第四十二話
文字数 4,833文字
聖剣士クシュトフは、左手に丸みを帯びた大きなカイトシールド。右手に長剣。
全身を白い鎧で覆い、顔も兜の面防で隠れている。二の腕、太股も白く染めたチェインメイルの重装甲。盾を前面に出し、その盾の上から顔を出してこちらを見る。
右手の剣は盾と聖剣士クシュトフの身体で、こちらからは見えない構えに隠す。
分かりやすい防御主体の姿。
対して俺は手甲に脚甲、胸当てと、動くことを重視したもの。聖剣士クシュトフに比べて軽装備。
右手に長剣、左手に小剣を握る二刀流のウィラーイン剣術。
重と軽、白と黒、盾剣と双剣と全く対称的。立ち会い人含め見てる方には分かりやすい。
軽く腰を沈め睨み会う。聖剣士クシュトフはこちらを測るように待ち構える。
先ずはこちらから攻める。右手の長剣を突く、盾に防がれる。続けて左の小剣、これも素早く戻った盾に止められる。間髪入れず聖剣士クシュトフの長剣の突きが来る、鋭い一撃を右の長剣の根本で逸らす。
一度離れて、再び攻める。右の長剣を振り下ろす、余裕で盾で止められる。だが防ぐ為に盾を上げれば、己の視界を盾で塞ぐことになる。
大きな盾は守りに優れるが、頭を守れば自分の視界の邪魔になる。それが盾の欠点。
盾を持つ手の側から聖剣士クシュトフの背後に回る。
「く、」
思わず声が漏れる。聖剣士クシュトフは逆に回り、右手の長剣を裏拳のように腰の高さの軌道で振る。咄嗟に後ろに引くが、左の太股を浅く斬られる。
その後も攻めては引きと、一度の攻めで二連、三連と剣を振るが、聖剣士クシュトフの守りは堅い。防がれては反撃を捌く。
「ぐ、」
聖剣士クシュトフの長剣が左の頬を掠める。突きを左の小剣で弾くときに、わずかに遅れた。聖剣士クシュトフは静かに守りを堅めつつ、隙を見ての反撃が鋭い。神前決闘無敗というのも納得する。
この守りを崩すのは容易では無い。
左手の甲で頬を拭えば手甲に赤い血。皮一枚分、かわし切れない。手強い男だ。
「剣のカダール、と呼ばれているようだが」
決闘の中、初めて聖剣士クシュトフが声を出す。
「その腕では私に勝てぬ」
これまで守りの姿勢でいた聖剣士クシュトフが攻めてくる。振り下ろす長剣を右の長剣で横に払い、左の小剣で反撃に出る前に、目前に盾が迫る。
「う、おっ!」
左の肩で盾を受け止めるようにして、振り回す盾の衝撃に乗る方向へと跳び、衝撃を逃がす。左肩の骨が軋む。地に足を着き勢いを殺す、二歩下がる。
「それがウィラーイン剣術か? スピルードル王国でも一の剣士、無双伯爵が使う技と聞くが」
「俺と父上のことを良く知っているようではないか。聖剣士団団長に覚えられるとは、光栄だ」
「聖剣士団が向かう地のことは調べてある」
聖剣士クシュトフの声に感じるのは、落胆か? ウィラーイン剣術を侮られる訳にはいかない。俺はまだウィラーイン剣術を出してはいない。
「ならば聖剣士クシュトフ、悪いが、お上品な剣術の試合に付き合うのは、やめさせてもらう」
「何?」
右手の長剣、左手の小剣、翼を開くように横に伸ばす。ウィラーイン家の紋章、赤字に黒の飛び立つ鷹のように、威嚇するように大きく構える。
ウィラーイン剣術は盾の国の武術。魔獣と戦う為に培われた剣術。人を相手にするのは、実は少し苦手だ。
「構えを変えたところで何がある?」
「俺の技量は父上には届かぬが、俺で良ければウィラーイン剣術を見せよう」
魔獣を相手に戦うに際し、重要なことがある。魔獣も野の獣も相手に怯える二つの要素。
ひとつは、身体を大きく見せること。自分より大きい相手には向かって来ることは少ない。もうひとつは、
「るぅオオオオオオオオ!!」
腹に力を入れ、空気を震わす戦吼。聖剣士クシュトフに声を叩きつけるように吠える。
魔獣を怯ませるもうひとつは、大声で吠えること。蛮声吠えながら聖剣士クシュトフに迫る。
右の長剣を振り下ろす、盾に防がれる、この盾が邪魔だ。下から足で蹴り上げる。聖剣士クシュトフが怯み、空いたところで左の小剣を喉に向け突く。聖剣士クシュトフの長剣に弾かれるが構わず接近。長剣の間合い内側、盾の内側に身体を捩じ込むようにして、右の肘を斜め下から聖剣士クシュトフの顔面へと。
初めて一撃が、聖剣士クシュトフの兜の面防に決まる。
「ぐ、お? 野蛮な!」
「これが蛮人の武術だ!」
盾で身を守ろうとする聖剣士クシュトフを、盾の上から蹴り飛ばす。
「オオオオアアアア!!」
再び吠え聖剣士クシュトフに斬りかかる。逆手に持ち直した左の小剣。聖剣士クシュトフが構えた盾の上から差し込むようにして、盾を押し下げる。
見えた聖剣士クシュトフの兜を、右の長剣の柄で横から殴りつける。
「ぐがっ!」
首を振ったところをヘッドバンドでの頭突きで追撃。注意が上に向いたところで左足の下段蹴りを、聖剣士クシュトフの膝に。鎧で身を守ろうとも、衝撃を関節の横から加える。
右の長剣と見せかけて左の小剣で攻め、左の小剣を防がせて右の長剣で突く。剣に意識が向けば、蹴りに肘打ち頭突きを入れる。
「ぬ、ぐぅ」
「ラァアアアア!!」
雄叫び打ち込む。単純な魔獣ほど、フェイントに引っ掛かりやすい。そこから双剣を主として造り上げられたのが、ウィラーイン家に伝わるウィラーイン剣術。
魔獣に負けぬ気迫に人の技術を上乗せする。
心を鍛え身を鍛えて合わせての、心身
吠えながら苛烈に攻める。このまま押し切る。
だが、流石は聖剣士クシュトフ、聖剣士の長だけあって、すぐに立て直してくる。
鎧兜の上からかなり殴った筈が、鋭い反撃は未だ健在。あと皮一枚かわしきれない斬撃が、俺の鎧の無いところ、二の腕、脇腹、太股を浅く薙ぐ。構わず盾を押しのけて膝蹴りを入れる。
「ぬう! 侮るなっ!」
しまった、踏み込んだところで聖剣士クシュトフの長剣が、俺の左から頭を狙う。左腕で頭を庇いながら、長剣の間合いの内側、斬撃の威力の低い長剣の根本へと深く進む。
左の手甲、そこに聖剣士クシュトフの長剣の根本がめり込む。手甲が歪み腕の中から折れる音。腕から脳天に貫く痛み。
「があっ!」
追撃を避ける為に頭を低くして下がる。左手の指先から力が抜ける。掴んでいられず小剣が手から落ちる。地に落ちる小剣。
右の長剣の切っ先を聖剣士クシュトフに向け、間合いを開く。
「今の手応え、骨が折れたか」
斬撃力の低い長剣の根本ゆえに、手甲ごと腕を斬られることは無かったが、叩きつけられて手甲が歪み、左腕の骨が一本、折れたようだ。左の指先が痺れている。
「片腕となれば戦えまい。降伏せよ、黒蜘蛛の騎士」
「片腕が使えぬ程度で、戦えない、ウィラーインの兵はいない」
右の長剣ひとつで攻める。折れた左手は痛いが痛くない。気合いで耐える。
冷静に俺の剣と蹴りを捌く聖剣士クシュトフ。右の長剣を弾かれ、蹴りは盾で防がれる。
俺の左手はもう使えない。
そう思ったところに隙がある。
ぶら下がる左手への注意が緩むとき。
左手の指を握りしめ、使えない振りをした左の拳で、聖剣士クシュトフの兜の面防に殴りつける。
「ぬう! 折れた腕で? 痛みは無いのか?」
痛いに決まってるだろうが! もう一発!
「ぐおっ!」
「があっ!」
無理に使った左手の痛みに、気が遠くなりかけ声が漏れる。
折れた左手を振り回し、聖剣士クシュトフの兜に叩きつける。仰け反り下がる聖剣士クシュトフ。
今の二撃で兜の面防がずれたのか、盾で身を守りながら下がる聖剣士クシュトフ。俺は追撃せずに右の長剣を下げて待つ。
聖剣士クシュトフは長剣を持ったままの右手で、兜を外そうとしている。今がわずかな休息。荒れた呼吸を鎮める。
空は抜けるように青く、ローグシーの街壁からは俺を応援する声援が聞こえる。大人しく整列していた聖剣士達も、今は周囲を囲むように、拳を振り自分達の団長の勝利を願い声を上げる。
無理をした左手が痺れる。息を深く吐き、呼吸を整える。
ようやく兜を外して捨てた、聖剣士クシュトフが剣を構え直す。顔を出し、厳しい顔のこめかみに赤い血が流れる。白い盾に鎧も、俺がつけた剣の傷がいくつもある。
「骨の折れた腕で殴るとは、狂戦士か?」
あいにくと、俺は骨の折れる痛みには慣れている。これまで何度ポキポキと折れてきたことか。ローグシーの街で俺より骨折回数の多い男はいない。
「何故、兜を外すのを待った?」
「神前決闘は互いに全力を尽くし、神に伺いを立てるもの。ズレた兜のせいで負けた、と言い訳させぬためだ」
「……出血で狂乱してるかと思えば冷静。これが蛮人の剣か」
「あいにくと、この程度の出血には慣れている」
あちこち斬られて血が滲むが、たいしたことは無い。
俺がゼラとムニャムニャするときは、いつも血を流している。自分でナイフで切って出血している。
残念なのは、滴る血が土に吸い込まれるだけで、ゼラに舐めてもらえないことだ。
聖剣士クシュトフの顔が一際険しくなる。
「……いかなる窮地からも生還する不死身の騎士、そう呼ばれるのも伊達では無いか」
聖剣士クシュトフ。その剣技に敬意は感じるが、俺に血を流させたことは許さん。
俺の血はゼラ専用だ。
「再開だ、聖剣士」
「来い、蛮剣士」
斬り合い斬り結ぶ。右手の長剣ひとつでは分が悪い。まだ戦えるが押され気味か。守りが主体の聖剣士クシュトフ、相手にするとやりにくい。守りの堅さで相手の気持ちを追い詰めるような戦い方をする。
「く、獣のような反応、ここまで捉えきれんとは」
「どうやら、やりにくいのはお互い様のようだ」
人を相手に鍛えた聖剣士、魔獣相手に鍛えた俺、互いに相性が悪いらしい。
聖剣士クシュトフの左肩口目掛け、長剣を斜めに振り下ろす。聖剣士クシュトフの長剣に横から当てられ、俺の剣が押さえ込まれる。そのまま左肩から体当たり、聖剣士クシュトフの右肩に受け止められる。
互いに動きが止まる。
互いに肩で押し合うような体勢、互いの長剣の内側の間合い。聖剣士クシュトフが俺を斬るには、押さえた俺の剣を解放しなければならず。俺が聖剣士クシュトフを斬ろうと剣を下から抜けば、それが聖剣士クシュトフに隙を見せることになる。共に、先に動くことを気取られると不利になる体勢。
間近で見る聖剣士クシュトフの顔は厳しい。息を荒げる聖剣士クシュトフが小声で囁く。
「何故、アルケニーを総聖堂に送るのを拒む?」
「ゼラの為にも、人の為にもならんからだ」
「教会がアルケニーの聖邪を判別するのが、気にくわないのか?」
「今の中央にゼラが利用されては、人の被害が増える危険がある」
「人の被害が増えるだと?」
「ゼラの力を魔獣災害対策に、使うつもりだろう。だが、魔獣には、人の力で勝てるようにならなければ、人の被害が増える一方だ」
「魔獣災害だと? 何のことだ?」
「何を言っている? 知らないとでも?」
肩で押し合い隙を窺いながら、聖剣士クシュトフの目を見る。微かに疑問を感じている?
中央の魔獣災害を知らないのか? あ、
『私の父上が言うには、聖剣士団はスピルードル王国を出たところで兵と合流、その後、南のジャスパル王国に入ったのでは無いかと』
いとこのティラステアが言っていた通りなら、この聖剣士クシュトフは総聖堂に戻らず、南のジャスパル王国経由でここに来た、ということになる。
ということは、中央での魔獣災害の情報をまるで知らぬまま、ここまで来たというのか?