第三十三話

文字数 4,191文字

 やって来たクインをゼラ専用特大テントの中に招く。

「昼間の礼をしに来た」
「あれで礼になったか?」
「あぁ、十分だ」

 今日の昼間、アバランの町で葬式があった。
 あのハンター兄弟の曾祖母、リアーニーが亡くなった。あと二ヶ月で九十四歳になるという、アバランの町で一番のお年寄り。ひ孫が朝、起こしに行ったが起きなかったと聞いた。老衰で眠るように亡くなっていたと。
 子供に孫にひ孫という大家族の住む家で暮らし、代々ハンターという一族の子供の活躍を微笑みながら聞いていたという、穏やかなおばあさん。

 ティラスと共に葬式に参列したい、とハンター兄弟にお願いしたところ、ハイラスマート伯爵家の娘が来てくれるならひいばあちゃんも喜びます、と受け入れてくれた。その葬式に人化の魔法で人の姿になったクインを、俺の護衛ということにして一緒に連れて行くことにした。

 ハンター兄弟の曾祖母、リアーニーのことを気にしていたクインならば何か思うことがあるのだろうと。過去に何があったかは話してはくれないが、リアーニーは亡くなってもう話をすることはできない。顔を見るのもこの葬式が最後になる。
 リアーニーが亡くなったことを聞いたクインはポカンとしたが、すぐに、

「人間にしては長生きしたんだろうよ」

 と、鼻で笑った。エクアドと経理のフェディエアにクインの礼服を用意してもらい、

「いいよ、べつに……」

 と、言うクインを半ば強引に連れて行った。葬式では長生きしたリアーニーおばあさんを知る者が多く参列し、何故か葬式とは思えない賑やかな宴会となった。
 初めはしめやかに始まった葬式だが、事故でも無く、魔獣に襲われたのでも無く、多くの家族に見守られ九十三まで生きたリアーニーおばあさんは幸せだろう。そう言う者が多かった。またリアーニーおばあさんのしわくちゃの顔が、夢見るように穏やかな寝顔で、何故か葬式の雰囲気が明るくなっていった。
 そして酒が入りリアーニーおばあさんとその家族の話で盛り上がり、家族の方もまた、明るく笑って送り出してやろう、と酒のつまみにと料理を追加して作り出した。
 教会の神官も苦笑していたが、人としてその生を全うしたことを祝福しましょう、という珍しくも明るい葬式となった。

 棺に眠るリアーニーおばあさんにクインは何か語りかけていたが、その声は小さくて聞こえなかった。
 俺もエクアドも酒を飲み、リアーニーおばあさんとその夫のハンターの話を聞いた。ゼラは初めて人の葬式に参列したが、よく解らないなりに大人しくしていた。

「蜘蛛の姫と黒蜘蛛の騎士がアバランの町を守ってくれたから、ひいばあちゃんも安心して眠れることでしょう」

 ハンター兄弟が礼を言うのをゼラは頷いて聞いていた。

「リアーニーの魂はまた先にアイツのとこに行くんだな……」

 クインがポツリと呟く。少し寂しそうで、それでいて落ち着いた穏やかさで。

 このリアーニーおばあさんの葬式に連れて行ったことの礼だと、酒の樽を持ってクインが来た。手に持った二つの樽は持ち運べる大きさの酒樽。

「葬式じゃ、ちゃんと飲めなかったから、飲み直しだ。いいか?」
「クインから誘われるとは思わなかったが、もちろんいいぞ」
「そうか、じゃ、あっち向け」
「何故だ?」
「酔っぱらったら正体が出ちまうんだよ。このテントの中ならいいんだろ? ゼラ、服、貸してくれ」

 ここでもとの姿に戻って酒を飲むつもりらしい。エクアドが立ち上がり。

「つまみになるものを持ってくる。クインはチーズは食べられるか?」
「あるんなら炒ったか茹でた豆が欲しいとこだ」
「えー? ゼラは豆、きらーい」
「あたいが好きなんだよ。文句あるか」

 エクアドがテントの外に出て俺はクインに背中を向ける。背後でクインがブーツを外しズボンを脱ぎ、と。

「この赤い服はなんかエロくてやだ。そっちの白いのがいい」
「クイン、わがままー」
「うるせえ、ゼラはもう少し恥じらいってもんを解れ。スケ、じゃなくてカダール、こっち向いてもいいぞ」

 振り向いて見ればクインは白いキャミソール姿に。髪は緑になり、そして下半身は首の無いグリフォンへと。
 ゼラと並んで下半身の獅子の腹をペタリと地面に着けている。俺はテーブルの上にグラスを用意して、クインの持って来た酒の樽の栓を開ける。

「ウィスキーか」
「あぁ、葬式のときに見てたが皆、呑める口なんだろ?」
「俺とエクアドは酒は好きだが、ゼラはあまり好きじゃ無いぞ」
「は、お子さまめ」

 ゼラがキョトンとした顔でクインを見る。

「ゼラはお酒に酔わないよ。お茶なら酔うけど」
「なんだそりゃ? いや、蜘蛛ってそうなのか?」

 ゼラにはこちらだろう、とお茶の用意もする。茶葉の包みにティーポット。エクアドが酒の瓶にチーズに炒り豆、テーブル炭コンロと次々に持ってくる。

「クチバとルブセィラも呼ぶか?」

 エクアドの問いにクインが手を振る。

「本当は話をしたいのはカダールとゼラだけ、まあ、エクアドも隊長で聞きたいなら聞いてもいいけど」
「妙な言い方をする」
「あたいはこれでも恩に感じてる。グレイリザードのこと、リアーニーのこと。それで礼をしようにも何が礼になるか解んなくて」
「それで酒か?」
「そうだ。いろいろ聞きたいんじゃないか? 例えば進化する魔獣のこと。例えば闇の母神のこと」
「教えてくれるのか?」
「全部が全部とはいかない。けれど、酒に酔っぱらって口が軽くなったら、仕方ねえよな」

 これまでに聞いても教えてくれなかったことを、クインが話してくれるらしい。

「だけどここだけの話だ。テントの外の奴には聞かせたく無い」
「ゼラとカダールから目を離すことはできん」
「内緒話をするのに魔法使っていいか? このテントの中の音を閉じ込める奴だ」

 エクアドはしばし考えて、

「……いいだろう。話の内容によっては人に聞かせられんこともある、か」
「別にあとで聞かせてみてもいいがね。言ったところで狂人扱いされるだけかも」

 クインは指を振り、

「ゼィム」

 と、一声。一度、キンと高い音がしたがそれだけだ。

「これで外の見張りにも聞かれずに秘密の話ができると?」
「なんだっけ、音の伝わりを遮断すんだよ。こういう魔法はあんまり使わないし苦手なんだ」

 エクアドが椅子に座りウィスキーを入れたグラスを手にする。俺はテーブルの真ん中に深めのボールを置いて。

「ゼラ、氷を頼む」
「すい、ちー」

 ゼラがボールに氷の塊を出す。そしてゼラが、さい、と呟くと氷の塊がバラバラと割れていく。程よくグラスに入るサイズの氷がゴロゴロと転がる。

「……なんか贅沢な酒の飲み方してんな。これが貴族的って奴か?」
「せっかく氷を出せる魔法使いがいるのだから、この方が旨く呑めるだろう?」

 ゼラにはお茶の入ったカップを。俺とエクアドとクインは氷を浮かべたウィスキーを。

「乾杯」

 アルケニーとグリフォニア、人間の男二人という奇妙な酒宴が始まる。

「クインは礼というがクインがグレイリザードの大繁殖を押さえてくれていた。そのおかげでアバランの町に被害は無く、礼をしなければならないのはこちらの方だ」

 俺の言うことにエクアドが頷く。

「俺達がアバランの町に来る前にグレイリザードの大侵攻が始まっていたかもしれない。改めてクインには感謝を」

 クインは炒り豆を口に放り込みウィスキーを飲む。

「王種が見つからなくて代わりに数を減らしてただけだ。あんな隠れ方するほどの変な奴がいるとはね。あたいだけじゃ見つけられ無かったし。さっさと片付けるつもりが上手くいかなかった」
「一人でアバランの町を守ろうと、焦っていたのか?」
「そんなことはねえよ。あー、あの鏡トカゲは解ってしまえば簡単だけどよ、解んねえときはほんと解んねえのな。見える奴だけ潰しても、姿が見えないんだから」
「あの王種はそうして他のグレイリザードを囮にして生き延びていたのか」
「気配の消し方だけでも並じゃ無かった」

 ゼラがお茶を飲み目を細める。

「クインは飛べるから、空から見てるから目はいいけど、見えないのは苦手?」
「音を見たり熱を見たりする奴はいるけどよ、糸で見る奴がいるとはね」
「ゼラが先に見つけた」
「あー、解った、それはゼラの勝ちでいいや」

 むふん、と満足そうなゼラ。クインはゼラを見て苦笑している。グレイリザードのことが片付いたからか、前ほどにイラついてはいない。

「五十年前のオーク大侵攻のときも、クインがアバランの町を守ったのだろう?」
「あぁ、そうだ」
「あのリアーニーおばあさんの為にか?」
「そうなる、か。九十三歳だったか? 人間はそれだけ生きるとあんなにシワクチャになるか」
「クインが何故、人の町を守るのか、聞かせてもらえるだろうか」
「あぁ、その話をするつもりだ。正直に言うと、あたいも何でこんなことしてんのか、よく解らねえ。未練なのか、感傷なのか」

 グラスを揺らしてウィスキーに浮かぶ氷を見るクイン。エクアドがクインに訊ねる。

「クインがもとはハイイーグルなのではないか、と、推測してるのだが」
「その通りだよ。ゼラを見てれば解ることか? だけど普通の人間はそんな話、信じねえぞ」

 クインはエクアドを見てニヤリと笑う。空になったグラスにエクアドがお代わりを注ぐ。酔って口を滑らせるのなら、ちゃんと飲ませなければ。エクアドがクインのグラスに注ぐのは俺とエクアドで呑もうとアバランの町で買ったブランデーだ。

「ユニスター? 随分と高い酒持ってるじゃねえか。そこは貴族か?」
「これは、りんごブランデーだから少し甘いがいいものだ。俺もカダールも好みはブランデーでな」
「安酒は口にあわねえって? おぼっちゃんめ」
「安くても旨いものは旨い。それにクインの持ってきたウィスキーも安くは無いだろう」
「ちょいと奮発したのさ」

 クインはブランデーに口をつける。

「あたいがハイイーグルだったのは、七十、えーと何年前だ? 七十年以上前のことになる」

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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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