第四話◇護衛メイド、サレン主役回、前編

文字数 5,620文字


「サレン、明日は森へ行きましょう」
「森ですか、急ですね」

 私が仕える奥様、ウィラーイン伯爵ハラード様の妻、ルミリア様がいつもように突然と言い出します。その向こうでは髪を短くした旦那様、ハラード様が苦笑してらっしゃいます。
 ルミリア様にお仕えしていれば、ルミリア様が突拍子もないことを言い出したり、何事かを始めたりすることはよくあります。ですが、それは私達にはルミリア様の深い考えが解らないから、最初は謎に見えることです。
 このあたり奥様の息子であるカダール様は天然などと言ってますが。身近過ぎるカダール様には奥様の素晴らしさは、見えにくいのでしょうか。

 絵本に小説、劇団のプロデュースに演出、これまで誰もしたことの無い、フェルトぐるみのおまけ付きの絵本の販売。かつてはウィラーイン領のプラシュ銀鉱山にて、プラシュ銀より不純物を取り除き純度を高める研究を成功させ、他にも果樹園の魔獣対策、魔術研究を応用した低コストの醸造酒作成方など発明されて、奥様は多才多趣味多芸なのです。博物学者とお呼びすべきでしょう。
 奥様の為されることは後になって解る、というものです。時が至れば誰もがその成果を目にし、理解する者は奥様を尊敬することでしょう。その奥様が森へ行くと仰せです。ただ、準備をするには日程と目的が解らないと、困ります。食料に武器、荷物をどれだけ用意しましょうか。
 奥様は旦那様の髭を手で弄びながら、

「マンティコア相手に大火傷して、ゼラが治してくれなかったらどうなっていたか、なんて。ゼラが綺麗に治癒してくれたから解らなかったけれど、ブレスで焼かれて髪が短くなるなんて」
「うむ、油断していたつもりは無いが、場所も悪く、ゼラとカダールが人質のようになり、なにより操られたマンティコアの動きは普通の魔獣と違ってやりにくかったのだ」
「それでも領民から無双伯爵などと呼ばれているのですから、しっかりしませんと。それがマンティコア相手に窮地に追い込まれるなどとは。あなた、少し鈍ったのでは?」

 旦那様は苦笑しておられますが。奥様、マンティコアといえばブレスの他に魔法も使い、熟練のハンターが集団でかからねば討伐できない強い魔獣なのですが。サシで相手をする剣士はあまり居ませんが。そこは旦那様も並みではありませんね。大怪我をしてもマンティコアを単独で討伐した、というのは自慢できることでは無いかと。

「魔獣を支配する魔術具が、強化の効果を持っていたのかもしれないわね」
「エクアドが対峙した四腕オーガも、様子はおかしかった。ワシも危なかったが、ゼラが居らねばエクアドは死んでいたかもしれんな」
「四腕オーガにマンティコア。難敵ですけれど、あなた、私に心配させたかったのかしら?」
「流石に今回は危うかった。だがルミリア、ワシと居れば退屈はせんだろう?」
「ええ、それはもう。でも私も襲撃犯相手に手加減を間違えそうになったし、カンを取り戻すにもちょっと魔獣狩りでもしましょう。あなた、昔のように森へ行って二人で鍛え直しましょう」
「そうだな。たまにはピクニックも良いな」

 流石ウィラーイン伯爵家、マンティコアと四腕オーガと戦い死にかけたことを、にこやかにイチャイチャしながらお喋りしています。旦那様も奥様も、いつまでも新婚夫婦のように仲良しで、今も奥様は椅子に座る旦那様の膝の上に横座りしています。
 そして魔獣深森にピクニック気分でお出掛けして修練ですか。旦那様の修練となれば、泊まり掛けで奥に行かねば相手になるものがいませんね。かと言って旦那様には領主のお仕事もありますから、四泊五日くらいでしょうか。

「それでは奥様、新人二人も訓練がてら連れて行っても良いですか?」
「そうね、そこはサレンに任せるわ」

 というわけで旦那様と奥様、執事のグラフト、護衛兼荷物持ちには騎士三人、新人メイドに執事見習い。ベテランの治癒術使いの医療メイドのアステ、護衛メイドの私で部隊編制。念の為にフクロウの隊員にも声をかけておきましょうか。久しぶりに魔獣深森に訓練ピクニックに行くことになりました。
 申し遅れましたが私、ウィラーイン家に仕える護衛メイドのサレン=アーレストです。アーレスト無手格闘術と裏アーレスト捕縄術が得意です。

 医療メイドのアステ、執事のグラフトに訓練ピクニックのことを伝え荷物を準備しましょう。
 この二人はウィラーイン伯爵家に仕える古参。かつては旦那様と奥様と部隊(パーティ)を組み、魔獣深森探索をしていたもとハンターです。なんでも旦那様と奥様が、後輩ハンターのこの二人を鍛えたところ、二人とも旦那様と奥様に心酔したと聞いております。特に執事グラフトの旦那様への忠誠心は高く、私も見習わねばなりません。
 執事のグラフトは旦那様を剣の師とも慕い、医療メイドのアステは、奥様がカダール様を出産したときに取り上げた乳母でもあります。

「ぼっちゃまにも、ようやく恋人ができてホッとしたわ」

 医療メイドのアステとお喋りしながら訓練ピクニックの準備を。カダール様を幼いころから見ているアステは、カダール様をぼっちゃまと呼びます。

「これまで女っ気が無くて、もしかして女に興味が無いのかも、と心配してたの」
(ちまた)ではカダール様とエクアド様が恋人同士、性別を越えたカップル、などと言う者もいますからね」
「一時、本当にそっち側なんじゃないかと考えてしまったわ。あの二人本当に仲良しで、そんな本も流行っているし。ゼラちゃんが来てくれて良かったわ」
「流石、ウィラーイン伯爵家ですね。ゼラちゃんぐらいに飛び抜けてないと、その背を預ける妻には相応しく無い、ということですね」

 荷物をチェックして纏める私を、医療師メイドのアステが呆れるように見て、ふう、と溜め息をつきます。

「サレン、その戦闘力第一思考以外の視点でも、物事を見てね。ぼっちゃまが、なかなか恋人ができなかったのは、たぶん奥様が原因だから」
「奥様に何の落ち度があると?」
「落ち度なんてないわよ。逆なの。ぼっちゃまはマザコンだから、小さい頃はルミリア様にベッタリと甘えていたのよ。私が思うに、ぼっちゃまの理想とする女性像がルミリア様。だからこれまでどんな女を見ても、ルミリア様と比べて見てしまっていたんじゃ無いかな」
「おぉ、なるほど。奥様を越える女性は人間では存在しませんからね。奥様を間近で見ていたカダール様の理想が高くなりすぎてしまい、どんな女を見ても物足りないと。それでカダール様が見初める女にこれまで出会えなかったのですね。その結果、人外のゼラちゃんになる訳ですね」
「それとも普通の女はなかなかゼラちゃんみたいに、好き好きアプローチはできないから、どんなに鈍い男でも解るのかしらね?」

 真っ()になっておっぱいを押しつけて、だいすき! と言うのはハードルが高いですからね。思いついても、人前で行う女勇者はなかなかいないでしょう。

 翌日、訓練ピクニックへと出発。ローグシーの街を出て魔獣深森に入り奥地に進むこと三日目、オークの集団と戦闘になりました。私も久しぶりにフル装備で()らせていただきます。ふふふ。
 打撃用のプラシュ銀合金製の手甲に脚甲を着け、頭突き用の鉢金を頭に巻き、肩と腰には捕縄術用の巻いた縄を装備。あ、もちろん魔獣深森に入るのにスカートのメイド服なんて着てませんよ。私もアステも奥様もズボンです。
 先ずは右端のオークの一体に突進。叫ぶオークの振り回す棍棒を避けつつ飛び込み、左の拳をオークの突き出た腹に一撃。

「グボェッ?!」

 呻き声を漏らすオークは腹の痛みに意識が集中し、ガードの下がったオークの顎を真下から右の拳で打ち抜きます。私のアーレスト無手格闘術は対人戦に特化しており、対魔獣戦向きでは無いのですが、亜人型であれば有効です。それに大抵の生物は頭を殴れば動きは止まりますから。
 仰け反ってオークが一体倒れます。さて、次は、

「“炎槍(ファイアランス)”」

 奥様の炎槍がオークの一団に連射、五体が炎に包まれて倒れます。流石は奥様、一線を退いてもかつては王国魔術師団で火炎嬢と呼ばれた、火系魔術の才媛。ですが、

「奥様、これでは訓練になりません」

 十二体いたオークは奥様の魔術を見て逃げ出して行きます。出遅れた新人メイドが剣を構えたまま、ポカンと口を開けています。反応が鈍いですね、帰ったらシゴキましょう。奥様は新人メイドの肩をポンと叩きます。

「私が呪文を詠唱する間、今みたいに守ってちょうだいね。動きも良くて位置取りもいいわ」
「は、はい、奥様! ありがとうございます!」

 奥様は褒めて伸ばす派でした。執事グラフトはと見ると、右手の長剣でオークの胸を突き刺してとどめを刺しています。
 自称、旦那様の一番弟子を名乗る執事グラフトは、旦那様と同じように右手長剣、左手小剣の二刀流。ウィラーイン剣術の使い手です。見習い執事は執事グラフトの動きを真剣に見ております。

 貴族とは民を守る力があってこそ貴族なのです。スピルードル王国の中では、最も魔獣深森に接する地の多いウィラーイン伯爵領。そんなウィラーイン家に務める者もまた、強くあらねばなりません。メイドやコックであっても、オーク程度は蹴散らしてこそ、ウィラーイン家の家臣。
 しかし、最近はカダール様はピンク色の生活で鈍っている様子です。お帰りになったらちょっとシゴキましょう。それと、カダール様の親友、エクアド様がウィラーイン家の養子となる話も進んでいます。エクアド様のオストール槍術とは一度手合わせしてみなければ。ウィラーイン家の一員を名乗る実力があるか、これは私が試してみなければ。

 訓練をお望みの旦那様はオークの集団で一番強そうなのを相手にしています。正確にはその一体を残して、生き残った残りのオークは逃げて行ったのですが。しかし、最後に残ったこの一体は、本当にオークですかこれは?

「ブルアッ!」
「おおっ!」

 オークの振り下ろす大剣を長剣で弾いて返す旦那様。このオーク、ハンターから奪ったのか、何処かで拾ったのか、人なら両手持ちの大剣を握っています。それを片手で振り回しています。かなりの筋力です。
 というのもこのオーク。顔はオークらしい豚顔なのですが、首から下はオーガのように筋骨隆々、腰巻きの上の腹筋が割れています。他のオークよりも飛び抜けて背は高く、旦那様よりも頭ふたつ分は大きいですね。

「筋力に特化した変異種のようね」

 ルミリア様が呟きます。マッチョオーク、とでも呼びましょうか。旦那様はオークの振り回す大剣を捌きながら、反撃の隙を窺っています。口に笑みを浮かべて楽しそうに。これは邪魔をしない方が良いですか。医療メイドのアステに騎士三人は他に魔獣が現れないかを警戒。見習い執事がマッチョオークに向かうのを、ルミリア様が止めます。

「あの変異種はハラードに任せて。援護は要らないでしょう、あなた?」
「うむ、こやつはワシ一人で十分。それに仲間を逃がす為に一人残るとは、このオーガのようなオークは戦士と見た。敬意を持ってサシで相手をしようか」

 ハラード様の言われる通り、このマッチョオークは逃げた他のオークを追わせないように、一体で立ちはだかっています。なかなか根性のあるヤツ。オークの中にもこんなマッチョがいるとは。
 力任せに大剣を振るうマッチョオークの太刀筋は、剣術と呼べるものではありません。ですがその筋力と獣のような反応速度、なにより死を覚悟した気迫というのは侮れません。旦那様は吠えるマッチョオークの攻撃を慎重に弾いています。

「ブロオアアッ!」
「なかなかやるではないかっ!」

 旦那様であればすぐに倒せそうなマッチョオークですが、簡単に片付けては旦那様の訓練にならないからでしょう。旦那様は十合、二十合とマッチョオークと打ち合います。
 仲間を逃がす為に捨て身となったマッチョオークの気概への(はなむけ)、といったところでしょうか。
 旦那様の剣がマッチョオークの肌を斬り、マッチョオークは身体のあちこちから血を流します。むむ、あのマッチョ、旦那様の剣を完全に見切っているわけでは無いですが、身をよじりギリギリで致命となるところを回避していますね。その為にキズが増えますが、まだまだ戦えると。

「ブロオオッ!」

 マッチョオークが大剣を振り下ろします。ガタイの良さを生かす叩き付けるような真っ向。旦那様は右手の長剣と左手の小剣で、マッチョオークの大剣を十字に受ける体勢。ですがこれは二刀流の旦那様の得意技。
 マッチョオークは振り下ろした自分の大剣を、不思議なものでも見るような目で驚いて見ています。旦那様は両手を大きく開いた構えのまま、マッチョオークを見て、

「害となる魔獣ならば狩る、ところなのだが、ワシを楽しませてくれた礼にここは見逃しても良いぞ」

 と、マッチョオークに語ります。その言葉が終わるところで、マッチョオークの持っていた大剣、その半ばから先が落ちてきて、音を立てて森の繁みの中に。旦那様がマッチョオークの大剣を左右から挟み、切り飛ばしたのです。
 一見、鋏のような斬り方に見えますが、左の小剣でマッチョオークの大剣を柔らかく受け止め固定し、そこを右の長剣で片手斬鉄。左手の小剣は柔と使い、右手の長剣は剛と使う。柔と剛を同時に使う旦那様ならではの達人技。
 マッチョオークは半分の長さになった剣を見て、次いで旦那様を睨みます。旦那様は見逃すと言っているのですが、オークに人語は理解できませんか。

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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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