第八話

文字数 4,203文字


 ゼラがやる気に溢れているので、木を切り運ぶ作業と大雑把なところをゼラに任せる方針で。切り倒した木の枝を落として、運びやすく纏める作業に人員を回すことに。

「ぞん!」

 メキメキと木が倒れて。

「しゅぴっ」

 糸をかけてズゴンゴゴゴと木を引きずって走るゼラ。あっさりと丸太の山ができる。

「では、馬で引いて村まで運ぶか」
「任せて!」

 ここでもゼラがロープを肩にかける。赤いブレストプレートのショルダーに引っかけるようにロープを担ぐ。そして村へとガランゴロンと丸太を引きずっていく。

「力があるのは身を持って知っているが、ここまでとは」
「カダールの骨を折るだけじゃ無いか。有効利用するとこんなこともできるのか」

 馬は残った丸太運びに置いて来たので、俺とエクアド、アルケニー監視部隊はまたゼラを小走りで追いかけることに。ルブセィラが息切れしている。

「ゼ、ゼラさんが、疲れるのが、目的だと、はー、こちらが、ついていけません、ふー」

 ゼラが三往復すると丸太運びはもう終わってしまった。

「カダール、次は?」
「す、すまん。ゼラ、少し、休憩を」

 そこに父上が村長を連れてやって来た。村人も何人かついて来ている。丸太の山を前にして驚く人々。

「もう、木を運んで来たのか。早いな」
「父上、ゼラが手を貸してくれたので、思いの外、早く終わりました」
「そうか。皆、働き者で助かる。ゼラ、ありがとう」
「チチウエ、ゼラ、がんばる。次は?」
「次と言われても、木は置いて少し乾燥させねば使えまい。次、次か」

 父上は村長の顔を見て少し考えて。

「村の者からいくつか聞いてみたところ、このところ雨が降っておらんと」
「いい天気が続いて行軍が楽と感じてましたが、言われてみればしばらく雨は無いですね」
「村の貯水池も水量が減っていると。ゼラよ、魔法で水を出して貰えるか?」
「ウン! 解った!」

 左手と左前足をしゅぴっと上げて、いい返事をするゼラ。タフだ。まだまだ元気だ。

「でも、どこに水?」

 ゼラの言うことに村長が応えて。

「では誰かに案内を」

 村長が周りにいる村人を見る。その間に女の子がひとりゼラに近づいていく。十歳くらいだろうか? 黒い髪の女の子はゼラをポーッと見上げている。

「……蜘蛛のおひめさまだ」

 なんだ? 絵本か? こんな村にまであの絵本が? それとも吟遊詩人の話でも聞いたのか? ゼラが前屈するように女の子に顔を近づける。額がつきそうな距離で見つめあう二人。ゼラが女の子に訊ねる。

「水、どこに?」
「え? えっと、あっち」
「あっち? どっち?」
「あっちの方。リンアさんちの家の向こう」
「リンアさんち?」

 女の子は手を伸ばして背伸びして、指を指してゼラに教えようとしているが、上手く伝わってない。なんだか見てて微笑ましい光景だ。ぼんやり見てるとゼラが手を伸ばして、女の子の脇に手を入れる。ヒョイと持ち上げる。

「ひゃあ?」
「乗って。どっち?」

 ゼラの蜘蛛の背中にポスンと座らされた女の子は、ゼラの背中、ブレストプレートの背中についてる取っ手を掴む。膝立ちになって、片手をゼラの肩越しに伸ばして指差して。

「あっち」
「あっち?」

 ゼラはその方向へと、蜘蛛の脚をシャカシャカと動かして走っていく。

「きゃー、はやーい!」

 女の子が高い声ではしゃぐように。村の子供達も、わー、と、走ってゼラを追いかけていく。子供って元気だ。いや、そうじゃなくて。

「ゼラ! 先に突っ走るな! 置いていくな!」
「おい! また走るのか!」

 俺とエクアドも走ってゼラを追いかける。アルケニー監視部隊も走り出す。

「私はこちらで。思いついたことがありますので。体力も限界ですし」

 ルブセィラ女史とアルケニー調査班がリタイヤ。
 ゼラがやる気を出してるのはいいが、何故か訓練というかマラソンというか。なんでこんな感じになってしまったのか? これなら鎧を脱いでおけばよかった。森に入ると警戒していたが、魔獣もいなくて戦闘にならなかったし。鎧と腰の剣をカチャカチャいわせて、ゼラと子供達を追いかける。

「あ、赤毛のおーじさまだー」
「えー? 絵本のおーじさまより、がっしりしてるよー?」
「違うよ、王子様じゃ無くて騎士様だよ」

 途中の休憩で鉄帽子を外してそのままだったか。俺の赤毛を見た子供達が走りながらはしゃぎ出す。それとやっぱり絵本か、この村でも流行ってるのか、あの絵本。走る子供達が俺とゼラを交互に見る。

「赤毛のおーじさまー、わたしも蜘蛛のひめさまに乗りたーい」
「仕事が終わったら考えよう」
「騎士様、蜘蛛の姫はいつ人間になるの?」
「それは俺にも解らない」
「赤毛のおーじさまの愛が、蜘蛛のおひめさまを人に変える魔法なんだよね?」
「それは、絵本の話で」
「え? 愛が足りないの?」
「だから、愛があるとか無いとかじゃなくて、人に変える魔法とか無くてだ」
「愛してないの? 本妻が別にいるの?」
「俺はまだ結婚式もしてないのに、なんで本妻とかいう話になるんだ?」
「お貴族様は政治的なお付き合いになるから、愛人とか本妻とかお世継ぎとかになるんですよね。婚約も契約のひとつだし」
「君、随分と賢いな。そういう話、好きか?」
「え? じゃあ、赤毛の騎士様は蜘蛛のおひめさま、愛してないの?」
「だからなんでそんな話になる!」
「便利に使うだけ? 利用してポイ?」
「そんなことするか!」
「でも、蜘蛛のおひめさま、人になってないよ?」
「蜘蛛も人も関係無い! 俺はゼラのことを!」
「「ゼラのことを?」」
「愛している!」
「「きゃー!!」」

 ……あ、乗せられて俺は何を口走ってるんだ? なんだ? なんでこうなる? 後ろを振り向くと後をついてくるアルケニー監視部隊がニマニマしたり、ため息ついたり。エクアドが軽快に足を運びながら。

「カダール、そういうのは本人に言ってやれ」
「そ、そうだな。ところでエクアド。俺の鉄帽子を知らないか?」
「さっきの丸太の山に置いてきたろ。俺も鎧を置いてきたし」
「身軽になってると思ったら」

 貯水池に到着。確かに水量が減っている。ゼラを見ると背中に黒髪の女の子を乗せたまま。池に向いて指を振る。

「すい、すすいっ」

 池の上、宙に水が湧き大きな水の玉ができる。人の魔術師でも水系が使える者はこれと似たことはできる。ゼラの方が速度も速く量もはるかに多いが。宙に湧いた水の玉が、バッシャンジャッポンと池に落ちる。池から水が溢れる程に。子供達が、わー、と歓声を上げて跳び跳ねる。こんな魔法を目にする機会は無いか。

「これでいい? 次は?」

 ゼラがこっちに向き直る。微塵も疲れた様子は無い。こっちは走ってばかりで疲労してきているが。

「次か? えーと、次は」
「畑の水やり!」

 俺が応える前にゼラの背中の女の子が元気に言う。

「蜘蛛のおひめさま、次は、畑に水を」
「ゼラなら簡単か。やってくれるか?」
「ウン! はたけ? どっち?」
「あっち!」

 背中の女の子が指差す方へと、またゼラは走っていく。待ってくれ、俺も背中に乗せてくれ。子供達もゼラの後を追いかけて走っていく。エクアドが振り返って指示を。

「全員、一旦装備を外せ。四人残って装備を運んで、残りはゼラを追いかけるぞ。カダールも鎧を外せ」
「いや、このまま追いかける。ゼラが調子に乗って何かやらかすかもしれないから、鎧を脱ぐ暇が無い。大丈夫だとは思うが、走るゼラの脚に子供が当たったら大怪我するかもしれんし」

 畑に水を撒き、次から次へと移動するゼラ。いつの間にかゼラの背中に乗ってる子が三人に増えている。それ以上乗せないでくれ。その速度で落っこちたらどうなるのか。

「はあっ、カダール、ゼラに任せて、のんびりできるんじゃ、ふうっ、無かったのかっ」
「そうはいかんらしいっ、ふうっ、まさかここで行軍演習とはっ」

 森から村と移動した疲労もある。そこでもゼラを追いかけて小走りだ。ここで更に走らされるとは。しかもさっき転んで膝を擦りむいた男の子を、今は背中におんぶしている。まだ、背中でぐすぐすしている。男の子ならちょっとのケガで泣くんじゃ無い、とか言いながら、村の周囲の畑を一周する。丸太の山の前まで戻って、ようやくゼラが止まる。
 
「水まき、終わり?」
「蜘蛛のおひめさま、ありがとう!」

 やっと終わったか。監視部隊も息を荒げて、中には座り込むのがいる。ようやく休憩でホッとする。
 子供達がゼラを囲んで、きゃーきゃー、と騒いでいる。かなり走ったのに元気だ。ゼラは子供達にまとわりつかれて首を傾げている。

「カダール、次は?」
「ゼラ? 疲れてないか?」
「ぜんぜーん」
「そうか……。あ、この男の子が膝を擦りむいたとこを治してくれないか?」
「ウン! なー」

 背中におんぶした男の子の膝にゼラが指を伸ばす。ゼラの指先が白く淡く輝いて、ちょん、と擦りむいて血の滲む膝小僧に触れる。

「あったかい、え? 痛く無い!」

 背中の男の子を地面に下ろす。怪我が治るところを見ていた子供達がゼラを囲む。

「蜘蛛のおひめさま、魔法をかけてー」
「怪我もしてないのに治癒の魔法はかけられないだろう」
「怪我したら、魔法をかけて貰える?」
「やめろ、わざと怪我をするなよ、やめてくれ」
「私も白いのキラキラしてー」

 ぐったりと疲れたいと言っていたゼラはピンピンしていて、追いかけて走り続けたアルケニー監視部隊がぐったりしてしまった。俺も息が切れて額から汗が垂れる。ここまで、行軍の移動中はゼラに乗ってて楽をしていたか。倉庫生活で少し鈍ったか?

「カダール?」
「ゼラ、喉が乾いたから、また水を出してくれないか? 皆にも」
「ウン!」

 そしてゼラが魔法で出した宙に浮く水の玉に、イタズラ小僧共が頭から飛び込んだりして騒がしくなった。魔獣深森に近いところでは、たくましい者が多いが、この村の子供は元気過ぎないか? びしょ濡れになってはしゃぐ子供達、これはどうすればいいのか?

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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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