第三話

文字数 3,764文字


 ゴスメル平原を出発して三日。北方砦に到着。山の麓にある砦。さして険しくも無いが、山脈が国の境となるところ。メイモント軍の本隊が砦に入り、先行したアプラース第二王子の部隊が遠巻きに陣を構え、追い付いたエルアーリュ第一王子の王軍が合流して包囲戦の構えに。
 俺とアルケニー監視部隊は治療部隊と合流して後衛に、と、言っても暇なものだ。戦闘は行っていないのだから。エルアーリュ王子の指揮で兵糧攻めとなっている。戦闘が無いのだから負傷する者もいない。
 ゼラも暇なので今はアルケニー監視部隊の女ハンターとあやとりをしている。戦場とは思えないほのぼのとした光景。蜘蛛が苦手という隊員はいないが、仲良くなったものだ。
 待機のまま、エクアドと話をする。

「エクアド、この砦攻めは早く終わりそうだ」
「早く終わらせる、というよりはどちらも損害を出さないようにと、エルアーリュ王子が考えているのだろ」
「このままメイモント軍を本国に逃がす予定、か」
「ただでさえアンデッドの兵団を万単位で失っているんだ。メイモント国の戦力はかなり減ってしまっている」
「これで北方の魔獣深森に何か王種でも誕生して魔獣の群れが現れては、メイモント国が危ない」
「我が国だけでは北の方まで守りきれはしないか。それに今のスピルードル王国がメイモント王国を占領してもなぁ」
「守る人員にしてもそうだが、死霊術師を擁護するメイモント王国とスピルードル王国では、風習が違い過ぎて一国となっても上手くはいかんか」
「頼りのアンデッドがいなくなったのだから、メイモント軍もさっさと逃げればいいのにな」

 領土を増やしてそれで良し、とならないのが盾の三国だ。魔獣深森の魔獣への対策が必要になる。それでも魔獣深森の近くは土地に力があり、畑の作物はよく実る。中央へと食料を輸出しているのは盾の三国だ。魔獣から取れる素材に力のある土壌。魔獣という脅威があっても、そこには人の住む理由がある。
 中央とはいまいち仲の悪いメイモント王国とはいえ、我がスピルードル王国に攻めいるとは。何を考えたのだろうか。

「できれば指揮官を捕獲して灰龍の卵のことを吐かせたいところだが」
「カダール、そこはエルアーリュ王子の手腕に期待しよう。ここでメイモント軍を追い詰め過ぎて互いに損害を増やす方が問題だろう」
「それを解って攻めてきたのかどうか。こちらの人的被害が少ないからいいものの」
「それはアルケニーのゼラの魔法の力のおかげだろう」

 会話に入ってきたのは誰かと見れば、エルアーリュ王子だ。長く伸ばした金の髪をサラリとかきあげてこちらに来る。今回は後ろに数人引き連れて。そこに父上もいる。

「治癒術師が奇跡と称えていたぞ。私も“蘇生(リザレクション)”に匹敵するというその魔法を見てみたかった」
「エルアーリュ王子、総大将がこんなところで何をしていますか?」
「やるべきことは終えての息抜きだ。配置も終わりあとは砦に籠ったメイモント軍が退散するのを待つだけ。敵の援軍が来る様子も無い」

 王子は片手に青い花を持っている。ゼラがアルケニー監視部隊とあやとりで遊んでいるのを見て薄く笑う。

「蜘蛛の姫に花を、と来てみたがアルケニー監視部隊は華やかであるな」
「女性が多い部隊ですし、ゼラとも打ち解けてます」
「平原での蜘蛛の姫を見て、アルケニー監視部隊に転属したいと言う者もいるが、そちらはどうか?」

 エクアドがやれやれ、という感じで、

「エルアーリュ王子の真似をしてか、酒を手土産に挨拶に来た者がいます。断りにくいのはカダールの父、ウィラーイン伯爵に相手をしてもらいました」

 父上が頷いて、何でも無いというふうに手を振る。父上のところに行った者については、父上から王子に話が行っているのだろう。

「で、あろうな。そこで黒蜘蛛の騎士カダールには選ぶこともできようが、できれば私についてもらいたい」

 ずいぶんとはっきり言う。エルアーリュ王子は見た目は優男だが、強引というか。しかし、これまで間違ったことはしていない。実力主義であり父上のことをかっている人物で、ウィラーイン伯爵家はエルアーリュ第一王子の派でもある。なので、

「俺も父上もエルアーリュ王子についた方がウィラーイン領と王家の為になると考えています。それに王子には、真っ先にゼラに何者も手を出させないようにと、こちらの案に乗ってもらいましたし」
「灰龍を越える脅威とならば、手を出すも利用しようとして下手を打つも恐ろしかろう。もっとも私はアルケニーのゼラの心意気に惚れただけだが」
「それでここまで息抜きに来た、と」
「私がアルケニーのゼラと騎士カダールと懇意であると周りに見せておかねばな。そう理由をつけて会いに来た。それともうひとつ」

 エルアーリュ王子はわざとらしく足元を見る。なんだ?

「蜘蛛の姫の抜け落ちた蜘蛛の体毛には守りの力があると。癒しと守護のお守りになると噂になっている。既に治療部隊では高値がつき、中には馬の毛を蜘蛛の姫の毛と偽り売る者も出た」

 ゼラの毛に高値? 偽物が出る程に? なんだそれは。いつの間にそんなことに。

「それで私にもひとつ分けてもらえないかと」
「あの、エルアーリュ王子。それはちょっと、何というか、変態ぽくないですか?」
「そうか? ゼラの治癒の魔法で助かったという者は、その体毛を守り袋に入れて首から下げて、肌身離さずに身に付けていると」

 ゼラの毛をなんだと思ってんだ? 確かに強い魔獣の素材からは、質の良い武器や鎧が造られることもあるが。だからといって守りの力なんて、もしかして、あるのか? いや、何かの力がこもってるのならばルブセィラ女史が発見してるだろう。
 エルアーリュ王子が話をしたがっているようなので、手招きしてゼラを呼ぶ。

「カダールも、あやとりしよー」
「あやとりの前にちょっと」

 エルアーリュ王子はゼラの前に立って微笑む。貴族の子女ならばこれで頬を染めるところか。己の容姿に自信のある者の立ち姿だ。

「アルケニーのゼラはあやとりが好きか」
「ンー? あ、お茶の人?」

 吹き出しそうになって横を向く。隣でエクアドも同じように口を手で押さえている。我が国の次代の賢王と呼ばれるエルアーリュ王子も、ゼラにかかってはお茶を持ってきた人だ。王子を見下ろすゼラ。王子の方は一段と楽しそうに笑って。

「くくく、そうだよ蜘蛛の姫。この前はお茶の人で、今日は花の人だ。そこで摘んできたものだが、いかがかな?」
「ン、ありがと」

 エルアーリュ王子の捧げる大きな青い一輪の花。む、女は花を喜ぶと聞いたことはあるが、これまでゼラに花を贈ったことは無いか。しかし、俺がエルアーリュ王子の真似をしてもカッコつかんだろうし。
 ゼラは王子の花を受けとると、その花の根本を摘まむ。茎からプチっと花をもいで花の根本をくわえて、ちう、と吸う。

「ウン、あま」
「ははは、花より花の蜜か。ルブセィラの話では甘味とチーズは好むと聞いている。ならば次回はチーズの人でお目にかかるとしよう。質の良い物を手に入れねば」

 ちうちう、と花を吸うゼラを楽しそうに見つめるエルアーリュ王子。ゼラと出会う前はエルアーリュ王子と直接話す機会はあまり無かったが、こんなに子供っぽい人だったのか。それとも、童心に帰るような憧れでもゼラに見ているのか。

「蜘蛛の姫と黒蜘蛛の騎士が王都に凱旋となれば、王都の住民はどんな顔をするであろうな?」
「それですが、エルアーリュ王子。この砦攻めが終わればアルケニー監視部隊はローグシーの街に真っ直ぐ戻ろうかと」
「ウィラーイン伯爵より鉱山周りの復興に伯爵領の守りの為に、王都に寄らずに戻るとは聞いているが、アルケニー監視部隊もか?」
「灰龍に荒らされたところもあり、また、かなりの期間離れています。魔獣深森から何か来てないかも不安ですから。それに王都にゼラが行けば住民も驚くでしょう」
「それもそうか。ならば王都でも『蜘蛛の姫の恩返し』の絵本を広めておかねば。今、ローグシーの街で公演しているというミュージカルも王都の歌劇場でやってもらうとして」

 母上の絵本が王都に? 母上プロデュースのミュージカルが王都の歌劇場進出? いったいどこまで広がるんだ? 母上ェ……。

「王都でアルケニーを受け入れる素地ができてから招待するとしようか。そのまま舞踏会というのも悪くない」

 ゼラが王宮の舞踏会に? ダンスか? どうやって? 王子の野望は何処に向かっているんだ? 王子は手を振って離れていく。息抜きと言っていたが後衛の部隊を見て回るついでのようだ。

「エルアーリュ王子、いいのですか? その、蜘蛛の毛は?」
「流石に面と向かって一本くれ、とは言いにくい。蜘蛛の姫の顔を見てしまっては、変態ぽいというのがよく解ってしまった。くくっ」

 王子が他の部隊へと行く。その前に父上が俺に近づいて耳元にコソコソと。

「カダールよ、ワシには後で一本わけてくれ」
「父上、バカなこと言ってないで、さっさと王子の御供に戻って下さい」


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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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