第二十二話

文字数 5,868文字


 激戦となるかと思われた平原での戦闘。ある意味ではこれまでに無い激戦となったわけだが、既に決着は着いたもの。
 メイモント軍が逃走の為に残したアンデッドは死霊術師の操作を離れて、でたらめに生きている者を襲う。父上のウィラーイン領兵団とスピルードル王軍がアンデッドの駆除に回る。
 ゼラ一人が大暴れしたことになる戦場には平原に大きな溝ができた。その溝を越えて、逃走するメイモント軍本隊を追いかける第二王子アプラースの騎馬隊。追従する部隊はゼラに手柄を、活躍の場を奪われた、とでも考えているのだろうか。

 俺とゼラの出番は終わった。それならば休ませて貰うとしよう。俺はゼラの蜘蛛の背に乗ってただけだが、身体よりも気持ちが疲れたというか。とんでもない魔法を立て続けに見て、ゾンビやスケルトンが破裂して宙に舞う様を近くで見てたからか、精神が疲れた。
 エクアドとアルケニー監視部隊に護衛してもらって、ゼラ用の特大テントで休もうか。

「ゼラ、まだ、がんばれる!」

 ゼラが左手と左前脚をしゅぴっ、と上げる。がんばれると言われても。

「ゼラ、俺達の役目は終わったんだ。それに頑張れても既にやり過ぎの感はあるし、もう戦闘は他の部隊に任せよう」

 エクアドも頷いてゼラに水筒を渡す。

「これ以上やると手柄を一人占め、いや、二人占めになってしまうからな。あとは大人しく休んでいるといい」

 ゼラは両手で木の水筒を持って水を飲む。喉が乾いていたのか勢いよく水筒を傾けて、顎から喉に水が溢れて滴る。

「ぷぱ、はー、戦う、もうない?」
「ゼラ、もしかして暴走したの気にしてるのか? それで、まだ何かしようってしてるのか?」
「ウン。だって、ゼラ、カダールの役に立つ」
「もう充分に役に立ってくれている。それにゼラが暴走したのは、俺の考えが足りなかったからだ」
「ンー、でもー、うむん」

 手拭いでゼラの濡れた顎を拭く。その俺とゼラを見てエクアドが言う。

「カダールもゼラも、もう充分だろう。二人とも何を気にしているのか。ゼラについては謎のところはまだ多い。その中でカダールはやることやったし、ゼラだってちょっと頑張り過ぎただけで、魔獣を初めて実戦に出してそれを王軍に都合良くってのは、ムシのいい話だと思うがな」
「そうか? 俺は俺がもっとちゃんと考えていたら、今回の危機は回避できたのではないか、と」
「今回もギリでどうにかなっているだろうに、不死身の騎士はいつもそうやって生還する」

 ルブセィラ女史はまだ興奮が残ってるのか、頬が少し赤く眼がギラついている。ゼラの魔法を見てハッスルしていたらしい。眼鏡をキラリと光らせる。

「ゼラさんがまだ何かできるというのであれば、戦闘以外でもできることがあります」

 ルブセィラ女史の提案を聞き、それならと俺達は移動する。
 到着したのは負傷者の治療にあたる治療部隊だ。テントが並ぶ中、対アンデッド戦闘で負傷した者が運ばれている。
 アンデッドの中にはヴァンパイアのように、噛み付き血を吸うことで配下を増やしたり、呪詛を移して死後アンデッドになる、というものがいる。
 死霊術師の操るアンデッドには、暴走したときに増えないように感染呪が仕込まれてはいない。そのため噛まれたり食われたりした者が、アンデッドになる心配は無い。
 しかし、ゾンビもスケルトンも痛覚は無く、既に死んでいるからか死を恐れる気持ちも無い。動きは鈍くとも力は強く、そのため一撃を受ければ怪我は酷い。魔獣深森に近く魔獣と戦う機会の多いスピルードルの兵士でも、アンデッドを相手に誰ひとり無傷とはいかない。

 今回は対アンデッドということで浄化術師、治癒術師は多いが、人の魔術には限界がある。一人で何十人と治せる訳でも無く、切れた手や脚を繋ごうとすれば、一人治して魔力の限界となったりもする。
 治療部隊は回復薬(ポーション)をメインに応急手当に慌ただしく対応している。スピルードル王軍のアンデッド駆除はまだ続いている。
 怪我人の運ばれるテントの並ぶところ、そこにアルケニーのゼラとアルケニー監視部隊が来たので、皆、何事かとざわついている。ゼラの下半身の蜘蛛の身体は大きくて目立つし、何よりついさっき大暴れしたばかりだ。何しに来たかと警戒するのも当たり前だろう。

「何かありますか? 見ての通り忙しいのですが?」

 禿頭の治癒術師がエクアドの前に立つ。エクアドはコホンと咳をひとつ。

「我々アルケニー監視部隊は、今から治療部隊の援護に入る。治療部隊の邪魔はしない、少しばかり手伝いをするだけだ」
「そんな指示は来ておりませんが」
「現場は常に臨機応変、使えるものは何でも使って上手くやれ、が、エルアーリュ王子のやり方だろ」
「ですな。こちらは見ての通り。怪我人の人数はこの規模の戦闘では少ないのですが、怪我の程度が酷い。ゾンビもスケルトンも力持ちですから。回復薬(ポーション)、はまだありますが、上級回復薬(ハイポーション)は残り少なくなりました」
「薬の類いは使わない。こっちはこっちでやるので、治療部隊はいつも通りに」

 ルブセィラ女史の提案は、ゼラの治癒の魔法を使うことだった。エクアドとアルケニー監視部隊で怪我人をゼラの前に運んでくる。何事かと周りから注目され、治癒部隊のテントの中からも首を出して見てるのがいる。
 担架に乗せて運ばれた男は、頭と右目を包帯で巻いて、右手の肘の上が血は止まっているものの、肉が抉られたようになっている。これは噛み千切られたか。
 担架に寝転び残る左目でゼラを見上げる男は、顔中に脂汗を浮かべている。

「……アルケニーは男を食うって、聞いたことあるんだが」
「それは昔のお伽噺だ。ゼラはお前を食ったりはしない」
「黒蜘蛛の騎士なら食われないんだろけどよ……」

 ゼラが上半身を倒して男に顔を近づける。前屈するように身体を倒すと、ブレストプレート下の旗が垂れ下がり、横からゼラのお腹が見えてしまう。
 担架の男は近づくゼラの顔を見上げて、小さく震え始めた。何もそんなに怯えなくても。

「ンー、痛い?」
「そりゃ、いてぇよ」

 ゼラの右手が男の顔に、ゼラの左手が肉の抉れた男の右腕に。

「なー、だ」

 ゼラの両手が淡く白く光る。担架の男は大人しくしているが、

「うわっ? 熱っ!」

 驚いて左手で自分の右手を触る。

「肉が、盛り上がってる? もとに戻った?」
「目、治したよ」
「なんだって?」

 担架の男は上体を起こし、片目に巻いた包帯を取る。手で右目、左目、と交互に隠して、視界を確認するように、瞬きしながら周囲を見回す。

「俺の右目は、矢が刺さって、潰れたんだが」
「見えてる?」

 ゼラが可愛く小首を傾げて問う。男は何度も頷いて、どもりながら、ありがとうと口にする。ゼラの魔法を観察しているルブセィラ女史はニンマリしている。

「ほう、治癒の速度は上級回復薬(ハイポーション)並、しかし、欠損した部位をこの速度で治すとは上級治癒の“再生(リヴァイブ)”を越えていますね。眼球の再生が一声、いえ、二声ですか? ゼラさん、まだいけますか?」
「ウン、よゆー」
「では次の怪我人を運びましょう。そこの治ったあなた、次の人に場所を空けてください。それと治癒前と治癒後の状態をレポートに。あぁ、アルケニー調査班は治った怪我人から聞き取り調査で。はい、次の方」

 ルブセィラとエクアドが仕切り、アルケニー監視部隊が担架を運び、次から次へと怪我人を治していく。

「なー」
「うお、折れた足が? もう立っても痛くない?」
「なー」
「嘘だろ? 切れた指が生えた?」

 本来であれば応急手当のみ。部位の欠損は落ち着いてから治癒術師の“再生(リヴァイブ)”と上級回復薬(ハイポーション)で治療する。それがゼラの治癒の魔法は欠けた肉、指、耳、などもあっさりとこの場で再生させていく。

「ゼラさん、腕一本、足一本の再生は可能ですか?」
「ンー、時間かかるよ? 数、いっぱい、できない」
「ほう、流石のゼラさんでも、大きく欠損した部位の再生は難しいですか。それでも切れた耳が目に見えて再生していく様は、おもしろいですね」

 怪我人はすぐに治るのだが、ゼラとルブセィラ女史に怯えているような? 俺も怪我人を運ぶのを手伝おうとするとルブセィラ女史が。

「カダール様はカダール様にしかできないことを」

 ルブセィラ女史が言う俺にしかできないことは、ゼラがやる気を出せるようにすること。ゼラの隣で果実を搾り果実水を作り。ゼラが喉が乾いたら水を飲ませる。ゼラが治癒の魔法を使う度に横からそっと、ゼラは偉い、ゼラは凄い、と褒める。手を伸ばして背中をポンポンと叩く。……なんだこの役割? 助手? 太鼓持ち?

「ほほう、どうもカダール様が褒めた直後は治癒の速度があがりますね。やる気で効果が変動しますか。はい、次の方」

 手際良く次から次へと。自分で歩ける怪我人が自主的に並び始めて順に進めていく。
 ゼラの魔法は、底を知らないかのように治癒を続けていく。それでも何人かまとめて一度に一斉に、とはいかないようだ。一人ずつ怪我の状態を見て、それに合わせて調整している。
 俺は魔術師でも無く専門家では無いが、治癒術は他の魔術よりは高度な魔術と聞く。それを軽く使い、魔力の限界も感じさせずに連続で。
 ゼラの魔法は人の魔術とは違うようだ。ゼラは酷い怪我のところには口づけしそうな程に顔を近づけて、まずじっくりと見る。それから治癒の魔法を使う。一人づつ順番に丁寧に。
 ゼラに対抗心を燃やしたか、テントの治癒術師は専門家として負けられないと気合いが入ったのか、怪我人を治す速度が上がる。

「ンー? カダール、そこの人は?」

 ゼラが指差す方には担架に乗せて運ばれる男が一人。怪我人かと近づいて見れば、担架を持つ男は泣いていた。担架に乗り目をつぶる男は、既に死んでいる。運ぶ途中か。
 ゼラに振り向いて、

「こちらは、もう手遅れだ」
「ンー、そう?」
「あぁ、呼吸も止まり脈も無い」
「でも、まだ、死んでないよ?」
「は、あ?」

 呼吸も脈も無いのに、死んでない?

「間に合う、よ?」

 と、ゼラが言うので目をつぶり動かない男をゼラの前に運ぶ。担架を運びながら泣く男は、倒れた兵の戦友か。

「こいつのおかげで、俺は生き残ったんだ……」
「そうか、立派に戦ったのだな。王軍の誉れだ」
「バカだこいつは。俺なんか守って」
「あなたを大事な友と思えば、咄嗟に動いてしまったのではないか?」
「この戦いが終わったら、故郷に帰って、幼馴染みにプロポーズするって、言ってたんだ。それがこんなところで、死んでしまいやがって。このバカが……」

 思わずエクアドと顔を見合わせる。戦いの前に戦いの終わった後のことを、夢見るように口にし過ぎると、意地悪な死神を呼び寄せる。迷信ではあるが、この男はその迷信の通りになってしまったのか。
 ゼラが目の前に横たわる男をじっと見ると、男の身体の上に両手をかざす。

「らい」

 ゼラの両手のひらの間に雷が走り、小さな稲妻がゼラの手から倒れた男に落ちる。死んだ、としか見えない男がビクビクと身体が跳ねる。陸に上げられた魚のように動く姿は不気味だ。周囲の皆も痙攣する男から半歩離れる。何故、死体に雷系の魔法を? 

「ぜ、ゼラ? これで生き返るのか?」
「ン? 死んでない、よ?」
「心臓も呼吸も止まっているのに?」
「ビックリしたら、心臓、動く」

 いや、ビックリして心臓が止まるかと思った、とか言うから逆じゃ無いのか? ゼラはガクガクと震える男の身体を両手で押さえて、

「なー! だー!」

 今までより強めに声を出す。ゼラの両手が白く光り、その光が男の身体の中へと溶けていく。ガクンガクンと暴れていた身体は静かになった。アルケニー監視部隊と治った怪我人とこれから治療する怪我人、治癒術師が何事かと注目している。その中で、ゼラの手の光が薄れて消えていく。

「がはあっ?! ごほっ!」

 死んでいた男が息を吹き返した。虚ろな目で、何が起きたか解らないという顔で、寝転んだまま辺りを見回す。死んだ筈の男が、目を覚ました。男は混乱したまま口走る。

「……ここは? さっきの白い川は? 向こうでばあちゃんが手を振ってて……」
「おい! 生き返ったのか? アンデッドじゃ無いのか? 俺が解るか?」

 泣いていた男が、目を覚ました男の肩を掴みガクガクと揺さぶる。信じられん。ゼラが死者を蘇生させた? ルブセィラ女史が眼鏡を光らせてゼラに問う。

「ゼラさん、これは“蘇生(リザレクション)”ですか? 死者の復活ですか?」
「ンー? 違うよ。その人、死んでない」
「そうですか、ゼラさんが何をもって死と判断するのか解りませんが。私達は呼吸も脈も止まり反応が無ければ、死んだものとしていますので、それを死んでないと言うのは……」

 ルブセィラ女史が周囲で驚いて見ている兵に告げる。

「何をボンヤリ見てますかあなたたちは。死んだと思われる者をさっさと運んで来なさい。まだ、死んでないかもしれませんよ」

 そして慌ただしく人が動き出す。ゼラは次から次へと治療していく。死んだと思われた者が全てゼラの治癒で生き返ったりはせず、ゼラでも治癒が無理な者はいた。それでもかなりの数が、死んだはずの者が生き返った。ゼラが言うには死ぬ前に治癒が間に合った、ということらしいが。
 エクアドとアルケニー監視部隊が仕切り、怪我人を運ぶ。治療が終わったもと怪我人が手伝いを申し出る。

「なー、だ!」

 治療が終わった者の中には、指で教会の聖印を切り手を組んで、治癒の魔法を使うゼラに祈りを捧げる者がチラホラと出てきた。
 ゼラの治癒の魔法は凄いが、また、何かやり過ぎてしまったような気がする。それでも、

「ゼラが俺の仲間を治してくれて、俺は嬉しい。偉いぞ、ゼラ」
「むふん、えへー」

 ゼラの頭を撫でて褒める。ふにゃりと溶けるように微笑むゼラ。皆の怪我が治るのならいいことだ。

「ゼラ、もう少し、やれるか?」
「ウン! 任せて!」

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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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