女性陣がゼラを見る。俺とエクアドを見る。ゼラが続けて、

「カダールとエクアドは、ゼラの検査で立ち会いしてて、カダールとエクアドはいつもゼラのおっぱい見てるよ」
「「へー、」」

 ゼラ、その言い方だと俺とエクアドがずっとゼラのおっぱいを凝視してるみたいじゃないか。俺達が立ち会いするのはルブセィラ女史が変なことしないように見張るためで、エクアドも報告書を書かないといけないからであって。けっしてゼラの裸を見る為だけでは無いのだ。
 女鍛冶師がニヤニヤと、

「なるほど、立場を利用しておっぱい鑑賞してんのかい」
「そういう役目なんだ。他意は無いぞ」
「他意は無くとも役得ですよね。ゼラちゃんが羞恥心が無いのでエクアド隊長も実にいい役目に」

 フェディエアまで乗っかってくる。こういうときに俺とエクアドに味方はいない。これも試練か。エクアドは腕を組んで平然としている。いや、平然としようとしている、か。

「ある意味で医療師と同じだと考えてくれ。ゼラの体調管理についても俺達の仕事の内だ。ゼラの鎧にはプラシュ銀合金を使って頑丈にしてくれ」

 エクアドが話を逸らすのに俺も参加する。

「背中の取っ手の位置を少し高くして欲しい。それと鞍だな」
「そうだな。鞍に足を固定できて両手を空けられるといい。そうすれば槍が持てる」
「だが、エクアド。槍も剣もゼラの蜘蛛の背からでは敵に届かない。先にゼラの脚が蹴り飛ばしてしまう」
「と、なると飛び道具か?」
「クロスボウを持ち矢筒を固定できる、武装置き(ウエポンラック)があるといいか」
「とっさに使える投げ手槍があるのもいいんじゃないか?」
「それと、鞍の向きだ。馬とは違いゼラは自分で考えて戦う。そうなると乗り手はゼラの視界をサポートするように後ろ向きに乗れるといい」
「戦闘時はゼラと背中合わせになるのか。ゼラの後方をカバーしてクロスボウ。そして移動中は前に向いて座れる。そんな鞍だと良さそうだ」

 ゼラの背に乗った経験から俺とエクアドで案を話あう。女鍛冶師はゼラの蜘蛛の背と脚を手で触りながら聞いている。

「それはこれまで作ったことも無くて実験になっちまうね。完成には時間がかかりそうだ」
「直ぐに欲しいのはブレストプレートだけだ」
「解った。ブレストプレートね」
「鞍の方は案として、鎧の出来映え次第でまた頼む」
「じゃ、そろそろゼラさんの鎧下、脱がしていい?」

 妹さんがゼラの鎧下に手をかけて、ゼラが脱がせやすいようにとバンザイする。この妹さん、鼻息荒くしてゼラの鎧下を掴む手に力が入ってるが、なんでだ?
 ゼラの鎧下を脱がせて裸にすると、褐色の双丘がブルンと揺れてまろび出る。

「ふおお! 凄い!」

 妹さんが感動に震えている。

「ゼ、ゼラさん、触っていい?」
「ウン」

 下から持ち上げるようにして手で持ち上げて、ムニムニと。鎧を作る為に測るんじゃ無いのか? 何をしてるんだ?
 くすぐったいのゼラはブルッと震えて肩をすくめて。

「アン、」
「ふおおおお! 可愛い! これがアルケニー!」

 なんだか様子がおかしい。女鍛冶師に聞いてみる。

「妹さんは、もしかして同性が趣味なのか?」
「アーキィはね、見ての通りのちっパイだろ?」
「ちっパ……、いや、それは、そうでも無いんじゃないか?」
「別に気を使わなくてもいいよ。それでちっパイを気にし過ぎてて、胸に妙な拘りができて、巨乳好きになっちまった」
「ゼラの鎧を任せるのに不安になるのだが」
「アーキィの作るブラジャーに鎧下はうちの売りのひとつなんだけど」

 妹さんはまだゼラの胸をもにもにしている。

「ンー、あ、ウン、くすぐったいぃ」
「凄い、ねぇさんより大きい。なんでこの大きさで垂れてないの? なにこの張りの良さは? ふおおおお!」
「おい、おもちゃにするな、そろそろやめろ。測るんじゃ無いのか?」

 鍛冶師姉妹と話をして、鎧作りに鎧下、ブラジャー作りの為に型をとることに。今後もここに任せるなら型取りした方がいい。

「ゼラ、しばらく動かないで我慢してくれるか?」
「ンー、ウン」
「ちゃんと型ができたら、前よりかっこいい鎧を作ってもらおう」
「ウン、カッコ良くて可愛いのがいい」

 可愛い鎧ってどんな鎧だ? 鎧とはシンプルな機能美か、勇ましい飾りになるので、可愛い鎧が想像できない。
 ゼラの上半身に紙をペタペタと貼り白い粘土を溶いてゼラの首から胸、鳩尾の下までペタペタと塗る鍛冶屋姉妹。姉の方はてきぱきとしてるのだが妹さんの方はなんだか手付きが怪しい、いやらしい、ような気がする。鼻息も荒いような。
 髪を上げて頭頂部で纏めて身体に白い粘土を塗られるゼラは身を捩ってくすぐったいぃ、と笑ってる。それを見て妹さんは興奮しているような。
 ここの鍛冶屋は腕が良くて変わり種のものでも引き受けると評判なのだが、本当にここで良かったのか?

「は、あうん、カダールー、ピクンってなっちゃう」
「ふおおおお! ゼラたん、可愛いー!」
「アーキィ、落ち着け。客に逃げられちまうだろ」
「凄いよねぇさん! これまでで一番の巨乳だよ!」
「アーキィはこのゼラたんに合うブラジャーと鎧下だね」
「任せて! どんな動きでも痛くない、型崩れしない、うちの自慢のブラジャーを!」

 ゼラたんってなんだ? エクアドと顔を合わせる。

「ここがウィラーイン領兵団の女性にも、腕がいい鎧鍛冶と聞いてはいるのだが」
「あぁ、アルケニー監視部隊でも、胸が大きいことで悩む女性陣には評判がいい。ここのブラジャーを着けると動いても痛くない、と」

 俺とエクアドの話を聞いてフェディエアは、

「今後の為に私もここで作ってもらおうかしら?」
 
 と、呟く。フェディエアを前線に出すつもりは無いが、隊員である以上は経理担当でも簡単な護身はできるようにと訓練を初めている。
 そしてフェディエアは、胸が大きい方だと思う。呟くフェディエアを見て、ゼラに赤いブレストプレートを貸してくれていた女騎士は、横を向いてチッ、と舌打ちしている。
 半分冗談でも胸が大きく見える鎧を作らせたことがあり、胸については気にしてる様子。この女騎士はちっぱいさんだ。

 いや、女の胸の大きさが女の価値では無いと思う。だが、男の俺がそんなことを口にしても、説得力は無く逆効果だろうというのが解る。なので俺もエクアドもつい無言になってしまう。

「黙って女性の胸をジロジロ見てるというのは、ちょっとアレですね」

 気を使って口にすれば怒らせてしまうし、無言になってたらアレ呼ばわりされるし。
 俺達はいったいどうすればいいのか? こういうときにはどう言えば、どうすれば女性に不快な思いをさせなくて済む? こういうことは騎士訓練学校でも教わることは無い。男とは、なんなのか。どう在るのが騎士として正しい姿なのだろうか。
 上半身に白い粘土をペッタリと着けて、白いシャツを着たようなゼラは鍛冶屋の中が珍しいようでキョロキョロしてる。
 鍛冶師の妹が飲み物などを用意する。

「ゼラたん、粘土が乾くまで動かないでね」
「ウン、鎧って作るのたいへん?」
「うちのねぇさんの腕はローグシーいちよ。任せて!」

 動けないゼラの胸を俺達よりジロジロ見てるのがそこにいるのに。ムッツリスケベ扱いされるのは俺とエクアドだ。なんだか理不尽だ。

「カダールなら毎晩見てるのにな」
「エクアド、愛しいものは毎日愛でても飽きないものだ」

 ……おや? なんだか部屋の温度が、女性陣の俺を見る視線の温度が変わったような気がする。
 またなにか余計な失言をしてしまったか?
 ではどう言えば良かったというのか?

「……流石、愛の狩人に連れ去られる屋根の上の拐われ婿。並みじゃ無いねぇ」
「俺はローグシーの街では、そんな言われ方をされているのか?」

 女鍛冶師の言葉に目眩がしそうだ。

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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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