第二十八話

文字数 4,284文字

「カダール、いいのか?」
「このままでは埒が開かん。それにこうして捕らえてしまったが、クインは罪人では無い」
「それはそうだが、逃げられたらもう捕まえられんぞ」
「そのときはそのときだ。クインは警告で人にケガをさせてもこれで死んだ者はいない。クインの話を信じるならラミアの企みも無い。ならばクインに信用されて話をするにはこちらから誠意を見せる他無い」

 クインを包む白い繭に近づく。クインは俺を見て鼻で笑う。

「はん、魔獣に誠意だ? 信用だ? そんなもん人同士で勝手に言ってろ」
「これまでの行いを見て信を置くに値するかどうかを判断する。それに人と魔獣の違いは無い。ならばアバランの町を守ろうと戦ったクインは少なくともアバランの町の住人の敵では無い。話を聞く為とはいえ、強引に捕まえて悪かった、すまん」
「……これで頭を下げるのか、変な奴。蜘蛛の子の想い人はやっぱりイカれてる」
「そうか? そこは闇の母神とやらに気に入られたようだが」

 クインは目を閉じて何やら考えている。纏まったのか目を開けて話す。

「あたいが用があるのは、リアーニーだ」
「誰だ? それは?」
「あの家の一番年寄りのばーさんだ。家の外に出ないから、しばらく顔も見ていない」
「かなり高齢と聞いている。頭もボケてきているとも」
「リアーニーに会わせてくれるなら、大人しくする。話もする……」

 声が小さくなりボソボソと言うクイン。人付き合いの悪いソロのハンターとのことだが、単に人嫌いで人と話をするのが苦手、なのではないか?

「解った。その家に行くのは明日、夜が明けてからになるがいいか?」

 俺の言うことに無言でコクリと頷くクイン。

「では繭から解放しよう。ゼラ、これほどけるか?」

 ゼラは人差し指を口に当てて、

「ンー? 魔法封じをかけてガッチリ絞めたから、えーと、どうしよう?」
「え?」

 ゼラでもすぐに解けないと解り、皆で火の着いたロウソクを手にする。ロウソクの火で炙り少しずつ糸を溶かして繭を開くことに。

「クインを警戒して最強の糸で三角網を仕込んだらこんな弊害があるとは。ゼラが自分でも簡単にほどけないとは」
「ンー、次は編み方変えてみる。そっか、捕まえてもすぐにほどくときもあるんだ」

 白い繭を俺とエクアド、ルブセィラ女史、クチバで囲んで、手に持ったロウソクの火で炙って糸を溶かしていく。そんな俺達を見てクインが呆れたように言う。

「あたいが言うのもなんだけど、お前らバカじゃないの?」
「むー、ゼラに負けたくせに、偉そう」
「は? 負けてねえし。本気出したらお前になんか負けねえし」
「ゼラだって本気出して無いし。カダールが殺さないようにケガさせないように気をつけてって言うから、手加減してあげてるし」
「あぁ? あたいが空飛んでたら無敵でお前なんかに負けるわけねぇだろ」
「負けて捕まって身動きできないくせにー、いばりんぼ」
「この、もういっぺん勝負するか? 実力の差を見せてやる!」
「カダールー、この女、負けず嫌い? ゼラが勝ったのに」
「だから、負けてねえって言ってんだろが」

 片手でロウソクを持ったまま二人を止める。

「ゼラ、あんまりクインを怒らせないでくれ。クインもゼラを挑発しないでくれ」

 二人の言い合いを側で聞いてるティラスが顔を青くしてカタカタと震えはじめている。

「なんでカダール君も皆も平然としてるのよ……オーバードドラゴンの二人が一触即発なのに、皆、おかしくない?」
「あー、ティラス? あまり思い詰めると胃が痛くなるぞ。こんなのは子供の言い合いみたいなものだから、たいしたことは無いんじゃないか?」
「そんな子供のどっちが強いかケンカでハイラスマートを危機に落とさないでよね」

 そんな話をしつつロウソクの火で繭の糸を溶かしていく。少しずつ溶けたところが開いていって。

「よし、これでこっちは取れるか?」
「あたいの羽まで焼くなよ」
「気をつける。ここをむしって引っ張れば」
「あ! バカやめろ! そこはいい!」
「何を言って、おい、暴れるな! もう少しで取れるから!」
「だから、そこはいいって! やめろ!」

 もがもがと暴れるクインがバタリと倒れる。クインに巻き付いてる糸はほとんど取れてきたが、まだ手足には絡んでいて、それでクインが足をもつれさせて倒れてしまった。倒れたクインを見て、えぇと。何だ?

 糸はほとんど取れてきている。クインは倒れたときに頭を打ったのか、いてて、と言いながら首を軽く振っている。
 クインの上半身は人型で服を着てその上に革の胸当てをつけている。腰から下はグリフォンの身体。そのグリフォンの前足が開いて仰向けに。クインは人に化けていたとき、ハンターらしい格好でズボンとすね当てを着けていた。ゼラが、ぬっす、をかけてその正体を暴いた。そのときにクインの下半身のズボンが破れて、すね当ても外れて何処かに飛んだ。
 つまり、今のクインの下半身は裸、ということになるわけだ。

 俺が立つところからはクインの上半身の人型と下半身のグリフォン体との繋ぎ目とでも呼ぶところが見えている。
 なぜ、説明が長くなってしまったのかを説明すると、俺が俺を落ち着かせようとしているからだ。俺は今、混乱している。まさかここでこれを目にするとは。

 つまり俺が見下ろしているところはクインのおへその下で、そこにはゼラと同じような箇所にゼラと形は少し違うが、その、同じものがある。
 グリフォンの体毛が隠すようにしててちょっと見え難いが、倒れたクインのそこが見えてしまう角度に俺が立っている。それで、俺が目にしているのは、えぇと、つまり、人間の女性器と酷似している部分があるところなわけだが。
 うぅむ、クインのはこんな形なのか。
 倒れたままのクインが俺が何処を見てるのかが解ったのか、その顔がボッと赤くなる。

「ばかあ! 何処を見てんだこのスケベ野郎!」
「うお、ぬ、ルブセィラ、クチバ、あとは任せた!」
「カダール! テントから出ろ! 急げ!」

 エクアドも叫び俺とエクアドは慌ててテントから出る。中からクインの、スケベ、バカ、変態、という泣き声混じりの声が聞こえる。これは事故だ、不可抗力だ。つい見いってしまったが、これは驚きのあまりのことで、けっしてクインを辱しめるつもりは無い。違うんだ。

「カダール、見たか?」

 片手にロウソクを持ったままのエクアドがテントに背を向けて言う。

「あぁ、見えてしまった」

 俺も同じように片手にロウソクを握ったまま、テントの方を振り向けずに返す。

「クインに不快な思いをさせてしまった」
「あぁ、しかし、人とは変わらないものなんだな」
「エクアド、俺は逆に人間の女性のものをじっくりと見たことは無いのだが」
「そうか、カダールはそうだったな。あれは、人よりは少し色が薄い、か?」
「そうなのか? 人の方が色が濃いのか?」
「いやこれは個人差もあるのだろう。クインのは、慎ましやかという感じだ」
「あれが慎ましやか、というものなのか? ではゼラのはどうなんだ?」
「カダール、俺はゼラのをじっくりと見たことは無いんだが」
「む、それもそうか」
「俺も言うほど経験が多いという訳では無いが、クインのは俺が見てきた中では、なんというか、その、上品な形だ」
「どういうのが上品なのかは解らないが、ここであまり具体的にその話をすると、自分の首を締める気がするのだが」
「む、そうだな、やめておこう。しかし、信頼を得ようとする相手にいきなり嫌われてしまったか?」
「下半身がすっ裸になっていた、ということを失念していた。しかし、クインはゼラと違い羞恥心があるようだ」
「そういうところはクインの性格か? それともゼラよりもいろいろと学んでいるということなのか?」
「解らん。その辺りは本人から話を聞いてみたいところだ」
「話を聞くにもその本人に嫌われてしまったかもしれんな」
「うぅむ、しまった。どうしたものか」

 下半身が裸であるということを忘れていて、解放しようとした弾みでクインの恥ずかしいところをまじまじと見てしまった。
 クインは赤くなって目に涙を滲ませて叫んで怒ってしまった。なんでこうなってしまったのか。驚いて目にしたものに意識を奪われて、じーっと見てしまった。ゼラとちょっと違う、上のところの包むような部分が。いやいや、こういうのは比べてはいかん。思い出すな忘れろ。
 だが瞼の裏に焼き付いたように思い出せてしまう。薄桃色が。うぅむ、これではスケベ野郎と罵られても否定できん。あぁ、男とは。
 落ち着いたのかエクアドが声を潜める。

「不幸な事故だ。俺達はこのことを口にしないように気をつけよう」
「あぁ、そうだな。騎士として女性に恥ずかしい思いをさせてはいかん」
「今さらかもしれんが名誉回復の為に真摯な対応を心掛けよう」
「既にいろいろ手遅れかもしれんが、クインの人間不信が悪化しないように気をつけよう」

 結局その夜は俺とエクアドはクインと話はできなかった。
 フクロウのクチバ、ルブセィラ女史がクインをなだめて、そのあとクインはゼラと口ゲンカのようなやり取りをして元気を取り戻した。と、ルブセィラ女史より説明された。

「今日のところはクインはゼラさんと同じテントに泊まらせましょう。クインはあの家のひいおばあさんに会うまでは大人しくする、と約束しました」
「信用してもいいだろう。だが、テント周囲の見張りは厳重にしておこう」
「それと、クインが言うには、森から離れているとグレイリザードの大繁殖が心配だと」

 そうか、緑羽がこれまで森を見張っていたのだから、そのクインが森に戻れないとなると不安になるか。

「ならば明日はハンター兄弟の家に行き、その後はすぐに森に行けるように準備するか」

 エクアドが頷く。

「そうしよう。どうせ今宵は寝られそうに無い」
「あぁ、何か作業をして気分を変えたい」

 俺とエクアドが話しているとルブセィラ女史が身を乗り出してくる。

「それでどうでした? 私の居たところからは角度が悪くてよく見えなかったのですが。グリフォニアの女性器はどのような形でどのような色でどのような感じでしたか? ゼラさんとの相違点は? 上ツキですか下ツキですか?」
「「やめろ思い出させるな!」」

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み