第二十八話◇夜戦、ウィラーイン伯爵ハラード主役回

文字数 3,716文字


 夜のローグシーの街中、石畳の道を進み、後ろをついてくる兵とローグシーの街の住人に訊ねる。

「このローグシーの街中まで魔獣が来たのは、いつ以来であったか?」

 肩に剣を担いだ大工が首を捻る。

「タラテクトの大発生、じゃなかったですかい?」
「いや、そのあとに大鴉(ジャイアントクロウ)の王種発生がありましたよ」
「あー、あいつら鬱陶しかったな」
「狩っても肉は不味いし、素材としてもたいしたこと無かったし」
「ゴブリン大侵攻もあった」
「ゴブリンもコボルトも街壁は越えて来て無いわよ」
「そうそう、壁の近くまで来たことはあったけれど」
「そうなると、街壁を越えて来たのは六年振りというとこか?」

 賑やかに話すローグシーの街の住人達。士気が高いのは良いことだ。月の無い夜だが、ゼラの灯してくれた魔法の明かりで、ローグシーの街は昼間のように明るい。
 夜襲を迎え撃つとなれば夜の闇の中、不安と恐れは高まるものだが、ゼラの明かりが視界を広げ、心まで明るく照らしてくれているようだ。

 ウィラーイン伯爵を継ぐ前から、ハンターと共に魔獣深森に赴き、ワシはスピルードル王国の中では、最も多くの魔獣を屠った貴族との自負はある。ルミリアと共に遺跡迷宮を探索したことは、他の貴族に語る冒険譚としてウケがいい。
 だが、最近は息子のカダールの英雄譚というのがワシよりも派手になってきた。

 灰龍をやっつけて食べたというゼラを迎えてからは、これまでワシも知らなかったこの世界の裏側に踏み込むような、古代魔術文明の謎と不思議を知ることになり。
 我が家にハウルルと名付けたスコルピオと、アシェンドネイルというラミアが客として訪れる。更にはカダールはアバランの町でクインという未知の半人半獣、カーラヴィンカと出会い、共にミラースキンリザードという変異種の王種を討伐したという。
 その前にはゼラとカダールの二人が数万のアンデッド軍に踊り込み蹴散らした。息子の嫁、半端無いの。

 流石は我が息子と誇らしい気分になるが、あっさりとこの父を追い抜いたか、と、少し悔しい思いもある。ワシとルミリアの冒険譚が霞んでしまうわい。

 一時はカダールとエクアド、二人の噂を聞きカダールはそっちの男か、男が好きか、孫の顔は見れぬか、と不安になった。だが、ゼラという心根美しく、尋常ならざる嫁を迎えて安心した。
 ゼラはいまだに幼子のようではあるが、素直で人の事を学ぶのに熱心だ。初めはカダールにしか興味は無かったようだが、今はワシとルミリアのことも気遣うようになってくれた。
 ゼラに赤紫の澄んだ瞳で見つめられ、笑顔でチチウエと呼ばれると、胸にじわりと来るものがある。実に良い。娘とはこれほど心暖まるものなのか。
 ……今からでもカダールに妹ができるよう、ルミリアと頑張ってみるか。ルミリアがゼラに頼んで手に入れた、究極の回春薬が小瓶ひとつあるし。

 ただ、最近のカダールの行動というか持ちネタというのか、親子揃って豊乳好きとワシも巻き込まれてるのはなんであろうか? ワシもカダールも、好いた女がたまたま胸が立派であったということなのだが。
 うむ、ゼラの胸はウィラーイン領では一番だろう。ルミリアもゼラの胸に触わり、これは凄いと言っていたし。ワシもちょっと触ってはみたいが、これは流石に不味いだろう。
 温泉旅行とか良いかもしれん。露天家族風呂で一家団欒とすれば、カダールも煩く言わんかもしれん?

「ガアアアアッ!」
「やらせるかぁ!」
「ローグシーなめるな!」

 おっといかん。ウェアウルフとの戦闘が始まっておる。たいしたことの無い魔獣で気を抜いてしまったか。
 このウェアウルフは足が速くジャンプ力はある。だが、その持ち前の力を生かして動いてはおらん。回避が甘い。
 魔獣でも魔獣深森に生まれた物は、森の中の生存競争を勝ち抜いて生き残る。そこは森の獣と変わらん。成長すればそれだけの戦闘経験がある。
 このウェアウルフにはその経験が無い。あるのは何者かに命令された、街に侵入して人を殺せ、というものか。恐怖も無くやたらと突っ込んで来るだけだ。つまらん。

 一対一で相手をすれば、その速さでやりにくい相手か。人数で優れば三人一組で背後を取られぬようにし、並んで進めば街の住人でも狩れる相手だ。

「相手が速いならば、こちらは隊を組み列を崩さずゆっくり進め。ウェアウルフから目を離すなよ」
「「おぉ!」」

 ワシの声に勇ましく応える兵と街の住人。こちらはこれで良し。

「ワシはあいつを狩るとするか」

 単身、前に駆ける。戦況を変化させるような特殊な個体が居れば、それを倒すのがワシの役目よ。目の前には他のウェアウルフよりも一回り大きい奴がいる。
 太い手足に背も高い、胴は太く厚く、鼻面短く、耳も小さく丸い。ウェアベアか。
 そのウェアベアが顎を反らし息を吸う、胸が膨らむ。む、

「全員下がれ!」

 ワシの後に続く者を止め、ワシは更に加速。ウェアベアと間合いを詰める。熊の顔を下ろして大口を開くウェアベア。その口から炎が溢れ、目の前を焼き尽くさんと息を吐く。炎の吐息。

「まぁ、そうであるよな」

 ブレスに魔法と怪しき力を持つ魔獣がいる。だが、魔獣もこれぞ必殺技と繰り出すときには、それなりの前動作というものがある。それさえ見切れば他愛無い。火を吹くウェアベアを眼下に右の長剣を振り上げる。

「熊頭がブレスを?!」
「伯爵様がブレスを飛び越えた!」

 高く跳躍し石畳に拡がる炎の吐息を越え、ウェアベアの頭上へと。熊の頭が顔を上に向ける前に、真上からその鼻面に長剣を叩きつける。

「アァグブッ?!」

 火を吹く口を強引に上から叩いて閉じさせる。熊の顔が膨らみ、頬の肉が弾けて、ウェアベアは顔の両脇から出口を見失った火炎の奔流を吹き出す。ワシの後ろについて来る者にはブレスの被害は無し、と。
 そのままウェアベアの背後に着地し、左手の小剣を低い軌道で振る。この熊頭は毛皮が分厚く硬そうだ。ならばと両膝の裏の腱を断つと、両手で顔を抑えながらズンと音を立てて地に伏す。
 兵と街の住人が歓声を上げるが、炎を吐くだけの魔獣など、この程度のもの。やはりあのときのマンティコアは知能も高く、邪神官に操られ対人戦闘経験が多かったのか。あれは実に数年振りの苦戦であった。

「流石は無双伯爵様!」
「熊男も一撃で!」

 石畳に残るブレスの残り火の中を、ウェアベアは顔を抑えて転がり、その向こうでは皆が気勢を上げる。左の小剣を掲げて応え、

「皆の者、熊頭は火を吹くぞ。それと頭の上に気をつけよ!」

 皆が頭上を見上げれば、そこには真横に走る白い雷。

「らいっ!」

 ゼラが屋根の上を跳び跳ねて、その手から雷の魔法が闇夜に走る。撃たれたウェアウルフが屋根から落ちてくる。

「ははっ! 今宵のローグシーの天気は雷!」
「ウェアウルフも降ってくるぞ!」

 まったく、ゼラの方が派手だわい。カダールはちゃんとゼラの役に立っとるのか? いや、カダールがいるからこそ、ゼラもやる気なのだろう。ゼラは楽しげな声で、みー、と魔法の明かりを灯す。ゼラの手から生まれた明かりが、ふわりと揺れ下りて闇を払う。
 明かりの魔法で闇夜を照らす、街を守る蜘蛛の姫。なんとも破天荒な息子の嫁だ。

「さぁ蜘蛛の姫が星降らすこの夜に、活躍する猛者は誰ぞ? ワシより多く狼頭の首を落とした者には、金貨十枚!」

「伯爵様! そりゃちょっと無理だ!」
「伯爵様より強かったら、大工やってねえです!」
「いや、パーティ組めばいけるかも?」
「よし、弓兵と魔術使えるのは熊頭を狙え!」
「伯爵様、金貨十枚は安く無い?」

「すまんの、新領主館建設の為にワシの小遣いが少なくてな」

 皆がドッと笑う。笑って意気を上げ、街を守る為にウェアウルフへと向かって行く。住人の士気の上がる中、兵には負傷者の移送、臨時のパーティ編成、フクロウには孤立する隊が出ぬよう、伝令を命じる。
 ウェアウルフの吠え声が聞こえる。

「狼頭のくせに吠える声に気迫が足らんの。皆の者、ひとつ手本を見せて、いや、聞かせてやれ!」
「「オオオオオオオオ!!」」

 兵が、街の住人が、ウェアウルフに叩きつけるように声を張る。夜気を震わし、地面が震える。これぞ命を燃やし、覇気となる戦吠よ。ただの音量だけでは無く、はらわたを震わせてこその発気。
 気は発してこそ気勢が上がる。同胞の熱を上げ、敵の背筋は凍らせる。
 目前のウェアウルフが、声に押されて二歩下がる。
 もはやこれは夜襲の迎撃では無い。

「先手は取られたが、ここからは我らの、狩りの時だ。ローグシーを侮る者に、我らの力を見せてやれい!」

 雄叫び上げて進む勇士達。ハウルルを狙う輩はルミリアに任せて、街の方はワシが。
 どうやらイカれた古代妄想の研究者とやらは、戦というものが解っとらんようだ。
 夜明けまでにはケリをつけるか。


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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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