最終話

文字数 8,724文字


 ローグシーの街、教会の聖堂。かつてゼラが、天井のステンドグラスを割って現れたところ。ゼラが砕けた色とりどりのステンドグラスの破片と共に舞い降りて、ローグシーの街に初めてアルケニーの姿を現したところ。

 天井のステンドグラスは新しくなり、その時割れたステンドグラスは、聖堂の中に飾られている。
 これに祈れば片想いの恋が実る、と言われ、この割れたステンドグラスを参拝する者が増えたという。
 この聖堂ではゼラが入れるようにと扉を大きくしたり、祭壇までの通路を広くしたりと改装された。
 ゼラが訪れて神官達と話をしたこともある。聖獣認定にあたり、光の神教会の教義など神官から教えてもらうなど。

 聖堂の外、門の内側にひとつの彫像がある。作ったのは俺の叔父だ。
 叔父は母上の弟で王都では人気のある芸術家。赤髭と呼ばれて肖像画に彫像といろいろと手を出している。王都の聖堂にも叔父の作った光の神の像がある。
 この叔父がゼラを一目見たときに、芸術的衝動が湧いたと言い出した。その叔父が作った彫像。
 ローグシーの街の住人から聞いた話をもとにした、ゼラの等身大の立像。彫像のゼラの手は彫像の俺をお姫様抱っこしている。

 いや、あのときゼラが俺をお姫様抱っこして、ローグシーの街の屋根から屋根へと跳び跳ねたのは、目にした住人が多いのだが。俺もそれ以来、街の住人からは、屋根の上の拐われ婿と呼ばれているし。
 彫像は既にこうして飾られ、俺が何を言っても今更か。ゼラは俺を良く抱き上げて持ち上げるが、カラァとジプソフィが産まれてからは、ゼラの手は娘を抱くことが多い。最近はあまりゼラに持ち上げられて無いのだが。
 この彫像、ずっとここに飾られるのか。

 聖堂でゼラの黒の聖獣認定の儀が終わり、俺とゼラは結婚衣装に着替える。七色の虹の浮かぶプリンセスオゥガンジーの結婚衣装に。俺が着るには派手過ぎる気もするが、祝い事の主役は派手過ぎるぐらいが良いらしい。
 男の方が準備が早く、ゼラの着替えと化粧が終わるのを待つ。

「子供達が騒ぐかと心配していたが」

 待っている間にエクアドと話す。エクアドは先程の、ゼラの聖獣認定の儀を思い出しながら言う。

「大人しいものだったな」
「あぁ、寝ているかと見たら起きていた」

 エクアドの息子フォーティスはフェディエアが膝に乗せて。カラァは母上に抱っこされ、ジプソフィは父上が抱っこして。
 愛らしいのはよく解る。それで三人とも良く抱き上げられて、抱っこグセがついたような。
 エクアドが苦笑する。

「カラァとジプソフィが、抱っこされたくて魔法の力に目覚めるとはな」

 カラァもジプソフィも下半身の蜘蛛体が大きくなり、人が抱き上げるのは難しいくらいに。抱っこされたい二人は突然に魔法を発揮した。
 ゼラの下半身の蜘蛛体は大きい。だが身軽に動き家の屋根に乗っても屋根が抜けない。
 ルブセィラ女史いわく。

『自分の体重を軽減させるか、重力に干渉するのか、ドラゴンのような巨体飛行魔獣に近いものでしょう。派手さは有りませんが、持ち上げてみると前より体重が半分くらいに感じます』

「父上も母上も喜んでいるが、ますます抱っこグセが抜けなくなるような」
「それにフォーティスもつられたようだ。だが無理に離すことも無いだろう」
「それもそうか。まだまだ甘えたい盛りだ」
「では、俺は中に入る。念の為に黒の聖獣警護隊は聖堂の外に張っているが、今日は天井が割れる心配も無さそうだ」
「不安になるようなことを言うな」

 エクアドが笑い先に中へと入る。光の神教会の聖堂、大きな扉の前でゼラを待つ。側の神官に俺の礼服のチェックなどしてもらいつつ。

「カダール、お待たせ」
「そんなに待って無いぞ、ゼラ」

 振り向いてゼラを見る。純白のウェディングドレスに身を包むゼラが、満面の笑みでそこにいる。見上げて息を飲む。その身をプリンセスオゥガンジーの七色の陽炎が彩る。

 カラァとジプソフィが産まれ、ただでさえ大きいゼラの至高の双丘は、一段と立派に。母乳が出るようになってから、前より少し大きくなり、ドレスの胸部分を押し上げ存在を主張する。
 白いドレスに、褐色の慈母の谷間のコントラストが目に眩しい。
 ドレスの腰から下は大きく膨らみ蜘蛛の脚を隠している。蜘蛛の背部分から幾重にもドレープが流れ、光を反射して生まれる七色の虹が揺らめき踊る。
 長い黒髪は後頭部で結い、白いリボンでまとめて。先が少し尖った耳に赤色の耳冠。母上がハウルルの赤いハサミの欠片と硝子から作った耳冠が、七色の虹を移してキラリと光る。
 褐色の頬に薄く紅を乗せて。
 
「カダール? どうしたの?」
「あぁ、ゼラに見蕩れていた。とても綺麗だ、ゼラ」
「むふん、カダールも素敵」

 待ち望んだ結婚式に身体から喜びが溢れ出しそうなゼラ。衣装も素晴らしいがゼラから滲む嬉しいという感情が、目を引き付けて離さない。
 ゼラがローグシーに来た頃、人語に慣れてもらおうとよく絵本を読んだ。

『こうして二人は結ばれました。めでたし、めでたし』

 絵本で見てから、結婚式したいと言っていたゼラ。母上がよく結婚式をだしにして、ゼラに礼儀作法やお茶の淹れ方を教えていた。ちゃんと憶えたら結婚式が近づくと言われ、ゼラは真剣に学んでいた。
 今日はゼラの願いが叶う日。俺とゼラの結婚式。
 ゼラが白い手袋に包まれた手を伸ばす。その手をとる。

「行こうか、ゼラ」
「ウン、カダール」

 神官が大扉を開けると、式場の中の人々がこちらを見る。誰もが祝福の微笑みで俺とゼラを祝ってくれる。
 様々な人と、人ならざる者と、出会いがあった。その度に何か事が起きたりしたが、それが今に繋がっている。
 ゼラと手を繋ぎ、ゆっくりと足を踏みしめることを楽しむように進む。

 本来は腕を組んで進むものだが、ゼラの背は高い。上半身は小柄な少女のようなゼラだが、下半身の黒い蜘蛛の身体が大きい。なので馬に乗った人を見上げるようになってしまう。
 腕を組むと俺がぶら下がって見えるので、ゼラと手を繋ぎエスコートするように前に進み、祭壇へと。

 祭壇の向こうにはしわ深い顔のノルデン大神官。光の神への聖句を唱え、祈りを捧げる。
 ゼラは指を組み大神官の祈りが終わるまで、静かに目を伏せる。俺も指を組み、横目でチラとゼラを伺いながら目を伏せる。

 人のことを学んだゼラは、人の仕草やこういった場の礼式などいろいろと憶えた。聖獣認定の儀でも堂々と胸を張り、大神官ノルデンと練習した通りに儀礼をこなした。
 聖獣認定の儀では誇らしげに、今は清楚に。これまでいくつものゼラの表情を見てきた。
 笑って、怒って、泣いて、その度にゼラに強く惹かれていった。今もまた初めて見る表情。まだその身に魅力を秘めているのか、と、惚れ直してしまう。

 大神官ノルデンが祈りを終え、顔を上げ振り向く。

「今日のこの日、新たな契りを結ぶ二人は、神々の前にて、その絆に誓いを」

 大神官ノルデンが指で聖印を切る。

 光の神教会の結婚式はいくつか儀式がある。難しいことは無く、誓いの言葉を口にし、ひとつの杯の酒を二人で半分ずつ飲んだりと。
 一度だけゼラが、大神官ノルデンの言葉に応えようと、しゅぴっ、としかけてウェディングドレスの中の左前脚が動きかけたが、途中で止めた。

「誓いの口付けを」

 俺とゼラは身体の向きを、祭壇から互いへと向け直す。ゼラの方が背が高く、ゼラが身を屈めて顔を俺に近づける。赤紫の瞳を閉じて、口紅要らずの赤い唇が俺の唇と重なる。
 手を伸ばしゼラを俺の胸に抱く。ゼラの手が俺の背中に触れる。
 この手に抱くゼラの温もりが愛しい。
 俺の為に人の中に下りた蜘蛛の姫。
 その体温を胸に感じる。

 この触れる温もりが、人が続くことに必要なものではないか?
 愛しい者に触れ、愛する者を胸に抱き、その温もりを感じる。この暖かさを守ろうと思えるのかどうか。

 守る為に強くなろうと思えば、身を鍛えて力をつけるだろう。守る為に賢さが必要なら、学び知恵をつけるだろう。役に立とうと思えるならば、技を身につける為に修練するだろう。
 愛する者の為に何ができるか、それは獲物をとることでも、畑を耕すことでも、商いでも、(まつりごと)でも、魔獣と戦うことでも、何でもいい。
 そうして力と知恵と技をその身に備え、それが大切な者を守り生きることに繋がれば、それは誇りとなる。

 母上が俺とゼラを見る。その手にカラァを抱いて。
 父上が俺とゼラを見る。その手にジプソフィを抱いて。
 俺が父上と母上から教わり学んだこと。それをこれから俺は、カラァとジプソフィに伝えていく。
 子が産まれ育つとき、己の身に付けたものが、大切な者を守る役に立つとなれば、それを自信を持って子に伝えることができる。
 それが知恵を重ね技を伝えるということ。
 その胸に抱く温もりを、未来に伝え守るために。

 滅日を迎えたかつての古代魔術文明。そこで生きる人は便利な技術に溺れて弱体したという。それは、その便利な技術が何の為に、誰の為に、どのように使えば良いかを、忘れてしまったのではないだろうか。
 心無き強さは理不尽な暴力に、心無き知恵は無法に利を見る。
 胸に抱く温もりを忘れなければ、大切な者を見失わなければ、触れる暖かさを守る為の手段と方法を、それに必要な鍛え方と学び方を、そのことを繋ぐように伝えられるのならば。
 きっと人が滅ぶことは無い。

 胸に抱くゼラの温もりを、唇に触れる暖かさを、酔うように祈るように、この身に受けて。
 ゼラの舌が俺の前歯をなぞる。その柔らかなゼラの舌を俺の舌でそっと、

「……こほん、おっほん」

 大神官ノルデンの咳払いに我に帰る。ゼラと口付けに夢中になってしまった。咳払いで促されてしまうくらい、長い時間ゼラとキスをしていたらしい。つい、舌を絡める深いのをしてしまった。
 目を開ければ目の前にゼラの赤紫の瞳、大神官の咳払いでゼラも我に返った様子。

「ン、むふん」

 満足気な鼻息ひとつ、触れる唇を離していくと、名残惜しいと俺の唇とゼラの唇を、繋ぐ唾液の糸が引く。
 聖堂の中、参列する人々の生暖かい視線。ううむ。中には、子供に何を見せている、という非難の視線も。むぐ、監視されるのに慣れたのもあるが、ゼラと二人で人前で盛り上がってしまった。

 結婚式は滞り無く進む。ゼラと二人、祭壇前から聖堂の外へと歩み出る。このとき参列者の要望もありかつての再現と、ゼラが俺をお姫様抱っこして進むことに。
 本来は夫が妻を腕に乗せるのだが、俺とゼラでは逆になる。俺一人ではゼラを持ち上げられないし、俺がゼラに運ばれるのがしっくり来る。それがいつもの通りだから。
 ウェディングドレスに身を包む新婦のゼラが、その腕に軽々と俺を乗せて笑顔で進む。祝福する人々の笑顔と拍手に挟まれて。

 子供達は大人しい。フェディエアの抱くフォーティスは目をキョトンとさせて、俺とゼラを見ている。
 カラァとジプソフィはと見てみると、疲れたのか眠ってしまっている。父上は眠るジプソフィをしっかりと抱いて、だらしない笑顔を見せる。
 カラァは母上が抱いていたが、眠ってしまって体重軽減の魔法が切れて、もとの重さに戻ったらしい。今はクインが抱いている。

 クイン、アシェンドネイル、アイジストゥラ、三人の深都の住人は魔法で人に化け、華やかなドレスを着て、結婚式という人の儀式につき合っている。
 ゼラを祝いながらも、俺とゼラの結婚式に何やら複雑な顔をしている。おそらくは、こっそりと深都の住人と何か話しているのだろう。

 聖堂の外に出れば、門の外に人が集まっている。聖獣に認定されたゼラを見に集まった、ローグシーの街の住人達。ゼラとゼラにお姫様抱っこされた俺を見て、どよどよとざわめいている。

 この結婚式でひとつ悩んだことがある。ブーケトスだ。
 人を癒す黒の聖女とも呼ばれるゼラ。ゼラの蜘蛛の体毛が死に瀕した剣士の命を救った、という噂も流れた。その上、今日はゼラが黒の聖獣と光の神教会が正式に認めた日。
 ゼラの投げるブーケを奪い合い、乱闘が起きるかもしれない。そんなことを言ったのはフェディエアの父、バストレード。

『そのブーケを手に入れるのに、金を出すと言い出すのもいるでしょうな』

 手にした未婚の乙女が、次に幸せな結婚をするという風習のブーケトス。これに更に黒の聖獣ゼラの加護が宿るとなれば。
 エルアーリュ王子の隠密ハガクも、

『可能ならば手に入れろ、とエルアーリュ王子が言っているのだが』

 エルアーリュ王子、至蒼聖王家の姫と結婚する予定の人が、何を欲しがっているのか。
 ゼラの体毛も唾液も欲しがる者がいて、今度はブーケか。ブーケトスを止めようか、という話も出たが、ゼラには結婚式ですることは一通りさせてあげたい。ずっと待ち望んでいたのだから。
 そう悩んでいると、ゼラが言う。

『ブーケは、受け取れるの、一人だけ? 皆が幸せになれるといいのに』

 エクアドとフェディエアの結婚式を思い出してゼラが言う。あのときフェディエアは、槍でも投げるかのように隊員シグルビーにブーケを投げつけていたが。騙し討ちのような急速結婚式を手伝った隊員シグルビーに、イラッとしたとか。
 では、ゼラがそう言うなら、いっぱい投げようか。

「ゼラちゃんが来てから、おかしな注文ばっかりだ」
「それを喜んでやってもらえて助かる」
「私と姉さんの腕の見せ所だもの」

 ローグシーの街の鎧鍛冶姉妹が笑って言う。ゼラの装備はこの鎧鍛冶姉妹に頼むようになった。頼んだゼラ用の特注の鞍を、今はゼラの蜘蛛の背に取りつけている。
 ゼラがウェディングドレスを着たままつけられる、結婚式専用の鞍だ。プラシュ銀を使い派手な儀礼用になっている。白いドレスの上の赤と銀の鞍には、荷を取りつける為の黒のベルト。

 聖堂の門の近く、ゼラの前には四つの大きなかご。子供の背丈ほどある背負いかご。そこにはローグシーの花屋から買い占めた花が詰められている。
 ゼラは大神官ノルデンと共にかごの中の花に祝福を。何か特別な魔法をかけたりでは無く、大神官ノルデンが祈り、杖を振り、ゼラがかごに顔を近づけて、ぷう、と息を吹きかける。

『想いを伝える仕草を形に現すのが儀礼となります。見る者にとって、ゼラ様の想いが伝わるようにと、考えてみました』

 大神官ノルデンの考案した、黒の聖獣ゼラの初めての祝福の儀礼。そこに特別な魔法も奇跡も何も無くとも、花を手にする人の幸福を願う、ゼラの加護の儀式。
 一通り終わったところで、大きなかごをゼラの蜘蛛の背の鞍に取りつける。
 俺がその鞍に乗る。立ったまま乗れるように作られた鞍の鐙に足をかけ、足首をベルトで固定。ゼラの背中に立ちゼラの肩に手を置く。後ろからゼラの頭を見下ろして、

「ゼラ、準備できた。行こうか」
「ウン、しゅぴー」

 ゼラが手から糸を出し、聖堂の屋根と地上を結ぶ糸の橋を作る。ゼラはその糸に飛び乗り、するすると聖堂の屋根の上へと。
 ウェディングドレスを着た花嫁が、四つの大かごと花婿を背負い、聖堂の屋根へと登る。
 
 屋根の上から見下ろせば、結婚を祝福する人々が俺達を仰ぎ見る。俺は大きなかごの中から花を掴んで、背中越しにゼラに渡す。

「みんなー、いくよー!」

 ゼラが喜色の声をかけ、その手の色とりどりの花を投げる。地上に花が雨と降る。俺は次々とかごの花をゼラに手渡して、ゼラはあっちにこっちにと花を投げる。
 地上ではゼラの投げる花を受け止めようと、手を伸ばす人達。本来は未婚の乙女に投げるものだが、地上では男も女も関係無く、降り注ぐ花の雨に手を伸ばす。
 ゼラが肩越しに振り返る。

「カダール、嬉しいね」
「あぁ、皆、喜んでいる」
「お花、まだある?」
「まだまだある。たっぷりと用意してある」

 四つの大かごのうち、一つは空になってもまだあと三つある。

「そろそろ次に行こうか」
「ウン、カダール、掴まって」

 ゼラの肩に手を置く。ゼラが聖堂の上から高く飛ぶ。青く晴れた空の下、七色の虹を纏う花嫁が、ローグシーの街の屋根から屋根へと飛び移る。
 屋根から地上を見下ろして、人のいるところへとゼラは花を投げる。

「あっちに行ったぞー!」
「俺はまだ、蜘蛛の姫の花、もらって無い!」
「あんた、男でしょうが」
「そう言うおばちゃんは旦那がいるだろ」

 元気な者がゼラの後を追いかけて走る。子供が声を上げてかけてくる。上を向いて走る子が、つまづいて転ぶのを、もとアルケニー監視部隊、今は黒の聖獣警護隊が助け起こす。
 エクアドと隊員達が走る人を追いかけるように、怪我人が出ないようにと見ながら走る。

「この部隊に入ってから、走ってばっかりじゃね?」
「うちの隊は、あの二人を追いかけるのがお仕事」
「なんでお前が花を握ってるんだよ?」
「何よ、私が幸せな結婚に憧れてなんか文句あるの?」
「それ、街の人の分じゃ無かったっけ?」
「私達にも幸せを分けてよ」
「お前ら、お喋りして荷物を落とすなよ」

 黒の聖獣警護隊は、ゼラが投げる花が足りなくなったときの為の、花入り大かごのお代わりも運んでいる。
 
「むふん、ふふー♪」

 笑顔を振り撒き、花を振り撒き、ウェディングドレスを翻してゼラが跳ねる。屋根から屋根へと、ローグシーの街を跳ね回る。

「これでカダールと、ちゃんと結婚、ちゃんと夫婦」
「そうだな。一時は教会を無視して勝手にやってしまおうかとも、考えたが」
「ン、いろんなことがあって、そのあとに結婚して、めでたし、めでたし」
「人の都合に合わせて、ゼラには随分と待たせてしまった」
「その分、皆が幸せに。そうでしょ、カダール」
「そうだな。と、そろそろ花が無くなる。これを投げたら結婚式はお仕舞いだ」
「ンー、また結婚式したい」
「何回もするものじゃ無い」
「次の結婚式は、カラァとジプ?」
「まだ早い。二人とも嫁に行くのはまだまだ早い」
「フォーティと結婚するのはどっちかな? それともカラァもジプも、フォーティと結婚する?」
「フォーティスがどんな男に育つか、見極めてからだ」

 カラァとジプソフィが見初める男、いやいや、まだ幼いのだからそんなに先を急ぐことは無い。フォーティスとは兄妹のようでいて、これからどうなるか解らない。
 親から子へ、子から孫へ、続いていく。過去から未来へと繋がっていく。
 
「ゼラ、これが最後の花」
「ウン、えーい」

 大きな建物、シウタグラ商会の屋根の上から、通りの人々へとゼラは花を投げる。通りに出た酒場の娘が手を振り、屋台を放り出した飾り飴屋のおやじが、落ちる花に手を伸ばす。追いかけて来た子供のはしゃぐ高い声。
 ローグシーの街を駆け抜けて、黒の聖獣警護隊が息を切らせている。

「ゼラ」

 蜘蛛の背に立ち、ゼラの背中から肩越しに呼び掛ける。

「ン?」

 首を振り向かせて俺を見上げるゼラ。結い上げた髪はほどけて黒い長い髪が、屋根の上の風にふわりと踊る。

「なに? カダール?」
「俺のところに来てくれて、ありがとう」

 ゼラが来て、ゼラと再会して、いろいろなことを知った。俺は自分のことを色恋に疎いと思っていたが、こんなにゼラのことを好きになるとは知らなかった。
 ゼラが赤紫色の目を細める。

「カダール、ゼラを見つけてくれて、ありがとう」

 ずっと俺を見て、俺を守ってくれた蜘蛛の姫。俺がゼラを見つけたあの日から、俺とゼラの糸は繋がった。
 その糸が切れぬまま、今に繋がっている。
 その感謝を、俺の気持ちを、この愛を、どう言葉にしていいか解らない。言葉にならない胸から溢れる意吐を、ゼラに伝える。

「ン?」

 ゼラの肩越しに振り向くゼラと唇を重ねる。
 目を閉じ受け止めるように、伸ばしたゼラの手が俺の赤毛に触れる。
 青空の下、赤い煉瓦屋根の上、踊る虹に囲まれて。
 街の通りから見上げる人々が、声を上げ囃し立て、口笛を吹く。

 この繋ぐ糸は誰にも切れはしない。
 この先に何があろうとも。
 温もりを伝え合い、繋ぐ絆が、今を作り、
 俺達の意図は未来に繋がっていく。

「ンう」

 背中から抱くゼラが唇を離して身をよじる。どうした? 潤む瞳が、ゼラニウムの花の色の瞳が妖しく煌めいて、

「カダールぅ、そんなにくちゅくちゅしたら、ムニャムニャしたくなっちゃう」
「む、ゼラ、それは我慢して。これから宴だから」

 一途な想いで現れた蜘蛛の姫。
 深都の住人、業の者と人を繋いだ、銀糸の使徒。
 その慈愛で人を癒す黒き聖獣。
 常に黒蜘蛛の騎士と共に在りて、その優しさと素直さと明るさで、人の心に明かりを灯し、行く先を照らす、西の黒き聖女。
 いろんなアダ名で呼ばれることになっても、これだけは変わりはしない。

 俺のゼラ。

「ゼラ、愛してる。ずっと一緒だ」
「むふん」

 満足気な鼻息ひとつ。

「ゼラも、カダール愛してる」


 
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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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