第十話

文字数 4,506文字

「ういーくっ!」

 ゼラが庭で魔法の練習。今日は白のワンピース? を着ている。

「カダール様、あれはキャミソールです」
「そうか、キャミソールか」

 ルブセィラ女史に訂正される。キャミソールか、憶えておこう。
 ゼラ用に作った裾の長い白のキャミソールは褐色の肌に映える。うん、白は清楚な感じでこれはこれでいい。赤のベビードールは妖艶な感じでこれもこれでいいが。
 パレード以来、いろんな服を着ることに挑戦してはいるが、いまだに袖のあるのは嫌う。そして薄い服だとどうしてもゼラの胸に目がいってしまう。
 街に出るにはブレストプレートか? ゼラ用にひとつ新しく作らねば。借り物の赤い鎧は背中に取り付けた取っ手にガタがきてるし。
 ゼラは自分の胸に片手をあてて、

「ういーくっ!」

 と、自分に“身体弱化(ウィークネス)”をかける。これが上手くいかないようだ。ルブセィラ女史が“身体弱化(ウィークネス)”をゼラに見せて教えて、ゼラはこの魔術を自分なりの魔法へとアレンジして練習してる最中。
 見本として“身体弱化(ウィークネス)”をかけられた今の俺は筋力が半分くらいになってて、身体が重い。
 ルブセィラ女史がゼラの練習を見て呟く。

「やはり“抵抗(レジスト)”してしまいますか」

 ルブセィラ女史がゼラに“身体弱化(ウィークネス)”をかけてみたところ、弾かれた。

「マイナス効果のものは簡単に“抵抗(レジスト)してしまいますね」
「それなら、ゼラが自分に“身体弱化(ウィークネス)”をかけるのは無理じゃないか? これになんの意味が」

 ゼラは何度も自分自身に“身体弱化(ウィークネス)”をかける。一度ごとにアレンジを加えているのか腕を組んで、うにゅうにゅと考えている。ルブセィラ女史が説明を始める。

「“身体弱化(ウィークネス)”がかかれば時間制限付きですが筋力を抑えてムニャムニャできるようになります。また、この“身体弱化(ウィークネス)”を自分にかけるというのは“抵抗(レジスト)”されても、」

 ルブセィラ女史は自分の手を合わせる。力が入っているようで、プルプルと震えている。

「このように右手が左手を押し、左手が右手を押すのと同じ。一人腕相撲のようなもので、やがて疲れます。これなら攻撃系の魔法で何かを壊さなくとも、魔力を消費して魔力枯渇に近づくのではないでしょうか」
「なるほど、それなら……」
「はい、ムニャムニャできます」

 ルブセィラ女史も年若い女性なのだから、外でムニャムニャと連呼するのもどうかと思うのだが。

「ですが、“身体弱化(ウィークネス)”ではそれほど魔力を消費してはいないようですね」

 ゼラは何度も自分に“身体弱化(ウィークネス)”をかける。

「ういーくっ! うぃっく! うー、ムニャムニャしたいっ! ういぃっくっ!」

 ゼラ、何か本音が溢れてる。外ではあまり、はしたない言葉を口にするのはやめた方が。
 
「他にも何か加えないとムニャムニャするところまで届きませんか……」

 ルブセィラ女史がいろいろと考えてくれるのは有り難いのだが、なんだか恥ずかしい気がする。えーと、ゼラが魔力枯渇になり力が出ない時がチャンスで、他には、

「糸、か?」

 ゼラが自分の動きを封じようとして、自分の身体を糸で縛って動けなくしたことがある。裸のゼラの肌に食い込む糸、痛いと半泣き顔になったゼラの顔。痛がって泣くところも可愛い。
 いや待て、俺、ストップ。痛がらせて泣かせて可愛いとか、これはダメだ。ダメな奴だ。身動きを封じられて、もがいても抜け出せずに、糸の食い込んだ褐色の双丘が絞られて形を変えて、これが淫靡で潤んだ赤紫の瞳が何かを期待するように輝いて。糸で自由に動けないゼラの肢体が、綺麗で、いやらしくて。
 いや、だからこれは、こんなことを考えてはダメだ、俺は変態じゃない。違うんだ、違うんだ。普通に、普通でいいじゃないか。俺はゼラをいじめて喜んだりとか、そういうんじゃ無いんだ。違う。

『カダール、縛って!』

 いきなり思い出すゼラの言葉、止まれ俺の記憶、思い出して変な想像ストップ。例え興味があったとしても、俺とゼラにはあんな高度なプレイはまだ早い。まだ二回しかしたこと無いじゃないか。おかしな挑戦したらまたどちらかがケガをしてしまう。

「?どうしました? カダール様?」
「はー、い、いや、なんでもない、なんでもない」
「そうですか。ふむ、糸、ちょっとやってみましょうか」
「ルブセィラ、糸で何をするつもりだ?」

 まさか縛るのか? ルブセィラ女史は眼鏡の位置を指で直して。

「以前よりゼラさんの糸には興味があったので。少し実験に付き合ってもらっても良いですか?」

 ルブセィラ女史の言うことにゼラを見ている母上、エクアドと目を合わせる。実験? おかしなもので無ければいいが。

「ゼラ、ちょっとこっちに来てくれ」
「ンー?」

 ゼラを呼んでルブセィラ女史の話を聞いてみる。

「蜘蛛の糸とはその細さのわりに強度が優れています。ゼラさんの出す糸も調べてみると、火には弱く溶けますが強度の点で非常に優れています」

 ゼラが糸を手から出すのは対アンデッド戦闘に、木を運ぶところで見てきた。糸を高いところに飛ばして片方を地面に着け、その糸の上を蜘蛛の足でスルスルと登るところも見せてもらった。糸を使うことには蜘蛛の魔獣アルケニーとして得意のようだ。
 主に獲物を捕まえることに使うらしいが、あやとりもルブセィラ女史が教えると芸術的な作品を創作する。
 ゼラの自作あやとり『天に登るペガサス』にはルブセィラ女史もフクロウのクチバも感動していたか。

「ゼラさんの糸の応用、それとゼラさんが欲求不満から気を紛らわせる手段になるかと。ゼラさんの糸は釣り糸として優秀ですから」
「細くて強靭だから釣り糸に向いているか」
「専用の糸車など作ってみましょう。釣り糸には透明で水に強いのが良いですね。ゼラさんは糸が制御できるので、ちょっと作ってみませんか?」

 ゼラが手を伸ばして、

「ンー、細くて、見えにくくて、水に強いの? こんな感じ? しゅぴー」

 ゼラの手のひら、そこから細い糸が噴水のようにシュルシュルと出てくる。次々出てきて、小山になる。
 エクアドがその糸の小山を見る。

「どれぐらい使えるか試してみるか? アルケニー監視部隊で釣りの好きな奴に試させてみるか」
「他にもこれとかどうでしょう?」

 ルブセィラ女史がハンカチを取り出す。

「これは絹、盾の国、北のメイモント産です。これもまた虫の糸からできています。ゼラさんの糸でもこんなハンカチが作れるのでは?」

 ゼラがハンカチを受け取って両手に持って引っ張ったり透かして見たりと調べている。その間に俺とエクアドで、さっきゼラの出した糸をまとめてアルケニー監視部隊の女ハンターに渡す。

「これで釣りを試してみてくれ」
「いいんですか? 貴重なサンプルのような」
「利用法を調べてみる実験ということで」

 ゼラの糸で釣りをしてこい、という指令があるのもアルケニー監視部隊ならではか。見てる隊員にゼラの糸用の糸車が作れそうなのがいないかも聞いてみる。
 ゼラが見ていたハンカチをルブセィラ女史に返して、

「ウン、やってみる」

 ゼラが両手を前に伸ばして糸を出す。複雑に糸が蠢いて、右手から出るのが縦糸で左手から出るのが横糸か?

「ンー、これ、むずかしー、んにゃー」

 細かく操作しているものの、眉を顰めて真剣な顔で、ンー、とか、んにー、とか言いながら手を振って伸ばした糸を操作して空中で編んでいく。
 獲物を捕縛する蜘蛛の巣状の投網は一瞬で作るゼラでも、初めてハンカチを作るのは難しいらしい。
 見ているルブセィラ女史がポカンと口を半開きにして、宙に浮き少しずつ形になっていくハンカチを見る。

「ゼラさんの糸専用の機織り機を開発するつもりでしたが、こんなこともできますか……」

 額に汗して、唸りながら糸を編み、ぷー、と息を吐くゼラ。なんだか悔しそうだ。

「んぎ、そのハンカチみたいに綺麗にできないー」
「いや、初めてやってみてこれは上出来の部類なんじゃ?」

 できた物を手にとって見る。ゼラの作った白いハンカチ。編みが不揃いでところどころ穴が開いたように見えるが、なんの道具も使わずに布を織ること自体が並では無いだろう。
 ルブセィラ女史に渡して見せる。

「何やら魔力が込もってますね。操作に使った残り香が移っているのでしょうか? この光沢はなんでしょうね?」
「綺麗な布ね。肌触りも絹みたい」

 母上もゼラの作ったばかりのハンカチを手にとって、表、裏、とひっくり返して見ている。何度か頷いて母上がゼラに言う。

「ゼラ、この糸って太くしたり細くしたりできるの?」
「ウン、できる。捕まえるのにベトベトしたのも出せる」

 ルブセィラ女史が解説する。

「蜘蛛は様々な糸を使い分けます。巣を作る蜘蛛では、枠糸、係留糸、こしき、付着球のある罠糸、牽引糸と各種の糸を組み合わせて巣を作ります。足場になる糸はべとつかず、また、とっさのときの命綱となる牽引糸の強度は鋼を越えます」

 蜘蛛の糸はそんなに種類があるのか。それに鋼よりも頑丈な糸? 同じ太さなら鋼よりも強いのか? それと蜘蛛の巣は何種類もの糸の組み合わせでできるとなると、蜘蛛とはそれを使い分ける頭のいい虫なのか? 凄いな蜘蛛と蜘蛛の糸。

「ベトベトの糸は今はいいわ。じゃあ、もっと細くしてキラキラさせることはできる?」
「細くてキラキラ? できるけど、編むの難しくなるの」
「さっきの釣り用の糸は水に強いのね。どれぐらい強いのかしら?」
「ンー、ふやけないよ?」

 再びルブセィラ女史の解説が、

「水蜘蛛は水中に巣を作り水面から巣の中へと空気を運びます。これができれば水漏れどころか空気漏れもしない布ができそうですね」

 蜘蛛って水中に巣を作るのもいるのか。水の中で空気を溜める蜘蛛の巣? ちょっと想像できない。あとで詳しく教えてもらおう。

「香りは? この微かに甘い香りがするのは?」
「ンー? 獲物を引き寄せる匂い?」

 三たびルブセィラ女史が解説する。ノッてきたのか目と眼鏡が輝いてきた。

「投げ縄蜘蛛の糸の先には獲物となる虫を引き寄せる香りがつけられています。ゼラさんが糸につける香りをどこまで操作できるか解りませんが、作り方次第では素敵な香りのするハンカチなど作れるかもしれません」
「まとめると、鋼よりも頑丈で、水漏れしなくて、空気漏れも無い。素敵な香りのついた光沢のある肌触りがいい布が作れるって? なんだそのトンデモ布は?」

 エクアドが呆れたように言う。もしもそんな布ができて、それで服を作ったら伝説に残りそうな一品になりそうだ。

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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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