第十二話
文字数 5,183文字
穏やかな時が過ぎる。今のところ魔獣深森に異常は無い。人が増えればそれに合わせて、魔獣の変異種が増え王種の発生率が上がるという。以前にアシェンドネイルから聞いた話だ。
「平穏なときにこそ、備えをしなければならん」
ウィラーイン伯爵である父上が、魔獣深森を見張る為の砦の建設を計画。今ある砦に加えて間を埋めるように建設を開始。領民が増えたことで畑を増やす開拓も進める、その為の前段階でもある。また、ウィラーイン領に訓練場をひとつ増やし、三つから四つへと。
魔獣が増え強くなるというならば、人も強くならねばならない。
古代妄想狂の残党は見つからないまま。しかし、人造魔獣の大発生という事態も無い。ウィラーイン領にいたという怪しげな組織も、ラミアのアシェンドネイルが解体したということで、今のところは平穏だ。
アルケニー監視部隊は増員し、新しく編入した隊員に訓練をする。編成を見直し、新人とはゼラとエクアドと俺で一緒に食事を取ったりして、ゼラと話をしてもらう。ゼラの食事に慣れてもらう為に。ゼラもまた、新人と話をすることで隊員のことを憶えてもらう。
以前よりも人に興味を持つようになったゼラは、俺以外にも人の見分けがつくようになり、人の見かけの細かな差異に気がつくようになった。
「お化粧で綺麗と可愛いに近づけて、お話で人の魅力が出るの?」
「魅力というか人柄の見せ方だろうか? 話術というのもあるが、誰だって優しいと楽しい、おもしろいは好むところだろうし」
「それが上手な人が、紙芝居とかミュージカルとかするの? 演技が上手だと人気者?」
「上っ面だけ整えても見抜かれるんじゃないか? 人柄が重要な要素だろう」
言った俺の顔をゼラはまじまじと見つめる。なんだ?
「ゼラ?」
「ウン、カダールはいつでもステキ」
「あ、ありがとう」
「寝癖で髪がはねてるのもカッコいい」
「それは直した方がいいか」
さて、話は変わるがスピルードル王国では男女混合の部隊は少ない。騎士団も男と女は別だ。王都の騎士訓練校も男女で分かれている。
アルケニー監視部隊はゼラを監視するために女性が多い男女混合部隊だ。これまではトラブルなどは無かったのだが。
「カダール、話がある」
隊長のエクアドが神妙な顔で改まってする話に、予想外に騒動となった。まさかエクアドが。
「ふう……」
新領主館の大浴場、温かな湯に肩まで浸かり息を吐く。広すぎる大浴場も落ち着かないと思っていたが、慣れるとなかなかいいものだ。
「すまんな、カダール」
「いや、驚いたがエクアドが謝ることでも無いのではないか?」
エクアドと肩を並べ湯の中で話をする。新領主館の大浴場はゼラの水系の魔法で湯を張っている。そのため大きな浴槽を使うにはゼラと混浴になる。
「むふん」
「ゼラちゃん、頭を動かさないで」
浴槽に浸かったまま見る先にはゼラがフェディエアに頭を洗ってもらっている。ゼラは上半身を背伸びするように蜘蛛の背に倒している。その蜘蛛の背に座るフェディエアの膝を枕にして、その状態でフェディエアがゼラの髪を洗っている。
ちなみにゼラは裸だが、フェディエアは肌を隠す湯着を着ている。大事なとこは見えて無い。俺とエクアドも湯着着用だ。
ゼラが、
「カダールと一緒にお風呂したい!」
と、言うのだが俺とゼラだけで大浴場を使うのは、湯気のせいで監視が難しい。そのためゼラが風呂に入るときは女性隊員が一緒に入ることに。
ゼラが湯に浸かることに問題は無かった。お試し入浴でゼラが母上達と風呂に入ったときに、母上がゼラの身体を洗ったりしたらしい。そのときゼラは人に髪を洗ってもらうのが気持ちいいことだと発見した。
「ゼラ、そんなに気持ちいいのか?」
「ウン、ふわふわぽかぽかするの」
ゼラが風呂好きとなり、誰かに髪を洗ってもらう為に隊員の中から混浴相手をみつくろって風呂に入るように。俺もゼラの髪を洗ってみたのだが、俺がゼラの髪を洗うと、ゼラがその、盛り上がってムニャムニャしたくなってしまうようで、自重することに。
俺とゼラが風呂に入るときはエクアドとルブセィラ女史に女性隊員数名と混浴、ということになった。俺とエクアドは短パンの湯着で腰を隠し、女性陣は胸と腹と腰を隠す湯着を着用する。
ルブセィラ女史は眼鏡の曇りを指で拭きながら、浴槽から身を乗り出してゼラを見ている。濡れた湯着が肌に張り付き、ルブセィラ女史の背中が艶かしい。
「人に髪を洗ってもらうのが心地好いというのは面白いですね。ゼラさんは気を許す相手には抱きついたり頬にキスをしたりとしますが、人に身を預けることも好むと」
「ゼラは人のような羞恥心は無いから、家族では無い男との混浴は良くないと、どう教えればよいのか」
「そこは幼い子供が親と風呂に入るのと変わらないのでは? で、あればそのうち羞恥心も芽生えるかもしれませんね」
同じ浴槽に浸かる女性隊員がゼラとフェディエアを見る。
「見た感じ親に甘える子供みたいだし、この領主館の大浴場だけ特別に混浴可、としておけば?」
「一応、男女混浴は湯着着用として、」
「ゼラちゃんだけまっ
「いや、女性隊員の中でもハァハァと息を荒くしてゼラの身体を洗っているのがいたりするのだが」
「無邪気なのに色気とおっぱいはスゴいし、そっちの気が無くても、なんか目覚めそうになっちゃうし。そこも蜘蛛の姫の人気に繋がるのかね?」
女性隊員の中には湯着着用でも俺とエクアドと一緒に風呂はちょっと、というのが少しだけいる。同じ浴槽にいるこの隊員シグルビーは平気らしい。隊員シグルビーは足を伸ばして湯に浸かり寛いでいる。
「こんなデカイ風呂を好きに使えるってのは、いい職場だなあ」
「ところで、シグルビーがフェディエアを焚きつけたと聞いているが?」
「少し背中を押した程度だけど。焚きつけたっていうなら副隊長とゼラちゃんだろ?」
「俺と? ゼラが?」
俺とゼラが何をしたというのか? 隊員シグルビーは半目になって俺を見る。
「副隊長とゼラちゃんがイチャイチャムニャムニャするとこを監視して、ムラムラモヤモヤする隊員がいるってのは知ってるだろ?」
「それは聞いてはいるが、しかし俺とゼラが二人きりにはなれんし」
「副隊長、女にだって性欲はあるんだよ。それとゼラちゃんと副隊長見ると、影響されるのかね? アルケニー監視部隊で、できちゃった結婚で休職するのが二組、いや、これで三組目か」
「それ、俺のせいになるのか?」
アルケニー監視部隊の中でくっついた男女がいる。女性隊員の方は出産育児が落ち着いたら、部隊に復帰したいとのこと。隊員の結婚式には俺もエクアドも顔を出した。
こういった部隊内での恋愛事情などあるから、軍隊とは基本的に男女別なのだろう。これで三角関係とかで部隊内でもめられると困るとこだが。
ゼラを見ていたルブセィラ女史がこちらに振り向く。
「男性の性欲は物理的に子種が溜まるので、それを放出したいというものですが、女性の性欲は個人差が大きいですね。ですが子孫を残す為に性欲の無い生物はまず存在しません」
「律するのが難しいところか。……俺が口にしても説得力が無いのは自覚してるから、そんな目で見ないでくれ」
「今の技術では完全な避妊も難しいですね。ですが、できたならできたで、ちゃんと産んで育てればいいだけのことです」
ルブセィラ女史の目がエクアドに移る。エクアドは、あぁ、と頷く。
「もちろん責任は取る。少し順序が前後してしまったが」
「エクアドがフェディエアと付き合ってるというのは聞いてはいたが」
「カダールには相談しただろう」
かつての事件がありラミアのアシェンドネイルが来たことで、フェディエアが心配になった。それでエクアドと隊員シグルビーがフェディエアの様子を見ていたのだが。
フェディエアは冷静に努めていたが、内心ではどれほどの葛藤があったことか。恨みに思うアシェンドネイルが近くにいて、それでもなまじ頭が回るから、復讐心に身を任すこともできず。
会計とはいえアルケニー監視部隊に入ったということで、戦闘経験の少ないフェディエアはエクアドが槍術を教えていた。憂さ晴らしのような訓練で実力は上がったと聞いている。
そしてフェディエアは会計含め部隊の事務的なことをこなし、今ではフェディエアの方が俺よりも副隊長らしいことをしている。それでエクアドとフェディエアの距離が近くなったというのはあるが。
気丈なフェディエアは弱々しいところを人に簡単には見せない。邪教徒のやらかしたことで悲惨な目に遭った筈だが、荒れることも無く隊員達とも仲良くなり、隊員シグルビーとは親密な仲らしい。
ゼラの化粧など担当してもらうようになってからは、ゼラの姉のような感じだ。今も膝の上に乗せたゼラの頭を優しく洗っている。
「ゼラちゃん、お湯を出して。流すから」
「ウン、すいぽ」
ゼラが指を振り宙にお湯の玉が現れる。フェディエアは浮かぶお湯の玉を手で掴んで引き寄せて、ゼラの髪を洗う。むふん、と鼻を鳴らして満足そうなゼラ。見下ろすフェディエアは目を細めて微笑む。
ゼラが手を伸ばしてフェディエアのお腹に触る。
「フェディー、ほんとにこの中に赤ちゃんがいるの?」
「私も驚いてるけれど、やってきちゃったのよ」
「エクアドとフェディの赤ちゃん、いつ来たの?」
「ほんとにいつ来たのかしらね」
「ゼラとカダールの赤ちゃんはいつ来てくれるの?」
「それは、私には解らないわ」
「ね、フェディ」
「なに? ゼラちゃん?」
「好きな人とムニャムニャするのは気持ちいいね」
ゼラに応えようとしたフェディエアが、ハッとして浴槽に浸かる俺達を見る。頬を赤くして顔を背けて、ゼラに顔を近づけゼラにしか聞こえない声でポソポソと何か言っている。
赤ちゃんができたということは、つまりはムニャムニャな、そういうことをしていた訳で。
俺は横を向いてエクアドの顔を見ると、エクアドはゆっくりと視線を外していく。
「……カダール、人に知られるというのは気恥ずかしいものだな」
「そうだろう」
「カダールはいつもこれに耐えているのか」
「エクアド、知られてしまったなら開き直るしか道は無い。それに間違ったことをしていなければ、胸を張って堂々とすればいい」
「前に俺がカダールに言ったことが返ってきてしまったか」
父上と母上には話をして、フェディエアの父、バストレードにはフェディエアから連絡するとのこと。
フェディエアのお腹が大きくなる前に、エクアドとフェディエアの結婚式を急遽、行うことに。
エクアドが小声で話すゼラとフェディエアを見ながら言う。
「ウィラーイン家に養子に入ったばかりで、こうなってしまったのはすまないが」
「男女の仲とは解らんものだ。だがこれで無事に子供が産まれれば、ウィラーイン家は安泰だ」
「ハラード様もルミリア様も器が大きいというか、なんというか。娘が増えて孫ができると、あっさり受け入れて喜ばれるとは」
「母上は気がついて予測していたようだが」
そうで無ければ新領主館の部屋の数がおかしい。いずれは子供部屋など必要だが、使って無い部屋に俺が幼い頃に使っていた子供用の家具など設置してるのは、気が早いと思っていた。それが意外に早く使うことになりそうだ。母上はいつから気がついていたのか?
髪を洗い終えたゼラが、蜘蛛の背にフェディエアを乗せたまま浴槽にザブザブと入る。
「カダールー」
「どうした? ゼラ?」
「ゼラも赤ちゃんが欲しい」
「そうか、じゃあ頑張ろうか」
「ウン」
楽しそうなゼラ、ルブセィラ女史がワクワクとして、隊員シグルビーが半目になる。……好きあった男女が子作りを頑張るのは、普通のことだ、たぶん。
ゼラの蜘蛛の背に座るフェディエアを見て目が合うと、フェディエアは恥ずかしそうに俯いてしまった。
これからはフェディエアが俺の姉上となるのか。かつての俺の婚約者は湯に沈んで隠れるようにして隊員シグルビーのもとへと向かう。
エクアドからは、フェディエアの方から迫ってきた、と聞いてはいるが。
フェディエアが改めてウィラーイン家の嫁になる。相手は俺では無く、兄となったエクアドだが。かつて結婚式を挙げかけたフェディエアを見て思う。人の縁とは不思議なものだ。