第十五話◇アルケニー監視部隊の女ハンター、後編

文字数 6,777文字

 賭けには勝って意外にいい稼ぎに。儲かっちまった。うちの副隊長はでっかいオッパイ大好きのロリコンだ、というのがよーく解った。あんな美少女に迫られたら仕方無いのか? 副隊長が伯爵家のお坊ちゃんなのに女慣れしてなくて、これまで童貞だったというのは聞いて驚いた。
 むふん、と幸せそうなゼラちゃん、カダール副隊長はどうかと見てみると顔を赤くして鉄帽子を深く被って顔を隠そうとする。変態のくせにこっちも一途なのか、なんだこのカップル。

「きゃっはー!」

 同僚の女騎士がゼラちゃんの蜘蛛の背に乗ってはしゃいでる。これがここのところアルケニー監視部隊で流行ってる。いいのか副隊長? あんたの恋人の背中にいろんな奴が乗っても。ゼラちゃんはあんまり気にしてなさそうだけど。
 一周して女騎士を下ろしたゼラちゃんがあたしに手を伸ばす。

「ン、次ー」
「次って、いいのかよ?」
「乗りたくないの?」

 ちょっと乗ってみたい。なので誘われるまま蜘蛛の背に乗ってブレストプレートの背中の取っ手を掴む。馬とは違う乗り心地。

「いくよー」
「うわわわわ、」

 風のように走り屋根よりも高くジャンプする。アルケニーの蜘蛛の脚。こんな力があれば何処までも行けてなんでもできるのか。人の苦悩も関係無く、なんでも押し通せそうなゼラちゃんの力。馬より速く駆けるアルケニー。人と魔獣の壁さえ押し退けて、願うは愛する人の胸の中。現在進行形の恋物語。まるで奇妙なお伽噺のような蜘蛛のお姫様。
 そのゼラちゃんが首だけ振り向いて聞いてくる。

「スッキリした?」
「あたしが? なんで?」
「ンー、なんか、モヤモヤしてた?」

 変なところで鋭いのか? それとも子供が周りの大人の機嫌を窺うのに敏感なのと同じか?
 確かにちょっとモヤモヤしてたけどさ。それでも、何もかもを置き去りにするかのように、風になったかのように走るゼラちゃんの背中に乗るというのは、何処までも駆けて行けそうなこの蜘蛛の背中は、

「……あぁ、なんか、スッキリした」
「ウン、ケーキのお礼」
「解ったよ、また作ってやるから」
「楽しみー」

 特別な魔獣がいつの間にか特別な女の子になっていく。王子のキスで呪いが解ける、呪われたお姫様の物語を思い出す。あたしもいよいよ染まっちまったか?

 フェディエアさんが心配になって二人で酒場に行く。隊長と副隊長とゼラちゃんは先にローグシーの街に行ってる。フェディエアさんには早めに話しとこうかと、ジツランの町の酒場へと。人に聞かれたく無いので奥のテーブル席に。
 ジツランの町名物のハチミツ酒を試してみる。

「アルケニー監視部隊って仲がいいのね」
「いや、ウィラーイン領の奴らがお人好しというかお節介というか」
「あなたは違うの?」
「あたしは中央の出でね」

 あたしにもここのお人好しが移っちまったかね。フェディエアさんにあたしから言いたいことを言っておく。
 万一、腹に子供が出来てるようだったら早めに隊長なり副隊長なり伯爵様に言って、医療師を用意してもらうといい。恥ずかしがって隠して、それで腹が大きくなると堕ろすこともできなくなる。産みたくなけりゃ腹の子が育つ前に手を打たないとならねぇ。
 堕胎の後は身体が弱るから病気しないように気をつけないと。そんなことを話しておく。

「いろいろ詳しいのね」
「あたしは中央で娼婦やってたから」
「そうなの? てっきり逞しい女ハンターだと」
「男の玩具になってるのが嫌で、中央から逃げて来たのさ」
「聞いてもいい? 何故、娼婦に?」
「中央じゃ金に困った親が子を売るのは、珍しいことでも無いのさ」

 そうして親に売られてガキの頃から男に媚びて生きてきた。思い出したくも無いろくでもない過去。
 中央は魔獣被害が少ない代わりに人が増えてて、餓死も多い。金の為に売れるもんならなんでも売る。盾の国じゃ魔獣に殺される害なんてのもあるが、代わりに作物はよく取れるし、森の浅いとこじゃ果物もキノコもよく取れる。こっちじゃ餓死が珍しい。
 どっちもどっちだが、あたしには盾の国の方が性に合う。フェディエアさんは酒のお代わりを頼み向き直る。

「心配してくれてありがとう」
「いや、こういう話ができんのは少ないんじゃないかとね。余計なお世話だった?」
「踏ん切りがついたわ。月のものもまだ来ないし。あんな男にいいようにされて負けたままってのは癪だし」

 暗くならないように少し違う話をしようか?

「前から聞いてみたかったけれど、うちのカダール副隊長って初心(うぶ)過ぎないか?」
「王都の騎士訓練校って男女別で、マジメな人ほどそうなるみたいよ。男の騎士は女を大事にして代わりに女慣れしてない。女の騎士は男慣れしてなくて、それで『剣雷と槍風と』みたいのが流行するみたいね」
「はぁん、そういうもんかね」
「中央は冷たい人が多いって聞くけど?」
「こっちは馴れ馴れしいというか、踏み込んで来る奴が多いのな。そのおかげで助かったけれど」

 中央から逃げて来てヤケクソのようにハンターになったら、ローグシーの街のハンターがやたらといろいろ教えてくれた。下心のある奴もいたが、おかげでハンターとしてやってけるようになれた。

「なんでローグシーのハンターはお節介が多いのかね?」
「スピルードル王国は魔獣被害が多いからかしら? 人は宝って、魔獣に襲われて身寄りを無くした子の為の孤児院に王国が力を入れてるから」
「あの噂のイケメン王子、カッコいいことしてんな」
「その孤児院もハンター養成所みたいなとこで、ウィラーイン領兵団にもそういう孤児院出身がいるの。だからハンターギルトは横の繋がりが太くて厚いなんて評判ね」

 魔獣という脅威があって、年中戦争中みたいな盾の国。そこで産まれる人ならではの逞しさ、おかしな義理固さ。命の危機が近くて、その代わりに今日を生きてる実感があって。その日を楽しんで生きてるような盾の国。

「中央の方が住みやすいんじゃないの?」
「下水道とかは中央の方が整ってるけれど」

 思い返しても中央の奴等は、毎日がつまらなそうな顔してるのが多かった。

「ウィラーイン領の方が、皆、元気だ」

 邪教徒の陰謀、伝承の魔獣ラミア、そして闇の母神だぁ? これじゃまるであたしまで冒険活劇の中のひとりみたいじゃないか。なにがどうしてこうなったのやら。
 ローグシーの街に戻って、これで少しは休めるか、そんな時にあたしは呼び出された。
 ウィラーイン家の屋敷の中、エクアド隊長、カダール副隊長、ウィラーイン家の諜報部隊フクロウのクチバとかいう女。それにイケメン王子の隠密っていうハガクって女。
 四人を前に椅子に座る。正面のエクアド隊長がマジメな顔で口を開く。

「中央出身ということで、改めて身元を調べさせてもらった」

 あちゃあ、こりゃバレちまったかね?

「中央で娼婦の元締めを刺して、金を奪って逃げて来たということだが」
「あぁ、その通りさ」

 昔の悪行が知られちまった。給料も良くて居心地のいい部隊だったけど、これまでかな。

「良く中央のあたしのことなんて調べられたね。王子様の配下ってのは凄いね」
「事実だと認めるのか?」
「事実だし、それで中央から逃げて来たんだし」
「理由を聞いてもいいか?」
「理由ねぇ。殴られて客を取らされる娼婦生活に嫌気が刺したから、元締めも刺して逃げたのさ」

 中央で男に尻を振るのが嫌になった。それで死んでも構わない、媚びずに生きたいってこの辺境まで逃げて来て、ヤケクソのようにハンターになった。これでやってけるとは、あの頃は思ってもいなかったが。

「前科持ちはお払い箱かい?」
「いや、そのつもりは無い」

 エクアド隊長、カダール副隊長が立ち上がりあたしに頭を下げる。は?

「過去を詮索して嫌なことを蒸し返したことを謝罪する。すまなかった」
「いや、ちょっと、なんでそうなる?」
「中央で前科はあっても、このスピルードル王国では何も悪さをしていない。ゼラとも上手くやれるようだし、部隊でもきっちりやってくれている。これからもよろしく頼む」

 は? あ? なんだこのカダール副隊長は? エクアド隊長が改まって。

「勝手に探ったことを言っておこうかと。今後、ここにはゼラを探りに来るのが増えるだろう。こちらは信頼できる仲間が欲しい。……俺には詳しいことは解らんが、年端もいかない子供を金で買い、暴力で娼婦にさせる輩は刺されても文句は言えんだろう」
「つまり、その、なんだ? あたしを匿ってくれるってのかい?」
「匿う必要も無い。ここは中央じゃ無いから罪人じゃ無い。古くは盾の国とは中央から追放された罪人も多いから、少し増えたところで今更だ。こっちで悪さしなければ、何も問題無い」

 ……なんなんだ、このお人好しどもは? そんなんでいいのか? あたしは、あたしは人をひとり刺して殺して逃げて来た、悪党なんだぞ?

「これからも上手くやって欲しい。この話はここだけで部隊の他の奴等には話はしない」
「いや、まぁ、別に、いいけどよ……」
「身元がバレる危険を犯しても、フェディエアを気遣ってくれたことに敬意を表する。できたらこれからもフェディエアの相談相手になってくれ。男の俺達では上手くやれんところだから」
「そんなことでよけりゃ、いくらでもするけどさ。そこまでしてあたしを雇うなんて、人が足りねぇの?」

 横で見てたフクロウのクチバが口を挟む。

「ローグシーのハンターから頼りになる女と推薦されてますよ」
「誰が?」
「あなたが。仲間を守る為に身を張るハンターだと」

 それはローグシーでハンターになって、死んでも構わねぇって無茶もしたけど。あたしにハンターのいろはを教えてくれたおっちゃんを見殺しにしたく無かったし……。あたしを推薦したって、あのおっちゃんか?

「これからも頼む」

 エクアド隊長とカダール副隊長と握手なんてしちまった。本当になんなんだ、この街は、この部隊は。訳が解らねえ。あたしは、人殺しの強盗なんだぞ? なんでそんなあっさりと信用する?

 なんか仲良くなったフェディエアと酒を飲む。

「ゼラちゃんとカダール様って、どうやってやってるのかしらね?」
「ほんとにどうやってやってんだろな?」
「ゼラちゃん、幸せそうね」
「惚れた男に抱かれるのは、すげぇ気持ちいいらしい。気に食わねぇ男に抱かれるのはすげぇ気持ち悪いけどな」
「誰が言ってたの?」
「あたしの先輩娼婦」
「惚れた男に抱かれたことが無いから、解らないわね」
「あたしもだ。ぜんぜん解んねぇ」
「いつか解るのかしら?」
「それも解んねぇや」
「エクアド隊長なんて、どう?」
「騎士で男爵家の三男だってな。いい男なんじゃねえの?」
「男って、なんなのかしらね?」
「向こうも女ってなんなんだ? とか言ってるんじゃねぇの?」
「ゼラちゃん、幸せそうね」
「フェディエアよー、飲み過ぎだ。ループしてんぞ」
 
 ウィラーイン家の屋敷の裏で、カダール副隊長に見つからないように、ゼラちゃんとコッソリ話をする。

「どうだった?」
「ウン、カダール喜んでくれた。驚いてたけど」
「上手くいったんならいいさ」
「おっぱいで挟んでね、包むようにして、むにゅむにゅって」
「ゼラちゃんのその胸なら、顔でもアレでも挟めるし、それで喜ばない男もいないだろ」
「シグルビーはいろいろ知ってるね」

 いつの間にかゼラちゃんはあたしの名前を憶えてた。本名じゃ無くて呼び名のほうだ。右目だけが赤い、片目紅玉(シングルルビー)。略してシグルビー。これであたしは売られるときにはいい値がついたらしい。

「シグルビー、他にも教えて」
「いいけど、あたしが教えたって内緒な?」
「ンー、ゼラは内緒が苦手。聞かれたら答えちゃうかも」
「まぁ、そんときはそんときだ」
「それでね、シグルビー」
「なんだ? カダール副隊長とは上手くやれてるんだろ?」
「ウン、でもね、最初に入れるときだけ、ちょっと痛いの」

 あー、男ってのはすぐに突っ込みたがるからな。受け入れる用意ができるようにじっくりとしてやれよ。その辺りあのムッツリ副隊長に教えてやれる奴はいないのか?

「なにか、いいやり方があるの?」
「そうだな。先に口でするといい」
「口で? どうするの?」
「口でくわえて、ペロペロ舐めるんだ。よだれまみれにすると、少しはマシになるだろ」
「そっか! ウン、やってみる!」
「口でするときは歯を立てないように気をつけるんだ。先端とか袋は特に優しくして」
「ウン、ウン」
「根元は軽ーく噛んだりしてもいい。噛むというより、歯の先でくすぐるようにはむはむと」
「歯の先ではむはむ、噛んじゃダメ」
「そうそう。とにかくそうっと優しく、だ」
「解った! ありがとうシグルビー、また教えてね」
「あぁ、でもコッソリとな」

 こんなこと知ってても、それが役に立つのはあたしが気に食わねぇとき。そんなことを仕込まれて、忘れたいのに忘れられねぇ。思い出したくも無いのに、この身に染みこんじまってる。
 そんな知識をゼラちゃんに教えて、それでありがとうなんて言われる。ゼラちゃんの役に立ってる。
 人生ってのは、何がどうなるか解らんね。
 またゼラちゃんの背に乗せてくれよ、と、言うとゼラちゃんはひとつ頷いてあたしを抱きしめて、

「シグルビー、好きっ、ちゅー」

 ほっぺにちゅーされた。可愛いもんだ。
 ゼラちゃんが庭に戻っていく。今日もルミリア様のお勉強会か?
 ゼラちゃんの後ろ姿を見送って、気配を感じて振り向く。イケメン王子の隠密ハガクがいつの間にか背後にいた。

「脅かすなよ先生」
「なかなか鋭い」

 最近はアルケニー監視部隊もこのハガクに、尾行の仕方とか尾行の見つけ方なんてもんを教わってる。男みたいな口調のカッコいい女。

「あたしに用かい?」
「前回の調査の続きで解ったところを伝えておく。お前が刺したという娼婦の元締めの男だが」
「あたしが殺した男がなんだってんだ?」
「その男、死んではいない」

 は? 何、言ってんだ? あの男の腹にナイフを根元まで刺したんだぞ。生きてるはずが無い。血だってボタボタ出て、

「刺された後に治癒が間に合ったのだろう。お前が刺した男は生きている」
「……殺しそこなったのか?」
「そうなる。だからお前は強盗殺人では無く、ただの強盗ということになる」
「金の入った財布持って逃げたからねぇ」
「そういうことで、お前はまだ人殺しじゃ無い」

 そうか、死んで無いのかあの野郎は。そして私は人殺しじゃ無いと。まだ、殺してはいないと。ふん。

「あたしがそんなことを気にしてるとでも? あんたもお節介か?」
「最初のひとりを殺すか殺さないか、というのは気にしない者はいない」
「そいつはわざわざどうも。あんたも頭の中はお伽噺かい?」
「天国も地獄も人の心の中にあるという」
「聞いたこと無いね」
「東方哲学だ。教会の教えとは違う」
「で? あんたは天国の人?」
「違うだろう。だが、見てる分には心が地獄の者よりは、心が天国の者の方がおもしろい。お前はどうだ?」

 どうだ? と、聞かれてもね。よく解んないね。まったくこの盾の国の奴らときたら。

「目にするのが楽園であればと願う。お前もゼラが幸せになればと、いろいろと教えていたろう」
「いつから見てた? 悪趣味だろ先生」
「怪しい知識はもっとこっそりと伝えることだ」

 言うだけ言って消えやがった。
 そうか、あいつは、あの男は、死んでなかったのか。
 てっきり死んだものだと思ってたのに。
 今更、人殺しじゃ無かった、なんて言われてもね。なんだか重荷を下ろしたように気が抜けた。

「なんでたまの休みにこうなるのか」
「一人で暇そうだったし」

 ローグシーの街を同僚の女騎士と連れ立って歩く。こいつに引っ張られて街の演芸場へと。ミュージカル『蜘蛛の姫の恩返し』が再演してる。
 ちょっと前にはミュージカル主演の女優が屋敷に乗り込もうとしてた。アルケニーをどう演じていいか解らない、モデルに会わせて、と。
 あの女優がどんな風にゼラちゃんを、蜘蛛の姫を演じてるのか、見てやるとしよう。
 
 胸の中の雲が全て晴れたわけじゃ無い。
 それでも以前よりは少し気が楽になった。
 この妙な気分はなんと言うのか。
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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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