第十三話

文字数 4,417文字


 倒れたフェディエアを起こして椅子に座らせる。呼吸が荒い。果実水を一杯出すと勢いよく飲み干して、眉をしかめて両手で頭を抱えている。

「フェディエア? 大丈夫か?」
「あの、クソ魔術師がぁ……」

 両肘をテーブルについて両手の平で頭を挟むようにして、痛いのか苦しいのか、ブツブツと呟いて時おり呻く。さっきまでの大人しい淑女がいきなり変貌した。怖いくらいだ。

「ゼラ、いったい何をしたんだ? いきなりデコピンなんて」
「とれたよ」
「とれたって、何が?」
「その女、ついてたのが」

 ついてた? 何が? フェディエアは頭を押さえながらゼラを見る。

「はー、ありがとうございます。アルケニー、さん?」
「ゼラ。ゼラはゼラ」
「ゼラさん。ありがとうございます。助かりました」

 ゼラに礼を言うフェディエア、デコピンされてぶっ倒されて、ありがとうございます? 助かりました?

「カダール様、伯爵様、先程、私が口にしたことは忘れて下さい」
「どういうことなんだ?」
「さっき私が口走ったことは、全部デタラメです」
「はぁ?」

 ゼラを見上げれば、

「もう、とれてるよ?」
「ちょっと待ってくれ、どういうことなのか、解るように教えてくれ」
「私が説明します」

 フェディエアが暗い声で言う。フェディエアを見れば疲れた様子だが、その目はさっきと違い睨むようにギラリとしている。昔に見た鋭くこちらを探るような、あのときの目に似ている。

「結婚式の前ですか、私の父が少し様子がおかしかったのは。ですがそれもいつもの商策でも考えているのだとばかり。私が父と商会の者が灰龍の卵を荷に隠して運んだことを知ったのは、結婚式の後になります」

 フェディエアの話は聞いても信じられないものだった。

「灰龍がいなくなった、それを知ったときに父は逃げようとしました。私は伯爵様に全て話すべきだと父に言ったのですが、そのときには父は私の話が聞こえる状態ではありませんでした。私は父と商会の者に捕まり逃げられないようにされ、そこに魔術師達が来ました。取り押さえられて身動きできないようにされ、魔術師の中のひとり、青いドレスの女が呪文を詠唱して、私の額に触れると、私の身体は動かなくなりました。それ以来、私は操られて」

 ルブセィラ女史が眼鏡の位置を指で直す。

「その魔術の種類は解りますか?」
「いいえ、私は魔術師ではありませんし。ですが、これまで見聞きしたことは無いものです」
「これはもしや、人が人に使う“催眠(ヒュプノ)”? “魅了(チャーム)”ですか? まさかそんなものが」
「あいつらは“精神操作(マインドコントロール)”と、呼んでいました」
「“精神操作(マインドコントロール)”……、それにフェディエアさんが呪縛され、ゼラさんが、今、解呪したのですか?」
「そうなりますか。ゼラさんがデコピンして、私は、もとに戻りました。……痛かったですが」

 フェディエアの額は赤くなっている。パチーンといい音がしたので、かなり痛かったのだろう。話の続きをルブセィラ女史が促す。

「そうですか、続けて下さい」
「はい。父もその魔術師に操られていたのでしょう。私も身体の自由が利かなくなり、手も足も口も勝手に動くように。私の意識はあるのですが、私の身体に別人が入って動かしているような感じで。私がここに来たのは、私を操る者がカダール様を狙ってのことです」
「俺を狙って、フェディエアを操って送り込んできた、ということか」
「正しくはアルケニーという魔獣を使役するカダール様と、アルケニーのゼラ様を狙ってのこと。私に嘘の情報を話させて、カダール様を誘い込み捕まえよう、と。私には、なんとか逃げてきた女として、カダール様を信用させて、それから、身体でもなんでも使ってカダール様を誘い込め、と。二人っきりになりたいわ、とか言って胸でも揉ませてアルケニーと引き離せ、だとか。うぅ、私に安い客引き女か美人局(つつもたせ)の餌みたいなことをやらせようと、あのクソ野郎共、抉ってやる」
「落ち着け、落ち着いてくれ、フェディエア」
「女で釣ればあのバカそうな騎士は簡単だろう、とか言ってました」
「ほおう」
「あのムッツリ顔の騎士を“精神操作(マインドコントロール)”すれば、最強の魔獣、アルケニーが意のままになる、と」
「何処の誰かしらんが俺を侮辱したのは解った。フェディエア、落ち着いてくれ。頭が痛いのか?」
「はい、頭の奥がズンと重いというか」

 フェディエアはずっと頭を両手で押さえている。眉を寄せて辛そうな顔をしている。

「ゼラ、フェディエアの頭痛って治せるか?」
「ウン、簡単。なー」

 ゼラが指を白く光らせてフェディエアの赤くなった額を撫でる。

「あ……、カダール様、どうか、気をつけて……」

 フェディエアの頭がカクンと落ちる。テーブルにぶつけそうになるのを慌てて受け止める。
 ルブセィラ女史がフェディエアの肩を抱いて。

「これは、呪縛に抵抗した精神の疲労でしょうか。で、あれば眠れば回復も早くなります」
「それなら休ませるか」

 エクアドがフェディエアをそっと優しく持ち上げる。

「隣のテントに運ぼう。念のために監視をつけて」

 アルケニー監視部隊を呼び、エクアドと二人でフェディエアを運ぶ。“精神操作(マインドコントロール)”だと? 人を操る魔術だと? 黒幕は邪術使いか?
 隣のテントにフェディエアを寝かせる。フェディエアもバストルン商会も、ひどい奴等に目をつけられたようだ。

「エクアド、フェディエアがそいつらに送り込まれたなら、ここは監視されてるのだろうか?」
「そう考えた方が良さそうだ」

 特大テントに戻り情報整理、そして対策を考えるとしよう。アルケニー監視部隊にテントの周囲の警備を一段と厳重にしてもらう。

「“精神操作(マインドコントロール)”を使う魔術師、フェディエアは魔術師達と言っていたから、そいつらが黒幕か」
「早速、カダールを拐いに策を巡らせようとしてたんだろうが、その“精神操作(マインドコントロール)”をゼラにあっさり解かれたわけか」
「精神を操作しようなんて魔術は、魂の冒涜として死霊術以上の禁忌、なんじゃなかったのか? ルブセィラは知っているか?」
「まず、フェディエアさんにかけられていた“精神操作(マインドコントロール)”という魔術が、解りませんね。しかし、人の魔術で人の精神支配が成功したという話は聞いたことがありません。魔獣の魔法ならばいざ知らず」

 父上が口髭を指でつまんで考える。

「遺跡から古代魔術でも発掘したか? 人を操る手段を持つ魔術師の集団、と、なると。もしやメイモント軍も操られでもしたか?」
「父上、すぐにローグシーの街に戻った方が良いのでは?」
「ルミリアか? 今、ローグシーは手薄でそいつらの手が伸びていたなら、ルミリアの身が危ない、か」
「そうです。相手は俺を拐おうと企むような輩。母上を拐い人質にしようとも考えるかもしれません」

 父上は腕を組み直し暫し考え、深く息を吐き目を開く。

「いや、ワシはすぐには動かぬ」
「父上」
「ワシらを北方に目を引かせてその内に、と、なれば今から急いでローグシーに行っても間に合わぬ。それにワシが慌てて動けば、黒幕にフェディエアを使った企みがワシらにバレた、と解るだろう」
「では、父上はこの状況を利用すると?」
「ルミリアのことは心配だが、ここで黒幕の尻尾を捕らえ頭を抑えれば、解決もできる。ワシの部下、フクロウにはすぐにローグシーに行ってもらうが、これも怪しまれぬよう少数で動かすとして、早急に黒幕を捕らえる」
「フェディエアの“精神操作(マインドコントロール)”が解けて無いように見せかけて、我々は騙されてるフリをする、ですか?」
「奴等がこちらにその“精神操作(マインドコントロール)”が解けぬと考えたから、操るフェディエアを送り込んできたのだろう。ルブセィラよ、この偽装は可能だろうか?」

 ルブセィラ女史が眼鏡に指を置く。つい、と上げて。

「フェディエアさんより、その魔術について詳しく聞いてみないとなりませんね。その上でフェディエアさんに協力してもらう。フェディエアさんの“精神操作(マインドコントロール)”にかかったフリでどこまで誤魔化せるか。可能であれば、二重スパイができるかどうか、ですか。不確定要素が多く難しいですね」

 エクアドが俺を見て、ニヤリと笑う。

「ならば、カダール、一度捕まってしまうか?」
「そうだな。わざと騙されて捕まって黒幕の本拠地まで案内してもらうか。そこを追跡して押さえると」

 さっさと捕まえるにはこれが良さそうだ。龍の卵を得るには龍の巣に入らねば。相手がフェディエアを使って俺を拐おうというなら、逆に利用してやるか。
 父上が溜め息をついて。

「お前らな、これまで不死身の騎士だなんだと言われてても、それはゼラのおかげであろうが。なんとかなるだろうと、突っ込んで暴れるのがクセになっとるのか?」
「しかし、父上。相手の策を逆手に取る好機ではありませんか?」
「それが可能かどうかもこれから調べて、フェディエアと相談してからだ」
「そうですね、それと、ゼラ」
「ンー?」
「“精神操作(マインドコントロール)”で、操られてる人を見分けられるのか? フェディエアを見ただけで解ったのか?」
「ウン、よく見れば解る。黒いのついてる」
「それなら、ここにいる人でその黒いのがかかっているのはいるか?」
「ン、いない」
「アルケニー監視部隊と父上の部下で、かけられているのを見つけたら、こっそり教えてくれないか?」
「コッソリ? 解った」

 こちらの方はこれでなんとかなるのか。全てゼラに頼ってるのが、なんとも情けないが。ゼラに近付いて手を伸ばす。ゼラが頭を差し出してくる。その頭をぐしぐしと撫でる。

「また危ないところをゼラに助けられたのか。ゼラ、いつもありがとう」
「ゼラ、カダールを守る」

 相手がゼラを狙ってのことかもしれんが、そのゼラがあっさりと仕掛けを見抜いた。いつもいつもこうして助けられていた。ゼラにとっては当たり前のように。情けないような、ありがたいような。
 ゼラが愛しくてその肩を抱くと、ゼラは俺の胴に手を回して持ち上げる。その頭を胸に抱くと、ゼラは、むふん、と、鼻から抜けるような吐息をこぼす。
 エクアドがそんな俺たちを見ながら。

「何処の何者かは知らんが、黒幕は踏んだり蹴ったりだな。やることなすこと全部、ゼラが踏み潰していく」
「それなら今回ぐらいは、最後は俺達で片をつけるとしよう」

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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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