第十二話
文字数 5,027文字
ゼラの出張治療院。大きなテントの中で寝台にひとりの男が寝かされている。
「本当に一回でもとに戻るって?」
寝台に寝る男は不安そうで、寝台の隣に立つガタイのいい奥さんも心配そうだ。
「不安になるのも解りますが、ご安心を。これまで治療が終わった方の顔を見てどう思います?」
「並の治癒術士じゃねえってのは解るが」
ルブセィラ女史に応える男は半信半疑というところか。寝台に寝る男は右足の膝から下が義足だ。その義足を取り外して足を出す。もとハンターでこの足のケガで引退したという。
「稼ぎはあたいの左手に使っちまったからねぇ」
奥さんが言うには二人ともハンターで、魔獣深森の奥にある遺跡迷宮で魔獣相手に負傷したとのこと。奥さんの切れた左手を繋ぐのに、そこで得た収入がほとんど消えてしまった。未発見の古代文明遺跡から見つかる財宝に古代魔術の品は高値がつく。その代わり危険も多い。ハンターの中には一攫千金を狙って危険な迷宮に挑む者もいる。
「まぁ、こうして生きていけるだけ、マシってとこなんだろうけど。足を一本再生するだけの
「これで足が再生できたら、どうします? ハンターに戻りますか?」
「そりゃ、まあ。他にできることも無いからねぇ」
奥さんとルブセィラ女史の話を聞いて、手拭いを用意しながら口を挟む。
「優秀なハンターが復帰するのならば、それはウィラーイン領にとって良いことだ。足の治療費については、そうだな、気が向いたら灰龍被害復興に募金してくれ」
「うちのとこの伯爵家ってのは気前がいいねぇ。税も安いし」
「危険の多い地域で税が高いとみんな出ていってしまうじゃないか」
手拭いをぐいと捻って寝台に寝る男の口に入れる。ゼラの治癒の魔法は失った部位も再生させる。しかし、失ってから時間が経ち過ぎると難しくなるらしい。ゼラ自身の右の前足が再生できないのも、そういった理由がある。無いという状態に慣れると再生しにくいと。また、再生する部位が多いと焼かれるような熱さを感じる。失った神経が急速に再生するのが、熱く感じる原因では、とルブセィラ女史は推測している。
俺とアルケニー監視部隊で男の両手両足を押さえつける。
ルブセィラ女史がゼラに言う。
「ゼラさん、気持ちゆっくりと再生させて下さい。それで感じる熱さは和らぐのではないかと」
「ウン、いくよー」
手拭いを口にくわえた男が、やってくれ、と、モゴモゴして頷く。準備良し。ゼラが男の右の膝に両手を添える。
「なー! だー!」
ゼラの両手が白く光る。いつもよりも光が強い。そのゼラの手の光の中で男の足、右の膝の下、そこからゆっくりと、むくむくと、肉が伸びていく。男が暴れだして、男を抑える全員が力を入れ直す。
もがもが、ふぐー、と首を振り顔に汗を浮かべる男。
「もう少しの我慢だ! 足首まで生えてきたぞ!」
膝の下から伸びていく肉が、すね、足首、と形を作り足の指まで生えていく。
「ぷぅ、治った」
ゼラの治癒の魔法が終わった。男が暴れるのを止めたところで、口から手拭いを抜く。はーはー、と息を荒げる男の顔の汗を奥さんが拭く。ルブセィラ女史が眼鏡を光らせて。
「どうです? 足一本を再生するのは? 治療中の感じは? 痛みは? 熱さは?
「……はー、本当に、一回で生えてやがる。治療中の感じ? 焼きゴテでもあてられてるみてぇだったよ。熱くてたまんねぇ」
男が足を並べて見ている。再生した方の右足は、日焼けしてないように左足より色が薄い。そしてすね毛が生えていない。
「右足だけツルッツルだ」
「毛の方はそのうち生えるでしょう。足の指は動きますか?」
「動く、は動くけど、妙な感じだ。右足の動かし方を思い出せないような」
「一年半前の負傷で、それから右足義足に慣れてしまったからでしょうか? 杖を手離さないようにして、歩く練習を続ければすぐに思い出すのではないでしょうか」
「ほんとに足が生えちまったよ」
寝台に身体を起こして足を見ていた男がゼラを見上げる。
「ありがとうよ、蜘蛛の姫様」
「えと、どいたしまして?」
赤紫の目をパチパチさせてニコッと笑うゼラ。何人も治療してきて対応の仕方も解ってきた感じだ。
男とその奥さんは何度もゼラに礼を言う。杖を突き立つ旦那と用済みになった義足を手に持つ奥さん、二人をテントから送り出す。
ルブセィラ女史がテントの外を見る。日は傾いて夕暮れに。
「今日はこれで終わりですね。……あら?」
一人の薄汚れた旅装束の人物がテントに向かって歩いてくる。フードを目深に被り顔を隠して。ヨロヨロとした足取りで。
アルケニー監視部隊が素早く動き、テントの出入り口を守る位置へ。ルブセィラ女史が下がり、その前に二人出る。腰の武器に手をかけ何が起きても対応できる体勢へと。晴れているのにフードを被り顔を隠す、この時点で既に怪しい。……まぁ、恥ずかしいところが痒いと言って、顔を隠して出張治療院に来た者もいるから、その類いかもしれないが。
「止まれ、そこの者」
女騎士の言葉に足を止める旅装束。フードに手をかけて顔を見せる。
「……カダール様」
「君は、」
フードを外した女の顔には見覚えがある。髪は短くなり顔はやつれているが。かつて見たときは、自信の溢れる鋭い眼光。そのときとは違いすがるように弱々しく俺を見る目。その印象の違いで直ぐに思い出せ無かったが。
やつれた女は前に足を進め、ふらついて膝をつく。慌てて駆け寄ろうとするのをエクアドに止められ、エクアドが旅装束の女の肩を抱く。
「カダール、様。助けて、下さい……」
エクアドに支えられて、震える声で助けを求める女は、フェディエア。バストルン商会、商会長の娘。一度は俺と結婚寸前までいった娘だ。何故、こんなところに? 驚いたが周りを見回して指示を出す。
「一旦、ゼラのテントに。父上を呼んで来てくれ、大至急。フェディエア、どうした? いや、話の前に容体か、ルブセィラ?」
「ケガは無いようですね。疲労かと。ふむ、まずは水と食事ですか」
「それじゃ彼女をテントまで運ぼう。おい、シチューでも用意してゼラのテントに持ってきてくれ」
エクアドがフェディエアを抱き上げて運ぶ。町の中に設えた出張治療院のテントから、町壁そばの野営地へと移動。
ゼラの特大テントの中、フェディエアを椅子に座らせ水を飲ませてシチューを用意する。空腹だったようで、シチューをかきこみ、むせて咳き込むフェディエアをルブセィラ女史が背中をさすっている。
父上がテントに到着、フェディエアを見て驚いている。
「かなり探してそれでも見つからんかったのが、どうしていきなり」
「父上、バストルン商会の追跡は北で途切れた、と、言ってませんでしたか?」
「その通りだ。その後もフクロウが調べているのだが芳しくは無い」
フクロウというのはウィラーイン家に仕える云わば諜報部隊。ウィラーイン家の紋章は飛び立つ鷹。その裏側で夜目の効く鳥、フクロウのように調査を行う。諜報部隊と言っても王家のように本格的なものでは無いが、周辺のことを調べてくれる。
やっていることは、灰龍のせいで守ることもできないくらいにボロボロにされた、と、北のメイモント王国に見せかけるように工作したり。
母上がローグシーの街で『蜘蛛の姫の恩返し』の絵本や紙芝居を流行らせたり、といった程度のもの。それほどたいしたことができる規模の部隊では無い。諜報部隊というよりも伝令部隊に近いかもしれないが。
父上が髭を撫でながら考える。
「突然ここで見つかるのも妙だが、フェディエアから事情を聞いてみんことには。それと部下に周囲を探らせるか」
フェディエアが食事を終えて落ち着くの待ち、話を聞くことに。ゼラ専用の特大テントの中、折り畳みのテーブルにつくフェディエアに全員が注目する。
テーブルがそれほど大きくは無いので、椅子に座るのはフェディエア、父上、ルブセィラ女史。俺とエクアドは立ったままで、ゼラは俺の後ろのいつもの位置に。さっきからフェディエアを見て、首を傾げている。あのとき、聖堂での結婚式にゼラが飛び込んで来なければ、今頃、フェディエアと結婚生活してたことになっていた。そのゼラがフェディエアを憶えているのかどうか。
「フェディエア、さっき助けて欲しいと言っていたが、何があったか話してくれないか?」
「はい、カダール様。それに伯爵様。私の父のしたことは許されることではありません。ですが、父は脅されていたのです」
バストルン商会の長が脅されていた。これまでウィラーイン家と付き合いのあるバストルン商会が、単独で灰龍の卵を使い灰龍をプラシュ銀鉱山に呼び寄せる。そんなことをするのか? という疑いはあった。プラシュ銀鉱山が使えなくなれば、バストルン商会にとっても不利益である訳だし。
父上がフェディエアに尋ねる。
「脅されていた、というのは誰にかね?」
「メイモントの死霊術士です。メイモント王国のどこの貴族かまでは、私には解りませんが。父とバストルン商会は死霊術士に脅されて、父もこれで私がウィラーイン家に嫁ぐと、伯爵家と縁戚が結べるということに踊らされて。メイモントの魔術師の言うがままに、灰龍の卵を」
「灰龍がいなくなった、という話を聞いて逃げ出したのか?」
「いいえ、メイモントの魔術師達に連れ去られたのです。殺されなかったのは、私達にまだ利用価値がある、とか」
「フェディエアはそこから逃げてきたのかね?」
「はい、魔術師達の隙を見て。ですが、追っ手に捕まりそうになり、父がお前だけでも逃げろ、と囮になって、う、私、ひとりだけが……」
思い出したのか泣き出すフェディエア。ルブセィラ女史がハンカチを渡す。フェディエアがシクシクと泣きながら。
「父は、商会の者はまだ生きています。カダール様、伯爵様、どうか父を救っていただけませんか?」
エクアドと顔を会わせる。
「どう思うエクアド?」
「筋は通り黒幕が見えてきた。が、口封じの為に殺さずにわざわざ誘拐するか? 利用価値とはなんだ?」
「バストルン商会に濡れ衣を着せる工作が失敗したのか? だが、これでメイモント王国が仕掛けたことになるのだが」
「あの国の中で何があったのか?」
「フェディエアの父を救い出せれば、いろいろ解るかもしれん、ということか?」
ここでウィラーイン領に災害をもたらした黒幕のことが解れば捕まえるなりなんなりできる。フェディエアの父にバストルン商会の者も、生きているなら助け出せるかもしれない。これはフェディエアからいろいろと聞いてみなければ。
そう考えているとゼラが蜘蛛の足をシャカシャカとさせてフェディエアに近寄る。
「ンー?」
「な、なんでしょう?」
上体を前に倒してフェディエアの顔をジロジロと見るゼラ。眉を寄せて変なものでも見るような顔で。
「なんか、ついてる」
「え?」
戸惑うフェディエアの額に手を伸ばすゼラ。
「ぬっす」
「きゃあ?!」
一声かけてフェディエアの額にパチンと一発デコピンを決める。いい音がした。おい、ゼラ? フェディエアの身体が椅子ごとバタンと倒れて。
「ゼラ? いきなり何をやってんだ?」
「とれた!」
「とれたって何が? フェディエア! 大丈夫か? 頭を打ってないか?」
椅子ごと倒れて仰向けに寝転ぶフェディエアに近寄る。ポカンとした顔で上を見て、頭を床にぶつけたか? なんでいきなりデコピン? 俺とフェディエアの婚姻は白紙になったんだから、ゼラがフェディエアを攻撃する理由は無いぞ? 見ればフェディエアの額が赤くなっている。
「フェディエア? おい?」
父上もエクアドもルブセィラ女史も何が起きたかと驚く中で、フェディエアがガバッと上体を起こす。
「あンのクソ野郎! ブチ殺す!!」
爛々と燃える目でフェディエアがいきなり吠えた。
「えぇ?」