第十五話

文字数 4,250文字


「演習についてはエルアーリュ王子の使いから聞いてはいますが」

 倉庫の中でエクアドが父上と話す。倉庫の中には父上、母上、俺とゼラ、エクアドとエクアドの部下二名。テーブルを囲み椅子に座る。ゼラだけは俺の後ろにいる。
 エルアーリュ王子から聞いているのは、スピルードル王国北方ゴスメル平原で軍事演習。そこに何故かアルケニー監視部隊も行くことに。

「エルアーリュ王子の直下ですが、我々は戦闘の為の部隊では無いのですが。数も少ないですし」

 エクアドの言うことに父上は、

「エルアーリュ王子も予算を取るなら成果を見せろ、とか、せっつかれているのだろ」
「我々の成果は、アルケニーのゼラが大人しくしていることなんですが」
「そこを解って無いのがいる。王子も苦労している」

 チラ、とゼラを見ると首を傾げられた。アルケニー監視部隊が行く、というのはゼラを連れてこい、ということだ。

「父上、ゼラを連れて演習に参加というのは」
「ゼラとアルケニー監視部隊は王子の護衛ということにして、参加させるつもりは無いだろうよ」
「この演習の目的は?」
「北方、盾の三国、北のメイモント王国への示威、なんだが、向こうからやって来る可能性がある」
「あの死霊術師の国が?」

 スピルードル王国の北、メイモント王国。東方、至蒼聖王国を魔獣深森から守る盾の三国のひとつ。
 何代か前の国王が愛娘を病で亡くし、それを生き返らせようと死霊術師を集めて以来、死霊術師の国と言えばメイモント王国。
 死霊術は教会でも人の命を弄ぶ魔術として忌避されている。この北のメイモント王国以外では死霊術は嫌われがちだ。それもあって死霊術師が研究を続ける為にとメイモント王国に集う。
 魔獣深森の魔獣相手にもゾンビやスケルトンを使役して戦っている国。戦力として死霊術は有効だ。ただ、どうしても中央からは人の死体を冒涜しているとして嫌われがちになる。
 盾の三国は位置的には魔獣深森の脅威から中央を守っている。それが中央からは頼りにされる面もあるが、野蛮人の国とも言われていたりする。
 ここ数年の情勢から見ると。

「メイモント王国は中央に対して強気に出ていましたが、なぜ我が王国に?」
「その前に灰龍の卵について、解ったところを話そう。鉱山奥には灰龍の物と思われる大きな卵があった。ゼラの言う通りに。親から離されたからか中身は死んでいるが、殻が頑丈な為に割れずに残っていた。周囲の足跡から人が運び込んだことが解る」
「いったい何者が灰龍の巣から卵を盗み出せるのか」
「そこは解らん。調査で解ったことは、他の荷に紛れさせて卵を鉱山近くの町に運んだのは、バストルン商会だということ。しかし、商会長含め関わっていた者は行方不明だ。ただ、商会の一味の足取りは途中まで追えて、それが北で途切れた」

 バストルン商会はどう関わっていたのか。あのフェディエアは灰龍の卵のことを知っていたのか。一度は結婚しようとした娘でその後どうなったのか、気にはなっている。巻き込まれたのか。それとも全てを知っていたのか。
 ゼラが来なければ妻となっていた娘、フェディエア。どんな娘かもよく解らないまま、今、何処で何をしているかも解らなくなった。

「それで北のメイモント王国を疑うのは弱くは無いですか?」
「確たる証拠が得られんのでな。しかし、死霊術のアンデッドに有効なのは銀の武器であろう」

 銀の武器には呪詛を斬る力がある。しかし、銀のみで武器を作れば値が張るし、武器としては脆い。それで銀と他の金属とを合金にして使う。プラシュ銀鉱石と鉄を合わせた銀の武器は、ウィラーイン領の名産であり、スピルードル王国から中央へと輸出もしている。
 エクアドが眉をしかめて。

「ウィラーイン領のプラシュ銀鉱山に灰龍を住み着かせ、スピルードル王国で銀の武器を作らせないようにするのが目的だと?」
「そして中央に銀の武器を輸出させないようにして、中央でのアンデッド対策手段のひとつを潰す。これで優位になるのは死霊術師の国メイモント王国だ」
「アンデッド対策は銀の武器だけでは無いのですが」
「それでも相手の武器をひとつ落とすことはできる。これで灰龍の卵の一件で怪しいのはメイモント王国となるが、」

 父上は果実水を飲み、深く溜め息を吐く。

「状況から見てかなり怪しい、ということになるが決定するだけの証拠は無い。ただ、灰龍がいなくなったことは策を弄した者には予想外だろう」
「それはまぁ、十三年の恋路を実らせる為だけに、灰龍をやっつけて食べる乙女がいる、なんて想定する策士はいないでしょうね」

 皆でゼラを見てしまう。このゼラがいなければウィラーイン領は今も灰龍の脅威に晒されている。

「ウン?」

 当の本人はキョトンとしているが。父上がゼラを見て、

「ワシからの礼としてはたいしたものでは無いが、ゼラにはヨロイイノシシを」
「チチウエ、ありがとー」
「う、む、ワシにこのような娘ができるとは」

 父上は目を閉じて手を胸に当てる。

「……父上、か」
「父上、何をじっくりと噛みしめるようにしていますか」
「カダールよ、美しい娘に父上と呼ばれるのは、良いものだな」
「おかしなことを味わって感動しないで下さい。それで卵を鉱山にまで運んだのはバストルン商会なのですか?」
「それを調べるにも鉱山町が灰龍に襲われてボロボロでな。その前に何があったかの調査が難しいのだ。瓦礫ばかりで行方知れずの者もいるし、今のところ雇われたゴロツキかモグリのハンターでは無いかというところだが」
「卵、運んだの、アンデッド」

 今、サラリと重要な情報が出てきたような。それを口から出したのはゼラだ。カシカシとクッキーをかじりながら。

「ゼラ? 何で卵を運んだのがアンデッドだと解る?」
「臭い、アンデッド、呪詛、臭う。その呪詛で、卵、死んだと」
「臭うアンデッドって、ゾンビか? 父上?」
「足跡だけでゾンビか生きた人かをどう判別するのだ? 裸足のスケルトンなら解るかも知れんが。それに呪詛が臭うだと? 初めて聞いたぞそれは。ゼラよ、アンデッドの呪詛が解るのか?」
「ウン。灰龍の卵、呪詛が染みたとこから、腐ってた」

 呪詛を専門に扱う魔術師、死霊術師、教会の浄化術師なら呪詛も探れば解るだろう。だが、アンデッド本体では無く、アンデッドが触れた物に、その呪詛の影響が、残る臭いで解るというのは、聞いたことが無い。

「ゼラはアンデッドに詳しいのか?」
「ンー? 食べたことある。不味いの、美味しくないの」
「そ、そうか」

 ゼラが食べたのがゾンビかスケルトンか知らないが、……灰龍すらやっつけて食べたんだよな。アンデッドのヴァンパイアとか食べてても不思議は無いのか。お腹を壊さなければいいが。しかし、そうなると。

「野のゾンビが卵を運ぶことなどしないだろう。アンデッドに卵を運ばせたなら、それは操る死霊術師がいるということに」
「ますます、メイモント王国が疑わしくなってきた」
「エクアドの言う通り、怪しいは怪しいがメイモント王国だという証拠が無い」
「その死霊術師を追うにも、今となっては難しいか。しかし、こんなことを計画した奴も灰龍があっさりいなくなるとは思わなかっただろうな」

 エクアドの言うことに裏で絵図を描いてる奴が少し哀れになった。ゼラが灰龍をやっつけて食べた。それはそいつから見たら策の最中に竜巻か土砂崩れに襲われたようなものか。いや、我がウィラーイン領に災害をもたらしたのだから、ざまぁみろ、と、言うべきか。
 しかし、

「父上、鉱山をひとつ潰す為に隣国に災害を招き寄せるなど、正気とは思えませんが。ひとつ間違えれば自国に灰龍を招くことになります」
「ワシもそう思う。故にこのようなイカれた策を弄する者が、次に何をするか解らん。灰龍がいなくなったことを知り、失点を取り戻そうと形振り構わずプラシュ銀鉱山に侵攻する、というのが予想の内の最悪のもの。なのでワシの方からエルアーリュ王子に演習を提案した」
「攻めてきたならば返り討ちにできるように。攻めて来ないにしても、メイモント王国に対して即に対応できる力を示す、と」
「そういうことだ。鉱山と村の建て直しをしていた兵、足の遅い部隊は先にゴスメル平原に向かわせた。ワシと騎馬兵はアルケニー監視部隊を護衛し共にゴスメル平原に向かう。アルケニー監視部隊は馬で移動してもらう」

 馬で移動、と言われても少し困る。アルケニー調査班とルブセィラ女史は馬で行軍したことあるのか? できるのか? エクアドが腕を組んで唸る。

「うちの部隊は全員が馬を持ってはいないので、急ぐとなると何人か置いていくことになりますが」
「そこは馬車を用意してある。調査班含めて全員連れて行く」
「解りました。これでただの演習で終わればいいのですが」

 エクアドが父上に返事をする。黙って話を聞いていた母上が口を開く。

「演習で人前に出るのならば、ゼラに何を着せたらいいのかしら?」

 母上、心配するとこ、そこですか?
 父上が立ち上がりゼラへと近づく。

「ゼラよ、卵のこと教えてくれて感謝する。アンデッドが運んだというのは貴重な情報だ。灰龍のことといい、ゼラには助けて貰ってばかりだな」
「ウン、チチウエ」
「……ふう、この無垢な瞳で見つめられて、父と呼ばれるのは、実に胸にくるものがあるな」
  
 父上、何を胸を押さえてニヤけているのですか。母上も立ち上がり。

「娘が欲しくてカダールに妹を、と頑張ったのですけどね」
「何、まだ諦めることはあるまい」

 あの、父上、母上、仲が良いのはよろしいのですが、息子と息子の同僚の前でその会話は慎んでいただきたい。
 その父上に更にだめ押しするように、ゼラは両手を胸の前で組み、首をコテンと傾げて。

「チチウエ、イノシシ、食べてもイイ?」
「いいとも、ワシがさばこう」

 嬉々として扉を開けて庭へと出て行く父上、後を追う母上。我がウィラーイン家は子は俺がひとり。子宝に恵まれ無かったということですが、父上はそんなに娘が欲しかったのですか?
 エクアドとその部下が俺と父上、母上が出て行った扉を見比べる。

「親子、だな」
「親子、ですね」

 それはどういう意味だ?


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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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