第十四話◇アルケニー監視部隊の女ハンター、前編
文字数 4,938文字
「虫は嫌いか?」
「虫? 別に好きでも嫌いでも無いね」
「蜘蛛については、どう思う?」
「どう思うって言われても、そうだね、蜘蛛の巣を見るとああして罠をこしらえてじっと待ってるっていうのは、頭が良くて怠け者の虫なんじゃない?」
「蜘蛛の見た目については?」
「と、言われてもねぇ。学者でも無いからなんとも」
森でブラックウィドウ討伐やったときには、デカイ蜘蛛うわ恐ぇって思ってチビりそうになったことは黙っておく。ハンターとして雇うって奴には、魔獣相手にビビるとこなんて見せられないからね。
目の前の男があたしの腕をどう判断するのか、さてどんな仕事か。いい稼ぎになるなら、たいていのことはできるってもんさ。
あたしを値踏みする小ざっぱりとした男は少し考えて頷いて。
「腕のいい度胸のあるハンターとは聞いているが、少しテストさせてもらう。それで合格となれば雇いたい」
男はそう言って立ち上がる。そのあとをついて行く。テストというのも腕試しかと思ってたら、読み書きだとかパーティ組んでの団体行動で上手くやれるかとか、そんなんだ。
あたしは簡単な字しか読めない。難しいのはこれまで人を頼りにしてた。それでも女で腕が立ち魔獣を恐れない、それなりに団体行動、というかパーティ組んで動けるってことで合格らしい。
そしてあたしは王子様直属の特殊部隊。アルケニー監視部隊で務めることになった。
この国のイケメン王子は実力主義って聞いてるけど、あたしみたいなのが王軍、しかも王子の直轄だなんて、いいのかねこれ? 給料がいいんでつい引き受けちまった。
アルケニーの監視だなんて、なんだそりゃ? とは思う。部隊の面子を見るとこのローグシーの街のハンターギルドで見知った顔もチラホラ。騎士もいるが全体で女が多い。で、このウィラーイン領らしく慣れなれしいのが多い。中央から来たあたしには、未だにここのお人好しどもに戸惑うことがある。
部隊の仲間ともそれなりに仲良くやって、当番で屋敷の夜の見張りをしてた。アルケニーを見張るんじゃ無くて、屋敷に侵入しようって奴を警戒。アルケニーを探ろうってのがちょこちょこいる。
確かに珍しいんだろうけど、あの蜘蛛の姫は。
夜中、篝火の側で門の近くに立つ。とくに何事も無くて眠くてしょうがない。二人組でやってるんだが今はもう一人がトイレに行ってる。あの女騎士、明るくてお喋りだが、それが眠気覚ましにはいいってことなのか。
「何してるのー?」
「何って見張りだよ。見りゃわかんだ……」
言いながら振り向いて、口が止まる。夜の星空の下、目の前に立つのは異形。下半身は巨大な黒蜘蛛、上半身は褐色の肌の少女。魔獣アルケニー。赤紫に輝く瞳があたしを見下ろしている。暗い夜に浮かぶ不吉な二つの星のように。半人半獣、人語を解する怪物。絶対に怒らせるな、と厳命されている黒髪の蜘蛛の姫。
裸に白いエプロンが篝火に照らされて、そこだけが白い。
「みはり?」
小首を傾げて可愛い顔が、あどけなく子供のように聞いてくる。慌てて姿勢を正して返答する。
「ハイ、ゼラ様。夜間の警備をしております」
「ゼラさま? ゼラはゼラ」
「ハイ、知って、いえ、存じております」
「ンー、ゼラは、ゼラだよ? けいび? さっきはみはりって、けいびとみはり、ちがうの?」
子供のように、というかまるで子供じゃねえか。この子供みたいなおつむのアルケニーに裸エプロンなんて着させてるのか、カダール副隊長って変態だ。
「ひとり? さみしくない?」
「いえ、相棒は今はトイレに。すぐに戻って来ます」
「ふーん」
本心を正直に言うと、夜の中でこのアルケニーと一人で対峙するのは、少し恐い。下半身のあの大きな蜘蛛の爪なら、あたしを引き裂くのは簡単そうだ。
「ゼラ様、おひとりですか?」
「ゼラさま、ちがう、ゼラはゼラ」
「えぇと、ゼラさん?」
「さん、とか、さまって、なに?」
そこから知らないのか。魔獣なんだから知らなくて当たり前? なんて説明すりゃいいんだこれ? 魔獣と戦わないなんてどうすりゃいいんだか。ええと、
「敵がこないか、こうして見張っているんですよ」
「寝ないの?」
「皆が安らかに眠れるように、守っているんです」
「ふーん」
こうして面と向かって話をしてると、落ち着いてくる。敵意が無いっていうのが解るからだろうか? まだこの下半身大蜘蛛の女の子は見慣れないけど。
「みー」
アルケニーが一言呟いて指を振る。その指先から白い光の玉が生まれて宙に浮き辺りを照らす。魔法の明かり。
「これで朝まで明るいよ」
「ゼラ、散歩はもういいか?」
「カダール」
保護者が迎えに来た。この屋敷のお坊ちゃんで副隊長のカダール様。
「ゼラが何か迷惑を?」
「いいえ、少し話をしただけで」
「そうか、これからもゼラの話相手になって欲しい。できたらいろいろと教えてやってくれないか?」
あたしがハイと返事をすると副隊長はアルケニーの手を取って行ってしまった。側には白く光る魔法の玉が明るく光っている。朝まで明るいって言ってたか。あの蜘蛛の姫はあたしに気を使ったのか? 変な魔獣だ。
蜘蛛の姫にも慣れてきて、部隊の連中とも仲良くなり酒を飲んで話をすることもあり、の。飯を食いながら話をしたり。
「ゼラちゃんって、ちゃん呼びでいいのかよ」
「とは言ってもなんだか子供みたいだし」
「副隊長と結婚したら次期伯爵婦人だろ?」
「まだ結婚前だし、様つけて呼ぶのもなんか違うでしょ」
「なんだ、ゼラの嬢ちゃんの話か?」
「そっちはお嬢ちゃんかよ」
「お嬢ちゃんか姫様かで迷ったが、話してみりゃ、姫って感じでもねえし。だったらお嬢ちゃんでいいんじゃねえか?」
この部隊ってユルくないか? 隊長も副隊長も貴族で騎士だってのに、皆気安い。まぁ、あたしも貴族だからってそんなペコペコする気も無いけどさ。
で、このアルケニー、庭でなにしてんのかって見てると、テーブルーマナーだとか勉強してる。なんだろう、この現実感の無い風景。
「十三年と想い続けて、タラテクトがアルケニーになったんだって」
「それ、聞いたけど未だに信じられないねぇ」
「あの絵本の中の人間になる魔法ってのは?」
「いやゼラの嬢ちゃんは自力であの姿になったってよ」
どうもこの部隊に入ってからはお伽の国にでも迷い込んだような気分になる。絵本『蜘蛛の姫の恩返し』これがアレンジされててもその中身はうちの副隊長とうちの蜘蛛の姫だとか。
助けられて惚れて恩返しに、そのために人間に。ほんとかよ。
ゼラちゃんとも仲良くなって、一緒にクッキー食べたりする。甘いものはそこそこ好きらしい。
同僚の女騎士が話しかけてくる。
「ちょっと手伝って」
「何を?」
「お菓子作り。ゼラちゃんにね、お茶の香り付きのケーキを焼こうかと」
「あたし、菓子作りとかやったことねぇんだけど」
「生地を練ってくれたらいいから」
あたしがお菓子作りだぁ? それもゼラちゃんに? 蜘蛛の姫に仕える家臣かあたしらは? いや、それで間違って無いのか。なんだろうこの、絵本のようなふわふわした毎日は。
「おいしい!」
「良かったー。こういうのがゼラちゃんの好みなのね」
ケーキをあむあむと喜んで食べるゼラちゃん。こうしてお菓子を嬉しそうに食べるとこ見ると、可愛い子供みたいだ。うん、副隊長はロリコンだ。
「あ、でも、お茶入ってる? だいじょぶかな?」
「このくらいなら大丈夫ってルブセィラに聞いてるから」
「ンー、おいし、フワッてする」
作るの手伝ったあたしも一緒に食べる。ほんのりお茶の香りのする贅沢なケーキを。ほのぼのした不思議な雰囲気の中で。なんだかあたしもこのお茶に酔ってるんじゃ?
「あんたも賭けに乗る?」
「賭けって、何を?」
「うちの副隊長がゼラちゃんに手を出すかどうか」
「もう手は出してんじゃねえの? 夜は一緒に寝てるんだし」
「それが最後の一線は越えて無いのよね。それで、うちの副隊長がゼラちゃんが完全人化まで我慢できるか、アルケニーでも構わないって、抱いちゃうか」
「なんてもんを賭けにしてやがる」
普通の男だったらどんな美少女でも下半身蜘蛛の魔獣には手は出さねぇだろ。でも、蜘蛛が人に惚れて半分人間になって押し掛けてきたなんてのが、既に普通じゃ無い。
あの真面目な顔で固まってるような副隊長は、ゼラちゃんを見る顔はニッコニコだもんな。もうさっさとくっついちまえ。
「じゃ、あたしは副隊長が半分蜘蛛でも手を出す方に賭けるか」
「お、私と同じ。そうよねー。お前がどんな姿でも、俺はお前を愛している! とか、やってほしいのよね。ゼラちゃんが報われてほしいし」
夢みたいなこと言ってやがる。ほんとにここは絵本の中なのか? そんな男がいるわけねーだろ。でもなぁ、あの副隊長とゼラちゃん見てると、つまらねぇ結末だけはやめて欲しいと思っちまう。
あたしも染められてきちまったか?
演習ということで行軍して平原に、これが演習じゃ無くて実戦に。まったく国と国ってのは何やってんのか解かんねぇ。相手は死霊術師の国で、ゾンビとスケルトンが相手というのは気持ちが悪い。あたしはアルケニー監視部隊なら前線は無いだろって甘く見てた。
あたしは魔獣なんてのはそんなに怖いものとは思わ無ぇ。弱い奴を食いモンにするのは魔獣も人も変わらない。ときには限度を知らない人の方が怖え。そんな風に考えてた。
本当に恐いものを見て、少しだけ考えが変わった。ゼラちゃん、やべぇ。背中に副隊長乗っけて戦場をあちこち跳び跳ねて、ゾンビもスケルトンもフレッシュゴーレムも小石みたいにぶっ飛ばしていく。ドカンバコンと爆発させる。
最後は、びー、ってアンデッドの残り半数、灰と塵に変えちまった。とんでもねぇ。
あんな力があれば何も恐れるものは無い、か。羨ましい。
アンデッドの数が多くて苦戦のはずが、ゼラちゃん一人でひっくり返して楽勝雰囲気。
「ゼラちゃんのおかげで楽だわ」
戻ってきたゼラちゃんの蜘蛛のお尻をポンと叩く。軟らかな体毛がさらさらしてて撫で回したくなるような、蜘蛛のお尻。
「ンー、」
ゼラちゃんはやることやったのに、ちょいと困り顔で。愛しの副隊長を危ない目に会わせたのと、それでキレて大暴れしたのを気にしてるみたいだ。
で、まぁ、その夜。同僚の女騎士に肩を叩かれて起こされる。なんだ? 何かあったか? ニヤニヤする同僚とゼラちゃんの特大テントに近づくと。
「……あ、ふぅん、カダールぅ」
「ゼラ……」
「カダールのが、入ってるぅ。あん、熱いよぅ……」
……うん、ヤってやがる。ゼラちゃんの泣き声というか、幸せそうな声が聞こえてくる。
戦闘で命の危険を感じた後ってのは、男も女もヤりたくなったりするもんだが、副隊長すげぇな。どうやってゼラちゃんとヤってんだ?
「せめて覗くのはやめてやってくれ。おい、ルブセィラを止めろ。二人の邪魔をさせるな」
エクアド隊長の指示で眼鏡のアルケニー調査班班長を羽交い締めに。あたしも覗いてはみたいがそれで副隊長とゼラちゃんを邪魔して不機嫌にさせたりはしたくない。猿轡かけてもがもがしてる眼鏡を簀巻きにして離れたテントに転がしとく。
女が男に抱かれるとこなんてのは、ろくでも無いことしか思い出さねえ。
「はぁん、カダール、カダールぅ」
人と違って恥ずかしいって思わないのか、ゼラちゃんの声は大きい。それが演技でも無く嬉しそうで幸せそうで、ゼラちゃん良かったな、と思いつつ、なんだか胸の奥がチクリと痛む。
暗い夜の中は静かで、テントの中から聞こえるゼラちゃんの甘く切ない声が響く。そいでアルケニー監視部隊はニマニマしたり驚いた顔したりしながらも、つい静かにして聞き耳立てちまう。
これで賭けに勝ったことにはなるんかな?
「虫? 別に好きでも嫌いでも無いね」
「蜘蛛については、どう思う?」
「どう思うって言われても、そうだね、蜘蛛の巣を見るとああして罠をこしらえてじっと待ってるっていうのは、頭が良くて怠け者の虫なんじゃない?」
「蜘蛛の見た目については?」
「と、言われてもねぇ。学者でも無いからなんとも」
森でブラックウィドウ討伐やったときには、デカイ蜘蛛うわ恐ぇって思ってチビりそうになったことは黙っておく。ハンターとして雇うって奴には、魔獣相手にビビるとこなんて見せられないからね。
目の前の男があたしの腕をどう判断するのか、さてどんな仕事か。いい稼ぎになるなら、たいていのことはできるってもんさ。
あたしを値踏みする小ざっぱりとした男は少し考えて頷いて。
「腕のいい度胸のあるハンターとは聞いているが、少しテストさせてもらう。それで合格となれば雇いたい」
男はそう言って立ち上がる。そのあとをついて行く。テストというのも腕試しかと思ってたら、読み書きだとかパーティ組んでの団体行動で上手くやれるかとか、そんなんだ。
あたしは簡単な字しか読めない。難しいのはこれまで人を頼りにしてた。それでも女で腕が立ち魔獣を恐れない、それなりに団体行動、というかパーティ組んで動けるってことで合格らしい。
そしてあたしは王子様直属の特殊部隊。アルケニー監視部隊で務めることになった。
この国のイケメン王子は実力主義って聞いてるけど、あたしみたいなのが王軍、しかも王子の直轄だなんて、いいのかねこれ? 給料がいいんでつい引き受けちまった。
アルケニーの監視だなんて、なんだそりゃ? とは思う。部隊の面子を見るとこのローグシーの街のハンターギルドで見知った顔もチラホラ。騎士もいるが全体で女が多い。で、このウィラーイン領らしく慣れなれしいのが多い。中央から来たあたしには、未だにここのお人好しどもに戸惑うことがある。
部隊の仲間ともそれなりに仲良くやって、当番で屋敷の夜の見張りをしてた。アルケニーを見張るんじゃ無くて、屋敷に侵入しようって奴を警戒。アルケニーを探ろうってのがちょこちょこいる。
確かに珍しいんだろうけど、あの蜘蛛の姫は。
夜中、篝火の側で門の近くに立つ。とくに何事も無くて眠くてしょうがない。二人組でやってるんだが今はもう一人がトイレに行ってる。あの女騎士、明るくてお喋りだが、それが眠気覚ましにはいいってことなのか。
「何してるのー?」
「何って見張りだよ。見りゃわかんだ……」
言いながら振り向いて、口が止まる。夜の星空の下、目の前に立つのは異形。下半身は巨大な黒蜘蛛、上半身は褐色の肌の少女。魔獣アルケニー。赤紫に輝く瞳があたしを見下ろしている。暗い夜に浮かぶ不吉な二つの星のように。半人半獣、人語を解する怪物。絶対に怒らせるな、と厳命されている黒髪の蜘蛛の姫。
裸に白いエプロンが篝火に照らされて、そこだけが白い。
「みはり?」
小首を傾げて可愛い顔が、あどけなく子供のように聞いてくる。慌てて姿勢を正して返答する。
「ハイ、ゼラ様。夜間の警備をしております」
「ゼラさま? ゼラはゼラ」
「ハイ、知って、いえ、存じております」
「ンー、ゼラは、ゼラだよ? けいび? さっきはみはりって、けいびとみはり、ちがうの?」
子供のように、というかまるで子供じゃねえか。この子供みたいなおつむのアルケニーに裸エプロンなんて着させてるのか、カダール副隊長って変態だ。
「ひとり? さみしくない?」
「いえ、相棒は今はトイレに。すぐに戻って来ます」
「ふーん」
本心を正直に言うと、夜の中でこのアルケニーと一人で対峙するのは、少し恐い。下半身のあの大きな蜘蛛の爪なら、あたしを引き裂くのは簡単そうだ。
「ゼラ様、おひとりですか?」
「ゼラさま、ちがう、ゼラはゼラ」
「えぇと、ゼラさん?」
「さん、とか、さまって、なに?」
そこから知らないのか。魔獣なんだから知らなくて当たり前? なんて説明すりゃいいんだこれ? 魔獣と戦わないなんてどうすりゃいいんだか。ええと、
「敵がこないか、こうして見張っているんですよ」
「寝ないの?」
「皆が安らかに眠れるように、守っているんです」
「ふーん」
こうして面と向かって話をしてると、落ち着いてくる。敵意が無いっていうのが解るからだろうか? まだこの下半身大蜘蛛の女の子は見慣れないけど。
「みー」
アルケニーが一言呟いて指を振る。その指先から白い光の玉が生まれて宙に浮き辺りを照らす。魔法の明かり。
「これで朝まで明るいよ」
「ゼラ、散歩はもういいか?」
「カダール」
保護者が迎えに来た。この屋敷のお坊ちゃんで副隊長のカダール様。
「ゼラが何か迷惑を?」
「いいえ、少し話をしただけで」
「そうか、これからもゼラの話相手になって欲しい。できたらいろいろと教えてやってくれないか?」
あたしがハイと返事をすると副隊長はアルケニーの手を取って行ってしまった。側には白く光る魔法の玉が明るく光っている。朝まで明るいって言ってたか。あの蜘蛛の姫はあたしに気を使ったのか? 変な魔獣だ。
蜘蛛の姫にも慣れてきて、部隊の連中とも仲良くなり酒を飲んで話をすることもあり、の。飯を食いながら話をしたり。
「ゼラちゃんって、ちゃん呼びでいいのかよ」
「とは言ってもなんだか子供みたいだし」
「副隊長と結婚したら次期伯爵婦人だろ?」
「まだ結婚前だし、様つけて呼ぶのもなんか違うでしょ」
「なんだ、ゼラの嬢ちゃんの話か?」
「そっちはお嬢ちゃんかよ」
「お嬢ちゃんか姫様かで迷ったが、話してみりゃ、姫って感じでもねえし。だったらお嬢ちゃんでいいんじゃねえか?」
この部隊ってユルくないか? 隊長も副隊長も貴族で騎士だってのに、皆気安い。まぁ、あたしも貴族だからってそんなペコペコする気も無いけどさ。
で、このアルケニー、庭でなにしてんのかって見てると、テーブルーマナーだとか勉強してる。なんだろう、この現実感の無い風景。
「十三年と想い続けて、タラテクトがアルケニーになったんだって」
「それ、聞いたけど未だに信じられないねぇ」
「あの絵本の中の人間になる魔法ってのは?」
「いやゼラの嬢ちゃんは自力であの姿になったってよ」
どうもこの部隊に入ってからはお伽の国にでも迷い込んだような気分になる。絵本『蜘蛛の姫の恩返し』これがアレンジされててもその中身はうちの副隊長とうちの蜘蛛の姫だとか。
助けられて惚れて恩返しに、そのために人間に。ほんとかよ。
ゼラちゃんとも仲良くなって、一緒にクッキー食べたりする。甘いものはそこそこ好きらしい。
同僚の女騎士が話しかけてくる。
「ちょっと手伝って」
「何を?」
「お菓子作り。ゼラちゃんにね、お茶の香り付きのケーキを焼こうかと」
「あたし、菓子作りとかやったことねぇんだけど」
「生地を練ってくれたらいいから」
あたしがお菓子作りだぁ? それもゼラちゃんに? 蜘蛛の姫に仕える家臣かあたしらは? いや、それで間違って無いのか。なんだろうこの、絵本のようなふわふわした毎日は。
「おいしい!」
「良かったー。こういうのがゼラちゃんの好みなのね」
ケーキをあむあむと喜んで食べるゼラちゃん。こうしてお菓子を嬉しそうに食べるとこ見ると、可愛い子供みたいだ。うん、副隊長はロリコンだ。
「あ、でも、お茶入ってる? だいじょぶかな?」
「このくらいなら大丈夫ってルブセィラに聞いてるから」
「ンー、おいし、フワッてする」
作るの手伝ったあたしも一緒に食べる。ほんのりお茶の香りのする贅沢なケーキを。ほのぼのした不思議な雰囲気の中で。なんだかあたしもこのお茶に酔ってるんじゃ?
「あんたも賭けに乗る?」
「賭けって、何を?」
「うちの副隊長がゼラちゃんに手を出すかどうか」
「もう手は出してんじゃねえの? 夜は一緒に寝てるんだし」
「それが最後の一線は越えて無いのよね。それで、うちの副隊長がゼラちゃんが完全人化まで我慢できるか、アルケニーでも構わないって、抱いちゃうか」
「なんてもんを賭けにしてやがる」
普通の男だったらどんな美少女でも下半身蜘蛛の魔獣には手は出さねぇだろ。でも、蜘蛛が人に惚れて半分人間になって押し掛けてきたなんてのが、既に普通じゃ無い。
あの真面目な顔で固まってるような副隊長は、ゼラちゃんを見る顔はニッコニコだもんな。もうさっさとくっついちまえ。
「じゃ、あたしは副隊長が半分蜘蛛でも手を出す方に賭けるか」
「お、私と同じ。そうよねー。お前がどんな姿でも、俺はお前を愛している! とか、やってほしいのよね。ゼラちゃんが報われてほしいし」
夢みたいなこと言ってやがる。ほんとにここは絵本の中なのか? そんな男がいるわけねーだろ。でもなぁ、あの副隊長とゼラちゃん見てると、つまらねぇ結末だけはやめて欲しいと思っちまう。
あたしも染められてきちまったか?
演習ということで行軍して平原に、これが演習じゃ無くて実戦に。まったく国と国ってのは何やってんのか解かんねぇ。相手は死霊術師の国で、ゾンビとスケルトンが相手というのは気持ちが悪い。あたしはアルケニー監視部隊なら前線は無いだろって甘く見てた。
あたしは魔獣なんてのはそんなに怖いものとは思わ無ぇ。弱い奴を食いモンにするのは魔獣も人も変わらない。ときには限度を知らない人の方が怖え。そんな風に考えてた。
本当に恐いものを見て、少しだけ考えが変わった。ゼラちゃん、やべぇ。背中に副隊長乗っけて戦場をあちこち跳び跳ねて、ゾンビもスケルトンもフレッシュゴーレムも小石みたいにぶっ飛ばしていく。ドカンバコンと爆発させる。
最後は、びー、ってアンデッドの残り半数、灰と塵に変えちまった。とんでもねぇ。
あんな力があれば何も恐れるものは無い、か。羨ましい。
アンデッドの数が多くて苦戦のはずが、ゼラちゃん一人でひっくり返して楽勝雰囲気。
「ゼラちゃんのおかげで楽だわ」
戻ってきたゼラちゃんの蜘蛛のお尻をポンと叩く。軟らかな体毛がさらさらしてて撫で回したくなるような、蜘蛛のお尻。
「ンー、」
ゼラちゃんはやることやったのに、ちょいと困り顔で。愛しの副隊長を危ない目に会わせたのと、それでキレて大暴れしたのを気にしてるみたいだ。
で、まぁ、その夜。同僚の女騎士に肩を叩かれて起こされる。なんだ? 何かあったか? ニヤニヤする同僚とゼラちゃんの特大テントに近づくと。
「……あ、ふぅん、カダールぅ」
「ゼラ……」
「カダールのが、入ってるぅ。あん、熱いよぅ……」
……うん、ヤってやがる。ゼラちゃんの泣き声というか、幸せそうな声が聞こえてくる。
戦闘で命の危険を感じた後ってのは、男も女もヤりたくなったりするもんだが、副隊長すげぇな。どうやってゼラちゃんとヤってんだ?
「せめて覗くのはやめてやってくれ。おい、ルブセィラを止めろ。二人の邪魔をさせるな」
エクアド隊長の指示で眼鏡のアルケニー調査班班長を羽交い締めに。あたしも覗いてはみたいがそれで副隊長とゼラちゃんを邪魔して不機嫌にさせたりはしたくない。猿轡かけてもがもがしてる眼鏡を簀巻きにして離れたテントに転がしとく。
女が男に抱かれるとこなんてのは、ろくでも無いことしか思い出さねえ。
「はぁん、カダール、カダールぅ」
人と違って恥ずかしいって思わないのか、ゼラちゃんの声は大きい。それが演技でも無く嬉しそうで幸せそうで、ゼラちゃん良かったな、と思いつつ、なんだか胸の奥がチクリと痛む。
暗い夜の中は静かで、テントの中から聞こえるゼラちゃんの甘く切ない声が響く。そいでアルケニー監視部隊はニマニマしたり驚いた顔したりしながらも、つい静かにして聞き耳立てちまう。
これで賭けに勝ったことにはなるんかな?