第五十三話

文字数 5,673文字


 三人の子供はすくすくと育ち、フォーティスが一歳九ヶ月、カラァとジプソフィは一歳六ヶ月に。

 この歳になるとあちこちと行きたくなるようで、目が離せない。カラァとジプソフィの下半身の蜘蛛体も大きくなり、八本の脚で機敏に動く。動き回る。

 人の赤ちゃんのように四つん這いで移動する期間が無い為か、その移動力に驚かされることもしばしば。カーテンを登るところに驚き、落ちてきたところを慌てて受け止める。心臓に悪い。

「あう?」

 ジプソフィ、父を脅かさないでくれ。
 兄妹のように育ったフォーティスはカラァの蜘蛛のお尻にしがみついて、つかまり立ちをしようとしてそのまま引き摺られて、きゃあ、とはしゃぐ声を上げたり。
 すっかり乳母のようになったアシェンドネイルは、アイジストゥラが来ても深都に戻る様子も無く、ゼラと共に子供の世話に明け暮れる。
 そんな日々の中、待ちわびた客が来る。
 スピルードル王国の教会の大神官ノルデン。

「先に手紙でお伝えした通り、我が教会はゼラ様を聖獣と認めます」

 皺深い顔に笑みを浮かべて大神官ノルデンが宣言する。中央での魔蟲新森の誕生からの中央での異変。それに伴う至蒼聖王家と盾の国との関係の変化。
 中央の総聖堂もまた、スピルードル王国への対応を変えなければならなくなった。総聖堂からはスピルードル王国の教会へと、ゼラの聖獣認定を許可する、と使者が来た。

「私がこのローグシーで、ゼラ様の聖獣認定の儀礼をさせていただきます」
「大神官ノルデン、ローグシーまで来ていただき、ありがとうございます」

 高齢で長旅は辛いだろうに、その疲れも見せずに大神官ノルデンはにこやかに言う。

「いえいえ、私もゼラ様の住まうところを、一度この目にしたかったのです。聖獣一角獣が住まうところが、至蒼聖王家の聖都であるなら、このローグシーの街が、第二の聖都となるやも知れませんから」
「ここが第二の聖都に?」
「西の黒の聖獣が、居られる地となれば、巡礼に来る者も現れることでしょう」

 魔獣深森に近いローグシーまでわざわざ来るのは、かなりの物好きと思われるのだが。中央からの移住希望者も、魔獣深森より遠い地を望む。中央から来てウィラーイン領に住もうというのは少ない。
 む? いや、その変わり者もいたか。

「クシュトフは?」
「私と共に来ましたが、先にこのローグシーで顔を合わせたい者がいると。後程、こちらに参ります。それと一応、クシュ、と呼んで下さい」

 大神官ノルデンがイタズラを企むような顔をする。
 聖剣士クシュトフは母上の提案を聞き、総聖堂には死亡したと報告した。怪我を治した後、中央へと。聖剣士クシュトフについて来た四人の聖剣士達も、彼についていった。
 聖剣士の役職を辞し総聖堂から離れ、只の剣士となった五人は中央での惨状を見、その後スピルードル王国に戻って来た。
 彼らのことはエクアドの兄、オストール男爵家のロンビアから話を聞いた。

「魔蟲新森のあるペイルロンは、酷い有り様らしい。総聖堂も身近に魔獣災害が起きて、ようやく目が覚めたようだ、とクシュさんが言っていた」
「クシュさんって、聖剣士クシュトフか?」
「剣士クシュ、と名乗ってる。見る人が見ればもと聖剣士クシュトフってバレバレなんだけど、他人のそら似で言い張るつもりらしいよ」
「強引じゃないか? 偽名ならもう少しそれらしいのをつけた方が良くないか?」
「それは本人に言ってほしいな。で、剣士クシュさんは大神官ノルデンの勧めで、今度はスピルードル教会の聖剣士になるって」

 中央での魔蟲新森対策。スピルードル王国からはハンターとハンターを養成する教官が派遣されている。中央の兵とハンター希望者に対魔獣戦闘の教導を行っている。
 南方ジャスパル王国から派遣されるハンターは、戦闘専門で現地でハンターを育てたりはしていないらしい。
 このあたり、精霊信仰からの精霊魔術の使い手がいるから、というのもあるのだろう。精霊魔術はジャスパルの民以外で使える者は少ない。
 中央ではこれまで魔獣が少なく、ハンターも少ない。これを解決するべくクシュが動いている、という。

「クシュさんが中央の避難者の中から、ハンターになれそうなのをスピルードル王国に連れて来るのだと。スピルードル王国の訓練場で鍛えて、この盾の国でハンターになってもいいし、中央に戻ってハンターになってもいい。スピルードル王国でハンターが増えたら、中央に行けるのも増えるだろうって」
「こちらでも優秀なハンターは手放したく無いところだ。なるほど、少しでも魔獣狩りができる者を増やしつつ、故郷を無くした者の住めるところも探す、ということか」
「クシュさんのもと部下の聖剣士も、クシュさんに説得されたのか聖剣士を返上して、ウィラーイン領の訓練場とか、ハイラスマート領の訓練場に来てる。対魔獣戦闘を身に付けて、中央の魔蟲新森対策ができるようにって」

 クシュが会いに行ったのは、もと部下で現在ローグシーでハンター修行中の者か。
 大神官ノルデンはクシュを支援する為と、今後スピルードル王国の教会が持つようになった、独自の権限で聖剣士団を作るつもりだ。

 これまでスピルードル王国の教会は総聖堂の地方の下部組織、という扱いから大きく変わる。光の神教会のひとつであることには変わらないが、独自に聖剣士団を持つなど、総聖堂に伺わなければならないものが少なくなった。
 
「クシュさんは真面目過ぎるから、上手く補佐する副官みたいなのがいると、いいのかもな」

 と、エクアドの兄ロンビアが言う。剣士クシュと大神官ノルデンとは、いいコンビなのかもしれない。

 大神官ノルデンの要請でルブセィラ女史が送った薬、夜元気。ゼラの唾液で、男が口にすれば絶好調になってなかなか戻らなくなる、禁断の秘薬。
 これで子供が欲しいと言っていた王都の商会長夫婦、その妻が身籠ったという。大神官ノルデンからは丁寧なお礼状が届いた。
 ゼラの唾液が悩める夫婦を救い、敬虔な信徒であるこの夫婦から、スピルードル王国教会への援助が増える。いいのか? これ? 噂になってゼラの唾液を欲しがる者が増えても困る。
 
 ゼラの聖獣認定に合わせ、アルケニー監視部隊は名称を変更、黒の聖獣警護隊に。

「エクアド、エルアーリュ王子は蜘蛛の姫近衛隊の名称を推していたが」
「そこはやはりゼラは王族では無いからな」

 中央の聖獣一角獣と区別するために、ゼラは黒の聖獣、ということになる。

 ゼラの聖獣認定を待ち、その準備をしていた俺達。これでいよいよその時が。 
 ローグシーの聖堂にて、大神官ノルデンが聖獣認定の儀礼を行うことに。この儀式を前座として、その後に本命の儀式を行う。

 俺とゼラの結婚式だ。

 ゼラのウェディングドレスは、

「私に任せなさい。いろいろ試してプリンセスオゥガンジーの使い方も解ってきたから」

 と、母上が仕切り、母上を筆頭にプリンセスオゥガンジーの加工ができる者が作った。
 信じられない性能を秘める極上の布、プリンセスオゥガンジーはその分、加工も難しい。対刃性能が高いために、切断に苦労するのが一番の難点。
 鎧鍛冶姉妹が試作した長柄の金切り鋏。柄を長くすることで梃子の原理で切断力を上げている。見た目は布を切る為の鋏とは思えない。庭師の使う長柄の剪定鋏のようだ。

 俺の礼服はエクアドが結婚式に使った物を仕立て直すことに。俺とエクアドは背が同じくらいだから問題無い。こちらも全てプリンセスオゥガンジーで作られた、豪華過ぎる一品。
 これを着て明るい日差しの下を歩くと、全身に七色の虹の陽炎を纏っているように見える。

「クイン、アシェンドネイル、結婚式には人化の魔法で人に化けて、それなりの格好をしてもらいたい」
「あたいはいいけど、アシェがなー」
「何よ、私もこの一年で少しは服に慣れたわよ」

 すっかり領主館に住むのに慣れた二人。軽口を叩きながら、カラァとジプソフィとフォーティスの面倒を看るのが見慣れた光景に。
 アイジストゥラにも同じことを。ついでに前から疑問に思っていたことを聞いてみる。

「人化の魔法が得意と聞いているが、背の高さとかは変えられないのか?」
「もともと背が高い方だから、そういうのは誤魔化せない」
「では、クインとアシェンドネイルのドレスと一緒に、アイジストゥラのドレスも作ってもらうから、母上に採寸してもらってくれ」
「私がドレス……」

 何やら悩みつつも、口が少しニヤケているアイジストゥラ。どうやらアイジストゥラはクインと同じく、服を着る派らしい。裸を見られることは恥ずかしいようで、そこはアシェンドネイルとは違う。
 口には出さないがドレスを楽しみにしている様子。

 結婚式に参列する者へ招待状を送る。
 スピルードル王国の王都では、今、聖王家の姫を客に迎えている。その相手をする為にエルアーリュ王子は結婚式に来れないとのこと。代わりに来たのは王子の隠密ハガク。

「王族としての務めで、これが無ければ駆けつけるのに、と、嘆いていた。枕が涙に沈みそうだ、とも言っていた」
「エルアーリュ王子ならば、無理をしてでも来るかと思っていたが」
「次代の賢王と呼ばれて、政務を蔑ろにもできないところだ。王子が結婚予定の聖王家の姫を蔑ろにもできんし。代わりに来た私が恨まれそうだ」
「アプラース王子は?」
「ウィラーイン領に移動中だ。新しい魔獣深森調査隊の隊長として、結婚式には間に合うだろう」
「ウィラーイン領兵団の指揮下に、ということだが、アプラース王子が父上の部下という扱いになるのか」

 王都を離れ、辺境の伯爵家に使われながら魔獣深森を調査して、ついでに魔獣討伐。これが表向き兄王子の居ない隙に王位を狙ったという、アプラース王子への罰、ということになる。
 アプラース王子とは、じっくりと話をしてみたい。ゼラが英雄と呼んだ、影で王国を守った男。ウィラーイン領で過ごすことになれば、その機会もあるだろう。

 エクアドの息子、フォーティスにも子供用の礼服を、カラァとジプソフィにも可愛らしいドレスを。
 結婚式の主役の俺とゼラだけ、プリンセスオゥガンジーを纏うことになったので、カラァとジプソフィのドレスはゼラの極上の生地では無い。
 母上がカラァとジプソフィは早めに服に慣れさせようとしたので、服を着ることを嫌がることは無い。

「ゼラの結婚式のドレスはいいけれど、聖獣認定の儀礼の衣装はどうしましょう?」

 母上が閉じた扇子を顎に当てて考える。

「ゼラも服に慣れてきたけれど、肌にまとわりつくのは苦手なのよね」
「ン、ゼラ、我慢する」

 ゼラが左前脚をしゅぴっと上げて返事をする。手はカラァを抱いていて離せない。母上が、

「我慢させっぱなしで、結婚式の最中に疲れられても困るから」
「ハハウエ、可愛いの作って」

 可愛い聖獣、うむ、ゼラならではだ。カラァを抱くゼラは、慈愛溢れる聖獣の母子、という感じに。隣ではアシェンドネイルがジプソフィを抱っこして、揺らしながら言う。

「だったら裸でいいじゃない。聖なる獣でも、獣は服を着ないわよ」
「アシェンドネイル、聖獣認定の儀礼には人が何人も来るんだ。全裸は駄目だ」
「その儀礼でも着飾って、そのあとお色直しして、ウェディングドレスで結婚式に? 飾りつけがたいへんね」

 母上が閉じた扇子でポンと掌を打つ。

「そうね、全裸は駄目だけど、先に着るのはシンプルなのがいいわね」

 そして母上が作った衣装は、確かにシンプルで、ゼラの魅力はよく出ているのだが。

「ウン、これなら楽」
「楽そうなのは、解るのだが」
「カダール、どう?」
「可愛いぞ、ゼラ。なんというか、ゼラの魅惑がより強調されていて、素敵だ」
「むふん」

 でもこれで人前に出るのか。ゼラは手を広げてクルリと回る。首の後ろで白いリボンでまとめた長い黒髪がひるがえる。
 この衣装、胸と大事なとこしか隠れて無いのですが、下着のようですが、母上。
 胸を隠すのは真っ白の肩紐の無いブラジャーのような布。褐色の双丘がはみ出てしまいそう。腰にはベルトを巻き、そこから真っ白な布が腰の前に垂れ下がる。幅も狭くかろうじて大事なところが隠れている、といった感じ。クルリと回って翻ると見えてしまいそうだ。
 褐色のお腹も脇腹も出ていて、艶かしい。ちっちゃなおへそが見えている。

「異国の踊り子のようだ」
「南方の装束を参考にしてみたの。気候のこともあるけれど、あちらは薄着の人が多いわね」

 母上が衣装の出来映えに満足そうに。確かにこれならゼラも楽そうだ。飾り気が無いところが、聖獣として良いのかもしれない。
 ゼラの聖獣認定の話を大神官ノルデンから手紙で受け取り、大神官ノルデンがローグシーの街に来るまで、こうして俺とゼラの結婚式の準備を進めていた。
 するべき準備を粗方終わらせて、一息いれるエクアドが言う。

「これでゼラは黒の聖獣となり、同じ日にゼラ=ウィラーインとなるのか。ゼラが聖堂の天井を割ったときから見ているからか、何やら感慨深い」
「あの頃にはこうなるとは、まるで予想できなかった」
「できる訳が無いだろう」

 苦笑するエクアド。まったくだ。

「それにこれからも、まだまだ予想外の出来事が待ち構えている気がする。カダールと出会ってから俺の人生、破天荒なことばかりだ」
「俺のせいか? エクアドも楽しんでいるだろう」
「まぁな。だが子育てが一段落するまで平穏であって欲しいが、……無理だろうな」
「そうなるのだろう。その子育てが既に平穏では無いし。エクアド、これからもよろしく頼む」
「腐れ縁だ、付き合ってやる」
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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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