第十二話
文字数 4,800文字
「約束通り、今回はチーズの人としてお目にかかろう」
「わぁい♪」
エルアーリュ王子がやって来た。挨拶もそこそこに包みを開けて、白い丸いチーズをゼラに捧げるように渡している。
「外は白いカビに覆われて固いが、中身はトロリとしている。アスクオレ産の一品を氷系の魔術師を同行させて、冷温保存して運んだものだ。ゼラの口に合うといいのだが、どうか?」
「おいし! このチーズ、トロトロしてておいし! カダール、これおいしいよ!」
「良かったなゼラ。ほら、美味しいものを貰ったら?」
「ウン、ありがとう! チーズの人!」
ゼラがお礼を言って、チーズの人呼ばわりされたエルアーリュ王子はニッコニコだ。これを運ぶ為にわざわざ氷系の魔術師を連れているのか? 贅沢なものだ。
「カダール、あーん」
ゼラが俺にも味見させようと指に摘まんだ白いチーズを差し出す。アスクオレ産の白カビチーズ、そんな高級品を現地に行かずに口にできるとは。ゼラの指に挟んだチーズを口に入れる。む、柔らかい、そして濃厚、これは旨い。ゼラが美味しいとニコニコしてるのを見ながら食べると、より一層美味しい。
「ゼラ、美味しいからって一度に食べ過ぎ無いようにしようか」
「ウン、あむあむ」
聞いてはいるのだろうが、チーズが好きなゼラはこれまで口にしたことの無い種類のチーズに夢中になっている。
エルアーリュ王子が来たのはゼラにチーズを持って来ただけでは無い。ゼラをアルケニー監視部隊に任せて屋敷の中へ。
応接室で話をすることに。
父上、母上、俺にエクアド。フェディエアとフェディエアの父、バストレード。
エルアーリュ王子の方は王子の片腕、壮年の騎士ラストニル。彼は父上とは剣の腕を競う間柄で父上の友人でもある。もう一人は王子の諜報部隊の女、ハガク。最近はウィラーイン領諜報部隊フクロウの強化の為に指導をしてくれている。なんでもフクロウのクチバと同じ東方出身だという。
そして、
「今日はこの男を紹介したい」
「初めまして、シウタグラ商会を経営してます。パリアクスと申します」
エルアーリュ王子と並ぶのは青い髪の青年。肩で切り揃えられて流れる青い髪の、優男というか美青年。こちらも挨拶を終えて、シウタグラ商会長パリアクスの珍しい髪の色をつい見てしまう。パリアクスが俺の視線に気がついて、自分の髪を一房摘まむ。
「こちらではこの髪色は珍しいでしょう」
「青い髪、ということは中央の至蒼聖王家の方ですか?」
「聖王家以外にも中央ではたまに青い髪の者が産まれます。祖先を辿れば王家から出奔した人だったりと。私の髪は先祖帰りですね。この髪色のおかげで、中央では一目置かれるので」
クスリと笑うパリアクス。エルアーリュ王子が説明をしてくれる。
「パリアクスのシウタグラ商会は大きなものでは無いが中央との取り引きがある。私が中央の動向を探るのに使っている商会だ」
「中央の噂話を運んでいるだけですがね。この度、ローグシーの街にシウタグラ商会の支店を置かせていただきたいと、お願いに参りました」
以前、エクアドとも話していたローグシーの街の商会。最も大きな商会、バストルン商会が無くなった混乱は治まってきてはいる。しかし、安定させた上に今後、信用できる商会、できればアルケニーのゼラのことを含めて秘密を守れるような取り引きができるところがあるといい。
これでシウタグラ商会の支店をローグシーの街に、となった。
パリアクスはもとバストルン商会長、バストレードに視線を移す。
「バストレードさんも、この度は不運なことでしたが、商会は再建させないのですか?」
父上の隣に座るバストレードは表情を曇らせる。
「ローグシーの街で商いをするには、バストルン商会は信用を落としてしまいましから」
「バストレードさんならばその信用を回復させることもできるでしょうに」
「いえいえ、それにシウタグラ商会ならローグシーの街を任せられます」
親しげに話しているバストレードとパリアクス。知り合いなのか? バストレードがこちらに向き直り、
「シウタグラ商会とは取り引きをしたことがありまして。商会長パリアクスは若いですがなかなか強かな商人です」
「いえいえ。私は引退したと言いながら口を出す父の使い走りのようなものですよ」
「ご謙遜を。あなたの父が息子に任せた方が良いとさっさと引退して、アドバイザーになったと聞いてますよ」
「そう言ってるわりには口煩いんですよ、あの父は。話は変わりますがバストレードさん。シウタグラ商会で勤めてみませんか? ローグシーの街のこともいろいろと教えていただきたいですし」
「それは魅力的なお誘いですが、私はウィラーイン伯爵家にお仕えすることになりまして。私と娘をお救いくださいましたハラード様に、少しでもご恩を返そうと、身と知恵を捧げる所存ですので」
「そうですか、残念ですね。かつて商会長のバストレードさんなら、いずれシウタグラ商会の支店をひとつ任せられるのではないかと考えてましたが」
バストレードがローグシーの街を任せられると言うなら、パリアクスは商人として一流、ということか。
父上、母上と商会長パリアクスが話をして、もとバストルン商会の建物をリフォームしてシウタグラ商会が使うといった話をまとめる。
エルアーリュ王子が中央を探るために裏から支援するというシウタグラ商会のことも説明してもらい、細かいところは後日というところで話をまとめる。
少し気になったところを聞いてみようか。
「ローグシーの街に支店を出すということですが、商会長が直々にですか?」
「ローグシーの街を実際に見ておきたかったので。それと、プラシュ銀鉱山が復活しアルケニーのゼラさんがいるローグシーは、今後、注目されることになります。シウタグラ商会はローグシーに拠点を置くことも考えていますよ」
「王都から離れて中央からも遠いのにですか?」
商会長パリアクスはニコリと笑う。細めた目の奥がいろいろと考えを巡らせているような。
「盾の三国は文化面、魔術面、ともに進歩してきており、今後は中央との関係が変化していくと見ています。スピルードルから中央への輸出は増えても、中央からスピルードルへ輸出するものは年々減っていってますからね」
「確かに、ですがまだ中央からの輸入品を高級品という風潮はありますよ」
「それでも盾の三国の工芸品の水準は高くなってきましたので、かつて程に中央の品を有り難がることも無いので」
これもスピルードル王国に昔よりも余裕ができたからだろうか。魔獣対策が進み被害を減らしたことで作物は豊富。中央に輸出する余裕がある。かつては中央でしか作れないガラスも今では自国で作れるようにもなった。
エルアーリュ王子がパリアクスに、
「どうだパリアクス。そろそろお土産を出してみては?」
「そうですね。中央より離れたウィラーイン領に来た、その目的の物をお見せしましょう」
エルアーリュ王子とパリアクスがイタズラっ子のようにクスクスと笑う。なんだ?
パリアクスに案内されてシウタグラ商会の馬車に。護衛に囲まれてやたらと厳重な一台に案内される。
「これをウィラーイン領に持って来るのがエルアーリュ王子の計画でして」
「それをそそのかしたのはパリアクス、お前だろうに」
「おや? エルアーリュ王子もお好きでしょうに」
「だからと平然と危ない橋を渡るか」
「この程度になんの危険があるのやら」
なにやら不穏な会話をエルアーリュ王子としながらパリアクスが見せるのは、鉢植えの苗木。
父上が尋ねる。
「怪しい会話をしているが、これは何の木だ?」
「中央から持って来た、お茶の木、ですね」
ニヤニヤと笑いながらパリアクスはしれっと言うが、お茶は中央の名産。茶葉は輸出していてもその木を持ち出すのは、
「密輸じゃないか?!」
「はい、密輸です」
「何をやってるんだ?」
「お茶の葉の成分が蜘蛛の魔獣の対策になるからと、研究の為にスピルードル王国で栽培してみたい。と、エルアーリュ王子が言ってましたので、こっそりと中央より持ってきてみました」
「これが中央にバレたらシウタグラ商会は」
「何、バレなければいいのですよ。なので秘密にしてくださいね」
何を言い出しているんだこの商人は。中央は茶葉を輸出する為に、お茶の木そのものは厳重に管理しているはずでは。
「魔獣深森に近いウィラーイン領。魔獣狩りのハンターが森の奥で目新しい木を見つけた。なんだかお茶の木に似てるなぁ、と、持ち帰って調べてみたら、中央のお茶の木に良く似た植物だった。というシナリオが進行中です」
「それで通すつもりか? その為にウィラーイン領まで持って来たのか?」
「はい、中央よりも遠くてお茶の木を栽培するには都合が良いので」
「エルアーリュ王子、よろしいのですか?」
「私もお茶は好きだが、中央の品は関税が高い。なのでルブセィラの話を聞き、本格的に我がスピルードル王国でお茶の木を栽培してみようかと」
その為に密輸って。下手すると国際問題だぞこれは。
「成功すればもう中央より輸入することも無くなる。どうだウィラーイン伯爵。この地でお茶の木を栽培してみないか?」
「ふむ、おもしろいですな」
「この地で茶葉が取れるようになれば、ゼラも喜ぶだろうし」
「それはやる気が出ますな」
父上、本気ですか? 笑ってるが目が本気だった。これが火種になって中央とお茶の木戦争とかなったら、バカらしいことになりそうだ。
「パリアクス、上手く行くのかこれは?」
「ここまで運ぶのが一番危険なところで、それを越えてしまいましたからあとはどうとでもなります。この木は魔獣深森で見つけたもの、ということにしてしまいますから」
これまで黙って見ていた王子の隠密ハガクが口を出す。
「ローグシーのハンターギルドには根回しがしてある。奥地まで行ったハンターが見つけたお宝のひとつに工作している。中央からわざわざここまで調べに来ることも無いだろう」
既にハンターギルドにまで手が回っていた。母上がエルアーリュ王子を見て、パリアクスの目を見る。
「黙ってこっそりとすることもできたのに、私達に見せた理由をお聞きしても?」
「我らシウタグラ商会はウィラーイン伯爵家に隠し事はしません。これを見せたのはシウタグラ商会というものをウィラーイン伯爵に知っていただこうかと」
「ついでに共犯者になれということね?」
「私を中央に突き出すこともできますよ」
「そうねぇ。でも私もお茶は好きだから、手伝うのもいいわね」
「ありがとうございます。このパリアクス、ウィラーイン領とスピルードル王国の益の為に働かせていただきます」
このお茶の木栽培計画は父上の勧めで、バストレードが主導で進めることに。それをシウタグラ商会が援助するという形に。
このウィラーイン領でお茶の木の栽培実験が始まった。
「エクアド、これってどうなるんだ?」
「成功するとウィラーイン領の注目度、重要度が更に上がることになる」
エルアーリュ王子が、くくく、と笑う。
「スピルードル王国に今のウィラーイン領ほど、誰もが気にする地は無いぞ。お茶の苗木の密輸程度、霞んでしまうくらいだ」
こうしてローグシーの街にシウタグラ商会の支店が誕生した。これで新しい屋敷の建設も、アルケニー監視部隊の宿舎を建てるのも進むだろう。
「お茶の木? お茶が取れるの?」
「上手く行けばだが」
「お茶♪」
ゼラは楽しみにしている。
さてどうなるのか。