第六話

文字数 4,667文字


 ローグシーの街への帰還。アルケニー監視部隊は父上のウィラーイン領兵団と共に移動する。王都への凱旋パレードには参加しないことに。砦の守備に残兵捜しがあるので、スピルードル王軍はまだしばらく砦に残る。
 ウィラーイン領の事情、灰龍の被害にアルケニーのゼラの警備態勢の充実化、これを理由にエルアーリュ王子に許可を取り先に離脱させてもらうと。

「メイモント軍のアンデッドを蹴散らした黒蜘蛛の騎士の凱旋、と、したかったのだがな」

 エルアーリュ王子は残念そうだ。王都の大通りをゼラに乗った俺が練り歩く様でも想像しているらしい。

「その時には騎士カダールには黒蜘蛛の騎士に相応しい鎧兜であるべきか。うむ、その時の為に一式揃えておいてくれ」
「黒蜘蛛の騎士に相応しい鎧兜、とは?」
「アルケニーのゼラの蜘蛛体は漆黒、そして人間体は褐色の肌も露な深紅のブレストプレートに赤い前掛け。と、なると、赤い鎧が似合うだろうか? 赤と黒で悪役のようでもあるか? しかし、青も白も似合わないような……」
「そこは鎧職人と相談してみましょう」

 話題性があるならばそれに見あった装備にしなければならないか。そんなことを考えて鎧を新調することになるとは。

「騎士カダールの赤毛が見えると映えるのでは無いか? 絵本を読んだ者にも解りやすかろう。赤毛の王子と蜘蛛の姫と」
「王都でもあれを出しますか……」

 母上は今頃、続編でも描いているのではなかろうか?
 ローグシーへの帰還ルートは戻るついでに巡回も兼ねることに。魔獣深森の近い西寄りの村と町を移動し、魔獣被害の調査も兼ねようと。
 ハンターギルドが魔獣討伐を行い村と町を守ってはいるが。
 余談になるがウィラーイン領、他にスピルードル王国の魔獣深森に近い領の兵は、半狩半兵が多い。平時にはハンターを、王種誕生といった魔獣災害時や戦争となれば兵となる。
 父上のウィラーイン領兵団は、父上に随行する騎馬部隊以外は鉱山とその周辺のところへと。

「こうしてたまには顔を見せてやらんとな」

 父上はそう言ってアルケニー監視部隊と騎馬部隊と共に。灰龍被害のあったところ以外も見て回ると。
 魔獣深森は奥から魔獣の現れる暗い森。しかし、奥まで行かぬところは普通の森だ。猟師が獲物を狩り、木こりなど森に入る者もいる。そこから森の様子を聞き、魔獣大発生の兆候があれば早めに調べておかねばならない。
 移動については、平原へと向かう行きとは違い帰りは穏やかなものだ。急ぐことも無く、無理の無い予定で村と町を巡る。天候にも恵まれてゼラの背に乗り揺られて進む。
 そう油断をしていたからなのか。事が起きたのは。

 夜も更けたゼラ専用の大型テントの中、父上とエクアドと翌日以降の予定を話す。ゼラの魔法のおかげで水にも明かりにも困らない。アルケニー監視部隊は女性が多いが、毎日お湯で髪が洗えると喜んでいる。この辺りもゼラが人気のある理由かもしれない。
 
「ゼラ、明日もよろしく頼むぞ」
「チチウエ、任せて」

 父上とエクアドがテントの外に出る。この辺りで魔獣が森から出てきたという話は今のところ無しと。次の村に着いたら民から話を聞いて、ルブセィラ女史を連れて森に少し入ってみてもいいか。ついでにゼラに食いでのある獲物でも取れればいいが。
 いつものように毛布とクッションを重ねて横になる。赤いベビードールをポイと投げて、素っ裸になったゼラが俺の上に乗ってくる。これはいつも通りのこと。

「ゼラ、明かりを消してくれ」
「ウン、ぬー」

 明かりが消えてしまえば真っ暗闇。何かあったときのためにこのテントの外にアルケニー監視部隊が立つのも、いつものこと。テントの外にも、ゼラの魔法の明かりが見張りの為についている。その為、外の方が少し明るい。
 そして、いつもと違うのはゼラがなかなか眠らないこと。モゾモゾと動いている。モゾモゾと動いて、俺の服のボタンを外そうとしてる。

「ゼラ? どうした?」
「カダール、あのね」

 ズリズリと上に這って上ってくるゼラ。赤紫の瞳がキラリと光る。なんだか、わくわくとしてるような。

「カダール、子作り、しよ?」

 うお? ゼラ? 積極的にどうした?

「カダール?」
「ゼラ、その、あのとき痛かったんじゃないのか?」
「ウン、でも、しあわせ」
「そ、そうか」
「カダール、したくない?」
「……したい」

 外には見張りがいて、また聞かれてしまうのだろうが、もう今さらだ。俺もあれからしたいとは思いつつも、女性は初めては痛いと聞いてはいたし。それが治まって次っていつからしてもいいのか知らないし。それに無理をさせるのも良くない、と考えていた。
 寝るときにゼラのポムンがムニュンしても歯を喰いしばって堪えていた。なので、本音を言えばゼラがそう言ってくれるのを待ってもいた。そうか、もう我慢しなくてもいいのか。してもいいのか。俺も服を脱いで裸になり、ゼラを抱き締めて口を吸う。

「むふん」

 嬉しそうなゼラの呼気に応えてその胸に手を伸ばす。あぁ、柔らかい。
 このとき俺は忘れていた。ゼラを初めて抱いた夜。ゼラは魔力切れと連続治癒の疲労でぐったりとしていたことを。

「あ、ん……、カダールぅ……」
「ゼラ……」

 ゼラが強く抱き締めてくる。求めてくる。胸を押し付けて、身体が熱くなっている。抱き返せば互いの身体の隙間が無くなるように。くっついて溶け合うように。

「カダールぅ、好き……」

 ゼラの声が甘く囁く。
 ミシミシミシミシ……、
 そして、俺のあばらが不気味な音を立て始める。息ができなくなるほど強く抱き締められて、胸が、痛い! 苦しい!

「ぜ、ゼラ、ストップ、ストップ、ぐふうっ」
 
 肺から絞り出された呼気が変な音を出す。息ができなくなる。強く抱き締められ過ぎて、このままでは身体が千切れる? 痛い! 苦しい! ギブアップ! ゼラ! ゼラー!

「あ、ふぅん、カダールぅ……」

 聞こえない? 更に力が? ゼラの肩を背中を平手で叩く。タップ! タップ! うお、お、おおぅ、このままでは! このままではー!
 ミシミシミシミシ……、ペキッ♪

「あがぁ!!」
「カダール!? やー! カダール! カダールー!!」

 俺とゼラの悲鳴に何事かと、テントの外からアルケニー監視部隊の女ハンターが飛び込んで来る。その女ハンターが驚く顔を見ながら、俺は胸の痛みと酸欠で気が遠くなってきた。まっ裸のままで。あぁ、ゼラが泣いている。

「エクアド隊長を呼べ!」
「ルブセィラ女史を叩き起こせ!」

 意識を失っていたのは僅かな時間だった。

「いや、まぁ、するなとは言わんが、あまり特殊なプレイで夜中に騒がれてもな」
「エクアド、すまん。だが、特殊なプレイとかしてないからな。俺もこうなるとは思ってなくて」

 ゼラが治癒の魔法をかけて、俺の折れたりヒビが入ったりした肋骨はあっさりと治った。

「ごめんなさいぃー……」
「あぁ、ゼラは悪くない。泣くな」

 うずくまって、ぴー、と泣くゼラを撫でて慰める。よしよしよーし。俺の身体が脆くてすまん。
 ルブセィラ女史が椅子を持ってきて、じっくりと聞きましょうか、という姿勢で構える。ゼラにはまた赤いベビードールを着せて、俺も服を着直して、口にするのも恥ずかしいが、何があったかを二人に説明することに。
 ルブセィラ女史がメモを取りながらふむふむ、と。……メモに、残すのか。

「ゼラさんの筋力は見た目以上の怪力。それをいつもセーブしているのですよね。お茶で泥酔したときも手加減できずにカダール様の肋骨を二本折った訳で。セーブできなくなる状況はゼラさんが我を忘れるとき。怒ったとき以外にも、昂ったとき、性的興奮が高まったときも加減ができなくなるということですね」
「そういうことになるのか? では、その、しょ、初夜のときは?」
「疲労と魔力切れ、でしょうね。このことからゼラさんの筋力というのは、常時身体強化の魔法を使っている、とも考えられます。ゼラさんの魔力隠蔽が高度な為に測ることができませんが」

 エクアドが眉をしかめる。

「ということは、ゼラがカダールと、その、ムニャムニャする為には魔力枯渇状態にならないと、できないってことか?」
「そうなりますか。ゼラさんの下半身が大蜘蛛ですから……」

 ルブセィラ女史が眼鏡を指で押し上げて、俺とゼラを交互に見て何か考えている。

「ゼラさんの手がカダール様を抱き締めないようにする、その為に体位を変えても蜘蛛体では後背位は難しいですか。どうしても正面から抱き合う体勢になりますね」
「いや、その、俺は体位とか詳しくなくて」
「アルケニーとの体位が詳しい者は、王国中探しても一人もいないと思われます。魔力枯渇になるまで魔法を使えば、力が入らなくなり、ゼラさんも思いきりカダール様を抱き締められる、ということに」

 ゼラが半泣きの目でルブセィラ女史を見る。えぐえぐ、と。ベビードールの裾を指でぐしぐししながら。

「魔法、いっぱい使ったら、カダールと、ムニャムニャできる?」
「それも難しいかと。アンデッド約二万の軍勢を一人で薙ぎ倒し、未知の爆発光線魔法“赤紫の瞳(ウィドウアイ)”、金竜のブレスの如き“灰塵の滅光(ディスインテグレーター)”を使い、その後は百人以上の連続治癒。これでやっとぐったり疲れた、などという魔力を消費する手段が思い付きません。山でも更地にしますか?」

 ゼラの目に涙が滲む。口許がふるふるしてる。

「ふぇ、ゼラ、カダールとムニャムニャしたいぃー。あえぇー」
「あぁ、ゼラ、泣くな。何か方法があるんじゃないか? ちょっと考えてみよう」

 エクアドが立ち上がる。頭をかいて悩んでいる。

「二人ともその方法が思い付くまで、その、ムニャムニャは我慢してくれ。しかし、するためには死にそうな目に会うというのは」
「腹上死というのもありますが、腹上圧殺というのはなかなか無いでしょうね」

 ルブセィラ女史がおかしな事を言っている。命懸けとなるとは思わなかった。しかし、できないのか、そうか、ゼラとできないのか……。

「アルケニー調査班でちょっと考えてみましょう」
「こちらでもいい案が無いか聞いてみるか」
「二人ともそう言うが、それって俺とゼラがどうムニャムニャするかを、アルケニー監視部隊全員で考えるってことか?」

 俺とゼラがどうエッチなことをするかを、皆で考える? なんだそれは? 明日からどんな顔して皆と会えばいいんだ? 

「エクアド、それはカンベンしてくれないか?」
「夜中に騒ぎを起こされるのも困るが、そうなるとこの面子で考えるか」
「アルケニー性交研究会議、ですか」

 訳の解らん研究名で会議することになったらしい。

「今日は大人しく寝ることにする。二人ともすまなかった。あと、テントの外で聞き耳立ててるアルケニー監視部隊も、夜中に騒いで悪かった」

 返事をするかのようにテントの布がポンポンと叩かれる。やはり聞いていたか、そうか……。
 二人がテントの外に出て、俺とゼラは寝直すことに。ただ、ゼラは泣き止んだものの、俺もゼラも悶々としてなかなか寝つけない夜になった。そうか、できないのか、そうか……。

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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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