第十五話

文字数 5,083文字


 むぐう、顔が痛い。身体もあちこち痛い。目隠しをされた状態でガタガタと揺れる馬車の中、さて、俺は何処へ運ばれるのだろうか。候補はいくつか絞られているが。

 俺は現在、誘拐されている。またか、と言われそうだがこれには訳がある。

 世の中には、黒蜘蛛の騎士と呼ばれる俺が、何らかの手段で魔獣アルケニーを従えている、などと邪推する輩がいる。
 幼い頃に助けた蜘蛛が押し掛けて来た、というよりはそっちの方が現実的に見えるのだろうか? そして俺からその手法を聞き出して魔獣を操ろうとか、それが叶わなければ俺を傀儡としてゼラを使おうとか。なかなか馬鹿げた話だが。
 それで俺の誘拐計画などを練っているのは、幾つかあると解っている。これはエルアーリュ王子の隠密隊にウィラーイン領諜報部隊フクロウの調べで解った。

 ただ、誘拐というものは実行してからが誘拐犯として捕らえることができるわけで、計画はしても何も行動していないものまで、誘拐犯として捕まえることは難しい。法を守り秩序を守るためには厄介だ。これも人の世の煩わしさか。
 しかし、本当に俺を誘拐するとは。ウィラーイン家を敵に回すことを怖れないのは、よほど無謀な者か、バカか、自殺志願者ではないのか?

 今回は本格的に誘拐を実行しようとしている者の情報が、とある筋から得られた。
 エルアーリュ王子いわく、

「誘拐を実行するのは下っ端だ。できればその上の輩を釣り上げたいところだ」

 ということでまたもや囮誘拐を計画することに。これにゼラが猛反対した。

「ヤだー!」
「ゼラ、その、ゼラが嫌だと言うのは解るんだが、」
「ヤだヤだ! もうカダールがゼラの知らないところでケガしたり、危険な目にあうのヤー!」

 ぐずるゼラが俺を持ち上げて抱きしめる。こういうときまるで玩具の人形にでもなったような気がする。俺をしっかと抱きしめてむくれるゼラの背中を撫でる。俺の身を案じて涙ぐむゼラ。心配させて悪いとは思うが、涙目でしがみついてくるゼラが、可愛い。
 エルアーリュ王子がゼラに話しかける。

「アルケニーのゼラには申し訳無い。これも王国の愚物を御すことのできない私の力の無さが招いたことだ。だが、これで誘拐計画など起こした者を捕らえることができれば、今後はアルケニーのゼラを手に入れる為に、黒蜘蛛の騎士に手を出そうとする者はいなくなるだろう」

 ゼラはむー、と膨れっ面で俺を持ち上げたままエルアーリュ王子を見下ろす。

「ムー、エル王子が一番、ゼラとカダールをいいように使おうとしてない?」
「蜘蛛の姫と黒蜘蛛の騎士がスピルードル王国に在る、ということを利用しようとしていることは素直に認めよう。だが、私はアルケニーのゼラとカダールがこの王国で平穏に暮らしてくれればそれでいいのだ。二人がスピルードル王国に居てくれるだけで充分、アルケニーのゼラを手駒として使うつもりは毛頭無い」
「ほんとにー?」
「扱いきれぬ力に溺れるのは王国の為にならない。私はアルケニーのゼラには心穏やかに過ごして欲しいのだ。その為には財も力も惜しまぬ。この囮計画は今後の二人の暮らしのことを考えたものだが、アルケニーのゼラがこの計画に反対なら諦めるとも。その場合はすぐに根は絶てぬだろうが、動いた下っ端を捕らえるとしようか」

 俺はゼラの黒髪を撫でて説得する。

「相手が悪事を働かないと捕まえることはできない。何も悪いことをしてない者を処罰はできない。それに身の程知らずに身の程を思い知らせるためには、一度やらかさないと駄目らしい」
「ムー、先にどうにかできないの?」
「バカなことをするな、という話に耳を傾ける相手ならどうにかなるかもしれないが。ゼラを手に入れることに目が眩むと、聞く耳が無くなるのか」
「そんなのゼラがやっつける」
「相手が何かする前では、やっつけたゼラの方が悪者になってしまうんだ。エルアーリュ王子はそれも心配している」

 エルアーリュ王子が腕を組み溜め息を吐く。

「野心だけがあり才覚の無い者には、アルケニーのゼラの力を手にいれれば王にもなれる、とか考えるらしい。黒蜘蛛の騎士のこともやっかんで、実力も無いのにアルケニーのゼラの力で手柄を立てた、蜘蛛の威を借る男だと言っている者がいる。そういう輩はアルケニーさえ居れば、とか夢想するようだ」
「ムー、カダールが皆の為にしたこと、悪く言うの?」
「黒蜘蛛の騎士カダールのように、アルケニーのゼラを従え国を守り、ちやほやされて武名を上げたいとか、アルケニーのゼラに守ってもらって魔獣に脅えぬ暮らしをしたいとか、そういう甘えたことをぬかす輩には、呆れるが」
「ローグシーには、そんな人いないよ?」
「そこは王国がウィラーイン領を見習わねばならないところか」

 いや、ウィラーイン領でも皆無では無いだろう。俺達がおかしな輩をゼラに近づけさせないようにしているからで。
 俺自身、自分の実力では無いところで手柄となってしまった。ゼラが居なければアンデッドの軍勢などどうにもならない。支援活動でも俺がゼラを支配して使ってるように見えてしまったのか。
 ゼラが居れば人の世界の王にもなれる。アシェンドネイルが言ったこともその通りで、ゼラを敵に回して勝てる人の国など無い。ゼラを思いのままに使えれば、できないことは無い。
 だが、そんなことを考える奴にゼラを好きにされてたまるか。

「ゼラ、このスピルードル王国を守ることは、これからの俺とゼラの暮らしを守ることに繋がるんだ」
「ウー、カダールー、」
「それにゼラが俺を守りたい、というのと同じくらい、俺はゼラを守りたいと思う」

 ゼラの眉が下がる。困った顔で悩んでいる。

「相手が手を出すなら好都合だ。二度とおかしな事を考えないくらいに思い知らせてやろう。ウィラーイン家を敵にすればどうなるか、知らしめるにはいい機会だ」
「ンー、そのためにカダールが危ない目にあうとかー」
「俺は騎士だから、姫と民の為に身を張るのは当たり前だ」
「カダール、それでいっつもケガしてる。誰かを守る為に、死にそうになったりしてる」
「そんなときにいつも助けてくれるゼラがいたから、今もこうしていられる。ゼラに心配させて悪いが、」

 俺自身、助けられてばかりでゼラに甘えてしまっているのだろう。便利な力に頼れば、人は弱く愚かになる。そのことは俺が戒めねばならないことだ。この先、ゼラを巡り王国に混乱が起きるようなら、俺はゼラを連れて身を隠すことも考えている。エクアドをウィラーイン家の養子としたのは、万一、俺がいなくなった後のウィラーイン家を頼む為でもある。
 ゼラを守りたい、ゼラとの暮らしを、ゼラが笑顔でいられるところを守りたい。そのために俺一人では力が足りない。だから、俺に任せろ、とも、大丈夫だ、とも、言うのは何か違う。情けないことだが。

「ゼラ、また俺が危なくなったら、助けてくれないか?」
「カダールは騎士だけど、どうして、いっつもいっつもー」
「ゼラが見てるのだから、俺はかっこいい騎士で在らねばならない。王国でゼラに悪さをしようという輩に、負けるわけにはいかない。ゼラに素敵と言われるように、俺に格好をつけさせてくれないか?」
「ウー、カダールの優しいところが好きだけど、大好きだけどー」

 ぷー、と唇を突き出して頬を膨らませるゼラ。その頬を両手で挟んで強張る顔をむにむにする。うむ、柔らかい。
 エクアドが俺に背を向けてエルアーリュ王子に話す。

「ゼラの説得の為にいちゃつく二人は放って置いて、ゼラも納得するような囮誘拐計画を考えましょう」
「そうか、今回は私もハガクの隠密隊も参加する。この一件でアルケニーのゼラに手を出そうとする者が、諦めるようにせねば」
 
 これから先も俺とゼラが一緒にいる為に、人の世のゴタゴタにゼラを巻き込まないようにする為に。

「ゼラ、ちょっとだけ我慢して付き合ってくれないか?」
「カダールに頼まれたら、イヤだけど、イヤって言えないのにー」
「すまん、だが、終わったら不安になることも無くなる」
「ムー、ゼラもカダールの赤ちゃん欲しい、いっぱいムニャムニャしたいのに」
「いや、その、それは俺もゼラの望みは叶えたいんだが、今の状況をちょっとどうにかしないと。それにこの先、その赤ちゃんを拐おうとする奴が出てくるかもしれないぞ」

 卵を取り返そうとした灰龍が現れたことで、かなりの被害となった。もし、俺とゼラの間に子供ができたとして、その子が誘拐されるような事態となれば、ゼラの怒りはどれ程のものになる? 灰龍を凌駕するゼラの怒り。またゼラが棄人化する恐れもある。
 エルアーリュ王子が口を挟む。

「ゼラとカダールの間にできた子を誘拐? それは下手をすればスピルードル王国が灰となりそうだ。いや、カダールの身になにかあっても同じだろうか」
「エルアーリュ王子、今回は相手に目星がついている上で、カダールへの危害は少ないと言いましたが?」
「エクアド隊長、利用価値を測ればカダールを死なせるようなことはすまい。危ういときはハガクの隠密隊に突入させる」

 話し合い、ゼラを宥めて、ハガクの隠密隊とゼラが共に行動する、ということでゼラにはなんとか納得してもらった。
 作戦前には心配するゼラが、いつも以上に俺から離れないようにくっついてきたりと、うむ、これはこれで。甘えるように胸に額をこすりつけてきたり、俺の血を舐めてポワンとなったり。そのままじっくりとムニャムニャ……げふん。

「余裕だなあ、黒蜘蛛の騎士。誘拐されてるってのにへらへら笑いやがって」

 む、いかん。緊迫しなければならんのに、つい思い出しニマニマしてしまったか? 声をかけたのは同じ馬車の中の男。俺を見張る誘拐犯だろう。
 今の俺は目隠しをされ、手は背中で縛られ足も縛られている。
 誘拐される際、ガタイの良い男十二人に囲まれ押さえられた。俺一人でも本気を出せば囲みを抜けて逃げることはできたのだが、疑われないようにする為にそこそこ抵抗した。その為に殴られ蹴られしたところがあちこちちょっと痛い。相手の方は何人か脱臼させたぐらいだ。
 俺の方が相手に気を使い、手加減しつつ抵抗したふりをして、ちゃんと捕まるのは手間だった。
 結果、無事にこうして誘拐された訳だが。む、無事に誘拐された、というのはおかしな言い方か?
 ほどよく抵抗したことで警戒され、今は身動きとれないようにと、こうして拘束されている。

「噂の剣のカダール様とやらも、剣が無ければこの程度かよ」

 馬車の中の男が話しかけてくるが、目隠しで見えない。この馬車の中には二人の男が俺の見張りについているようだ。その片方がお喋りな奴らしい。

「いったい何がおかしくてへらへら笑ってたんだよ?」

 うむ、囮作戦直前にキスをねだるゼラが可愛くて、思い出すとつい、などと口にできるか。恥ずかしい。

「ふん、やっぱり魔獣アルケニーの力頼りで、噂は派手でも貴族のぼっちゃんなんてこんなもんか?」

 馬車の中にいるもう一人の男は無口で、俺も今のところ話をする気は無い。腕っぷしはそこそこある男達、ハンター崩れかもと兵士か? 私兵というところか? 雇い主の情報を聞き出そうにも、こいつらはあまり知っていることも無さそうだ。

「どんな窮地からでも生還する不死身の騎士だってな? じゃ、今回はどう生還するんだ?」

 このお喋りな男はウィラーイン領出身では無いだろう。ウィラーイン領近辺のハンターギルド所属のハンターでも無さそうだ。おそらくは王都付近の者だろう。

「なんか言ったらどうだい? 騎士様よー」
「では、目隠しを外してくれないか?」
「そりゃダメだ。せっかく捕まえたんだから逃がさねーよ」
「運ばれているだけで暇なのは解るが、話をしたければ同僚とすればいいのではないか?」
「こいつ、アルケニーが追ってくるかとビビってんだよ」
「ビビってる訳じゃ無い。お前は少し静かにしろ」

 黙っていた男がボソボソと言う。
 馬車はかなりの速度で移動している。途中で馬を代えて急いでいる。休憩の時間を惜しんでいるのだろうが、ハガクの隠密隊とゼラの追跡からは逃れられないだろう。
 俺の身を心配するあまり、ゼラが突撃して無茶をしないかが心配だ。

 
 
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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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