第十四話
文字数 5,359文字
「このジツランの町で、しばらく魔獣深森の調査としよう」
父上の指示で父上の部隊とアルケニー監視部隊はジツランの町に滞在することに。この辺りでは大きな町で、魔獣深森には近い。近いというよりは森がすぐそこにあり、町壁も石造りで城壁のように頑丈。ハンターギルドの支部もあり、ハンターの為の町とも言える。
この町からハンターは魔獣深森の奥へと獲物を探しに行ったり、森の中に埋もれた遺跡迷宮を探索したりなど。魔獣素材を加工する武具工房もあり、ハンターが多いことから狩人の町ジツランは荒っぽい町だ。
この町に滞在する理由は、表向きには最近の魔獣深森の調査。裏の意味はフェディエアを保護しての周辺調査。そして真の意味は精神操作されたフェディエアに、騙された振りをしつつの黒幕調査。
フェディエアが疲労と空腹で弱ってたのは本当で、その体力回復もある。
「弱った女が泣きついてきたら同情するだろう、なんて、浅くて雑な策の為に、お腹も空くし、髪は切られるし」
ブツブツ文句を言いながらパンを食べてシチューを掬うフェディエア。以前会ったときの気取った感じは無くなっている。
「命からがら逃げ出して、追っ手に見つからないように髪を切り、その髪を売って路銀にした、という設定ですよ」
フン、と鼻でバカにしたように笑う。長かった明るい茶色の髪は雑に切られて短くなっていた。今は毛先だけ切り揃えてある。ゼラ専用の特大テントの中、俺とゼラは先に朝食を終わらせたところ。目が覚めたフェディエアをテントに呼び、少し遅めの朝食を彼女に。
ここにいるのはゼラ、エクアド、ルブセィラ女史に俺。父上は偽装の為に魔獣深森の調査の準備として、町のハンターギルド支部に行っている。代わりにいるのはウィラーイン伯爵領諜報部隊フクロウの隊員。見た感じは旅の歌い手か吟遊詩人か。背中にギターケースを担いだ背の高い女性。薄く微笑む表情は親しみやすい感じだ。
「クチバとお呼び下さい」
「諜報部隊と言っても、我が家の諜報部隊は伝令が主な仕事で、闇で暗躍とかしてないからな」
一応、エクアドとルブセィラ女史に説明しておく。スパイ活動とか裏工作とか暗殺とか、後ろ暗いことに手を出したりはしない。そう俺が説明してるのにエクアドは、
「ローグシー街周辺の情報操作とか、メイモント軍を引っ掛けて誘い込むとか、ウィラーイン伯爵家ってなんなんだ?」
「そのくらいはやってるとこもあるんじゃ無いのか? ウィラーイン家が特別ってことは無いだろう?」
エクアドとフェディエアが、半目で俺を見る。なんでだ? 自分の領地のことを細かく知るためには、専門の部隊が必要だろうに。
「クチバも本業は弾き語りだと言うし」
「はい、もとは。コレであちこち回ってるんですよ」
クチバが背中のギターケースを指差して言う。フクロウは情報収集のために吟遊詩人や行商人に化けて活動する。もともと旅芸人だったというのも多い。微笑みを絶やさないクチバも、昔は弾き語りとハンター稼業で旅をしているところを、フクロウにスカウトしたという経歴。
「それにフクロウが諜報部隊として完璧だったら、灰龍の卵のこともバストルン商会のことも、とっくに掴んでいただろう」
「そーですね。そこは面目無い。なのでそのあたり強化しようかと。エルアーリュ王子より王家の諜報活動の専門家を紹介していただきまして、フクロウは再研修、再訓練を行っているところです。ゼラ嬢のこともあって、組織として強化してるとこですよ」
エクアドとフェディエアの目が、ますます胡乱なものを見るような感じに。そこは気にされるようなことか? 今はそれはあとに回して。
「それで、どんな具合だ?」
「そーですね。ではこの三日で解ったことを。遠目にこちらを窺っているのがいます。追跡して、この町に潜伏した拠点二つを発見したところです」
「だが、フェディエアが見たところは町の中では無いのだろう?」
フェディエアが頷く。
「あれは町の中ではありませんね。広さ、暗さ、苔むした石壁の造り、おそらくは遺跡迷宮の中です。私は馬車でこの町の近くまで連れてこられたので、それがどこに在ったのかは解りませんが」
フェディエアの話で解ったこと。黒幕は遺跡迷宮を根城にする魔術師の集団。フェディエアが見たのは二十人前後で、
「灰色のローブというか神官服のようなものを着て、額にサークレットをつけた男が統率していました。そいつが指示して青いドレス姿の女が人を操る魔術を。その女が“
「頭目の灰色ローブが邪術使いでは無いのか?」
「それが解りません。遺跡迷宮の中では魔法の明かりが灯り、スケルトンが荷を運んでましたので、死霊術含めていくつかの系統の魔術師がいるものと思われます」
魔術師集団相手となると魔術対策、しかし、こちらには魔術師がそれほどいるわけでは無し。エクアドがテーブルの上に地図を出す。
「町の拠点を踏み込んで押さえても、それで感づかれて遺跡迷宮の黒幕に逃げられてもなぁ」
「この辺りの遺跡迷宮についてはハンターギルドから情報を聞くとして、そいつらは何が目的なのか」
「それはもちろんゼラだろう。カダールを使って人のいいなりにできる最強の魔獣を手に入れる為に」
「エクアド、灰龍の卵の策のときは、ゼラがアルケニーに進化する前で、ゼラのことを知る者はいなかったんじゃないか? 今でこそゼラがウィラーイン領にいると広まったが。そうなるとその魔術師の集団が何を目的に動く集団なのかが良くわからん」
「そうか、卵が鉱山に運ばれたときはゼラが灰龍を倒す前か。ゼラが灰龍をごちそうさましなかったら、プラシュ銀鉱山に怒れる灰龍が今も住み着みついたまま。採掘もできずに周辺が荒らされて、ウィラーイン伯爵領、ひいてはスピルードル王国に大打撃、か」
「そして灰龍が健在であればそちらの警戒もしなければならなくなり、メイモント軍の撃退もできなかっただろう。もしも、メイモント軍が中央を攻めた場合でも、灰龍がいたならば、スピルードル王国から中央に援軍を出すのも難しくなってたのではないか?」
「と、なるとカダール。灰龍の卵はスピルードル王国を灰龍に釘付けにさせるための策だったのか? メイモント王国が覇を唱えるための?」
「俺の推測では。しかし、メイモント王国が総力を上げてこの策をしてるのか、というと、あのアンデッド軍も妙なんだ。撤退するときの指揮のデタラメさも、ゼラに驚いたからってだけじゃないんじゃないか?」
「はじめから指揮系統が乱れていた。それで宣戦布告もなくいきなりやって来た、のか? 確かに、行き当たりばったりのように攻めて来てたし」
それをゼラがあっさりと蹴散らして、びー! して敗走させたのだが。ゼラがいなければ苦戦は必至で、どうなっていたのか。
フェディエアが手を上げる。
「魔術師の集団ですが、死霊術師がいてもメイモント王国かというと、違うような気がします。あのクソやろ、失礼、あいつらはメイモント王国とスピルードル王国を争わせようとしてたのでは?」
「フェディエア、何故そう思う?」
「あいつらはなんだか不気味というか。見たことも無い女神像に祈ってて、宗教じみているというか」
女神像に祈る宗教? フェディエアが見たことも無いと言うなら、教会の光の神では無いのか。横を見ればつまらない話が続いて、飽きてきたゼラはルブセィラ女史とあやとりしている。ルブセィラ女史が首だけこちらに向けて、
「教会に追われた異端宗教でしょうか?」
「あいつらは、ボサスランの世に、とか言ってました」
「ボサスラン……。調べてみましょうか。こうなると邪神崇拝の教団の線が出て来ますね。闇の神でも崇める集団が、人を操る魔術を使うとなると、これは怖いですね」
怖いと言いながらもしれっとした顔でゼラとあやとりを続けるルブセィラ女史。教会は光の神を崇め。中央からこのスピルードル王国では教会の光の神信仰が一般的。盾の三国の南では精霊信仰が、北では祖霊信仰がある。
教会は精霊も祖霊も光の神の恩寵を賜るものとして異端とはしていない。教会が異端宗教としているのは邪神崇拝。光の神に仇なす闇の神を崇拝する宗派に対してのもの。
「邪神崇拝者の陰謀だったというのか?」
「未知の古代魔術を使うのであれば、古代文明を復活させようとする自称古代学者達も疑っていましたが」
「まさかこの町に邪神崇拝が広まっていると?」
「人は全て魔獣に食われ、その魂を闇の神に捧げよ、とかいう破滅主義者の集団ですが。平和が続くとこういうのが出て来ますね」
光の神は人を造り、闇の神は魔獣を産み、日が上り昼となり、日が沈み夜となるように、光と闇は争いを続ける。教会の説く、神と世界の神話。ルブセィラ女史は破滅主義者というが、ときに邪神崇拝者がよからぬ事件を起こす。闇の神を崇めてなんの得があるのか解らんが、人の破滅を滅日を求める人は常に何処かにいるということか。
横を見ればフクロウのクチバもゼラとルブセィラ女史のあやとりに参加する。あのハイレベルあやとりができるのか? クチバはルブセィラ女史の手からあやとりを取り、なんだあの形? 芸術?
「ほう、雷鳥昇雲とは、東方無形流ですか」
「そーですね。私のは無形流から分派した無影流ですが」
「ンー、こうして、こー、ウン」
「ほほう、雷鳥が雲から降りましたね」
「そーですね。これは雷鳥渡海風アレンジド、ですか? ゼラ嬢、やりますねー」
「えへ」
あやとりって、奥が深い。
「遊ぶのもいいが、クチバ、どうする?」
「そーですね。町の方を調べてみましたが、今のところ邪教が隠れて崇拝されている様子は無いですね。町の拠点の方は泳がせて、出入りする人物を追い、根城の遺跡迷宮を探りますか? フェディエア嬢の偽装は、まだ相手にバレてないのであれば、そちらから探るというのは?」
「フェディエア、どうだろう? 上手く奴等を騙せるか?」
フェディエアは少し考えて。
「操られている状態を思い出して、その通りにすると。上手く行けば父を助けられますか?」
「相手の本拠地が解り、逃げる前に捕まえれば可能性はある。相手が策が上手くいっていると油断させることができれば、救出しやすくなるだろう」
「でしたら、私がカダール様を色仕掛けして、二人っきりでデートすることになりますね。操られているときに聞いた指示では、カダール様をアルケニーから引き離し、誘拐しやすく誘導することに」
デート? デートになるのか? エクアドが頷いて。
「アルケニー監視部隊とフクロウで、拐われるカダールを追跡。これで本拠地まで案内してもらおうか」
クチバがあやとりから抜けて、
「では、フクロウで準備をします」
「人員が集まったら一度ゼラに見てもらう。精神操作されてるのがいないかどうか確認する」
「そーですね。ではそのように」
立ち上がりテントを出るクチバを見送る。振り向くとすぐ側にフェディエアがいる。
「どうした、フェディエア?」
「今から練習しませんと」
何を、と聞く前にフェディエアが俺の手を取り腕を組む。腕を組むというよりは俺の腕を抱きしめるような。肘がフェディエアの胸に挟まれて、ムニュって、おい、フェディエア?
「カダール様はこのフェディエアの色仕掛けに乗って、デレデレして人気の無い拐われやすいところに行くのですから。私に鼻の下を伸ばすフリの練習を」
言いながら俺の肩に頭を預ける。活力が戻ってきたのか、少し楽しそうだ。
「あの結婚式がそのまま続けば、カダール様の隣にこうしていたのでしょうね」
「そうなっていたかもしれないが」
「あの、不死身の騎士、剣のカダール様の妻に、と、喜んでましたのに」
思い出すように呟くフェディエア。あのとき、聖堂の天井から降りてきて結婚式を邪魔したゼラは、今はムスッとした顔で俺とフェディエアの前に立って見下ろしている。
「むぅー。カダールから、離れて」
俺の脇の下に手を入れてヒョイと人形のように持ち上げる。フェディエアから取り上げるように。
「あら、ゼラさん。これは潜入作戦の為の練習ですよ?」
「やー! カダール、ベタベタ触らないでっ」
「そういう訳にはいきませんよ」
「ダメっ、ダメっ!」
ゼラに持ち上げられて振り回されて。頭が天井にぶつかりそうになる。
「ゼラ、テントの中で俺を振り回すんじゃない。フェディエアも挑発するようなことはするんじゃない」
フェディエアはふざけているのか、女の子が玩具を取り合うかのように、俺はままごとの人形か?
「私がカダール様に触ったときより嫌がってませんか?」
「すごいな、女の本能」
ルブセィラ女史とエクアドが冷静に観察しているが、おい、見てないでゼラとフェディエアを止めてくれ。