第二十七話

文字数 5,188文字


 屋根から屋根へと跳び移るゼラの蜘蛛の背で、

「ゼラ! 南東、二!」
「らいっ!」

 ゼラの手から伸びる雷の鞭が、屋根の上のウェアウルフ二体を焼く。悲痛の鳴き声を上げて屋根から落ちていく。
 雷の鞭を振り回し、蜘蛛の糸を飛ばしてゼラは夜の街の中を跳び回る。魔法の光の玉を設置して明かりを灯し、燃える建物には水の玉をぶつけて消火して、邪魔するウェアウルフを撃退し、あれもこれもと忙しい。

 俺はゼラの背で死角を補いながら牽制のクロスボウを放つ。俺とゼラは今、背中合わせとなっているので、右とか左と言うと間違いやすい。俺が見つけたゼラの背後の敵を、ゼラに方位で告げる。これは実際の方位とは違いゼラの正面を北として、ゼラの背後、俺の正面は南としてある。

 脚力の高いウェアウルフは、跳び上がりカギ爪で壁を登る。ゼラを止めるつもりか建物の屋根に上がって来ている。ウェアウルフはその脚力で守備隊も飛び越えて来たのか、意外と街中に数がいる。

「なかなか素早いが、それだけか?」

 手にするクロスボウの引き金を引く。やや短めの(ボルト)がウェアウルフに飛び、俺が狙ったウェアウルフは足を止めて手で顔をかばう。その腕に(ボルト)が刺さる。
 致命では無いが、わずかでも動きが止まればゼラの的だ。

「えい!」

 素早く接近したゼラの蜘蛛の足が、ピンと弾くようにウェアウルフを蹴り飛ばす。ギャウンと悲鳴を上げて、ウェアウルフは下の広場の方へと放物線を描いて落ちて行く。ゼラの蜘蛛の脚は力強く、ウェアウルフを蹴り飛ばせば骨の折れる音がする。奇妙な形に身体を曲げた黒い人型の狼は冗談のように夜空を舞う。

「ゼラ、下に落として後はエクアドに任せよう。皆が動きやすいように明かりをつけるのを優先してくれ」
「ウン! それと火事に、逃げる子供!」
「頼むぞ」
「任せて!」

 ゼラの後を走って追いかけるエクアドにゼラ援護隊。ゼラが屋根から落としたウェアウルフに的確にとどめを刺していく。

 屋敷の方に異変は無いかと時おり見ながら、矢層(ボックス)をクロスボウに取り付ける。ゼラの背で使うことを想定した新型クロスボウ。一風変わったオーダーメイドが得意という、鎧鍛冶職人姉妹の試作品。
 従来の物より小型で取り回しが良く、レバーを引けば矢層(ボックス)に詰められた(ボルト)が簡単に装填できる。
 連射ができる新型クロスボウ、次矢装填の速さからついた名前は、リピーター。欠点は従来のものより威力が低く、射程も短いこと。だが、この武器の目的は牽制。
 ゼラが戦いやすいように、敵を足止めできればそれでいい。

 屋敷から離れ過ぎないことに注意して、ゼラの魔法の明かりで街の闇夜を照らす。
 父上のウィラーイン領兵団と街の住人が動きやすくするのが目的だ。明るくなり視界が確保できれば、ウェアウルフ相手に遅れは取るまい。
 またウェアウルフが屋根に登って来た。通りの向こう、離れた建物の上に。この距離を跳躍して跳びかかるかと見ていると、赤い頭のウェアウルフは遠く離れているのに片手を大きく振りかぶる。投石か? 二体いる片方にリピーターの(ボルト)を発射。一体は動きを止めるが、もう一体は腕を振り下ろす。嫌な予感。そのウェアウルフの視線の先は俺の頭。
 俺は頭を守るように左肘の円盾(バックラー)をかざす。風を切る音が円盾(バックラー)を叩く。円盾(バックラー)に軽い衝撃、リュートの弦を爪弾くようなポゥンと軽い音が小さく響く。これは、

「ゼラ! 奴らの中に、風弾の魔法を使うのがいるぞ!」
「カダール! だいじょぶ?」
「俺は大丈夫、南西、通りの向こうの建物だ!」

 円盾(バックラー)の内側が仄かに白い光を放つ。この円盾(バックラー)の内側にはプリンセスオゥガンジーが貼られている。対魔術防御に優れるゼラの極上の布。この円盾(バックラー)ならばこの程度の風弾は掻き消せる。
 風系の魔法も弓矢も、ゼラの蜘蛛の身体には通用しない。戦闘時にはゼラの蜘蛛の体毛は鋼のように硬くなる。だが、ゼラの上半身、人間体部分は人と同じ。人と同じように傷つき怪我もする。
 人になろうと進化したゼラの上半身は、不意を撃たれると弱い弱点だ。ならばそこを守るのが俺の役目。ゼラの背中を守り、俺がゼラの盾になる。ちゃちな魔法に飛び道具ならば、全てこの円盾(バックラー)で受け止めてやる。

「すい、ちー」

 振り向いたゼラが目前に水の壁を出し、瞬時に凍らせて氷の盾にする。続けて俺とゼラを狙うウェアウルフの放つ風刃が、氷の壁の表面を削って消える。

「よいしょ」

 返すゼラの飛び道具は、その氷の壁だ。両手と蜘蛛の前脚で持ち上げて、ポイッと投げる。大人の身長程の氷の壁をウェアウルフは避けきれず、ベシャリと潰れるようにして屋根から落ちていく。

「ガアアッ?」

 下から氷の塊が割れて砕ける音が聞こえる。

 屋敷から遠く離れぬように気をつけて、ローグシーの街の中を移動する。広い通りに避難場所、拠点となるところを回り明かりを設置する。
 燃える馬小屋をゼラが消火するときは、俺がリピーターでウェアウルフを牽制する。どうやらこのウェアウルフは、能力は高そうなのだが戦闘慣れしていないようだ。ゼラ相手に無謀に突っ込んでは返り討ちに会う。通常の魔獣とは違い、人造魔獣は恐怖を感じ無いのか? 知能の程は解らないが、群れとしての連携はイマイチのような。

「ンっと、カダール、明かりはこのくらい?」
「そうだな、月の無い夜に街がこんなに明るいとは。まるで地上に星が降ってきたみたいだ」
「街の人達、すっごい元気」

 暗い夜に相手だけ夜目が効けば不利になる。人間の魔術師も“光明(ライト)”の魔術は使えるが、街ひとつを明るく照らすのは不可能だ。ローグシーの街は夜襲の備えもしているが、ゼラの魔法の明かりが無ければ、街の住人も外でこれほど元気に暴れて無いだろう。あちこちから雄叫びに笑い声が聞こえてくる。
 ゼラの魔法の明かりに照らされたローグシーの街。魔獣の夜襲を迎え撃つのが、父上に煽られて、街が何か奇妙な祭りのようになってないか?

「あっ!」

 何かに気がついたゼラが屋根から跳躍する。前を向いたまま右手を後ろに回して、俺の左の太ももを押さえる。上から蜘蛛の背に軽く押さえつけるように。
 ゼラも俺を背中に乗せるのに慣れた。それでも大きく跳躍するときは、こうして落ちないように触れてくる。新型の鞍にベルト三本で固定しているので落ちないのだが、心配らしい。大きくジャンプする、というのを触れて教えてくれるので、俺も身構えることができる。

 互いに背中を守るというか、互いに寄りかかっているような感じだ。ゼラの長い黒髪が俺の首筋を撫でてくすぐったい。
 俺もゼラの蜘蛛の背に乗るのに慣れた。初めて戦闘になった対メイモント軍のアンデッド戦では、しがみつくのがやっとだった。それが今では余裕がある。何より背中に、尻の下、太ももの裏にゼラを感じていると、何ひとつ不安を感じ無い。

「しゅぴっ!」

 屋根から地上に着地したゼラが蜘蛛の巣投網を投げる。絡まるウェアウルフが転んで倒れる。道で前後をウェアウルフに挟まれて、窮地になっていたらしい数名の兵と、

「ぼっちゃんに蜘蛛の姫様! 助かった!」
「焼き鳥屋のオヤジさんか、無茶をするなよ」
「はっはぁ! ここでやれねぇ奴はローグシーの街で屋台なんざ出せねえんでね。でもこいつらゴブリンより速え」

 妙に興奮している焼き鳥屋のオヤジがいた。
 その速いウェアウルフも、目の前の奴はゼラの蜘蛛の巣投網でモガモガしている。俺は右手をゼラの頭に伸ばしてポンポンと。

「いいぞ、ゼラ。よく気がついた」
「むふん」
「また焼き鳥を食わせてもらおう」
「薄味で、タレ無し、シオ無しで」

 ゼラの言うことに兵達が笑い、焼き鳥屋のオヤジは眉を顰める。

「だからそれ、肉の味と下味しかしねえ。ウチはタレが自慢なのに……」
「ぼやいて無いで警戒を怠るなよ。ゼラ! 上だ!」
「ウン!」

 俺達を追って来たのか屋根の上から顔を出すウェアウルフ。屋根の上から兵を狙って飛び降りる。
 ゼラは迎え撃つように大きく跳躍、両手は後ろに回して俺の腰を両側から抑える。そのまま視界がグルリと回る。兵を守るように跳ぶゼラは空中で側方宙返り、地面に頭を向けて脚は夜空に向けて。屋根から落下してくる二体のウェアウルフを、逆さまに蜘蛛の脚で引っ掻けるようにして蹴り飛ばす。
 俺は天地逆転した視界の中で頭上、地上にいるウェアウルフをリピーターで狙う。頭上を見上げる兵の背後に迫る狼頭の鼻面に(ボルト)が命中。
 ゼラはそのまま回転、更に一体のウェアウルフの真上に着地。蜘蛛の腹で豪快な体落としで地面に押し潰す。
 振り返った兵が背後で(ボルト)の刺さった顔を抑えて呻くウェアウルフを剣で貫く。

「ありがとうございます!」
「油断するな。赤い頭のウェアウルフは風系の魔法を使うぞ」
「はい、それとリュックを担いだウェアウルフがいます!」
「リュック? そんな奴がいたか?」
「どうやらそいつが火をつけているようです。リュックの中から放火用の魔術具を出して投げています」

 もう一人の兵が蜘蛛の巣投網で転がるウェアウルフに槍でとどめを刺す。

「俺達はそいつを追いかけていたんですが、逃げられてしまい、ここで戦闘に」
「そうか、そのリュック持ちを潰さないと被害が拡がるか」

 見たところこの隊と焼き鳥屋のオヤジに負傷は無い。それならば、

「リュック持ちの放火狼のことを父上に伝えてくれ。足の速いのを無理に追いかけるよりは、包囲して追い詰めた方がいいだろう。ゼラ、俺達は上からそいつを探そう」
「わかった!」

 襲撃してきたウェアウルフにはいくつか種類と役割があるようだ。火を点けながら逃げる奴がいるとは。
 ゼラが再び屋根の上へと跳び上がる。
 屋敷の方はと見れば、炎の柱が立ち上がる。あれは母上の火系の魔術、“炎柱(ファイアピラー)”。

「カダール! 母上の合図!」
「屋敷の方に本命が来たか。ゼラ、戻ろう。街は父上に任せて」
「ウン! しゅぴっ!」

 跳びかかるウェアウルフの顔に蜘蛛の巣投網を投げて、ゼラは屋根の上を跳び跳ねる。ここまであらかた叩き落として来たので、屋根の上のウェアウルフはこれで視界の中にはいない。
 明るくなったローグシーの街を見下ろしながら屋敷に戻る。
 屋敷の方に特殊な能力を持った個体がいれば危ないか? いや、こちらには母上と執事グラフト、護衛メイドのサレンがいる。ここまで相手にしてきたウェアウルフ程度ならば問題無いだろう。しかし、

「陽動にしては数が多いような」
「そうなの?」
「騒ぎを起こして戦力を引き付ける狙いがあるのか? それとも、この程度の戦力でローグシーを落とすつもりだったのか? どちらにせよ中途半端のような」
「うぇあうるふ、弱いけど、なんか変」
「あぁ、やたらと突っ込んでくるだけで、戦闘経験が無いのか、回避と防御が甘い。造られた魔獣だからだろうか?」
「死んだらドロッて溶けるの、気持ち悪い。変な臭いがする」

 どうにもこれまで相手にした亜人型魔獣とは違う。ゴブリンやコボルトならば、勝ち目が無ければ逃げるし、仲間が傷つけばそちらを見たり、怯えたり怒ったりする。仲間意識が薄いのか、感情が無いのか、それともこれが造られた魔獣の特徴なのだろうか。
 屋敷に向かいながらゼラが聞いてくる。

「逃げるのがいたら追いかけて、居所を探るんだよね?」
「その予定だが、怯えて逃げ出す様子が無い。指揮を取るものがいるとすれば、ハウルルを狙う隊の中にいるか?」
「ハウルル虐めるのは、赦せない」
「赦さなくていいぞ。俺も気に入らない」

 上から見れば通りで街の住人と兵が隊を組み、ウェアウルフと戦っている。二階の窓から弓矢を射ち下ろしているのは、酒場のおかみさんだ。下で戦っている旦那の援護をしている。

「あんた、突っ込み過ぎ」
「うるせー! 娘に負けてられるか!」
「お父さん、腰、痛めてるんだから無理しないの!」

 おかみさんが屋根の上の俺達に気がついて手を振るので、俺とゼラも手を振り返しておく。

「街の人達、みんな凄い」
「無茶して怪我人が増えなければいいが」

 街の方は心配はいらないか? 後は父上とウィラーイン領兵、街の住人に任せて、俺とゼラはハウルルのいる屋敷に。

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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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