第三十二話
文字数 4,956文字
「ゼラ、グレイリザードの王種を見つけられそうか?」
「ウン、カダール、やってみてもいい?」
「頼む」
ゼラはウン、と頷いてグレイリザードの死体が飛び散る中に少し進む。
「カダール、ルブセ、しゃがんで。クインは動かないでね」
ゼラの言う通りに俺とルブセィラ女史はしゃがみ、クインは不満そうに腕を組む。ゼラは手を開いて顔の前でパン、と打ち鳴らす。その手を顔の前でクロスさせ、窓を開くように左右に大きく開く。
「まぐなー!」
ゼラの周囲に滲み出るように現れるのは、ゼラの瞳と同じ色の赤紫の光の玉。中央が暗くまるで大きな目玉のように見える球体。ルブセィラ女史が“赤紫の瞳 ”と名付けた、爆発する光線を放つゼラの魔法。
八つの瞳がゼラの周囲にフワフワと浮かぶ。次にゼラは両手を開く。
「しゅぴー!」
ゼラと手から幾つもの糸が飛び、辺りの木の枝、地面にと張り付く。木々の間を抜けかなり広範囲に細い糸を飛ばし、あちこちがピンと張り詰めた細い糸で作られた檻のようになる。
ゼラが両手を顔の前で握り拳を作る。目をつぶりその手に集中する。森の中じゅうに張られた細い蜘蛛の糸の先はゼラの両手に握られている。
ゼラはそのまま静かに待つ。王種が動いて蜘蛛の糸に触れるまで、このままじっと待つつもりだろうか? 王種とゼラの根比べか。それならば時間がかかりそうだ。しゃがんだ姿勢を楽にして座ろうとしたときに。
「見つけたっ! ちむっ!」
ゼラが目をカッと開き、“赤紫の瞳 ”の一つが左手奥へと素早く飛び、地面に赤紫の光線を放つ。ボンッと弾ける音と、
――ギュイィッ
鳴き声が聞こえた。
「そこかぁっ!」
鷹の四つ足で草葉を蹴り飛ばしてクインが走る。ゼラの光線が破裂したところへと。そして、俺が見たものは不自然な揺らめき。空中に揺らめく輪郭? が吹き飛ぶというなんとも説明しづらいもの。ゼラと俺とルブセィラ女史はクインの後を追う。
“赤紫の瞳 ”の光線が当たったところには、血が落ちている。
「なんだこりゃ?」
クインが片手に握った物を見て眉を顰める。クインが握っているものが、良く見えない。細長い何かがビタンビタンと蛇のように暴れている。クインは片手で強く握り絞めて離さない。
かろうじて輪郭だけが見える。いや血が少し出ている切り口、のようなものも見える。丸い切り口だけは薄赤い肉色で中央に骨が見える。
そこから血が滴っているが、クインの掴んでいるものはのたうつ透明な大蛇のようで、動くときにその輪郭が辛うじて見える、というもの。
「自切、己の尾を落とし捕食者の注意を引き付けるトカゲの逃走手段。これは大トカゲの尻尾ですか? しかし、これは、」
ルブセィラ女史が驚きながら目にするものを口にする。クインが手に握るそれは、やがて力を無くしブラリと垂れ下がる。近くに寄って見てみると、歪んだ俺の顔がそれに映る。まるで鏡のようだ。これは、
「皮膚が鏡のようになった、グレイリザードの変異種か?」
「そのようです。薄い鏡の膜のような皮膚、そこに周囲の景色を映して身を潜める。その上、本体はクインでも気が付かない高度な気配遮断、隠蔽と迷彩に特化したグレイリザード。これが王種の尻尾ですか」
クインが両手に持った表面が鏡の大トカゲの尻尾をジロジロと見て。
「こんなの初めて見たぞ。おいゼラ、こいつどうやって見つけたんだ?」
「ン? ルブセの真似。糸を張って震えるとこ見つけたの」
「そんなんで解るのかよ?」
「姿を隠して、ゼラみたいに気配を消しても、呼吸も心臓も止められないから。それを探して見つけたの」
ルブセィラ女史の眼鏡がズレる。
「は? 呼吸? 心臓の鼓動音? そんな微細な振動を糸で拾って探したのですか? 信じられない……」
「でも本体に逃げられた。もう一回」
再び手を伸ばして糸を張るゼラ。クインは手に握る鏡の尻尾を投げ捨てる。それを慌ててルブセィラ女史が追いかけて拾う。クインは緑の翼を大きく広げる。
「はん! タネが解れば簡単だったじゃねえか。心臓の鼓動音? それが聞こえて、見たとこにいなけりゃあ、そこにいるってことだな。次はあたいが見つける!」
「競争? ゼラの方が見つけるの得意!」
「静かにしろよ、聞こえねえだろ!」
ゼラとクインが沈黙して集中する。邪魔をしないように音を立て無いように動かないようにする。静かな緊張の中、風が吹き葉擦れの音が響き。
「そこっ!」「ちむっ!」
クインの風刃とゼラの爆発光線が同じ箇所を狙う。
「ギュイィッ!」
「ゼラがはやかったっ」
「あたいが先だっ!」
飛び跳ねる鏡肌の大トカゲ。隠れられぬと諦めたのか大トカゲの鳴き声に周りからグレイリザードの群れが集まり始める。一ヶ所に群れる。中心の王種を守るように。剣を抜きルブセィラ女史の前に立ち、近づくグレイリザードに剣先を向ける。
「!カダール、ちむっ!」
ゼラの声に“赤紫の瞳 ”が俺とルブセィラ女史を囲み守るように浮かぶ。
「ゼラ! 王種を逃がすな!」
「でも、カダールとルブセが」
ここでグレイリザードの王種を逃がしたく無い。この程度なら俺一人でもルブセィラ女史を守れる。しかし、ゼラには俺達の方が心配で、それならば。
「クイン!」
「これなら逃がさねえよ。手間かけさせてくれたなぁ」
俺とルブセィラ女史に飛びかかるグレイリザードをゼラの、ちむっ、が吹き飛ばす。ルブセィラ女史も片手に鏡肌の尻尾を持ったまま、“風殻 ”の魔術で身を守る。
クインは王種を守ろうと団子のように固まり始めたグレイリザードの群れに左手のひらを向ける。弓を引き絞るように右手を顎の下で人差し指と中指を伸ばして、大トカゲの固まりへと向ける。
「ハール! マク!」
ゴウ、と風音が唸る。風がグレイリザードの群れへと集まる。
「ヴォス!」
クインが右手首を返すように捻り一声。風が吹き荒れ渦を巻き、クインが狙ったところに渦を巻く風の柱が豪風の音と共に立ち上がる。風のうねる音の中からグレイリザードの小さな鳴き声が聞こえる。
「竜巻、か?」
「只の竜巻ではありませんね」
初めて見る未知の魔法を目に焼きつけようと、片手で眼鏡を押さえたまま見つめるルブセィラ女史。吹き荒れる風に倒れぬように左手でルブセィラ女史の胴を抱いて支える。
「竜巻は風の檻、逃がさぬように捉えて集めて、風の中で回転して乱れ飛ぶ風刃がズタズタに斬り裂いています」
「見つけてしまえば楽勝。これで逃がさねえ」
クインがニヤリと笑って言うが、風の檻で閉じ込めて微塵切りにするとは残虐な魔法だ。渦の中をグルグルと飛ぶグレイリザード。肉の切れる音と共に竜巻の色が赤く染まる。吹き飛ぶ血も逃がさぬ渦巻く風の柱は赤い色が濃くなっていく。真っ赤に染まった風の檻の中から肉を切り裂く音が不気味に響く。
「お前ら、近づいて巻き込まれるなよ」
クインの言葉に頷く。右手の剣を地面に刺し身体を支えルブセィラの胴を強く抱く。風の柱に引き寄せられるような風の動きに耐える。効果範囲から離れたところでも余波の風が吹き荒れる。
クインが指をパチンと鳴らすと風は突然に止まり、もとがグレイリザードだった肉片と血の雨がザァと降る。俺もルブセィラ女史も悪夢のような光景に言葉も出ない。これに巻き込まれたら、人の軍隊ももとの形が解らない微塵切りと血の雨に変わる。
ゼラがむくれてクインに文句をつける。
「クインー。こんなにしたら王種の肉が解んない」
「なんだよ? ゼラは食うつもりだったのか?」
「ウン、王種なら進化できるかなって」
「無理だって。こいつの因子程度じゃ」
「そうなの?」
「肌が鏡になってもそこの男に気持ち悪がられんぞ」
「じゃあ、いらない」
生き残ったグレイリザードは俺達から逃げるように森の中へと走っていく。地面から剣を抜きルブセィラ女史を抱いていた手を離す。ルブセィラ女史はふらついてペタンと座る。
「どうやら王種は討伐できたようだ。これでは死体が見つけられんが」
「尻尾だけはこうして捕獲しました。ですが、」
ルブセィラ女史は手に握る鏡の皮膚の尻尾を見る。グレイリザードの皮膚が曇りの無い鏡のようになるとは、随分と特殊なことだ。
「今回はゼラさんのおかげで発見できましたが、今後、このような王種が現れては人間だけでは見つけられません」
「その可能性はあるのか。今回だけ特別、というのは只の楽観か」
「尻尾だけでも手に入れられたのは僥倖でしょう。これは急ぎ調べなければ」
「だが、その前にすることがある」
グレイリザードの王種討伐は終わった。今までに無い種類の発見しづらい王種とは危険だが、その研究調査は後回しだ。
グレイリザードの異常繁殖は止まるだろうが、これまでに増えた分を始末しなければならない。
森の中を迷走するグレイリザードはクインの目論み通りゴブリン、コボルトが少しは足止めになった。異常な数で群れなければゴブリンでもグレイリザードを倒せるようだ。
それでも大型、攻撃型、機動型、という変異種がいる。森から出たグレイリザードはアバランの町に向かったものはティラスの青風隊と町のハンターが。
アバランの町以外の村へと向かうのは俺とゼラとアルケニー監視部隊で追いかけて討伐した。
これでハイラスマート伯爵の長女ティラスが先頭に立ちアバランの町を守ったと、青風隊隊長ティラステアの武名が上がる。
「カダール君とエクアド君みたいにアダ名がついたりって、なかなかしないよね。けっこう頑張ったのにね」
「ま、大型は森から出たとこであたいが潰したから、やりやすかったろ」
「それを聞くと自分の手柄って言い難いわね。カダール君が褒められて居心地悪そうにしてる気持ちが、私にも解った」
クインはあの後、森から出るグレイリザードと追われて出てくる他の魔獣を倒していた。アバランの町に向かうもので、青風隊とハンターが苦戦しそうなのを先に潰していたという。
それを相手にしてるうちに逃した小物がアバランの町に行き、畑や羊が襲われる前に青風隊とアバランの町のハンターが返り討ちにできた、ということ。
グレイリザードの王種はアルケニーと黒蜘蛛の騎士が森に乗り込んで討伐した、と伝えることに。アルケニー監視部隊が森に向かったことはアバランの町で知れ渡っている。町でグレイリザード対策をするのに、ハンターギルドと町長にはグレイリザードの大繁殖を既に伝えていた。この顛末が伝わることで蜘蛛の姫と黒蜘蛛の騎士がまたやってくれた、と噂になってしまう。
クインの正体は明かさずに秘密に。それでもグリフォン緑羽が蜘蛛の姫と共に町を守った、と吟遊詩人が歌ったりする。
「王種、ミラースキンリザードの尻尾は半分は王立魔獣研究院に送りました」
残りの半分はルブセィラ女史の研究サンプルになるらしい。これまでに無い新種の王種については秘密に。これはまだ知る者は少ない方がいいだろう。ルブセィラ女史が命名したミラースキンリザードのことは、エクアドと隠密ハガクと一部にだけ話すことにする。
このような王種が今後も現れては困る。隠密ハガクはグレイリザードの王種討伐までをエルアーリュ王子へ早急と報告に。援軍は必要無くなったとも伝えてもらう。
グレイリザード王種討伐から七日。ようやく町は落ち着いてきた。いや、ティラスとゼラと緑羽を讃えて、森に入れるようになったハンターもグレイリザード王種討伐に盛り上がっているか。
アルケニー監視部隊も交代で休息をとることにした。
俺とゼラとエクアドがゼラ専用特大テントで夕食を食べ、久しぶりに酒でも呑むかと話したときに来客が来た。
「ちっといいか?」
人化の魔法で人の姿になったクインが、肩から小さな樽を紐で縛って下げている。
「ウン、カダール、やってみてもいい?」
「頼む」
ゼラはウン、と頷いてグレイリザードの死体が飛び散る中に少し進む。
「カダール、ルブセ、しゃがんで。クインは動かないでね」
ゼラの言う通りに俺とルブセィラ女史はしゃがみ、クインは不満そうに腕を組む。ゼラは手を開いて顔の前でパン、と打ち鳴らす。その手を顔の前でクロスさせ、窓を開くように左右に大きく開く。
「まぐなー!」
ゼラの周囲に滲み出るように現れるのは、ゼラの瞳と同じ色の赤紫の光の玉。中央が暗くまるで大きな目玉のように見える球体。ルブセィラ女史が“
八つの瞳がゼラの周囲にフワフワと浮かぶ。次にゼラは両手を開く。
「しゅぴー!」
ゼラと手から幾つもの糸が飛び、辺りの木の枝、地面にと張り付く。木々の間を抜けかなり広範囲に細い糸を飛ばし、あちこちがピンと張り詰めた細い糸で作られた檻のようになる。
ゼラが両手を顔の前で握り拳を作る。目をつぶりその手に集中する。森の中じゅうに張られた細い蜘蛛の糸の先はゼラの両手に握られている。
ゼラはそのまま静かに待つ。王種が動いて蜘蛛の糸に触れるまで、このままじっと待つつもりだろうか? 王種とゼラの根比べか。それならば時間がかかりそうだ。しゃがんだ姿勢を楽にして座ろうとしたときに。
「見つけたっ! ちむっ!」
ゼラが目をカッと開き、“
――ギュイィッ
鳴き声が聞こえた。
「そこかぁっ!」
鷹の四つ足で草葉を蹴り飛ばしてクインが走る。ゼラの光線が破裂したところへと。そして、俺が見たものは不自然な揺らめき。空中に揺らめく輪郭? が吹き飛ぶというなんとも説明しづらいもの。ゼラと俺とルブセィラ女史はクインの後を追う。
“
「なんだこりゃ?」
クインが片手に握った物を見て眉を顰める。クインが握っているものが、良く見えない。細長い何かがビタンビタンと蛇のように暴れている。クインは片手で強く握り絞めて離さない。
かろうじて輪郭だけが見える。いや血が少し出ている切り口、のようなものも見える。丸い切り口だけは薄赤い肉色で中央に骨が見える。
そこから血が滴っているが、クインの掴んでいるものはのたうつ透明な大蛇のようで、動くときにその輪郭が辛うじて見える、というもの。
「自切、己の尾を落とし捕食者の注意を引き付けるトカゲの逃走手段。これは大トカゲの尻尾ですか? しかし、これは、」
ルブセィラ女史が驚きながら目にするものを口にする。クインが手に握るそれは、やがて力を無くしブラリと垂れ下がる。近くに寄って見てみると、歪んだ俺の顔がそれに映る。まるで鏡のようだ。これは、
「皮膚が鏡のようになった、グレイリザードの変異種か?」
「そのようです。薄い鏡の膜のような皮膚、そこに周囲の景色を映して身を潜める。その上、本体はクインでも気が付かない高度な気配遮断、隠蔽と迷彩に特化したグレイリザード。これが王種の尻尾ですか」
クインが両手に持った表面が鏡の大トカゲの尻尾をジロジロと見て。
「こんなの初めて見たぞ。おいゼラ、こいつどうやって見つけたんだ?」
「ン? ルブセの真似。糸を張って震えるとこ見つけたの」
「そんなんで解るのかよ?」
「姿を隠して、ゼラみたいに気配を消しても、呼吸も心臓も止められないから。それを探して見つけたの」
ルブセィラ女史の眼鏡がズレる。
「は? 呼吸? 心臓の鼓動音? そんな微細な振動を糸で拾って探したのですか? 信じられない……」
「でも本体に逃げられた。もう一回」
再び手を伸ばして糸を張るゼラ。クインは手に握る鏡の尻尾を投げ捨てる。それを慌ててルブセィラ女史が追いかけて拾う。クインは緑の翼を大きく広げる。
「はん! タネが解れば簡単だったじゃねえか。心臓の鼓動音? それが聞こえて、見たとこにいなけりゃあ、そこにいるってことだな。次はあたいが見つける!」
「競争? ゼラの方が見つけるの得意!」
「静かにしろよ、聞こえねえだろ!」
ゼラとクインが沈黙して集中する。邪魔をしないように音を立て無いように動かないようにする。静かな緊張の中、風が吹き葉擦れの音が響き。
「そこっ!」「ちむっ!」
クインの風刃とゼラの爆発光線が同じ箇所を狙う。
「ギュイィッ!」
「ゼラがはやかったっ」
「あたいが先だっ!」
飛び跳ねる鏡肌の大トカゲ。隠れられぬと諦めたのか大トカゲの鳴き声に周りからグレイリザードの群れが集まり始める。一ヶ所に群れる。中心の王種を守るように。剣を抜きルブセィラ女史の前に立ち、近づくグレイリザードに剣先を向ける。
「!カダール、ちむっ!」
ゼラの声に“
「ゼラ! 王種を逃がすな!」
「でも、カダールとルブセが」
ここでグレイリザードの王種を逃がしたく無い。この程度なら俺一人でもルブセィラ女史を守れる。しかし、ゼラには俺達の方が心配で、それならば。
「クイン!」
「これなら逃がさねえよ。手間かけさせてくれたなぁ」
俺とルブセィラ女史に飛びかかるグレイリザードをゼラの、ちむっ、が吹き飛ばす。ルブセィラ女史も片手に鏡肌の尻尾を持ったまま、“
クインは王種を守ろうと団子のように固まり始めたグレイリザードの群れに左手のひらを向ける。弓を引き絞るように右手を顎の下で人差し指と中指を伸ばして、大トカゲの固まりへと向ける。
「ハール! マク!」
ゴウ、と風音が唸る。風がグレイリザードの群れへと集まる。
「ヴォス!」
クインが右手首を返すように捻り一声。風が吹き荒れ渦を巻き、クインが狙ったところに渦を巻く風の柱が豪風の音と共に立ち上がる。風のうねる音の中からグレイリザードの小さな鳴き声が聞こえる。
「竜巻、か?」
「只の竜巻ではありませんね」
初めて見る未知の魔法を目に焼きつけようと、片手で眼鏡を押さえたまま見つめるルブセィラ女史。吹き荒れる風に倒れぬように左手でルブセィラ女史の胴を抱いて支える。
「竜巻は風の檻、逃がさぬように捉えて集めて、風の中で回転して乱れ飛ぶ風刃がズタズタに斬り裂いています」
「見つけてしまえば楽勝。これで逃がさねえ」
クインがニヤリと笑って言うが、風の檻で閉じ込めて微塵切りにするとは残虐な魔法だ。渦の中をグルグルと飛ぶグレイリザード。肉の切れる音と共に竜巻の色が赤く染まる。吹き飛ぶ血も逃がさぬ渦巻く風の柱は赤い色が濃くなっていく。真っ赤に染まった風の檻の中から肉を切り裂く音が不気味に響く。
「お前ら、近づいて巻き込まれるなよ」
クインの言葉に頷く。右手の剣を地面に刺し身体を支えルブセィラの胴を強く抱く。風の柱に引き寄せられるような風の動きに耐える。効果範囲から離れたところでも余波の風が吹き荒れる。
クインが指をパチンと鳴らすと風は突然に止まり、もとがグレイリザードだった肉片と血の雨がザァと降る。俺もルブセィラ女史も悪夢のような光景に言葉も出ない。これに巻き込まれたら、人の軍隊ももとの形が解らない微塵切りと血の雨に変わる。
ゼラがむくれてクインに文句をつける。
「クインー。こんなにしたら王種の肉が解んない」
「なんだよ? ゼラは食うつもりだったのか?」
「ウン、王種なら進化できるかなって」
「無理だって。こいつの因子程度じゃ」
「そうなの?」
「肌が鏡になってもそこの男に気持ち悪がられんぞ」
「じゃあ、いらない」
生き残ったグレイリザードは俺達から逃げるように森の中へと走っていく。地面から剣を抜きルブセィラ女史を抱いていた手を離す。ルブセィラ女史はふらついてペタンと座る。
「どうやら王種は討伐できたようだ。これでは死体が見つけられんが」
「尻尾だけはこうして捕獲しました。ですが、」
ルブセィラ女史は手に握る鏡の皮膚の尻尾を見る。グレイリザードの皮膚が曇りの無い鏡のようになるとは、随分と特殊なことだ。
「今回はゼラさんのおかげで発見できましたが、今後、このような王種が現れては人間だけでは見つけられません」
「その可能性はあるのか。今回だけ特別、というのは只の楽観か」
「尻尾だけでも手に入れられたのは僥倖でしょう。これは急ぎ調べなければ」
「だが、その前にすることがある」
グレイリザードの王種討伐は終わった。今までに無い種類の発見しづらい王種とは危険だが、その研究調査は後回しだ。
グレイリザードの異常繁殖は止まるだろうが、これまでに増えた分を始末しなければならない。
森の中を迷走するグレイリザードはクインの目論み通りゴブリン、コボルトが少しは足止めになった。異常な数で群れなければゴブリンでもグレイリザードを倒せるようだ。
それでも大型、攻撃型、機動型、という変異種がいる。森から出たグレイリザードはアバランの町に向かったものはティラスの青風隊と町のハンターが。
アバランの町以外の村へと向かうのは俺とゼラとアルケニー監視部隊で追いかけて討伐した。
これでハイラスマート伯爵の長女ティラスが先頭に立ちアバランの町を守ったと、青風隊隊長ティラステアの武名が上がる。
「カダール君とエクアド君みたいにアダ名がついたりって、なかなかしないよね。けっこう頑張ったのにね」
「ま、大型は森から出たとこであたいが潰したから、やりやすかったろ」
「それを聞くと自分の手柄って言い難いわね。カダール君が褒められて居心地悪そうにしてる気持ちが、私にも解った」
クインはあの後、森から出るグレイリザードと追われて出てくる他の魔獣を倒していた。アバランの町に向かうもので、青風隊とハンターが苦戦しそうなのを先に潰していたという。
それを相手にしてるうちに逃した小物がアバランの町に行き、畑や羊が襲われる前に青風隊とアバランの町のハンターが返り討ちにできた、ということ。
グレイリザードの王種はアルケニーと黒蜘蛛の騎士が森に乗り込んで討伐した、と伝えることに。アルケニー監視部隊が森に向かったことはアバランの町で知れ渡っている。町でグレイリザード対策をするのに、ハンターギルドと町長にはグレイリザードの大繁殖を既に伝えていた。この顛末が伝わることで蜘蛛の姫と黒蜘蛛の騎士がまたやってくれた、と噂になってしまう。
クインの正体は明かさずに秘密に。それでもグリフォン緑羽が蜘蛛の姫と共に町を守った、と吟遊詩人が歌ったりする。
「王種、ミラースキンリザードの尻尾は半分は王立魔獣研究院に送りました」
残りの半分はルブセィラ女史の研究サンプルになるらしい。これまでに無い新種の王種については秘密に。これはまだ知る者は少ない方がいいだろう。ルブセィラ女史が命名したミラースキンリザードのことは、エクアドと隠密ハガクと一部にだけ話すことにする。
このような王種が今後も現れては困る。隠密ハガクはグレイリザードの王種討伐までをエルアーリュ王子へ早急と報告に。援軍は必要無くなったとも伝えてもらう。
グレイリザード王種討伐から七日。ようやく町は落ち着いてきた。いや、ティラスとゼラと緑羽を讃えて、森に入れるようになったハンターもグレイリザード王種討伐に盛り上がっているか。
アルケニー監視部隊も交代で休息をとることにした。
俺とゼラとエクアドがゼラ専用特大テントで夕食を食べ、久しぶりに酒でも呑むかと話したときに来客が来た。
「ちっといいか?」
人化の魔法で人の姿になったクインが、肩から小さな樽を紐で縛って下げている。