第五話◇護衛メイド、サレン主役回、後編

文字数 5,101文字


「旦那様は凄いですね、大剣を真っ二つにしたのは解りますけど、自分には見えませんでした」

 執事見習いが興奮して話しています。魔獣深森の中での野営中。日は落ちて空には星が瞬き始めています。
 旦那様と奥様は先に夕食を終えられました。お二人と新人メイド、ベテランメイドのアステ、騎士三人の内の二人が先に食事を済ませ、その間、周囲の警戒にあたっていた私達が、今、食事を取っています。
 話題は今日の昼の旦那様とマッチョオークの戦闘。
 先に食事を終えられた旦那様と奥様は、今はテントでフクロウの隊員と何やら話をしています。テントの警備はアステと新人メイドに任せて私も食事です。
 保存用の固形シチューを煮溶かして、堅焼き丸パン、私と執事グラフトで捕らえたグリーンラビットのお肉を焚き火で串焼きにしていただきます。
 魔獣深森もここまで奥に来ると、緑の毛皮の兎も猪くらいの大きさがあるので、食べがいがありますね。残りの肉はシチューにも入れて一晩煮込み、明日の朝食にしましょう。

「あのオークはなんだかオーガのような奇妙な奴でしたが、かなり強そうなのに旦那様は軽々とあしらって」
「あのオークは戦闘特化した異常種、なんじゃないか? 他のオークが逃げたのに一体だけ残っていたから、狂乱していたのかも」

 執事見習いに騎士が楽しげに話しています。魔獣深森のキャンプでも余裕というのは、この面子だからこそでしょう。
 そこに執事グラフトが、串に刺した兎肉を焼きながら話します。

「あのマッチョなオークは仲間を逃がす為に囮となったようです。粘れば粘るだけ仲間が遠くに逃げられると、考えたのではないですか? 狂乱しているようには見えず、折れた剣であれほど戦う気迫は、只のオークでは無いでしょう」

 あのマッチョオークは剣を折られても、その半分になった大剣でしつこいくらいに旦那様にかかっていきました。
 執事グラフトは仲間の為と言いましたが、私にはマッチョオークの黄色い目には戦闘の愉悦があったように思えます。それまでのキズでの出血、戦闘の興奮でまともに考えられなかったのかもしれませんね。

 オークの言葉は私達には解らず、人語はオークには解りません。あのオークが何を考えて死ぬまで戦ったのかは、剣を斬り結んだ旦那様にしか解らないのではないでしょうか。
 執事見習いと騎士は、旦那様の剣技を讃え、自分達だったらあのマッチョオーク相手にどう戦うかと話しています。それに旦那様の一番弟子を名乗る執事グラフトが解説をしてます。

「旦那様があのマッチョオークが死ぬところをじっと見てたのは、なんですか? なんだか祈ってるようにも見えて」
「あれは残心ですよ」
「あぁ、相手がどんな状態でも油断するなっていうヤツですね」
「そう教える流派も多いですが、それは解りやすい表向きの教え方です」

 執事グラフトはクスリと笑います。三十代後半と年齢を聞いてますが、そういう顔をすると二十代にしか見えませんね。
 執事グラフトは焼いた兎肉を、切った丸パンに挟んで渡してくれます。ありがとうございます、いただきます。

「戦士と認めた者の今際(いまわ)(きわ)を見つめ、その魂を心に残す。それが残心です」

 聞いている見習い執事の青年、いや、少年ですか。意味が解らないようで首を傾げています。
 武術というものはその域に達しなければ、実感として理解できないものが多いです。それを頭だけで解った気になっているのが、生兵法で酷い目に会うのです。
 素直に解らないと言う方がましですが、ここは感覚で本質を捉えて欲しいところ。

「自分も旦那様のようにカッコ良く二刀流を使いこなしてみたいです」
「あ、おい」

 気がついた騎士が見習い執事を止めます。お、ということはこの騎士はあの訓練をやってみたことがあるのでしょうか。
 執事グラフトはニッコリと笑い、

「では屋敷に戻ったら二刀流の練習をしましょうか」
「はい、グラフトさん。よろしくお願いいたします!」

 目をキラキラさせる見習い執事の向こうで、騎士が片手で額を押さえて俯いてます。アレを試したことがあるみたいですね。
 二刀流、右手と左手で別々の武器を持ち、自在に使えれば確かにカッコ良くて強いです。ですが、旦那様や執事グラフトのように足場の悪い森の中で二刀流を使いこなすのは、この二人だからできること。

 たいていの獣が四本足で移動する中で、二本足の人間とは不安定なもの。転んで起き上がるのに手を地面に着くのが当たり前となっています。
 両手にそれぞれ別の剣を持っていると、すぐに地面に手をつけない。これで尻餅ついたところから素早く立とうとすると、混乱したりします。
 いつもは自然としていることができない、というのは意識の盲点。落ち着いて冷静になれば、一度、片手の剣を離して地面に手を着いたりなどできるのですが。

 戦闘中、すぐ側に自分の命を狙う者がいると、この僅かな混乱が命取り。敵から身を守ろうとすると、恐怖で握り絞めた武器を手離すことができなかったりします。慌てて剣を握ったままの手で地面に拳を突き、指を痛めるということも。
 端から見ればバカバカしくとも、こういうことが実戦ではありがちです。

 二刀流を使いこなすための訓練には、先ずは両手に剣を握ったまま倒れます。そして寝転がる者を執事グラフトが容赦無く攻撃します。
 これに対し、両手を使わず体幹と足だけで素早く回避して立ち上がり、即、反撃できるように練習します。他にも両手に剣を持ったままで、前転、後転、側転ぐらいできないと、二刀流の練習まで辿り着きませんね。
 両手にそれぞれ剣を握ったまま寝転がり、転がって悲鳴をあげながら、執事グラフトの攻撃から逃げるところで、二刀流を諦める人が多いです。
 起き上がる度に何度も転ばされ、両手の剣を手離さないままの受け身の練習も。そこから執事グラフトの追撃を避ける、の繰り返し。
 この見習い執事はあの練習を越えられるでしょうか。

「しかし、あのようなオークの変異種が現れるとは」

 執事グラフトの呟きに、私は今回の訓練ピクニックのもうひとつの目的に気がつきました。

「以前より魔獣被害が少し増えていますから。ここ数年、僅かずつですが魔獣深森から現れる魔獣の害が上昇傾向にあります」
「旦那様と奥様はそれを自ら調べるおつもりでしたか」
「王立魔獣研究院も調査してますが。ルブセィラ様が言うには変異種の発見が増えているようですね」

 ハンターが一攫千金を狙い、未発見の遺跡迷宮を探しに奥地を越えて更に深部を目指したりします。こちらでも強い変異種相手に逃げ帰る、というのが増えています。これはハンターギルドから聞いています。

「魔獣に何か異変でも起きているのでは?」
「特定の種、ということで無ければ王種では無いのでしょう。今すぐ危機、では無さそうですが何やら妙ですね」

 そんな話をしていると、森の暗闇からガサリと繁みを揺らす音がします。立ち上がり音のする方へと構えると、暗がりからヨロヨロとこちらに来る人影。
 男の子? こんな森の奥に?
 現れたのは七、八歳くらいの男の子。ですがその頭も顔も赤く血で染まっています。

「はぁ、うぅう……」

 呻くように小さな声を上げて、その顔の左半分は大きな獣の爪で引っ掛かれたようで、左目が潰れています。左手も肘から先が無く、そこから血を垂らしています。
 ゾンビ? 確認するために一歩近づき、男の子の顔に残る右目を見れば、意志を感じる金色の瞳。心無きアンデッドでは無いですね。
 青白い顔の妙に背の低い男の子は、フラフラとこちらに来ます。焚き火の明かりにその姿が照らされて、見えたものは。

「スコルピオ!」

 服を着てない血まみれの裸の男の子。上半身は男の子ですが、その下半身は異形。背が低く見えたのは人の足を持っていなかったから。
 その下半身は大きな赤いサソリ。カサカサと草を踏み潰す音を立てて、虫のような脚が蠢きこちらに進んで来ます。

 スコルピオ、又はアンドロスコルピオと伝わる半人半獣。伝え聞く話を知ってはいても、こうして見るのは初めてです。
 ですが、現れたスコルピオの男の子は瀕死のようです。下半身の赤いサソリ体も左の鋏は無く、脚も何本か無い状態。サソリらしいその長い尾の先も千切られたように針は無く、そこから赤い血が垂れています。これは間違い無く出血多量。

 その男の子の金の瞳からは、怯えが感じられ、背後の森を振り返ってはこちらに、はぁー、とか、うぅー、とか唸ります。
 これは放っておいては死んでしまうのでは? 私はゼラちゃんに続き二人目に見る半人半獣を前にして、どうしていいか戸惑います。
 ただの魔獣と解れば討伐するだけなのですが。これが今にも死にそうな男の子にとどめを刺すというのは、なんだか嫌です。

 異変を感じてテントから出てきた旦那様と奥様が、男の子を見つけます。私達がどう対処すべきか迷うのを見て奥様は、

「アステ、その子を治療して。サレンはその子が暴れないように捕まえて」
「ハイ、奥様」

 捕縛に関してはこのサレンにお任せを。腰にかけた縄を手にして、男の子に飛びかかります。裏アーレスト捕縄術は人でも魔獣でも、取り抑えることに優れるのです。

「サレン、大ケガをしているのだから、優しくね」
「ハイ、奥様」

 男の子は驚いて右だけの金の瞳が見開きます。近くで見れば左目の方は抉れていますね。これは酷い。残る右手と右のサソリの鋏を振って逃げようとする男の子を、裏アーレスト捕縄術で捕縛します。

「はあぅうっ!」

 縄をかけた男の子がもがいて声を上げます。う? 年端もいかない裸の男の子を縄でキュッと縛ることに、何やら胸がキュンと鳴りましたが、これはなんですか?
 捕らえた下半身サソリの男の子が弱々しくも、もがきます。医療メイドのアステが魔術で治癒をし、回復薬(ポーション)も取り出して男の子の顔にかけます。男の子は青い顔で首を振ってますが、その力は弱々しく、血塗れの白い肌は血の気を失い青白く見えます。
 治癒の魔術で男の子の出血を止めたアステは奥様に、

「血を失い過ぎてます。これはすぐに連れ帰って本格的に治療しなければ不味いです」
「だが、すんなりと帰してはくれなさそうだ」

 旦那様が奥様の代わりに応えて、暗闇に向かって剣を構えます。森の闇から飛びかかってきた者を旦那様の剣が弾き返します。

「ガウアッ!」

 不意打ち気味の爪の一撃を旦那様に弾かれて、不満そうに鳴くのは、ウェアウルフ。続いて更に四体のウェアウルフが森の闇からザザザと現れました。
 私は抱えた男の子、縄でグルグル巻きの下半身サソリの少年を、執事見習いに渡して構えます。
 ウェアウルフ、狼を被る者の別名通り、猫背の人間が黒い狼の毛皮を被ったようにも見えます。全身が黒い体毛で覆われ、首から上は狼の頭。素早さに優れる亜人型魔獣。

「その子を追って来たのか? 何やら不穏なものを感じるが、全員で円陣を組め。その子を守るとしよう」

 旦那様の指示で男の子とアステと奥様を囲む円陣を。総数五体のウェアウルフは唸りながら突撃してきます。
 ヨダレを垂らし大口を開けて噛みつこうとするウェアウルフの顎を、下顎の関節を外すように斜め下から拳で打ち抜きます。
 近くで見れば、旦那様の言う不穏なものが私にも解ります。
 
「ギャイン!」

 仰け反ったウェアウルフの首には白い首輪があり、そのウェアウルフ五体は全員が白い首輪をはめていました。

「これはまた、何か事が起きたか?」
「灰龍のような生きた災害でなければ良いのですけど」

 旦那様の言うことに奥様が応えます。この魔獣深森で、白い首輪をつけたウェアウルフ。これが森の異変の元凶に繋がりますか? 森の調査に来て出会う、奇妙な事態。血塗れのスコルピオ、追うように現れたウェアウルフ。もしや奥様はこの異変をカンで察知して、ここでキャンプにしましたか? 流石です奥様。

 私の役目は奥様をお守りすること。ウェアウルフの相手は初めてですが、存分に()らせていただきます。
 吠えるウェアウルフを迎え討ちましょう。
 まったく、旦那様と奥様に仕えていると、おもしろい出来事に事欠きませんね。ふふふ。


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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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