第二話
文字数 3,831文字
エクアドとメイドのサレンと庭に出る。庭のあずまやでは、母上がチクチクと針を刺してフェルトぐるみを制作中。テーブルの上には絵本に出てくる赤毛の王子もいる。
「母上、襲撃者を捕獲したことを父上に報せねば」
「伝言はフクロウに持たせました。まだ、届いてないのではなくて?」
「我々は行き違いになりましたか」
「私を襲撃しようなんて、随分と久し振りで加減を間違えてしまったわ。なんとか死者は出さずに全員捕まえたけれど。ミュージカルのプロデュースが成功して、原作の絵本も増刷して、一冊しか出してないのに絵本作家と名を上げてしまったし。ペンネームなのにバレてしまうものなのね」
「ミュージカルの方は演出に小道具にまで口を出して、よく劇団の練習にも演芸場にも顔を出してましたから。それではペンネームでも劇団と演芸場の関係者には、面が割れてしまいますか。それで、なんでその話に?」
「同業者に恨まれて襲撃されたのではなくて?」
「いえ、あれは絵本作家の回し者では無くて、邪教徒の一味なのですが。フクロウから聞いているでしょう?」
「あら、邪教徒ならば邪術のひとつでも使うのでは?」
母上は呑気に手を止めずに話をする。左手に持つ赤毛の王子に針をチクチクと。フェルトの固まりに針を何度も刺して形を整えるフェルトぐるみ。できたものを見ると可愛らしいのだが、制作風景は人形に何度も針をサクサクと刺し続ける呪いの儀式のようだ。
護衛メイドのサレンが盆に果実水を入れたカップを乗せて持ってくる。
「襲撃者が何かしようとする前に、奥様がボンとされてしまいましたから」
「あらそうだったの? 私の知らない魔術を使えるならちょっと見せてくれないかしら」
ゼラは右手に蜘蛛の姫を、左手に赤毛の王子を持ってニコニコの笑顔。ちゅー、と呟きながら両手のフェルトぐるみにキスをさせたりして遊んでいる。
ゼラはサレンの持って来た果実水のカップを受け取ろうとするが、両手共にフェルトぐるみで塞がっていて、どうやってカップを取ろうか悩み始める。近づいて赤毛の王子の方を受け取って片手を空けるようにして。
三頭身の赤毛の王子は口をへの字にしている。細かいところまでよくできている。
「母上は器用ですね。それで何故、フェルトぐるみを?」
「『蜘蛛の姫の恩返し』二巻の発売に合わせてグッズを出そうかと試作してます。量産すると雑になるかしら」
「いつの間に二巻を……」
エクアドも果実水を飲みながらゼラの手の蜘蛛の姫を見る。
「続編となればついに蜘蛛の姫は人間に?」
「いいえ? ゼラが完全人化するまでは絵本の方も蜘蛛の姫はそのままよ」
そこ、拘るところですか? しかし、グッズ展開にまで手を出していたとは。
執事が細長い箱を持ってやって来る。
「奥様、試作ができました」
テーブルの上に並べた箱を開けると、シンプルなネックレスが四つ並ぶ。
「母上これは? これも蜘蛛の姫グッズですか?」
「二巻の話の中で赤毛の王子が蜘蛛の姫にネックレスをプレゼントするのよ。ミュージカル第二弾では小道具に使って、レプリカを販売するつもり。出来を良くすると高くなるし、かといって安く作るとイマイチになるし。難しいわね」
ミュージカル第二弾も企画進行中だった。母上ェ……。
「絵本以外にも書いてみませんか? と、執筆依頼もあったのよ。『剣雷と槍風と』のシリーズに参加しませんかって」
ごふっ、口から果実水を吹きそうになって堪える。エクアドもげっほげっほと咳き込んでいる。
「母上ェ? まさか、その話、受けてはいませんよね?」
「私も自分の息子がモデルで、同性愛描写というのも書けないわ」
良かった、母上はそこはまともだった。
「だからその手の描写の無い初期のシリーズに近づけてみたの」
母上がドサリ、とテーブルの上に紙の束を置く。もう書き終わってますか? 俺達がいない間に何をしてくれてますか、母上ェ?
「カダール、それとエクアド、読んでみてくれない?」
「いえ、俺はそちらには詳しく無いので」
エクアドも眉をしかめて。
「俺もあのシリーズはこの世から消えて欲しいと考えてますので」
「初期の頃は過激な描写も無くて、男二人の熱い友情という感じなのに、どうして変わったのかしらね」
「そちらの方が売れる、となったからでは?」
最初に『剣雷と槍風と』を書いた作者が病を患い、執筆が困難に。それでも物語に人気があったことから原作者が友人に続きを頼んだ、と聞いている。その後、別の作者が同じ世界観、同じ主人公で『剣雷と槍風と』の番外編を書き、原作者とその友人が監修して世に出ることに。
今では多数の作者がそれぞれに『剣雷と槍風と』を書いて本にする状況になっている。吟遊詩人も自作『剣雷と槍風と』を歌にしてるのもいるという。それで、続きが出る度に過激な描写が増え、その方が貴族の子女によく売れるのだそうだ。
この男同士の行きすぎた友誼が何故、年若い女性に人気があるのか解らない。同性同士に憧れるのは思春期の気の迷いとか、聞いたことはあるが。アルケニー調査班は鼻息荒くするぐらい好きらしい。
あのシリーズのせいなのか、かつては男の先輩騎士に告白されて断るのに困ったことがある。
本自体が昔より安くなったとはいえ、まだ高価。だがスピルードル王国ではエルアーリュ王子が先代の政策を推し進め、紙芝居の普及と貸本屋の普及が進み民の識字率は向上している。
……
原作者からは昔、モデルにさせて頂きました、と丁寧な手紙と初期の本をサイン入りで贈ってもらった。内容も当時、成り立て騎士だった俺とエクアドが、カッコいいハンター二人組になった冒険活劇でおもしろかった。当時、エクアドと二人で気恥ずかしくもなり、こんな風にカッコよくなれるといいな、と話していたものだ。
これだけなら微笑ましいで終わるのに、何故、その続きがホモホモしいになってしまうのか。人の欲とは。人の願望とは。
……心の奥底がゼラのオッパイがいっぱいだった俺に、人のことをとやかく言う資格は無いか?
「カダールの感想が聞いてみたいのだけど」
「母上が書いて初期の物に近いというなら……」
「モデルになった二人が監修した、と、帯に入れると売り文句になるかしら?」
「母上ェ……」
エクアドと見合わせて、テーブルの上の紙の束を手にする。手に蜘蛛の姫のフェルトぐるみを抱きしめたゼラが覗き込んでくる。
「これ、ナニ?」
「カダールとエクアドが出てくる、冒険物語よ。私が書いたの」
俺が応える前に母上が話す。聞いたゼラは目を輝かせて。
「カダールとエクアド? 冒険? 読んで、カダール、読んでー」
母上が書いた俺と親友がモデルの、巷では男同士の行きすぎた友誼が評判の物語を、音読してゼラに聞かせると? これはいったいどうゆう種類の拷問だ?
「読んでー、カダール、読ーんーでー」
「う、うむぅ、じゃあ、倉庫の中でエクアドはどうする?」
「では俺も倉庫に行くか。伯爵が到着するまでのんびりさせてもらうとしよう。なんだか気が抜けた」
「まったくだ」
倉庫の中でエクアドと交代しながら、ゼラに母上の書いた原稿を読み聞かせる。初期のものに近いということで危険な描写は無くて、安心した。その上、おもしろい。母上、文才ありますね。
エクアドが朗読してゼラが聞いてるのを見る。
「カダール、危ない?」
「カダールじゃなくて、剣雷ルーダス、な。えぇと、足を取られ地面に転がされた剣雷ルーダスに、血を垂らし鈍く光る大斧が振り上げられる。勝ち誇り笑みを浮かべる大男。その胸から槍が突き出る。
『ルーダス、生きてるか?』」
「エクアドがカダール助けた? エクアド偉い! 凄い!」
「俺じゃ無くて槍風クアルト、な」
絵本以外にもゼラに読み聞かせる本があるといいか。文字の読み書きも教えていくとして。
エクアドと交互に母上の原稿を読む。ゼラは俺とエクアドの冒険物語だと思ってるようで、次は? 次は? と楽しんでいる。緊迫する戦闘シーンでは、手に持ったままの蜘蛛の姫フェルトぐるみがクニャと揉まれる。
これは随分と後の話になるが、この母上の書いた『剣雷と槍風と ~白き薔薇を取り返せ~』はかなり売れた。モデルになった二人が監修した、というのはシリーズ初で話題になったらしい。
確かに俺とエクアドが目を通して、母上に感想というか、描写を足して欲しいというところなど言ってはみた。これを監修というのか?
ただし、俺とエクアドが目を通した後に、『剣雷と槍風と』のシリーズのファンであるアルケニー調査班の研究員が口を出した。原稿を読み母上に要望を伝えた。今どきの子女に受けるにはこういうのがあるといい、とかなんとか、母上に希望を伝えた。そして手直しされて完成したものは、俺とエクアドが見たときより少しだけ変わっていた。直接的な描写は無いのだが、いろいろと匂わせるというか醸し出すというか。冒険活劇なのだが、見方によってはそれっぽいか? というものに。
それを監修した俺とエクアドのホモ疑惑が深まる要因の一冊となった。むぐぅ。