第七話

文字数 5,149文字


「私の今後について、ですか?」
「あぁ、フェディエアがどうしたいのか、聞いておきたいと。フェディエアの父、バストレードは商会を再建するのか?」
「今のところ父にその気はありません。ラミアに操られたとはいえ、恩あるウィラーイン伯爵を裏切ることになり悔やんでます」
「バストレードの責では無いだろうに」
「商人としては責任は無くても詐欺で騙されても、信用と財産を失えば負けですから。ですがハラード様は父をかってくれてますので、父と、もとバストルン商会の者をウィラーイン家で雇ってくださると」
「フェディエアもそれでいいのか? 父の手伝いで我が家に仕えるというので」

 フェディエアのグラスにお代わりを注ぐ。フェディエアはゼラを見て、俺を見る。

「ハラード様からは、私とカダール様の婚約が白紙になったことを告げられました」
「フェディエアには悪いが、」
「いえ、ハラード様は代わりに、私がカダール様とゼラちゃんと仲良くできそうなら、カダール様の側室というのはどうか? とも提案されまして」

 ごふ、口のブランデーを吹きそうになった。父上、何を言ってますか? エクアドがテーブルのチーズをひとつまみ口に入れる。

「伯爵も世継ぎの心配はしてる、か」
「カダール様とゼラちゃんの間に子供ができても、その子が伯爵家を継げるかどうかというのは難しいでしょうし」
「フェディエアの言うことももっともだが」

 ゼラの顔を見ると不満そう、というか、泣きそう。これで悪酔いされては困るのでゼラには果実水の入ったコップを渡して、お茶の入ってたカップをそっと遠ざける。

「フェディ、は、カダールと結婚式したい?」

 ゼラに問われたフェディエアは驚いて、少し考えながらブランデーを口に含んで苦笑する。

「結婚式に乱入したゼラちゃんに聞かれるなんてね。あのときあのままカダール様と結婚してたらどうなってたか、考えることもあるけれど」

 ゼラが俯いて困ったような顔をする。俺からフェディエアに説明をしておこう。

「あの頃のゼラは人間のことをあまりよく解ってなかったんだ。この倉庫で俺と暮らして、少し人のことが解ってきて、今は結婚式に乱入したこととフェディエアのことが気になるらしい」

 エクアドが、なるほど、と頷いて、

「カダールだけが大事、から、カダールの家族や友人も大事、になってきたか。アルケニー監視部隊ともなんだか友達みたいになってきたし」

 ゼラの出張治療院でゼラが魔法でウィラーイン領の、俺のナワバリの人達を治したことも、ゼラにはいろいろと考える切っ掛けになったのかもしれない。
 フェディエアがゼラを見る。

「ゼラちゃんは私がカダール様と結婚したい、と、言ったらどうするの? ツガイになってもいいの?」
「ンー、ヤダ。ヤ、だけど、それがカダールのしあわせなら、ガマンする……」
「泣きそうな顔で我慢しなくてもいいわ。私にその気は無いから」
「そうなの?」
「ウィラーイン伯爵からも結婚する気があるなら知り合いの貴族の中から見合い相手を探す、とも言われたけれど」

 フェディエアの差し出す空のグラスにブランデーを注ぐ。フェディエアは美味しそうにグラスを傾ける。

「暫くは結婚とか恋愛とか、考えたく無いわ。カダール様もゼラちゃんが一番でしょう? 次期伯爵の側室も悪くは無いのでしょうけど」
「俺は世継ぎの為だけに側室とも上手くやるとか、そういう器用なことはできそうも無い」
「でしょうね。それに万一、カダール様を誘惑するのが成功したらアルケニー監視部隊に恨まれそうだし」

 ゼラは、むー、と唸るような顔で。フェディエアはそんなゼラを見て微笑んで、

「ゼラちゃんが気にしてるなら、ひとつだけお願いがあるのだけど」
「なに?」
「私がもしも妊娠してるようだったら、堕胎するから、そのときには魔法で治療して欲しいの」
「治癒の魔法? それなら任せて」

 フェディエアはさらりと言うが、え? なんだって? 妊娠? ということは、相手は、あいつか?
 聞いていいのかどうなのか、エクアドと二人でチラチラとフェディエアの顔を伺ってしまう。

「月のものが来てないんですよね。遅れているだけならいいのですが。もしも孕んでいるようなら堕ろしたいので、そのときは専門の医療師をお願いします」
「あ、あぁ、解った」

 本当に邪神官ダムフォスというのはクソ野郎だった。とっくに死んでいて裁くこともできないが。
 フェディエアは何も言えなくなった俺とエクアドを見て、困ったように笑う。

「お酒はもう少し楽しく飲みましょう。悪い酔い方をしてしまいそうだわ」
「俺では何と言っていいのか、解らん」
「いいですよ、殿方は無理に解ったようなことを言わなくて。それにアルケニー監視部隊の女隊員に相談に乗ってもらいましたから。私より酷い修羅場を潜っていて、いろいろと教えていただきました。若い女なら身体を売って命長らえることもあるのだと」

 なんというか、ますます言葉が無い。俺も男だが、そういう輩には虫酸が走る。だが、

「アルケニー監視部隊にそういう隊員がいたのか」
「カダール様? どうしました?」
「いや、その隊員の前で、その、俺はゼラとイチャイチャしてたのかと、その隊員は気分を悪くしてなかったかと心配になって」
「逆にちゃんとイチャイチャして幸せになってください。こういうのは好きあった者同士が結ばれることが最良でしょう。羨ましいと思いつつも、十三年と思い続けた純愛が実る、物語のような恋の行く末を見せてください」
「いや、イチャイチャしろと言われても」
「そんな夢みたいな話がここに在ると見せてください。ゼラちゃんには道理を押し潰すような力と想いがあるって見せて欲しいの。それを見せて貰えたら――」

 フェディエアはグラスのブランデーを飲み干す。指で唇の端を拭う。ペースが早い気もするが、そういう飲み方をしたい気分なのだろう。
 エクアドが新しい瓶を開けてフェディエアのグラスに注ぐ。フェディエアはグラスを満たしていく酒を見ながら言葉を続ける。

「――私もまた、恋に夢を見れるのかもしれない。身分も立場も踏み越えて、愛する人のその胸に、なんて、本当にどうかしてる。アルケニー監視部隊と話をして、ゼラちゃんが人気があるのが解ってきました」
「前はゼラのことを、ゼラさんと呼んでいたがいつの間にかゼラちゃんになってるのは」
「アルケニー監視部隊では、ゼラちゃんかゼラ嬢ちゃん、ですからね。皆、見てると思ってしまうようですよ。純粋な想いが報われて幸せになって欲しいと。そんな世の中であって欲しいと。それを二人に重ねて見てしまう。もちろん、やっかみもありますが」

 俺とゼラはそんな目で見られていたのか? ゼラがアルケニー監視部隊に人気があると感じてはいたが、それはゼラが可愛いだけじゃ無いってことなのか?
 ゼラの顔を見るとキョトンとしている。人の理想を押し付けられた、ということは解ってないらしい。

「人はややこしくなり過ぎたのかもしれませんね」
「フェディエア、どういう意味だ?」
「食べて寝て、子供を作って生きる。それを幸せと感じていれば、只の生物として思い悩み苦しむことも、無かったのかも、と」
「知恵と工夫、そして正しき心持ちて人は生きる者」
「と、教会は説いていますね。商人の世界にいるとその正しき心、というのが解らなくなったりしますが」

 酔いが回ったのか、話を変えたかったのか、フェディエアは求道者のような事を言う。エクアドが揺らすグラスの中の水面を眺めながら、

「只の生物であっても、好き勝手して生きられるのは強者だけだろう。弱くとも幸せに生きられるようにと、人は知恵を使って街や国を作ったんじゃないかな?」
「その知恵と工夫でできたものが、人を不幸にしていることもあるかと。身分に税に、スラムに戦争。強者が好き勝手するのは人も魔獣も変わりなく、人の場合、単純な力だけでは決まらない」
「力はあってもそこに正しさが無ければ、人は善と認めない。我欲で振るう力は誰も救えない」
「流石は騎士様。誉れ高き槍のエクアド様ですね。ですが、身分違いの悲恋というのも、人の文明が作った不幸なのでは?」

 フェディエアが絡むように言う。飲み過ぎたか? 考え込んでいたゼラがフェディエアに言う。

「人間、幸せになるの、難しい?」
「そうね、難しく考えているうちに幸せになる方法が解らなくなってしまったのかも。父も私が次期伯爵の妻に、という欲をラミアに突かれたのだから。ゼラちゃんは何が幸せか、解る?」
「カダールと一緒が幸せ」

 ゼラはサラリと言う。手から落ちた物が地面に落ちるのが当たり前、というのと同じくらいに。そんな価値が俺にあるのか、俺に何ができるというのか。フェディエアはゼラの言葉を聞いて微笑む。

「……そうね。ゼラちゃんはそれでいいの。これでカダール様が浮気性だったらどうなっているのかしら?」
「カダールが女を侍らせたいという男だったら、恐ろしいことになってたかもな。聖堂の天井ひとつでは済まない」
「エクアド、アルケニー監視部隊に余計な仕事を増やしたいのか?」

 幸せ、か。食料に住む家があっても、それだけでは満たされないと、金に権力を求めたり、己が一族の繁栄を願ったりと、人の欲に際限は無い。欲が満たされれば幸福か? それも何か違うような。浮気というのも人の欲で、幸せになろうという欲の暴走が不幸を招くのは、浮気からの不仲とか離縁とか。そして気に入った女を好きにしようという男の欲が、フェディエアを傷つけた。

「いっそ男のいないところで静かに暮らそうかとも、考えましたが。それもなんだか負けたようで悔しいですね」
「それなら、フェディエア。アルケニー監視部隊で働いてみないか?」
「エクアド、急に何を言う?」
「ゴスメル平原での戦闘でゼラが目立ってしまった。今後、アルケニー監視部隊の増員と護衛の強化は必要だろう」
「それはそうだが、フェディエアに何をさせるつもりだ?」
「組織が大きくなればいろんな専門家がいるといい。部隊の経理をやってもらう。それにアルケニー監視部隊は女性が多いからフェディエアもやりやすいかと。カダール、副隊長としてはどう思う?」
「む、フェディエアの気持ち次第か。仕事に打ち込んで気が紛れるというのであれば」
 
 フェディエアはバストルン商会で商会長の父の手伝いをしていて、帳簿をつけるのも金勘定も自信がある、ということを言っていたか。

「フェディエアはどうだ?」
「私が王子直属の特殊部隊の経理、ですか。そうですね、ゼラちゃんとカダール様を近くで観察しながら仕事というのも楽しそうですね。ゼラちゃんは私が部隊に入ってもいいの?」
「ンー、ウン」
「私がカダール様を誘惑しても?」
「ウー、それは、ヤダ」
「冗談よ。エクアド隊長、その話はお酒が抜けてから正式に返事をします」
「酒を飲みながらする話じゃ無かったか?」

 そのあとはアルケニー監視部隊の話をしたり、俺が何故か部隊の男代表のようになっていたりという話を聞いたり。

「男代表、というかマスコット、だろうか?」
「マスコットにしてサンドバッグという感じかしら?」
「ンー、カダール、人気者?」

 フェディエアとゼラがお喋りして、たまにフェディエアがゼラをからかったり。フェディエアが酔い潰れるまでバカな話をしていた。

 後日、フェディエアに遅れていた月のものが訪れて、妊娠はしていないと解る。俺もエクアドもホッと胸を撫で下ろした。
 体調面の心配が無いと解ったところで、フェディエアはアルケニー監視部隊の経理担当として部隊の一員となることに。

「よろしくね、ゼラちゃん」
「ウン、よろしく。でも、カダールとっちゃダメ」
「あら、たまには少し貸してくれないかしら?」
「ヤー、ダメー」

 ゼラがいつものように俺の後ろから抱きついて、所有権を主張する。ゼラもフェディエアがふざけて言っているのが解ってきたのか、笑ってフェディエアに応えている。
 フェディエアは男に弱味を見せたく無い性格らしく、かつてのことでフェディエアがどれだけキズついているのかが、俺にはよく解らない。

「カダール様とゼラちゃんを監視させてもらいますね」

 フェディエアがいつものように探るような目で、昔より少し柔らかくなった目で、俺とゼラを見て言う。それが癒しになるなら、それもいいか。

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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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