第三十四話

文字数 4,831文字


「さぁ、行きましょうか」

 母上が扇子を振り号令をかける。アルケニー監視部隊はそれぞれに剣、槍、弓を構え戦闘態勢に。
 この部隊の隊長はエクアドなのだが、なんだか母上が隊長になってしまったような。母上はゼラの蜘蛛の背から下りて、部隊の先頭に立ち進む。
 ゼラはハウルルを抱っこして部隊の真ん中に。ハウルルはちょっと不安そうにゼラに抱きついている。

 フクロウのクチバが調べた遺跡は、ウェアウルフにウェアベアがぞろぞろといて、クチバでも中心部までは調べられなかった。どうやって作っているのか解らないが、数を増やすのは速いのか。
 アシェンドネイルの話では廃墟の街の中央に遺跡迷宮があるという。

 比較的に開けた南側から進む。
 森の中、草木に飲まれた過去の街。屋根も落ち、今では造り方の解らない素材でできた壁に柱が、かつてそこに建物があった名残に残る。
 繋ぎ目の無い石畳はひび割れ穴が空き、そこから草木が生えている。
 今は滅びた古代魔術文明の遺跡に、母上とルブセィラ女史の呪文詠唱の声が響く。

「“火槍(ファイアランス)”」
「“風弾(ウィンドバレット)”」

 母上の火系魔術にルブセィラ女史の風系魔術が、遺跡の壁と地面を抉る。二人の攻撃魔術に破壊されたところが淡く光る。

「まったく、罠の魔術陣を仕掛けるなら、もっとちゃんと隠しなさいな」
「その辺りは素人なんでしょう」

 クチバが地形を調べ、魔術陣を見つけた母上とルブセィラ女史が魔術で罠を壊して俺達は進む。足を踏み入れば魔術の発動を妨害する魔術陣に、自動で攻撃、拘束する、といった魔術陣が仕掛けられているので、二人は見つけたところから壊している。
 遠巻きにウェアウルフがゾロリとこちらを囲んでいるが、そのウェアウルフが立っていないところ、避けて移動するところに魔術陣が仕掛けられている。これでは魔術師で無くとも分かりやすい。

 ここに来るまで森の中でハウルルを狙ったウェアウルフの奇襲が一度あったのだが、あっさりと返り討ちにしてからはこちらに手を出してこない。
 今も数は多いが遠巻きに見ているだけで、道を空けるように俺達から離れていく。出迎えとしては拍子抜けだ。

「よくこれでローグシーの街を壊滅と脅せるものだ」
「カダール、気を抜くなよ。未知の古代魔術か古代の魔術具があるかもしれん」

 エクアドの注意に頷き、剣を握り直す。母上の考えでは、ゼラがハウルルを守り、大物が出ればアシェンドネイルに任せる予定。俺達は雑魚の人造魔獣を片付ける。あとは出たとこ勝負だ。
 未知の古代の遺産となれば何があるか解らないが、これまでのことを見るとたいしたことが無い。だからと言って油断は禁物だ。

 今回、俺達が急いでここに来たのも、件の研究者が古代の遺産を使いこなす前に潰したいからだ。ハウルルを取り返す為にローグシーの街を襲った輩は、こちらの戦力を知らずに侮ったようだ。
 ウェアウルフはただの魔獣では無く、人が造り人が操る人造魔獣。その使い手が襲撃の失敗からこちらの戦力を測り、その上、人造魔獣を改良して運用経験を積まれると厄介なことになりそうだ。
 ローグシーの街だから撃退できた。だが、ウィラーイン領の小さな村を狙われたり、知恵を凝らした陰険なやり口を考え出されてはたまらない。
 敵が魔獣では無く、魔獣操る人間というのが問題だ。未知という危険はあっても、相手がその未知を上手く使えるようになる前に先手を打ちたい。
 ハウルルを抱き抱えるゼラを中心に、古代の遺跡の中央へと向かう。

「その先が、アシェンドネイルが古代妄想狂の研究者を案内した遺跡迷宮か」
「そうよ。だけどそこにはウェアウルフを造る設備なんて無いわ。たいしたものは無かったハズなのだけど」
「だが、そこから件の研究者は別の遺跡を見つける地図か手がかりを見つけたのだろう?」
「私達にも見つけられないように隠した、古代の狂人の執念を褒めるところかしら? それとも、それを見つけ出した研究者の執念なのかしら?」

 人が見つけても構わない、その程度のものしか無いという遺跡。かつては古代の人が住む町であった瓦礫の中、その中心部は大きな穴が空いていた。地下の遺跡迷宮へと繋がるところを、力任せに掘り返したような大穴。
 そこから大きな黒い影が立ち上がる。アルケニー監視部隊は足を止め、円陣を組み武器を構える。

「……なるほど、こいつが街を壊滅する、という自信の源か」

 地下へと続く大穴から現れたのは、黒いドラゴンに似ていた。
 かつて戦ったことのある地龍よりも大きい。二階建ての建物ぐらいある巨体は黒い鱗に覆われ、翼の無いドラゴンのようにも見えるが、その姿は歪。
 大きなトカゲのような身体からは八本の太い足。トカゲであれば頭のあるところに頭は無く、そこから人、というかリザードマンのような上半身。鱗に覆われた人に似た上半身の肩からは、生える腕は左右に三本ずつの計六本。
 肩の間から伸びる首は太く長く、その先にあるのはトカゲのような細い黒い頭。黒い三本の角。五つの赤い目。手を加えることで手も足も目も、増やせるなら増やしてみようか、という感じのデタラメな姿だ。
 
 この大型魔獣を操る者はどこに? 周囲を見回しても大型魔獣を守るようにウェアウルフとウェアベアがいるだけで、人間の姿は無い。
 ドラゴン擬きの大型魔獣がこちらを探るように見下ろし、組んでいた腕を解く。

「来たか」

 男の声がドラゴン擬きの胸から聞こえる。

「指定した期日以内、セ号もいる」

 ドラゴン擬きの胸のところ、黒い鱗に覆われて無い胸から腹は深い緑の色。そこに人の顔がある。眉間に深い皺を刻む中年の男の顔は、そこだけが肌色で、まるで壁にかけられた仮面のようにも見える。
 ドラゴン擬きの胸から浮かび上がるような、髪も眉も無い男の顔、そこだけが人間の顔。
 その顔がジロリと俺達を見回して、口を開く。

「アシェンドネイル、久しいな。お前がいたのか」

 アシェンドネイルが俺達の前に進み出る。

「お久しぶり、と言ってもそこまで変わると、もとが誰か分からないわね。あのとき、遺跡に案内した五人の内の一人なんでしょうけれど、誰だったかしら?」
「そうか、ならば改めて名乗ろう。我が名はレグジート、古代の叡知の継承者なり」

 眉間の皺が印象的な男の顔が告げる。これが人間だと? ハウルルがもと人間だと聞いたときも驚いたが、目の前のドラゴン擬きも、これでもとは人間だというのか。人の部分は顔しか残っていない。これでは見た目の姿だけならウェアウルフの方がまだ、人間に近い。
 古代の技術では人をここまで改造できるのか? だが、これを人と呼べるのか?
 古代の叡知の継承者を名乗るドラゴン擬き、レグジートは言葉を続ける。

「礼を言おうアシェンドネイル。古代の叡知を伝えてくれたことを」
「それは伝えるつもりの無いものなのだけど。見たところ黒龍の因子ね、取り込んでまだ自我を残しているなんて。その精神力はなかなかのもの……、いえ、その為に何を実験に使ったのかしら?」
「実験を繰り返さねば真理に到達はできん。そこのセ号を見れば解ることだろう」
「そう、ハウルルのことをセ号と呼ぶのね。レグジート、あなたは願いを忘れたの?」
「我が願いは全知全能。古代の叡知にて人に新たな文明を。魔獣を越える力にて、人に平和を、安寧を、そして更なる叡知を求めて。故に我が願いに果ては無し」
「ふうん、他の四人もあなたと同じなのかしら? ここにはいないみたいだけど」
「皆、叡知の探求に忙しい身。我も回収を済ませ、更なる探求に戻らねばならぬ。今日は良き日だ。セ号が我が手に戻り、更に古代魔術文明の人造魔獣が二体、サンプルとして手に入る」

 ドラゴン擬き、レグジートの目は不気味にぎらつき、アシェンドネイルを見て、次にハウルルとハウルルを抱くゼラを見る。
 今、この男は何と言った? ゼラを見てサンプルなどと言ったか? ふざけたことを。
 ゼラはレグジートの目が気持ち悪いのか一歩下がる。俺はゼラの前に立ちドラゴン擬きを睨みつける。
 レグジートは声を大きくして尊大に告げる。

「セ号、そこのアンドロスコルピオ、それとラミアとアルケニーの三体を渡せ。そうすれば今後、街には手を出さずにおいてやろう」
「フラークロ、咲けよ火炎、エクロティ、其は炎熱にて貫く赤き槍、“火槍(ファイアランス)”」

 母上が詠唱し扇子を振るう。三本の火槍がドラゴン擬きに飛ぶ。唸り飛ぶ赤い炎の槍は、ドラゴン擬きに着弾する直前に空間に波紋を残して消える。水面に石を落としたような波紋が、何も無い空間に歪みとなって現れ消える。
 対魔術防御か、その身を守る障壁があるようだ。母上の火系魔術を見て顔をしかめるレグジート。

「いきなり火槍か。交渉もできぬ野蛮人め」
「交渉? 何を言ってるのかしら?」

 母上が前に進み出る。微笑んでいるがいつもの穏やかな笑みとは違う。相手を見下すような、挑発するような嘲笑だ。相手が気に食わぬ輩でも母上がこんな顔を見せる相手は、滅多にいない。
 というか母上、いきなり攻撃魔術ですか?

「交渉する気があるなら、交渉に相応しき場、交渉に適した態度に礼儀、交渉に価する物を用意しなさい。街を壊滅させる、などという脅しに頭を垂れる、盾の国の貴族などいるものですか」
「愚者め、我は黒龍の力を得、この身は既にオーバードドラゴン。我に敵う者はいない」
「オーバードドラゴンを名乗るには歪、造られた姿にしても美しさが無いわね。灰龍ほどに恐ろしいとも思えないわ」

 扇子をクルリと回し余裕を見せる母上。俺も同感だ。見た目は巨大で強そうなのだが、なぜか恐ろしいという感じはしない。このドラゴン擬きと比べれば、クインが本気の魔法を使ったとき、アシェンドネイルがイラついたときの方がよっぽど怖い。

「五眼六腕八脚と、部位の数は多いけれど不恰好なものね」
「古代の叡知を知らぬ者には、一度力を見せつけねば解らぬか」
「古代の叡知の力? 再現させるなら、古代魔術文明の滅びの謎は解明できたのかしら? 何故滅びたのか解らぬ文明の遺産を扱えば、私達も同じ滅びの道を辿る危険があるわ」
「正しき知識を持つ者が遺産を管理すれば良い。使い方も解らぬ愚者に触らせるつもりは無い」
「誰がその賢者と愚者を判別するのかしら?」
「我だ。我こそが古代の叡知の継承者なり」
「ふうん」

 母上が扇子で顔の下半分を隠す。尊大に見下ろすレグジートを冷めた目で見る。

「ローグシーの街のことを調べて、ちゃんとウェアウルフを使えていたら、私達がここに来る事態にはなっていないでしょうに。さっさとハウルルを取り返したいからと、数さえいればどうにかなるとでも? 満足に扱えもしない魔獣を造り、下手な夜襲であっさりと返り討ち。あれで勝てるつもりだったの? これで叡知の継承者? 古代文明の人達も草葉の陰で泣いてるわね」
「古代文明の高度な技術は未知の部分が多い。だが、それも我が全てを解き明かす」
「使い方も解らない玩具でいい気になってるのはあなたでしょうに。とても賢者とは呼べないわ。見通しが甘くて小賢しいだけ」
「野蛮人にしては口が回る」

 ドラゴン擬きが首を曲げ、こちらに向けて大きく口を開く。赤い口内に白い牙が覗く。

「下らぬ戯言につき合う時は無い。この場にいる者全て、黒龍のブレス黒炎焦熱(アニヒレーション)で焼き尽くしてくれよう」
「できるかしら?」

 母上とレグジートが睨み合う。
 母上、交渉する気がありませんね。相手のレグジートも脅す以外に言うことは無いらしい。


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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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