第十二話

文字数 4,520文字


 少し寝るだけのつもりが昼前まで寝てしまった。目を覚ませばゼラは俺の胸の上で寝ている。薄く微笑むような、見てるだけで和む寝顔を見せてくれる。起こさないようにと、そっと動かそうとすると、目を覚ましてしまった。

「んに? カダール、おはよ」
「おはよう、ゼラ。まだ眠いんじゃないか?」
「んにゅ、ウン、まだ腰から下、力が入らない……」
「じゃあ、もう少し寝てるといい」

 うつ伏せに寝るゼラの下からそっと這い出て、む、太ももがプルプルする、少しふらつく。寝直すゼラの頭をそっと撫でて、着替えて倉庫を出る。
 身体は少しだるいが、なんだかやりきった感のある清々しさがある。今日も一日頑張ろうと気力が湧いてくる。いつもより足に力が入らないが。いつもとは違う身体の動かし方で、変なところが筋肉痛になってるような。

 倉庫の外に出れば見張りのアルケニー監視部隊の女騎士と目が会う。おはようと挨拶すると、もうお昼ですよ、と疲れた声が返ってくる。

「遠征から戻って休み無しで、すまんな」
「いえ、私はまだいいんですけどね。監視小屋の夜警班の方がぐったりしてて」
「何故だ?」
「それは、いつまで続けてるんだ副隊長? と、萎え知らずか? と。また一晩いろいろと聞いてしまった夜警班が、悶々として寝られないことになりそうです」
「……いや、それは、その、だな。他に異常は無かったのか?」
「ええ、他には何も。侵入者も無く騒ぎもありません。街の方も問題無く。ゼラちゃんは?」
「疲れているようで、まだ寝かせている」
「……伝説の魔獣をぐったりと疲れさせられるのは、副隊長だけかもしれませんね」

 それは俺じゃ無くてゼラが可愛すぎるからで、涙ぐんで恍惚とするゼラを見ると、もっといろいろしてやりたくなってしまうからであって、うむ、俺がそんなにおかしい訳では無い、と思う。
 屋敷に入りハウルルの様子を見に行く。昼食を取っているところだった。

「ハウルル、あーん」
「はーん」

 母上がハウルルにシチューを食べさせている。今は医療メイドのアステが膝の上にハウルルを乗せている。左手は再生して両手がもとどおりになったのだが、母上がスプーンでハウルルの口にシチューを運ぶ。甘やかし過ぎではないだろうか?

「ハウルルの食事は人と同じものですか?」
「そうよ。ゼラと同じかと思ったのだけど、生のお肉は嫌いみたい」
「今日はゼラが魔力枯渇なので、ハウルルの治療は明日からで」
「えぇ、その為にも体力はつけないと。ほらハウルル、ニンジンも食べなさい」
「はう」

 母上の言うことをどこまで理解しているのか解らないが、ハウルルは大人しい。俺が近づくと怖がるようなので、離れて観察する。ハウルルの方も、右の金の瞳で俺の方をチラチラと見ている。まだ怖がられているのか? 赤い髪に金の瞳。その顔の左側は包帯で隠れているが、次の治療はその顔か。しかし、

「ハウルルは服を着るのは嫌がらないのですか?」
「裸の方が落ち着かないみたいなのよ」
「そうですか。それで何故ピンクのドレスなんです? ハウルルは男の子でしょう?」
「だってハウルルはズボンが穿けないじゃない?」

 それもそうか、ハウルルの下半身は赤いサソリ。ズボンは無理か。だがピンクの子供用ドレスなんて、いつ用意したのだろうか。髪は短いが顔は幼く性別不明に見えるので、ピンクのスカートだと女の子のようだ。本人は解っているのだろうか。母上とアステが着せ替えて楽しんでいるような。
 母上の側の護衛メイドのサレンがハウルルを注視して、何やらウズウズとしている。
 スコルピオの男の子を自然と可愛がる母上とアステ。手を出したくてたまらない様子のサレン。

 母上が言っていたように俺達はゼラで慣れてしまって、下半身サソリのスコルピオも可愛い男の子に見える。いや、今はピンクのスカートで女の子に見える。ゼラが居なければ、ここがウィラーイン家で無ければ有り得ない光景か。
 大人しく母上の差し出すスプーンをくわえるハウルル。見たところ好き嫌いは無さそうで、黙々とシチューとパンを食べている。
 見ていると自分の空腹が気になってきたので、俺も何か腹に入れようと台所へと向かう。
 
 俺が台所で簡単に食事を済ませたところで、エクアドが来た。

「ここにいたか、カダール」
「エクアド、少しは寝たのか?」
「交代で夜警をして、さっき起きたところだ。ゼラはどうだ?」
「疲れたようで、まだ寝かせている」
「……ゼラが疲れるのは、アンデッド数万を蹴散らして、百人以上に治癒をした後ぐらいなんだが」
「いや、極上の布を織った後も疲れているぞ?」
「あの布も呼び名を決めないとならないか。それと、ルブセィラが呼んでいる」
「ルブセィラが? スコルピオの側にいないから、いったい何をしているのかと」
「徹夜で何やら調べていたようだ。テンションがおかしなことになっていて、新発見を早く見せたいと」
「新発見?」

 ルブセィラ女史は昨夜、ゼラの唾液を採取して、何を調べていたのか。
 エクアドと二人でルブセィラ女史のいる部屋、我が家の臨時アルケニー調査班研究室に。

「お待ちしてました」

 少し頬が赤いルブセィラ女史が、目を爛々とさせて待ち構えている。部屋にはアルケニー監視部隊の少年騎士が椅子に座って、俺達を見上げている。

「今回、隊員レクトの協力でゼラさんの隠された能力のひとつが判明しました」
「レクトが協力って」

 少年騎士レクトを見ると、椅子に座ったまま恥ずかしそうに俯いている。
 レクトは王都の騎士訓練校で俺とエクアドの後輩になる。雷系の魔術の素養があり魔術師として期待されていたが、本人が騎士志望。雷系の攻撃魔術の使える騎士という、珍しくも優秀な少年。
 戦力としても期待されて、いろんなところから引っ張りだこなのだが、レクト自身がエクアドに憧れていると。それでアルケニー監視部隊にスカウトした。レクトならばエクアドに忠実であり真面目。また魔術にも詳しいことから、アルケニー調査班の手伝いなどもしている。

「レクトが調査班の手伝いをしているのは、いつものことじゃないのか?」
「はい、ですが彼の協力あってこそ詳しく解りました」

 眼鏡に指を当てて、興奮で頬を赤くしたルブセィラ女史がガラスの小瓶を机に置く。

「これは昨夜、採取したゼラさんの唾液です」
「ゼラの唾液ならば身体検査で採取して、調べただろう」

 エクアドが訊ねたことにルブセィラ女史は、生き生きと説明を始める。

「まずはこの発見を説明する前に、私はカダール様のムニャムニャが、通常の男性よりも格段に持久力が長いことに疑問を感じました」
「格段に、長いのか? 俺は?」
「はい、尋常では無いですね。並みの女性が相手では身体が持ちません。その疑問を解消すべく調べてみました。皆さんはバナナグモをご存じですか?」

 エクアドと顔を見合せる。俺は聞いたことも無い。エクアドも首を振る。

「南方、楯の三国、南のジャスパルで取れる黄色い果実、これがバナナです。痛みやすいため、あまり輸出されないので、スピルードル王国では食べたことのある人は少ないですね。このバナナの中に潜る習性のある小さな蜘蛛が、バナナグモです」
「スピルードル王国では見ない種類の蜘蛛ということか」
「そうです。そしてこのバナナグモは猛毒を持ち、バナナグモに噛まれると半日で死亡します」
「致死性の猛毒を持ち、果実の中に潜むか。厄介な蜘蛛らしい」
「ゼラさんの唾液を調べた結果、このバナナグモの毒液と成分が似ているのです」

 何? ゼラの唾液が猛毒に似ているだと?

「待て、ルブセィラ。俺はゼラの唾液を舐めたことも飲んだこともあるが、俺は死んで無いぞ? 猛毒に似た成分だと?」
「毒性自体は無いようですが、バナナグモの猛毒と似た特徴があります」
「なんだそれは? 俺の身体に何か異変が起きてるのか?」
「はい、ですが後遺症などは無いようですね。バナナグモの毒は非常に強く致死性です。またバナナグモの毒は他の生物毒と違い、ユニークな特徴があります」
「ユニークと聞いても、猛毒と聞けば愉快な気分にはなれない」
「落ち着いて下さい。ゼラさんと何度もキスをしたカダール様は健康です。それは身を持って解っているでしょう? バナナグモの猛毒の特徴とは」

 ルブセィラ女史が眼鏡に指を当てる。その眼鏡がキラリと光る。

「勃起します」
「……は?」

 勃起?

「バナナグモに噛まれて毒液を注入されると、男性は男根がそそり立ちます。ギンギンです」
「いや、言い直さなくとも、意味は解ってる」
「そしてバナナグモに噛まれてから約半日、毒が回り死亡するまで、ずっとカティンコティンになるのです」

 なんだその毒? ユニークと言えばユニークか。しかし、噛まれたら勃つって、死ぬまで勃起って、なんて毒なんだ。

「ゼラさんの唾液にはこのバナナグモの猛毒から、害になる部分を取り除いたもののようですね。南方ジャスパルでは、このバナナグモの毒を回春薬、勃起不全治療薬にできないかと研究しているのですが、ゼラさんの唾液はその完成形のようです」
「つまり、ゼラの唾液を体内に入れると?」
「これがカダール様の、通常の男性を遥かに超越した夜無双の秘密です。ゼラさんの唾液を飲む、傷口からゼラさんの唾液が入る、これで男性自身が、硬く折れず、何度しても萎えない、超持久の伝説の魔剣になってしまうのです」
「それがカダールの人並み外れた一晩中の秘密だったのか」

 エクアド、俺は人並み外れていたのか? 人外扱いされていたのか? 魔剣ってなんだ?

「また、通常の身体検査で見つけられなかったのは、ゼラさんがムニャムニャしたいと思ったときにしか分泌されないものだからでしょう。これを確認するために、失礼ながらムニャムニャ直前にお邪魔したのです」

 嬉々として手を振り熱く語るルブセィラ女史。まさかゼラの唾液にそんな効果が隠されているとは。それで勃ちっぱなしだったのか。だが、

「ルブセィラ、それをどうやって調べた? ここで騎士レクトが恥ずかしそうに座ったまま、足をもじもじさせてるのは、まさか?」
「はい、レクトがゼラさんの唾液を舐めて、自分の身体で検証してくれました」
「と、いうことは今のレクトは、」
「現在、フル勃起しています」

 レクトは手で股間を押さえて恥ずかしそうに俯く。エクアドがルブセィラ女史を睨む。

「ルブセィラ、人体実験をするなら先に隊長の俺に報告しろ」

 俺は慌てて扉に向かう。

「すぐにゼラかアステを呼んで解毒を、」
「待って下さい!」

 急に声を上げて俺達を止めたのは、椅子に座ったままのレクトだ。

「僕がお願いしたんです。僕の身体で試してみて欲しいと」
「レクト、何を考えている? まさかその歳でムニャムニャに不安になることでも?」
「その、実は、」
 
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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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