第三十二話

文字数 4,696文字

 エクアドとフェディエアの子が産まれ、それを見たゼラが赤ちゃん可愛い、とはしゃぎ、ゼラも赤ちゃん欲しい、となる。ゼラはプリンセスオゥガンジーを編み始める。

「今のところアルケニー監視部隊に指示は無く、ゼラが魔力枯渇になっても問題は無いんだがな」
「エクアド、今回ゼラがその、やる気を出しているのはエクアドにも責任の一端はあると思うのだが」
「俺のせいにしてもしなくても、ムニャムニャするのは変わらないんじゃないか? 三日に一度と頻度が上がるとは思わなかったが」

 いやまあ、王都への往復は俺もゼラも我慢していたし。それでローグシーに戻ってから、その、これで安心してできるな、となりゼラとムニャムニャしてしまう。
 回数を重ねることで俺もゼラの身体のことが解ってきて、ゼラも俺の身体のことが解ってきたようだ。
 枕元にはナイフを置き、俺の胸や肩を浅く切り、滲む血をゼラがうっとりして舐める。俺の血を口にして目をトロンとさせて、むふんと息を吐くゼラを見るだけで、俺は酔いそうになってしまう。
 俺の血の味のするキスを交わし、最近ではゼラのわき腹を下から上に軽く爪を立てて引っ掻くようにすると、ゼラがゾクゾクして気持ちいい、というのも解ってきた。
 魔力枯渇に“身体弱化(ウィークネス)”をかけると、ゼラも我を忘れて俺にしがみついても大丈夫、と、安心して俺の背中に爪を立てて引っ掻いたり、俺の胸に噛みついたりする。ちょっと痛いがその痛みが心地好い。

 隊員シグルビーに教えてもらったのか、互いに上下逆になりお互いの大事なところをその、口でしたりするときなどは、どちらが相手を気持ち良くできるかという勝負のようになったりと、こういうのも楽しいという発見があったり。
 ゼラが気持ちよくなってるところを見ると、胸に満足感が湧き上がる。ゼラも同じようで赤紫の瞳を輝かせて、俺の太股の内側を、こう、舌でツツツとなぞって焦らしたりという新技を身につけたりとか。
 ムニャムニャの翌日にゼラと朝風呂に入るのも、スッキリして今日も一日頑張ろうと活力が身体にみなぎってくる。
 ゼラとの生活は実に充実している。

「カダール、何を思い出してニヤケている?」
「む、いかん、それでエクアド、何の話だったか?」
「プリンセスオゥガンジーの量が一段と増えているのだが」
「母上がドレスを作り、ルブセィラが研究に使う分は足りるだろうか? アルケニー監視部隊の装備に回せる分があるといいんだが」
「……開き直るようになったな、カダール」

 いろいろとからかわれたり言われたりするのも慣れてきた。ゼラの身体はルブセィラ女史が身体検査しているが、未だに妊娠の兆候は見当たらない。

「ゼラさんには人のような月経もありませんし、子供ができるかどうかも謎ですね。一度、クインかアシェンドネイルに聞いてみたいところです」

 赤ちゃん欲しいと言うゼラは大人しくルブセィラ女史の検査を受けている。ルブセィラ女史もゼラが嫌がることはしなくなったので、今は前より安心して任せられる。
 エクアドは隊長としての仕事を少し減らし、アルケニー監視部隊に新たに小隊長を選出して仕事を回し、フェディエアと子供に時間を割けるようにした。
 俺は一応副隊長扱いだが監視対象でもあるので、緊急時以外では隊長代理とはなれない。小隊長の女騎士が隊長代理として、ゼラと共に孤児院訪問や訓練場視察など行う。

 そんな日々の中、変わった来客が領主館にやって来た。

「……まさか、ゼラと住むための館を建てるとは、ねえ」
「改造した倉庫も悪くは無かったが、できれば家族で同じ館に住みたかったからな」
「平気でさらっと家族って言っちまうんだよな」

 茶色の髪を片手でガシガシとかき、領主館の中を見回す目付きの鋭い女。人化の魔法で人に化けたクインがウィラーイン家に訪れた。
 クインと久しぶりに会ったゼラがクインに抱きついて、クインはベタベタすんな、とゼラを押し返す。

「あたいは話をしに来たんだよ、ゼラとは後で遊んでやるから」
「ウン、クイン、人化の魔法をゼラに教えて」
「ゼラには必要ねーだろ」

 初対面になる父上と母上にクインを紹介することに。

「彼女がクイン、ハイラスマート領でグレイリザードの王種を討伐した勇士です」
「あれは、ゼラが見つけ方を教えてくれたから、なんとかなっただけで」

 革の胸当てにズボンにブーツと、女ハンターという姿で立つクインは、父上と母上を前に少し緊張、というか警戒しているようだ。

「今回あたいがローグシーに来たのは、ウィラーイン家に話があるからなんだけど」
「その前に、クイン、さん?」

 母上がクインに近づいてクインの話を止める。

「クインとお呼びしても?」
「あ、あぁ構わない。名前はエアリアクイーンって大袈裟な名前だけど、皆クインって呼んでる」
「そう、ゼラにもらったのがクインの尾羽根と聞いてるわ。美しい上に不思議な力があって、とても素敵だわ」
「そりゃ、どうも」
「それで正体はどんな姿なのかしら? カダールとゼラに聞いたけれど、ここでもとの姿を見せてくれないかしら?」

 魔法で人の姿に化けているクイン。母上の言葉に戸惑っている。

「いや、あたいの正体は人に見せるもんじゃ」

 母上の好奇心に押され、たじたじとするクインに父上がだめ押しする。

「この館の中では気にせずもとの姿を現してくれて良い。逆に人に化けて正体を隠す者からは、素直に話を聞くことはできんの」
「ゼラで慣れてるのかもしれねーけどな、あたいは見世物になりに来たんじゃ無くて、」
「アシェンドネイルにもワシらの前では人化の魔法を禁じていた。ワシらを欺く意図が無いのであれば、正体を偽らず見せるのが誠意ではないかの?」
「……しかたねーな」

 諦めたクインがズボンのベルトに手をかける。カチャリとベルトの金具を外してから気がついて、慌ててこっちをキッと睨む。

「おい、こっち見んな、あと下を隠せるものをくれ」
「あ、あぁ、アシェンドネイルが使ってた腰巻きスカートがあるか、サレン持って来てくれ。父上、向こうを向きましょう」
「ふむ? 何故だ?」
「クインはゼラやアシェンドネイルと違い、裸を見られるのが恥ずかしいのです」
「なんと、アシェンドネイルは服を着るのを嫌がっていたが」

 驚く父上を促し、エクアドと俺もクインに背中を向ける。振り向く前にチラリ見たのは、わくわくしてクインを見つめる母上とルブセィラ女史。不安そうな顔のクイン。
 男は壁の方を向き並んで立つ。背後からクインがブーツを脱ぎズボンを下ろす音を聞きながら、父上が聞いてくる。

「深都の住人とは、裸を見られてもなんとも思わんのかと思っていたが」
「どうやらそうでも無いようです。アシェンドネイルは堂々としていたものですが」
「ふうむ、深都とは裸の美女が彷徨く都かと想像していたが、クインのような者もおるのか。謎に包まれておるの」
「クインにアシェンドネイルのような者が住む都とは、どんなところでしょうか?」
「叶うならば一度、この目にしてみたいところだ」
「そうですね、父上」

 魔獣深森、その奥の奥。人が誰も踏み込んだことの無いという幻の都。闇の母神を守り、人知を超越した半人半獣達が住む秘境、祖龍に守られるという神秘の地。いったいどんなところなのか。

「……裸の女が彷徨く都を見たいとか、スケベ人間の父親もやっぱりスケベ人間か……」

 クインに小声で罵倒された。いや裸の美女だけが目的という訳で無くて、ゼラの姉という者がどれだけいるのかとか、どんな暮らしをしているのかとか、気になるのはそこで。
 ……もともと脱皮習性があると、服が嫌いと聞いたが、アシェンドネイルのように全裸が落ち着くというのは、どれだけいるのだろうか?

「はぁ……」

 母上がうっとりと息を漏らし、クインが、もういいぞ、と言うので振り向く。正体を現したクインを見上げる。
 下半身は首の無いグリフォン。逞しい獅子の胴体、四肢の先は鋭い爪を生やす鷲の鍵爪。畳んでも大きい緑の翼に、薄く輝くような長い尾羽。
 人化の魔法を解いた上半身の方は、見た目はあまり変わらないが、茶色の短い髪は色が変わり、鮮やかな緑の長い髪にと変化している。女ハンターのような服装はそのままで、上半身と下半身の繋ぎ目は黒い巻きスカートで隠されている。
 深都の住人、クインの本来の姿、魔獣カーラヴィンカ。

「これがあたいの姿なんだが、これで話を聞いてくれるのか?」
「ちょっと待ちなさいクイン、触ってもいい?」
「はあ?」

 クインの返事も聞かずに母上はクインの緑の翼を触り出す。

「あ、おい、」
「綺麗な緑の羽ね、それにこの尾羽、まるでエメラルドと黒瑪瑙の縞模様のようね」
「うむ、生きた宝石ハイイーグルは見たことがあるが、この羽はハイイーグル以上だの」
「あ、おい、ちょっと、あ」

 父上も近づきクインの翼に下半身のグリフォン体をペタペタと触り、そこにルブセィラ女史と護衛メイドのサレンも参加する。楽しそうに見えたのかゼラまで尾羽の付け根に手を伸ばす。その真ん中で目を白黒させるクイン。

「怯えないどころか、なんなんだよウィラーイン家……」
「クイン、我が家をなんだと思っている?」
「アシェが調子を崩したのも解る、あ、こら、ゼラそこはくすぐったい、やめ、」

 しばらくは父上も母上もクインと触れ合うだろう。これでクインも打ち解けて話ができるのでは無いだろうか。今のうちに執事グラフトを呼ぶ。

「お茶と何かお菓子を用意してくれ、あと炒り豆と茹でた豆もあれば」
「解りました。生の豆もお持ちしましょうか?」
「用意できるなら頼む」

 ふれあいの一時を終え喫茶室へと移動する。少し疲れた顔のクインが呟く。

「なんだこの館……、おっぱいいっぱい男の家族はおさわり一家かよ……」
「クイン、我が家のことを妙な呼び方するのはちょっと」
「人から見てあたいが珍しいってのは、分かるけどよ」

 母上が満足そうに笑顔で言う。

「クインがあまりにもステキだから、我慢できなかったわ」
「……まぁ、話をしに来たんだから、怯えて逃げられるよりはマシなんだろうけどよ」

 ゼラがお茶を淹れる姿をクインが見つめ、

「ゼラは、ほんとに貴族の作法を仕込まれてんだな」
「ウン、お茶を淹れるの上手になったって、ハハウエが褒めてくれるの」
「お茶って貴族の飲みもんだろ、あ、ここは貴族の館だったか」
「ハイ、クイン、赤茶」
「あたいは貴族の作法なんぞ知らねえぞ」
「香りを楽しんで飲むの、このお茶はエル王子にもらったお茶でね」
「なんでゼラが人の国の王子からお茶を貰ってるんだよ、訳がわからねえ」

 ゼラと積もる話もあるのかも知れないが、先にクインの用件を済ませておこう。

「それでクイン、俺達に話とはなんだ?」

 赤茶を一口飲んだクインが姿勢を正す。言いにくそうに眉を顰め、改まって話す。

「今回、あたいは深都の代表として来た。これは深都での問題なんだけど、ウィラーイン家に報せた方がいい、という事態が起きた」
「何やら不穏な言い方だ。不安になる」
「深都の不始末なんだが、深都の住人が数人、深都を抜け出した。どうやらこのローグシーの街に向かっている」
「何だと? どういうことだ?」

 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み