第一話

文字数 3,750文字


 朝、眼が覚めると胸の上に重みを感じる。長い黒髪の頭が胸に乗っている。広がる長い髪が俺に絡み付くように。頬を俺の胸につけて静かに寝息を立てている。この重みが心地好い。
 ゼラが俺の胸か腹を枕にして眠るのはいつものこと。しかし、ゼラは俺より先に起きていることが多い。起きて俺が起きるまで眺めているか、そっと俺に触れてそれで俺が目を覚ましたりする。
 寝入り端にはこうしてゼラが寝ているところを見るが、寝起きのゼラを見ることは少ない。やはり昨日のことで疲れているのだろうか?
 
「ン……」

 幸せそうに微笑み眠るゼラ。楽しい夢でも見ているのだろうか。指でその褐色の頬をそっと撫でる。ゼラの体温は少し低い。
 ルブセィラ女史が調べたところ、ゼラは人より体温が少しだけ低い。だがこうして触れあっていれば、ゼラの肌は暖かい。暖かいというか、昨日の夜は、ゼラの中は熱くて溶けそうで、あ、妙にゼラの肌を感じると思えば、俺も裸で寝ているじゃないか。俺も素っ裸だ。
 どうりでいつもよりも、ポムンがムニュンしてるのを感じるわけだ。柔らかい。俺に押しつけて形を変えている。
 寝惚けた頭でゼラの褐色の双丘に手を伸ばす。大きくて、触れると幸せを感じられるそこに。
 ……まて、まてまて。ちゃんと起きろ、俺。目覚めろ。

 視線を感じて見上げる。ここはゼラ専用の特大テントの中。厚手の防水布で外の光は薄くしか入ってこない。明かりの方へと首を向けた先には覗き窓。そこからこちらを見ている二つの目がある。テントの中を覗く目と俺の目が会う。
 テントの外に立つアルケニー監視部隊か。外から覗き窓に布を下ろして、その目が見えなくなる。耳を澄ますと外から声が聞こえる。

「エクアド隊長、カダール様が目を覚ましました」
「ゼラは?」
「まだ寝ているようですね」

 アルケニー監視部隊の女騎士だ。その声は妙に楽しそうに聞こえるのは、気のせいだろうか? テントの外からエクアドの声。

「あー、ごほん。あー、聞こえるか? カダール、起きたか?」
「エクアド、少し待ってくれ」

 ゼラの肩をポンと叩いて、

「んに?」
「ゼラ、起きてくれ」

 寝惚けたゼラがパチパチと瞬きする。暗いところでは薄く輝く赤紫の瞳。いつも俺を見ている、ゼラニウムの花弁に似た色の。

「カダール、ふわぁ、おはよ」
「おはよう、ゼラ。エクアドが来てるから、起きて服を着よう。ほら、起きて」
「カダールの、起きてる、おっきい」
「男は朝はそうなるんだ。そこから手を離してちゃんと目を覚ましてくれ」

 大事なところを掴むゼラの手を離させて、俺の上から下りてもらう。寝床にしていた毛布の山から降りて、慌てて下に落ちてる服を拾って着る。む、足が少しふらつく、腰が抜けるとまではいかないが、いつもより膝に力が入らない。ゼラには赤いベビードールを頭からスポッと。エプロンと違い後ろで結ばなくてもいいから速くて簡単だ。

「いいぞ、エクアド。入ってくれ」

 テントの中にエクアドが入ってくる。

「おはよう、エクアド。……疲れているのか?」
「おはよう。こっちは徹夜で夜警していたからな。先ずは飯にしようか。ゼラ、おはよう」
「おはよ、エクアド」

 温め直した昨夜のシチューに丸パン。ゼラにはアルケニー監視部隊がこっそり持ってきた調理前の鶏肉。ゼラは血の滴る肉が好きのようで、血抜きと下処理をした肉はイマイチらしい。それでも昨日から体調は回復したのか、ムシャムシャと美味しそうに食べる。
 エクアドが疲れた目で俺を見る。なんとなくその目を見れずに視線を外して、

「……やはり、昨夜のことは知られているか」
「当然だ。このテントは防水の二重布だが、音を遮断することはできないし、夜は周りが静かになる。テントの中の声は聞こえてしまう」
「何より、監視部隊はゼラを監視するのが仕事、か」
「流石に覗くのはやめさせた。なんとか覗こうとテントに近づくルブセィラは、簀巻きにして離れたテントに転がした」
「気を使わせたか、すまん」
「いや、いい。遅かれ早かれこうなるかと思ってはいたし。戦いの後とか、死地から生還したときに女を抱きたくなる気持ちも解るが」

 エクアドはシチューを口に運び、俺とゼラを見て。

「カダール、監視されてるのは解ってただろ?」
「しかし、それではどうすれば俺とゼラは二人きりになれる?」
「開き直ったか。エルアーリュ王子が気になったか? ゼラを手放すのは惜しいと言っていたが、あれは色恋では無いと思うぞ?」
「解ってる。が、あれはできれば手元に置いておきたい、というものではないか?」
「カダールは意外と独占欲が強いのか。お似合いだよ」

 テントの外の方に目を向ける。今もこのテントの中に聞き耳を立てているのもいるのだろう。
 ゼラを抱いたことに後悔は無い。これからのことにも覚悟は決めた。しかし、一部始終を知られているというのは、気恥ずかしい。いやまぁ、その、いろいろと段階を飛ばした気もするが、ゼラとちゃんと向き合えば俺が選ぶのはこれだし。ゼラに、進化する為にもう無茶なことはさせたく無いし。……テントの外にはどう聞こえていたのだろうか? 俺と、その、ゼラのムニャムニャは?

「エクアド、監視部隊の方は?」
「盛り上がってる。夜警の疲れも吹き飛ぶ程に」
「そんなに?」
「アルケニー監視部隊で賭けになっていたからな。カダールが手を出すのはいつか、と」
「何を人を賭けの対象にしているんだ」
「下半身蜘蛛体には手を出さないだろう。他には、ゼラの上半身は胸が凄いが、顔立ちといい言動といい、ゼラに手を出すのは少女趣味ではないか、とか。これで手を出せばカダールは真のロリコンだ、と、ゼラが完全人間体になるまで手は出さない。こっちに賭けてるのは男が多いか」

 真のロリコン。今、胸にグサッときた。ロリコン、ロリコンなのか……。

「姿形は関係無い、愛があれば種族の差も越えるはず、というのに賭けるのは女が多いか。今頃賭け金の分配に騒いでるんじゃないか?」
「エクアドはどっちに賭けた?」
「カダールの事を知ってる俺が賭けに参加したら賭けが成立しないと、外された。俺はカダールならゼラの想いに応えるだろうと思ってはいたが、予想より速かったな」
「むぐ、俺はゼラに、俺のために無茶をしてほしく無いと」
「アルケニー監視部隊には、二人をからかうな、とは言ってある。昨夜はお楽しみでしたね? なんて聞いてくるのはいないだろう。それでも、魔獣アルケニーに愛を貫いた勇者、と見られることは覚悟しておけ」
「そんな勇者呼ばわりはどうかと思うが」
「まぁ、堂々としておくんだな」

 エクアドがゼラを見る。ゼラはむぐむぐと生の鶏肉を食べている。一晩過ぎて昨日の疲れも癒えたのか、魔力が回復したのか元気そうだが。
 エクアドは丸パンを手で千切りながら話す。

「ゼラ、身体の調子はどうだ?」
「ンー、あちこち、ちょっと痛い」
「大丈夫なのか? 動けるか?」
「ウン、大丈夫」
「男の俺には、女の初めてってもんは解らんが……」
「ンー」

 ゼラは口をむぐむぐさせながら、手でお腹を撫でる。にへ、と笑って。

「むふん。まだ、カダールが入ってる感じがするの」

 言いながら幸せそうに下腹を撫でている。エクアドが俺とゼラを交互に見て。

「そうか……。ルブセィラの話は聞いてはいたが、ちゃんとできるのか。そうか……」

 俺はエクアドの顔が見れなくなって周りを見る。エルアーリュ王子から戴いた最上級のブランデーを手に取りテーブルの上に置く。

「エクアド、頼む。追究するのはその辺りで……」
「俺から部隊には言っとくが、ルブセィラが興味津々だったぞ」
「なんとかしてくれ」
「やってはみるが、あまり期待するなよ」

 エクアドがブランデーの瓶を片手に持つ。俺もエクアドも酒は好きな方だ。王族関係者しか飲めない最上級ブランデー、これでひとつ頼む、エクアド。
 ゼラが小首を傾げて聞いてくる。

「カダール、どうしたの?」
「こういうのは、男の方が恥ずかしいものかもしれない」
「カダール、恥ずかしい?」
「ゼラ、昨日の夜のことは、その、あまり外で話すようなことじゃ無いんだ」
「ウン、解った。おっぱいと同じ。外では出さない。ンー?」
「どうした? ゼラ?」
「カダールの恥ずかしいは、気持ちいい?」

 ゼラが無邪気に聞いてくる。う、む、ぐうぅ、顔を上げられなくなってきた。気持ちいい、確かにそうだったが、これほどのものとは知らなかったが、しかしこれは朝食を食べながらエクアドの前でする話では。
 エクアドがブランデーの瓶を手に取り眺めながら。

「ゼラ、ルミリア様も言ってただろう? カダールは恥ずかしがりなんだ」
「ウン」
「ゼラはカダールの恥ずかしいところは、ゼラの独り占めにして秘密にしてやってくれ。カダールの為に」
「ウン! 解った!」

 ゼラがニッコリと微笑む。エクアド、ありがとう、友よ。エクアドがアルケニー監視部隊の隊長で本当に良かった。


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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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