第二十二話

文字数 4,848文字

 翌日、アルケニー監視部隊の巡回予定を青風隊隊長のティラスと話し合うのだが。そのティラスが片手で額を押さえて眉を顰める。

「飲み過ぎて頭が痛い……」
「ティラス、それは隊長としてどうなんだ?」
「でもこれでアルケニー監視部隊とも仲良くなれたし、ゼラちゃんとも上手くやれる気がするね。ねぇ、ゼラちゃん?」
「ティラス、頭痛いの? 治す?」
「できるの?」
「ウン、簡単。なー」

 ゼラが指を白く光らせてティラスの頭をそっと撫でる。ティラスも青風隊もいつの間にかゼラのことをちゃん呼びになってる。宴会でアルケニー監視部隊と何を話していたのやら。

「いきなり頭がスッキリした。ゼラちゃんすごいね」
「治癒の魔法で、またゼラの治療院やるんだよね?」
「おっと、その話を進めないとね」

 アルケニー監視部隊は今回、水不足の地域の支援をすることになっている。
 青風隊隊長ティラスにその副官の男が二人。こちらは俺とエクアド、ルブセィラ女史、ゼラ。野営地のテントの前、外で地図を広げて打ち合わせ。

「川から離れてる地域を優先で、このルートで?」
「ゼラの魔法で水は大量に出せる」
「井戸堀りもできるって聞いてるのだけど」
「穴を掘るだけで井戸の形に仕上げるのはそっちでやって貰いたい」
「そこは手紙で教えてもらってるから、石工職人も用意してる」
「ゼラの出張治療院は小さな町と村だけで」
「街ではやってくれないの?」
「身元の怪しい奴を近づけたく無い。村では村長に立ち会ってもらい、治療する者の顔を見てもらう」
「街では回復薬(ポーション)を売る教会に、治癒を生業にする治癒術師の職場を荒らしてしまいますか」
「困ってる人から金を稼ごうってのがおかしくないか?」
「ゼラ、木を切って運べるよ?」
「切って運ぶだけで、その後はそっちに任せる。全部やっていると切りが無い」
「一ヶ所につき二日から三日くらいの滞在で終わらせる」
「なるほど、では伝令に先触れは青風隊でやろう」
「水以外の物資については」
「必要な物は青風隊が運びます」
「現地調達のときはハイラスマート伯爵家にツケで」
「あ、無駄使いは困るからリストは出してね」

 権限はエクアドが握りその後ろ楯がエルアーリュ王子。横槍も無く現場主導でやれると早くていい。ウィラーイン領でやってきたことがいい経験になっている。
 青風隊から地理のことを聞き合同で村や町を回っていく。フクロウが先回りして絵本に紙芝居に人形劇などしているので、噂とも合わせて蜘蛛の姫を見に人が集まる。
 ゼラの出張治療院ではわざと包丁で指を切ってまでゼラに近づこうとする者がいたり。
 ゼラは貯水池に魔法で水を足し、爆発光線魔法でボボボボボ、と井戸掘りしたりと、これが何をしても派手に見えてしまい見物するのが集まってしまう。青風隊がいないとアルケニー監視部隊だけでは人を遠ざけるのも難しいかもしれない。ちょっとフクロウが宣伝活動をやり過ぎているのではないか?
 ハイラスマート領をあちこちぐるりと廻り、その途中では少し雨が降る。例年より雨が少ないがこれで少しはましになったんだろうか。中には、蜘蛛の姫が村に来たら雨が降った、などと言い出してそれは偶々だからと訂正したり、賑やかな道中に。

「この町では休息を兼ねて、長めに滞在するとしよう」

 エクアドが指示を出して到着するのはハイラスマート領、西端の砦町アバラン。
 魔獣深森に近くハンターギルドのある町。隠密ハガクが言っていたゴブリン、コボルトの被害が増えてきているという、問題の地。
 エクアド、ルブセィラ女史、青風隊隊長ティラスがハンターギルドに趣き情報収集に。
 俺とゼラとアルケニー監視部隊で町壁内側の空いていることろで野営地にテントを張る。町の中でゼラの入れそうな建物を借りてもいいが、テント警備に部隊が慣れているのでいつものように。

「お待たせしましたか?」

 フクロウのクチバが来てこの地域の調べたことを聞かせてもらう。

「隠密ハガクはどうした?」
「魔獣深森に調査に行ってますが、回り込まないと森に行けないので時間がかかりそうです」
「回り込むって、何故?」
「現在、ハンターも森に入るのが難しいので」

 クチバが眉を顰めて言う。何か森に異変が起きたのか?

「グリフォンが現れたのですよ」
「グリフォンといえば山岳地帯にいるものじゃ無いのか? 何故、こんなところに?」
「そこが不明です。森の浅部手前を広くナワバリとしているのか、そこに入るハンターに攻撃してくるので、今は森に入るのが難しいのです」
「ということは、隠密ハガクはそのグリフォンのナワバリを避けて魔獣深森に入っているのか」
「そーですね。アバランの街のハンターも森には入り難くなり、そのグリフォンには賞金もかかりましたが、討伐できてません」
「空を飛び素早いから討伐しづらいのは解るが、グリフォン一頭だろう? そんなに手こずるものか?」
「緑の羽毛のグリフォンで通常とは違う変異種のようです。風の魔法を使い弓矢も投射魔術も落とすと」
「それでは空に飛ばれたら討伐できないじゃないか。本当にグリフォンなのか?」
「見た目はグリフォンですね。上空から風刃を射ち下ろして攻撃してくるので、そのグリフォンのナワバリから森に入れないんです」
 
 話を聞いていたゼラが、

「グリフォン? 魔獣?」
「ゼラは見たこと無いのか? グリフォンと言うのは四つ足の大鷹だ。獅子のような胴体を持つ肉食の鳥。空を自在に飛ぶ魔獣は討伐しずらく脅威度は上がる。グリフォンともなれば羊一頭や人一人、その脚で掴んで飛び去ることもできる。厄介な魔獣でもあるがこの辺りにはいないはずなんだが」

 夕刻にハンターギルドよりエクアド、ルブセィラ女史、青風隊のティラスが戻って来た。主要な面子で魔獣深森のことを話し合う。
 エクアドがハンターギルドで聞いて来たのも緑の羽毛のグリフォンの話題。

「グリフォンは十日ほど前から現れたという。それまでゴブリン、コボルトの被害があったものの今ではグリフォンを怖れてか森からあまり出て来ないと。ゴブリン、コボルトの対策にこの町に来たハンターも困っている」
「そのグリフォンがゴブリンとコボルトを抑えているのか?」

 ティラスが出した地図にはグリフォンの出現したところと、そこからグリフォンのナワバリを想定した円が描かれる。かなり広い。

「これを見ると魔獣深森とアバランの町の間にグリフォンのナワバリがあることになるが、妙じゃないか? まるで町を守っているようだ」
「森から出て町の近くの畑を目指す魔獣を食おうとするなら、おかしくは無いのか? 山岳地帯にいるはずのグリフォンがここにいることがおかしいが」

 エクアドも首を捻って考える。俺達の知ってるグリフォンとは何か違うような。

「討伐しづらいのは解るが、一頭なのだろう?」

 地図を見るティラスが苦笑する。

「緑の羽毛のグリフォンというのがね、アバランの町では討伐しづらいのよね」
「どういうことだ?」
「ここで五十年くらい前にオークの王種が誕生して、オークの群れが魔獣深森から出てアバランの町に攻めてきたことがあってね。そのときに緑の羽毛のグリフォンが町を守った、という話があるのよ」
「なんだか人に恋した白毛龍のような話だが」
「そのグリフォンはオークと戦ってくれたんだけど、そのときには人もグリフォンに襲われてる。オークも人も関係無く暴れるグリフォンを利用して、オーク討伐を成功させたってこと。なので偶々オークを食べに山から下りて来たグリフォンが人の味方のようになった、と、王立魔獣研究院は言ってる。だけどね、この町の年寄りから見ると、緑の羽毛のグリフォンはアバランの町を守った守護獣になっててね」
「そういう意味で討伐しづらいのか。討伐してしまったらアバランの町の住人に恨まれるのか」
「この町ではそれ以来、グリフォンクッキーとか木彫りのグリフォンがお守りに、と、名物になってるし」

 そんな歴史があるとなるとやりにくい。しかも空を飛び広いナワバリを持ち、森から出ようとするゴブリンとコボルトを牽制するとなると、居てくれた方が人には有り難い。
 ティラスが続けて、

「だからグリフォンに賞金がかかっても、アバランの町で育ったハンターは本気で狩ろうとはしない。他所から来たハンターが狙ってるけれど、上手くいかないみたいね」
「そうか。ルブセィラ、そのグリフォンについて何か解るか? 今回のグリフォンはその五十年前のグリフォンとどう関係する?」
「グリフォンの寿命を考えると、同じ個体では無いでしょう。その五十年前のグリフォンの子か孫か。緑の羽毛、ということで変異種か亜種のようですね。目撃情報から群れでは無く単体、そして風の魔法を得意としています」
「誘きだして捕獲することは?」
「普通のグリフォンなら羊か人でも狙うのでしょうが、五十年前のオークのときに現れ、今回はゴブリン、コボルトが出たときに現れる。亜人型魔獣を好物としている変異種かもしれません。試してみないと解りませんが、ゴブリン、コボルトを餌に誘き出せるかもしれませんね」
「もしくはグリフォンに見つからないようにして進むか。そのグリフォンに邪魔をされると魔獣深森の調査もできない」
「ゴブリンのみが増える、又は、コボルトのみが増える、ということであればどちらかの王種誕生の疑いがありますが、今回はゴブリンとコボルト、両方が森の浅部に来ています」

 ルブセィラ女史が眼鏡の位置を直してキラリとさせる。

「グリフォンがいるにも関わらず森の浅部に来たとなると、グリフォン以上の脅威が深部に現れて追われて来た、という可能性もありますね。早めに調査したいところです」
「では俺達で出向くとするか。そのグリフォンがどの程度のものか見ておきたい」

 エクアドをリーダーに少数で偵察部隊編成と。エクアドは俺とゼラを留守番に残そうとするが、グリフォンの魔法から身を守るにはゼラの魔法があるのがいい。なんと言ってもゼラがこちらの最高戦力なのだから。それに、

「ゼラは魔法で治癒も防御も使えるよ。皆を守れるし、ケガしてもすぐに治せる」

 しゅぴっ、としてゼラが言う。ゼラ本人がやる気だ。なので偵察のみで危なくなったらすぐに逃げるということで。

「ゼラ、グリフォンを見つけてもやっつけるのは無しで」
「ウン、解った。捕まえるのはいい?」
「なるべくケガをさせないようにできるのなら」
 
 アバランの街のハンターでこの辺りに詳しい者を雇い森の調査をすることに。
 隠密ハガクがグリフォンのナワバリを突っ切ることを諦めて回り込んだとなると、グリフォンを無視して真っ直ぐ森に入るのは難しいか。
 地形を見ても森の前は平原。空から見下ろす魔獣から身を隠すのは無理か? なんと言っても討伐しないように、となると厄介だ。

「これで深部にオーガかバジリスクの王種誕生となれば一大事だ」
「その場合はアバランの町で防衛しつつ援軍を待つ、のが常道になるが」

 皆がゼラを見る。ゼラはクチバと芸術的なあやとりを繰り広げている。二人を見ながらエクアドがポツリと。

「灰龍クラスが出て来なければ、ゼラの、びー、で片付いてしまうか」
「数が多いだけなら井戸掘りに使ってる爆発光線でいいだろう」
「ですが極端な地形の変化は環境の変化を起こし、変異種が誕生してしまうかもしれないので、最後の手段ですね。やはり必殺技は軽々しく使ってはいけません」

 俺達の言うことにティラスが青い顔をする。

「ちょっと……、びー、とか、必殺技って何? 地形を変えるって、ハイラスマート領を滅茶苦茶にしないで欲しいのだけど……」

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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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