第七話
文字数 3,428文字
盾の国、スピルードル王国。魔獣深森に近く、そこから現れる魔獣の被害が度々ある。しかし、魔獣深森に近くなるほどに土壌は良く畑の作物の実りもいい。
魔獣深森に近い村に町は魔獣対策に壁に囲まれている。とは言っても石壁でしっかり造られているところは少ない。丸太を立てて地面に刺し、並べて村の防護壁にしている。
ウィラーイン領兵団に求められるのは、一に魔獣と戦える強さ。二に村壁、町壁を作れる土木作業となる。
壁と道が作れてこそ、一人前のウィラーイン領の騎士団であり魔術師団となるのだ。この辺り中央とは違うらしいが、防衛拠点も作れない兵士など、なんの役に立つというのか。
父上の騎士団とアルケニー監視部隊が着いたのは、家のあるところが壁で囲まれた村。村壁の外には畑に果樹が広がっていて、暖かな日差しの下、青々としている。
「住民が増えたので、壁を一回り広くできないものかと」
「なるほど、家を増やしたいのだな」
恰幅のいい髭の村長が父上と話をする。村の者は集まってきてゼラに注目している。ゼラを見上げる村の子供にゼラが手を振ると、子供は大人の背中に隠れるが、ヒョコと顔を出してゼラを見上げる。大人の方も下半身が大蜘蛛のアルケニー、ゼラを注目している。俺がゼラの蜘蛛の背中に乗って、危険の無いことをアピールしておく。ざわざわとしているが、怯えている感じはしないか。ゼラの方も村人にジロジロ見られても、あまり気にならない様子。
「この村の村壁補強に、魔獣深森の調査とするか」
ウィラーイン伯爵の父上の決定に壁の工事を始めることになった。ゼラは拳を握ってふんぬ、と気合いを入れる。
「ゼラ、がんばる!」
「ゼラはいつもがんばってくれてるが、いつもより力が入ってるのは?」
「がんばる、疲れる、ぐったりとするまで」
「何でそんなに?」
「ぐったり、疲れて力が入らない。カダールとムニャムニャできる」
「あ……、そ、そうか。じゃ、がんばろうか、ゼラ」
「おー!」
左手と左前脚がしゅぴっと上がる。そんなにしたいのか、ゼラ。いや、俺もしたいはしたいが。その、ムニャムニャする為に村壁補強というのも、どうなのだろう?
ゼラが元気に頭を振ると長い黒髪がバサリと靡く。やる気満々だ。
先ずは丸太の切り出しに魔獣深森へと近づく。この森は奥へと行く程に巨木が増え、虫も獣も大きなものが増える。奥地の方に巨大な魔獣が現れたり、森の中で魔獣の力関係が変わると、追われるように森の浅部に弱い魔獣が出てくる。そうやって森の浅部に来るのはコボルト、ゴブリンが多い。追い立てられて人里に近づいて悪さをしたりとかする。
今のところ村では魔獣の被害は無いが、グランドクラブ、羊ほどの大きさの巨大なカニが目撃されている。そのために村にハンターが何人か来ている。
グランドクラブ自体はそれほど危険な魔獣では無いが、その甲羅は魔術を弱める。
「甲殻が対魔術攻撃に適応した魔獣ですね。甲殻は硬く投射攻撃魔術は威力が落ちるので、魔術では仕留めにくい。その甲殻は魔術攻撃に強い防具の素材として人気があります」
魔獣の解説は専門家のルブセィラ女史だ。
「同様のランドタートルと共に素材に高値がつくので、ハンターにも人気がありますね。それで討伐依頼が無くとも目撃した話を聞いて、村に来ているのでしょう」
今回は魔獣狩りが目的では無い。手頃な木を伐って村まで運ぶので、奥まで行くつもりは無い。父上の騎馬部隊の中から数人と村の木こりで使えそうな木を見繕う。
早速と斧を振り上げる村の木こり。森の中に木に斧を入れる音が高く響く。俺もゼラの背から降りてエクアドと並ぶ。
「切り出した木を村まで運ぶとして」
「馬があるのはいいが、森から出すのは人力か」
「ここらに出てくる魔獣は?」
周囲を見回るルブセィラ女史に聞く。
「大型の魔獣の毛も糞も見当たらないので、奥に入らねば安全ではないかと」
「ルブセィラは研究員と聞いているが、けっこうタフだよな。馬車でも行軍に着いて来れるし」
「魔獣研究はフィールドワークですから」
ゼラが斧を手に木を切り倒そうとしてる木こりをじっと見る。見られてる木こりはやりにくそうだ。
「カダール、あの木、切ればいいの?」
「ゼラにはできそうか」
村の者を一人呼んで木を選んでもらう。その木こりが木をポンと叩いて言う。
「こいつがいいか。でも、斧は向こうで使ってるんで」
「それが、斧が無くてもどうにかなりそうな気がする。ゼラ、この木を切り倒してくれるか? 切った木は使うから上の方とか折らないようにして」
「ウン! 任せて」
ゼラが木の前に立ち蜘蛛の脚が地面に踏ん張る。右手を真横に伸ばして一言。
「ぞん」
ゼラの右手首から先が黒い光? に包まれる。指先の方に真っ直ぐ伸びて黒い剣のように。その黒い剣を大人の胴程ある木に向かって横に振る。
ザグン、とくぐもるような音がして木が抉れている。切った、というよりは抉ったように跡が残る。
「黒の光? 属性は闇ですか? それとも重? 斬では無くまるで食いちぎったかのようですね」
「ルブセィラ、この魔法は知ってるのか?」
「いいえ。斬撃強化とは違う、というのは解りますが、さてなんと名称をつけましょうか」
ゼラがそのまま黒い剣を振る。ザグン、ザグン、と五回振ると木が揺れて、あ、
「みんな! 避けろ! 倒れるぞ!」
支えを失い木が倒れる。慌てて叫んで木の倒れる方から逃げる。あっけにとられて見ていた者が走り出す。どっちに倒せばいいか、ゼラに言ってなかった。ミリミリメキメキと音を立てて木が倒れてくる。
「しゅぴっ」
倒れてくる木が不自然な止まり方をする。ゼラの手から伸びた細い糸が木に巻きついて、
「ちゃいっ」
ゼラがその手を上に振ると、人のいないところへと木が落ちる。ちょっと危なかった。
「これ、運ぶの?」
「あ、あぁ、そうだ。一度森の外に出して、まとめて馬で引いて運ぶんだが」
「解った!」
ゼラの蜘蛛の脚がシャカシャカと動いて、糸に引きずられる木が繁みをバキメキと折りながら、弾むように運ばれていく。
「……すげぇ、力持ちで」
驚く木こりの肩を叩いて、
「すまんが、一緒にゼラの後を追いかけてくれ」
「へ? へい」
「ゼラ! ちょっと待ってくれ! 何処に持ってくか聞いてないだろ!」
ゼラの後を木こりとエクアドとアルケニー監視部隊で追いかける。小走りで森の中を移動しながら木こりに頼む。
「ゼラに教えてやってくれ。どの木を切り倒すか。どっちに倒すか。どこに集めておけばいいのか」
「へい、解りました。しっかし、可愛い顔してとんでもねぇですな」
「見ての通り、力はある。ちょっとやる気が出過ぎていて、それで迷惑かけないといいが」
「いやー、こりゃ、楽ができそうだ。こうなると、枝を落とす方に人手がいりやすかね?」
ははっ、と軽く笑う木こりに疑問に感じてたことを聞いてみる。
「ゼラのことを怖がってる村人が少ないとは思っていたが、あなたもそうか」
「ウチんとこの伯爵様が珍しい魔獣を飼いなさるってのは聞いてますぜ」
「この村にも伝わっているか」
「それと村に来たハンターの話、行商人の話に旅の詩人の歌で。何でもローグシーの街では騎士様に惚れた蜘蛛の姫が、結婚式に飛び込んで花婿拐って連れてったっていう話で。で、その背に乗ってた騎士様が、その蜘蛛の姫の想い人で? 屋根の上で愛を誓ったってのは、本当ですかい?」
「う、むう、どこを否定してどこを肯定すればいいのか。噂とは」
隣を進むエクアドとルブセィラ女史がボソボソと、
「だいたい合ってるな」
「いいですね、ロマンがあります」
「見てるのも多かったし、こんな話はまず無いから広まるのか?」
「端から聞くと、ちょっとリアリティが無いですが」
好き放題言ってくれる。俺の身に起きたことにリアリティが無いとか言われても、それは俺の知ったことでは無いのだが。屋根の上には飛び出たが、そこで愛を誓ったりとかは。
「次は? 次は?」
やっと追いついたゼラは拳を握ってがんばるポーズで待ち構えていた。やる気に溢れて蜘蛛の脚がワシャワシャと動いている。えーと、次は。