第十五話

文字数 4,641文字


「お前ら、ワシがおらん間に無茶な策を立てるで無いわ」

 戻ってきた父上に注意される。父上の後ろについて来たのはこの町のハンターギルドの支部長。がっしりとした体格の強面の男。間近にゼラを見て少し緊張している。

「ン、この人には、ついてないよー」
「そうか。ありがとう、ゼラ」

 ゼラにギルド支部長を見てもらい“精神操作(マインドコントロール)”されてないかチェックしてもらう。今のところフェディエア以外には見つかっていない。

「人を操ることができるというなら、町の要職にある者から“精神操作(マインドコントロール)”されているのかと思っていたが」

 ルブセィラ女史に聞いてみる。この中では魔術について詳しいのはルブセィラ女史だ。水系と風系が使える魔術師。俺は調査と検査の為に魔術を使ってるところしか見たことは無いが。ルブセィラ女史はいつものように指で眼鏡の位置を直して。

「“精神操作(マインドコントロール)”の条件が厳しいのかもしれませんね。フェディエアさんの言う青いドレス姿の女邪術師が額に触れる。これ以外にも、一度に支配できる人数に限界があるのかもしれません。それと、フェディエアさんの支配が解けたことを、その邪術師は知覚できているかもしれませんね」
「その魔術がどういうものか解れば、対策もできるのだが」
「精神に関与する魔術は消失してますから。何処の古代遺跡からもその手の魔術、魔術具は見つかってません。古代学者の調べでは、その分野だけ意図的に消失したか隠されたかのようだと。このことから人の精神に関わる魔術の研究か失敗が、古代魔術文明の滅びに関わっているという説があります。これが精神に関わる魔術が禁忌とされる理由にも繋がっていますね」
「魔獣の中には人に“魅了(チャーム)”や“混乱(コンフュージョン)”を使ってくるものがいるというのに」
「今のところ人の魔術で精神に関与するものとしては、治癒系の“精神快癒(マインドキュア)”だけですね。しかし、術の効果を求めて隠れて研究してるのはいくつも有りそうですが」
「魔術講義はその辺でいいか?」

 話が逸れたところで父上に止められる。強面のハンターギルドの支部長が、テーブルの上に地図を広げて説明を始める。

「この黒いバツ印がジツランの町の近くの遺跡迷宮ですわ」
「こんなにあるのか?」
「この辺りには遺跡迷宮が多く、それを狙ってハンターが集まってできたのが、このジツランの町なんで」
「この町から離れたところにある赤い丸は?」
「赤丸は現在探索中の遺跡迷宮です。黒いバツ印は探索が終わったもので、目ぼしいものも無くなって、住み着いた危険な魔獣も討伐済みですわい」
「ということは、黒バツの遺跡迷宮は今はどうなっている?」
「ハンターには用無しなんで、行く奴もいませんわい。近くにあって雨でも降ったら、雨宿りに使うぐらいですな」
「こそこそしたい奴等が隠れてアジトに使えるってことか」

 ざっと見て黒いバツ印は十二、中には地上のみで地下階層の無い小さなもの、老朽化でボロボロになっているのもあるとか。

「これをひとつひとつ調べるのも手間で、ハズレを探ってるところを感づかれたら、黒幕に逃げられるかもしれない」
「やっぱりカダールが一度拐われるのが手っ取り早い。本拠地が解る」
「エクアドもそう思うだろう?」

 父上が髭を摘まみながら嘆息する。

「カダールにエクアド。お前らゼラがいれば何とでもなるとか、甘く考えていないか?」
「ですが父上、ゼラには俺が何処にいるのか、なんとなく解るというので。奴等が俺がゼラを操っているとか考えているなら、俺が殺される心配は有りません。生かして魔術で操り使おうとするでしょう」

 エクアドがゼラを見上げる。

「例えカダールが操られても、ゼラのデコピン一発でもとに戻る訳だし」

 皆がゼラを見上げる。ゼラがどんな顔をしているか、今の俺には見えない。父上が俺を見て、

「で、カダールとゼラはどうしたのだ?」
「それが……」

 今の俺は後ろからゼラが抱えて持ち上げている状態。脇の下からゼラの手が出て胸のところを抱きかかえていて、頭の上にゼラの顎が乗っている。
 フェディエアが隣でゼラを見上げてクスリと笑う。

「私がカダール様に触ってベタベタするのが、ゼラさんには気に入らないみたいです。これは作戦の為のことなのですが」
「ンー」
「ゼラさん、囮作戦にはカダール様が私に騙されたフリをしないといけないのですよ?」
「ヤ、」

 頭の上に乗るゼラの顎が動いたので、プイスとフェディエアから顔を背けたのだろう。プランとぶら下げられたままゼラを説得する。

「ゼラ、少しだけ我慢してくれないか?」
「うー、」
「この町の近くにいる怪しい奴等を掴まえないといけないんだ」
「ゼラがやっつける!」
「でも、ゼラには森に入ったハンターと、その黒幕集団の区別がつかないだろう? それにゼラは人を襲わないって」
「ンー、だけどでも、なんか、その女、ヤ」
「フェディエアも父親を助けたいんだ。解ってやってくれ」
「うー、カダールー」

 俺の頭頂部に額をグリグリとするゼラ。エクアドと二人で説得してみるが、ゼラは嫌がっている。俺を下ろしてくれない。

「ゼラが嫌がるのであれば、この作戦は無しにするか?」
「父上、それでは後手に回り続けます。ゼラ、どうしても嫌なのか?」
「うー、だって、だって、カダール、やっぱり人間の女の方がいいの?」
「そうじゃ無いだろ。これはどっちがいいとかいう話じゃ無い。俺の一番はゼラなんだ」
「でも、ゼラだと、カダールとムニャムニャできない。カダールに我慢させちゃってる。ゼラ、人間の女じゃないから」
「そんなことで俺は他の女に行ったりしないぞ、ゼラ」
「ほんとに?」
「ほんとだ」
「ほんと?」
「ほんとだとも」
「カダールぅ」
「ゼラ……」
 
 ヒョイと持ち上げ直されて、クルリと前後を回されて、ゼラに正面から抱きつかれる。胸に抱く黒い髪に頬をつける。それは、まぁ、俺も我慢していろいろと溜まってるところはある。毎晩、ムラムラモヤンモヤンしてる。が、それをゼラ以外で発散しようって気にはならない。ゼラとしか、したことは無いから、他の女はどうなのだろうとか、興味が無いと言えば嘘になる。だが、そんな小さな興味でゼラを悲しませたり、怒らせたくは無い。
 しがみついてくるゼラを泣かせたくない。そんな思いでゼラの背を撫でていると、

「……ずいぶんと見せつけますね。見てると羨ましいというか、イラッとするというか」

 すぐ隣でフェディエアが呆れたように言う。コホンと咳払いして、フェディエアはゼラに向き直り手を組み祈るように。

「ゼラさん。ゼラさんにとってカダール様が大事なように、私にとって父は助けたい大事な人です。どうか手を貸してくれませんか?」
「ンー、」

 ゼラもけっこう俺以外の人の話を真面目に聞くようになった。関わる人が増えて、人の事を学んできたということだろう。フェディエアの話を聞くゼラは、フェディエアに同情しているようだし。

「ゼラ、頼む。ここで黒幕を叩いておかないと、俺はいつまでも狙われてそのうち拐われるかもしれない」
「それは、ヤだ」
「ウィラーイン領に、俺のナワバリにやって来た、気にくわない奴等を潰すのを手伝ってくれないか?」
「うー、」
「ゼラが気に入らないのは解ったが、ちょっとだけ我慢してほしい。頼む」
「ンー、解った、我慢する……」

 不満顔でむくれたまま、ゼラは俺を床に降ろす。なんとか了承してくれたか。そんな俺とゼラを見ていたルブセィラ女史がゼラに近づいて。

「ゼラさん。これが上手くいったらカダール様とムニャムニャする方法を試してみましょう」
「できるの? ルブセ?」
「実際にちゃんとできるかどうかは、試してみないと解りませんが。いくつか考えてみたことがあります」

 いきなり目を輝かせてルブセィラ女史を見るゼラ。いつの間に愛称で呼ぶように? それとルブセィラ女史の考え? ちょっと嫌な予感がするが、聞いてみるか。

「ルブセィラ、例えばどんな方法が? 前の集団魔術で“拘束(バインド)”とか無しで」
「はい、私がカダール様に“身体強化(ストレングス)”を、ゼラさんにはほとんど効果が無いかもしれませんが“身体弱化(ウィークネス)”をかけます。こうすればムニャムニャできるかもしれません」

 ゼラの顔がパアッと明るくなる。夢見る乙女のような笑顔だ。しかし、“身体強化(ストレングス)”?

「ルブセィラ、確か俺の知ってるそのふたつの魔術は、相手に触る必要があったハズだが」
「そうですよ。なので私が側でムニャムニャの初めから終わりまで、お二人に触って“身体強化(ストレングス)”と“身体弱化(ウィークネス)”を調整しながら、かけ続けます。途中で切れると危ないですからね」
「それは、俺とゼラのムニャムニャをルブセィラが側でずっと見続ける、ということか?」
「ええ、ですが私もわきまえております。カダール様の得物がどんな大きさでどんな太さでどんな形か、言いふらしたりはしませんよ。男性はそういうのを他人と比べられるのは嫌がることは、知っていますので」

 気を使ったつもりで、その気遣いは嫌だ。ルブセィラが側で目をギンギンとさせてるところで、ムニャムニャするところを想像してしまって片手で目を覆う。嫌に過ぎる。

「……却下で」
「ゼラさんの方は調査資料に残さねばなりませんが、関係者以外には極秘としますのでご安心を」
「関係者って、エルアーリュ王子も見るってことだろう? ますます却下で」

 なんで俺とゼラのムニャムニャをこのルブセィラ女史に間近で見られないといけないんだ? その上、その様子が資料に残されるだと? そしてあのエルアーリュ王子に俺とゼラの夜のムニャムニャがつまびらかに? 冗談じゃ無い。

「えー? カダールー」

 ゼラがせつない顔で俺を見る。そうか、裸を見られるのが恥ずかしく無いゼラは、ムニャムニャするところを人に見られても恥ずかしくないのか? と、いうことは俺一人の羞恥心の問題になるのか? 俺が我慢すればいいのか? いやまて、他人にジロジロ観察されながら、俺はできるのか? まさか、それでもできるようになれと練習しろとか、そうなったりするのか? うむ、嫌だ。ぬぐぅ。

「ルブセィラ、できたら他の方法で頼む」
「はい、案はいくつかありますので。アルケニー調査班からも試案が出てますから」

 そうか、みんなで考えてくれてるのか。ありがたいが恥ずかしい。頭を抱える俺を見たフェディエアが眉間に皺を寄せてエクアドに問う。

「どうしてここでカダール様とゼラさんの夜の生活を聞かされることになるのですか?」
「これはこれで、今、こちらで起きている問題のひとつなんだ」
「……よく解りませんが、カダール様。まじめに父の救出作戦を考えて下さい。いやらしい事ばかり考えてないで」
「フェディエア、俺がムニャムニャの事を言い出したんじゃ無いぞ? あと、いやらしいことで頭がいっぱいでまじめに考えてないと思わないでくれ。なんでこの話になった?」

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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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