第二十四話
文字数 4,996文字
「緑羽に手を出すのはやめた方がいいですよ。これで解りましたか?」
アバランの町で雇ったハンター兄弟と話をする。
「それに討伐に成功したとしても、この町の年寄りに恨まれますからね」
「アバランの町の守護獣という話は聞いている。しかし、実際に目にすると美しいグリフォンだ。羽は翡翠の細工のようじゃないか」
「あれはハイイーグルに匹敵しますね」
「確かに」
「おや? 騎士様はハイイーグルを見たことがおありで?」
「王都で剥製を見たことがある。綺麗なものだった」
解説しましょう、と眼鏡を煌めかせるのはルブセィラ女史。
「ハイイーグルは鳥の中では最も空高く飛ぶ鳥です。見た目は鷹に似ていますがやや大きく、特徴はエメラルドの翼と呼ばれる美しい羽。稀少の上に高空を飛び、発見も捕獲も難しく、最も高値のつく鳥でもあります。二重の意味で王者と呼ばれる鳥ですね」
「あの緑羽のグリフォンならハイイーグルよりも高値がつきそうだ」
ハンター兄弟が顔を合わせて肩をすくめる。
「それを狙ったハンターもいますが、緑羽は地上に下りて来ない。頭がいいので餌や罠をしかけても、引っ掛かったことが無い」
「巣は何処にある?」
「森ン中としか解らないですね」
「緑羽が陣取っていると森に入れないじゃないか」
「代わりにその緑羽がゴブリンとコボルトを森に追い返してくれますので」
「あれでは射ち落とすこともできない。ただのグリフォンなら弓矢の数を揃えればどうにかなるところなのだが」
「緑羽は並のグリフォンとは格が違いますからね」
なんだか自慢気に胸を張って応えるハンター兄弟の兄。まるでグリフォンを我が町自慢のように話す。
「緑羽がいると森に入れませんが、代わりに緑羽は町を守ってくれる。まぁ、森の奥で五十年前のようにオークの王種が誕生してると困りもンですが」
「それを調査しに行きたいのだが」
こうなると隠密ハガクが戻ってくるのを待つしか無いか? もしくはゼラの背に乗りゼラの速度で少数で強硬突破、というのも考えてみるか。
ハンター兄弟に報酬を支払う。ついでに気になったことを聞いておく。
「ハイラスマート領ではハイイーグルがいると聞いてはいるが、あの緑羽に食われたりしてないのか?」
「どうでしょう? ハイイーグルはもともと滅多に見かけないんで。だからこそその羽には高値がついてるんですが。アバランの町でも、うちのひいじいさんくらいしか捕まえたハンターはいないので」
「ハイイーグルを捕まえたって本当か? 捕まえてハイラスマート伯爵に献上したのか?」
ハンター兄弟は顔を見合わせて、不思議な笑みを見せる。残念なのか自慢なのか解らない微妙な笑みだ。弟の方が口を開く。
「それがうちのひいじいさん、そのハイイーグルがあんまりにも綺麗だからって、空に帰してしまったんですよ」
「ケガが直るまでうちで飼ってて、ケガが治ったらさっさと逃がしたって」
「生きたハイイーグルを売りに出したら、今頃うちはアバランの町一番の金持ちになってたかもしれませんね」
「まあ、これで当時は、弓の腕ではうちのひいじいさんがアバランの町一番のハンターって言われてましてね」
「今もうちにはその時のハイイーグルの羽があって、うちの家宝になってんですよ」
「で、うちは代々弓使いのハンターなんです」
兄弟が自慢気に語る曾祖父の話。ケガをしたハイイーグルを治して空に帰した、か。何やら親近感を感じる話だ。
売れば高値がつくハイイーグル、それを逃がしたとなれば惜しいと思われるか。だが、ハンター兄弟の顔からは曾祖父を誇りに思う気持ちが伺える。
そしてハイイーグルの羽となれば灰龍や黒龍の鱗くらいには珍しい品だ。持っていれば家宝と自慢したくなるのは解る。
ルブセィラ女史がハンター兄弟に近づいて。
「今度、その羽を見せていただけませんか?」
「いいですよ。そのときは蜘蛛の姫様もうちに来てください」
「そのひいおじいさんはご健在ですか? ハイイーグルについて聞きたいのですが」
「十年以上前に亡くなってます。ひいばあちゃんは生きてるけれど九十越えてボケてきてるんで、昔の話を憶えてるかどうか」
ハンター兄弟を見送って改めて作戦会議に。ゼラ専用の特大テントの中、エクアド、ルブセィラ女史、青風隊のティラス、町で情報収集してきたフクロウのクチバを迎え今後の方策について。眉を顰めて不機嫌な顔を隠さないゼラの手を引いて。
「ゼラ、どうした?」
「むー、あいつズルい。届かない」
「そうだが、それがあの緑羽のやり方なんだろう。ゼラが守ってくれたおかげで助かった」
いつものようにゼラの頭をぐしぐし撫でる。だが一方的にやられただけ、というのが気にくわなかったのか眉は潜めたままだ。
エクアドが口を開く。
「実際に見てみてこの町のハンターもあの緑羽には諦め気味、というのがよく解った。ルブセィラ、あのグリフォンの防御はなんだ?」
「風の系統、風殻の強化版というところでしょうか。ゼラさんの雷鞭すら弾くとなれば弓矢も投射魔術も効きませんね。その上、高空から風刃を恐ろしい程の数で放つ。空中で無敵の鎧で身を包み一方的に攻撃してくるとなると、なんとかして地上に落とさなければ捕獲も無理です」
「ゼラの、びー、ならどうにかなっても加減出来ずに殺してしまいそうだ」
こういうところが空飛ぶ魔獣の厄介なところだ。クチバが後を続ける。
「アバランの町のハンターも隊を三つに分けて、グリフォンがひとつに集中してるうちに残りで森に行こうと計画しましたが、失敗してます。緑羽の機動力で三隊ともボロボロにされて逃げ帰ってます」
「視界の悪くなる夜はどうだ?」
「それ、ハガクが試してみたんですけどね。あの緑羽は鳥目じゃ無いみたいで、闇夜でも補足されてハガクの部隊は酷い目に会いました」
「夜目の利くグリフォン? ますます異常だ」
ティラスが果実水を飲み喉を潤して。
「どうしても森に行くなら回り込むしか無いんじゃない? 速さであの緑羽に勝つのは難しいと思うのだけど」
「こうなると隠密ハガクが戻るのを待つしか無いのか。ますます森の中で何が起きてるのかが気になる」
討伐すると町の住人の不興を買う。捕獲するか足止めするかしないと、森の調査が難しい。どうしたものか。ん? 待てよ?
「灰龍も巨体で空を自在に飛ぶ魔獣で、ゼラ、どうやって灰龍をやっつけたんだ?」
「ンー? えとね。ゼラが囮になって灰龍を誘きだして罠にかけたの」
「罠?」
「ウン、それで地面に落として、まぐなで灰龍の翼に穴を開けて飛べなくしたの。でも地面に落としてからがしんどかった。強かった」
ティラスが額に汗を浮かべてゼラを見る。
「そ、そうなんだ。灰龍をやっつけたって噂には聞いてたけれど、本当なんだね」
「ウン、灰龍、やっつけて食べた」
「食べちゃったのか……、凄いね、ゼラちゃん」
ティラスが小声で災害喰らい、とか呟いているが、なにを今更。ゼラは眉を顰めたまま、
「ンー、でも、あのグリフォンはどうしよう? あいつ、灰龍より強いよ」
ゼラの言葉に一同がポカンとなる。灰龍より強い? あの緑羽が?
「どういうことだ? ゼラ、あれは奇妙なところはあるがそれでもグリフォンだ。灰龍より強いなんてことは無いだろう?」
「あいつ手加減してた。ゼラも手加減してたけど」
負けず嫌いなところを見せるゼラ。むー、とひとつ唸るようにして。
「あのグリフォン、見た目を誤魔化してる。この前のラミアみたいに」
「なんだって? では、ラミアが緑羽に化けているのか?」
「ンー、ラミアとは雰囲気が違うの。でも魔力とか隠してる。ゼラみたいに」
「では何か違う魔獣がグリフォンに化けている? どんな姿か解るか?」
「それが、見抜こうとしてもモヤモヤッとしてて解んないの。でもあいつ、本気出したら灰龍より強い」
ゼラの話を聞いて皆が言葉を無くす。エクアドも、どういうことだ? と呟いて考え込む。グリフォンの亜種か変異種だと思っていたが正体は未知の魔獣。それも生きた災害と呼ばれた灰龍よりも強いと聞かされては。
いきなりハイラスマート領壊滅の危機にまで発展するかもしれない事態に寒気がする。
「ゼラ、その緑羽が灰龍より強いということだが、ゼラと比べてどうだ? 勝てそうか?」
「ンー、あいつはたぶんこの前のラミアと同じくらい。ゼラとも同じくらい、と、思う。勝てるかどうかだと、むー、地面に落としたら勝てそう」
「そうか……」
ゼラと同じくらいに強い謎の魔獣。これもラミアの仕掛けか? アシェンドネイルが操っているのか?
だが、緑羽の行動が謎だ。やっていることはまるでこのアバランの町を守っているようだ。
それとも町を守っているのでは無く、森の中で何かを企み人を近づけないようにしているのか? それだといったい森で何が起きてるのか?
ゼラと同じくらい強く人の町を守る魔獣、だとするとひとつ引っ掛かることがある。
「クチバ」
「なんでしょう?」
「フクロウでさっきのハンター兄弟、その家を探ってくれ」
「はい、それは簡単ですが」
「その家の周りを警戒して欲しい。その家を観察、監視しているのがいないかを見つけて欲しい」
「いいですけど、あのハンターの兄弟に怪しいところはありませんよ?」
「あの二人には無いだろう」
エクアドが俺を見る。
「カダール、何か解ったのか?」
「いや、何か解ったというところまで至ってはいない。これにラミアのアシェンドネイルが関わっていればハンター兄弟の家の監視は無駄かもしれん。だが、エクアド、似てないか?」
「似てるって、何に?」
「ハイイーグルのケガを治すまで家に飼い、その後に放したハンター。町の人を守るようなことをする謎の魔獣。これは、俺とゼラに似てないか?」
「は? おいカダール。それだとあの緑羽は……」
「バカバカしい推理だと思うか?」
「可能性として無いとは言えんが、そうなるとまた進化する魔獣だと言うのか?」
ルブセィラ女史が眼鏡を指で押し上げる。
「ふむ、ですがその場合ハイイーグルと縁を結んだ人物は十年以上前に亡くなっています。緑羽はその曾祖父の子孫を守ろうと? そうなると五十年前のオークの群れからアバランの町を守ったというグリフォンも同じ個体ということも考えられますね」
「そこを確かめるにはその子孫を監視するのはどうだろうか」
「なるほど。かつてのゼラさんのように身を隠して近づいて様子を見てるかもしれませんね」
「この推理が的外れであの緑羽はラミアの支配下、という線でも調べる必要があるが」
クチバが立ち上がりテントの外に向かう。
「フクロウであのハンター兄弟の家の周りに張り付きます。家族構成も調べて血族全員を密かに見張ります」
「頼んだ」
あとはなんとかしてこの件の尻尾を捕まえたい。平原に出ればゼラと同じくらいに強いというあの緑羽の方が有利。あそこは緑羽の領域だ。
ゼラの顔を見るとゼラは、ンー? と首を傾げる。
「ゼラ、罠を仕掛けよう」
「罠? どんな?」
空を自在に飛び上空から襲うのがグリフォンの闘い方ならば、罠を仕掛けて獲物を待ち構えるのが蜘蛛の闘い方だ。
「アバランの町でこういうことできないか?」
これまでゼラを見てきてゼラの特徴、特性が解ってきて、思いついたことを話してみる。
「ウン、やってみる。それなら勝てる」
ニッコリと笑うゼラ。実に頼もしい。だが、
「ゼラ、上手く行っても緑羽は殺すのも食べるのもダメだから」
「えー?」
「捕獲するだけ、食べちゃダメ」
「ンー、解った」
振り向くと作戦を聞いてたティラスが青い顔をしている。どうした?
「……ハイラスマート領に、灰龍を越える魔獣? そしてゼラちゃんと二大魔獣頂上決戦? アバランの町で? ちょっとやめてよ」
「いや、そんなに派手なことにはならないんじゃないか?」
「カダール君にエクアド君、何処か神経が麻痺してるんじゃない?」
「失礼なことを」
アバランの町で雇ったハンター兄弟と話をする。
「それに討伐に成功したとしても、この町の年寄りに恨まれますからね」
「アバランの町の守護獣という話は聞いている。しかし、実際に目にすると美しいグリフォンだ。羽は翡翠の細工のようじゃないか」
「あれはハイイーグルに匹敵しますね」
「確かに」
「おや? 騎士様はハイイーグルを見たことがおありで?」
「王都で剥製を見たことがある。綺麗なものだった」
解説しましょう、と眼鏡を煌めかせるのはルブセィラ女史。
「ハイイーグルは鳥の中では最も空高く飛ぶ鳥です。見た目は鷹に似ていますがやや大きく、特徴はエメラルドの翼と呼ばれる美しい羽。稀少の上に高空を飛び、発見も捕獲も難しく、最も高値のつく鳥でもあります。二重の意味で王者と呼ばれる鳥ですね」
「あの緑羽のグリフォンならハイイーグルよりも高値がつきそうだ」
ハンター兄弟が顔を合わせて肩をすくめる。
「それを狙ったハンターもいますが、緑羽は地上に下りて来ない。頭がいいので餌や罠をしかけても、引っ掛かったことが無い」
「巣は何処にある?」
「森ン中としか解らないですね」
「緑羽が陣取っていると森に入れないじゃないか」
「代わりにその緑羽がゴブリンとコボルトを森に追い返してくれますので」
「あれでは射ち落とすこともできない。ただのグリフォンなら弓矢の数を揃えればどうにかなるところなのだが」
「緑羽は並のグリフォンとは格が違いますからね」
なんだか自慢気に胸を張って応えるハンター兄弟の兄。まるでグリフォンを我が町自慢のように話す。
「緑羽がいると森に入れませんが、代わりに緑羽は町を守ってくれる。まぁ、森の奥で五十年前のようにオークの王種が誕生してると困りもンですが」
「それを調査しに行きたいのだが」
こうなると隠密ハガクが戻ってくるのを待つしか無いか? もしくはゼラの背に乗りゼラの速度で少数で強硬突破、というのも考えてみるか。
ハンター兄弟に報酬を支払う。ついでに気になったことを聞いておく。
「ハイラスマート領ではハイイーグルがいると聞いてはいるが、あの緑羽に食われたりしてないのか?」
「どうでしょう? ハイイーグルはもともと滅多に見かけないんで。だからこそその羽には高値がついてるんですが。アバランの町でも、うちのひいじいさんくらいしか捕まえたハンターはいないので」
「ハイイーグルを捕まえたって本当か? 捕まえてハイラスマート伯爵に献上したのか?」
ハンター兄弟は顔を見合わせて、不思議な笑みを見せる。残念なのか自慢なのか解らない微妙な笑みだ。弟の方が口を開く。
「それがうちのひいじいさん、そのハイイーグルがあんまりにも綺麗だからって、空に帰してしまったんですよ」
「ケガが直るまでうちで飼ってて、ケガが治ったらさっさと逃がしたって」
「生きたハイイーグルを売りに出したら、今頃うちはアバランの町一番の金持ちになってたかもしれませんね」
「まあ、これで当時は、弓の腕ではうちのひいじいさんがアバランの町一番のハンターって言われてましてね」
「今もうちにはその時のハイイーグルの羽があって、うちの家宝になってんですよ」
「で、うちは代々弓使いのハンターなんです」
兄弟が自慢気に語る曾祖父の話。ケガをしたハイイーグルを治して空に帰した、か。何やら親近感を感じる話だ。
売れば高値がつくハイイーグル、それを逃がしたとなれば惜しいと思われるか。だが、ハンター兄弟の顔からは曾祖父を誇りに思う気持ちが伺える。
そしてハイイーグルの羽となれば灰龍や黒龍の鱗くらいには珍しい品だ。持っていれば家宝と自慢したくなるのは解る。
ルブセィラ女史がハンター兄弟に近づいて。
「今度、その羽を見せていただけませんか?」
「いいですよ。そのときは蜘蛛の姫様もうちに来てください」
「そのひいおじいさんはご健在ですか? ハイイーグルについて聞きたいのですが」
「十年以上前に亡くなってます。ひいばあちゃんは生きてるけれど九十越えてボケてきてるんで、昔の話を憶えてるかどうか」
ハンター兄弟を見送って改めて作戦会議に。ゼラ専用の特大テントの中、エクアド、ルブセィラ女史、青風隊のティラス、町で情報収集してきたフクロウのクチバを迎え今後の方策について。眉を顰めて不機嫌な顔を隠さないゼラの手を引いて。
「ゼラ、どうした?」
「むー、あいつズルい。届かない」
「そうだが、それがあの緑羽のやり方なんだろう。ゼラが守ってくれたおかげで助かった」
いつものようにゼラの頭をぐしぐし撫でる。だが一方的にやられただけ、というのが気にくわなかったのか眉は潜めたままだ。
エクアドが口を開く。
「実際に見てみてこの町のハンターもあの緑羽には諦め気味、というのがよく解った。ルブセィラ、あのグリフォンの防御はなんだ?」
「風の系統、風殻の強化版というところでしょうか。ゼラさんの雷鞭すら弾くとなれば弓矢も投射魔術も効きませんね。その上、高空から風刃を恐ろしい程の数で放つ。空中で無敵の鎧で身を包み一方的に攻撃してくるとなると、なんとかして地上に落とさなければ捕獲も無理です」
「ゼラの、びー、ならどうにかなっても加減出来ずに殺してしまいそうだ」
こういうところが空飛ぶ魔獣の厄介なところだ。クチバが後を続ける。
「アバランの町のハンターも隊を三つに分けて、グリフォンがひとつに集中してるうちに残りで森に行こうと計画しましたが、失敗してます。緑羽の機動力で三隊ともボロボロにされて逃げ帰ってます」
「視界の悪くなる夜はどうだ?」
「それ、ハガクが試してみたんですけどね。あの緑羽は鳥目じゃ無いみたいで、闇夜でも補足されてハガクの部隊は酷い目に会いました」
「夜目の利くグリフォン? ますます異常だ」
ティラスが果実水を飲み喉を潤して。
「どうしても森に行くなら回り込むしか無いんじゃない? 速さであの緑羽に勝つのは難しいと思うのだけど」
「こうなると隠密ハガクが戻るのを待つしか無いのか。ますます森の中で何が起きてるのかが気になる」
討伐すると町の住人の不興を買う。捕獲するか足止めするかしないと、森の調査が難しい。どうしたものか。ん? 待てよ?
「灰龍も巨体で空を自在に飛ぶ魔獣で、ゼラ、どうやって灰龍をやっつけたんだ?」
「ンー? えとね。ゼラが囮になって灰龍を誘きだして罠にかけたの」
「罠?」
「ウン、それで地面に落として、まぐなで灰龍の翼に穴を開けて飛べなくしたの。でも地面に落としてからがしんどかった。強かった」
ティラスが額に汗を浮かべてゼラを見る。
「そ、そうなんだ。灰龍をやっつけたって噂には聞いてたけれど、本当なんだね」
「ウン、灰龍、やっつけて食べた」
「食べちゃったのか……、凄いね、ゼラちゃん」
ティラスが小声で災害喰らい、とか呟いているが、なにを今更。ゼラは眉を顰めたまま、
「ンー、でも、あのグリフォンはどうしよう? あいつ、灰龍より強いよ」
ゼラの言葉に一同がポカンとなる。灰龍より強い? あの緑羽が?
「どういうことだ? ゼラ、あれは奇妙なところはあるがそれでもグリフォンだ。灰龍より強いなんてことは無いだろう?」
「あいつ手加減してた。ゼラも手加減してたけど」
負けず嫌いなところを見せるゼラ。むー、とひとつ唸るようにして。
「あのグリフォン、見た目を誤魔化してる。この前のラミアみたいに」
「なんだって? では、ラミアが緑羽に化けているのか?」
「ンー、ラミアとは雰囲気が違うの。でも魔力とか隠してる。ゼラみたいに」
「では何か違う魔獣がグリフォンに化けている? どんな姿か解るか?」
「それが、見抜こうとしてもモヤモヤッとしてて解んないの。でもあいつ、本気出したら灰龍より強い」
ゼラの話を聞いて皆が言葉を無くす。エクアドも、どういうことだ? と呟いて考え込む。グリフォンの亜種か変異種だと思っていたが正体は未知の魔獣。それも生きた災害と呼ばれた灰龍よりも強いと聞かされては。
いきなりハイラスマート領壊滅の危機にまで発展するかもしれない事態に寒気がする。
「ゼラ、その緑羽が灰龍より強いということだが、ゼラと比べてどうだ? 勝てそうか?」
「ンー、あいつはたぶんこの前のラミアと同じくらい。ゼラとも同じくらい、と、思う。勝てるかどうかだと、むー、地面に落としたら勝てそう」
「そうか……」
ゼラと同じくらいに強い謎の魔獣。これもラミアの仕掛けか? アシェンドネイルが操っているのか?
だが、緑羽の行動が謎だ。やっていることはまるでこのアバランの町を守っているようだ。
それとも町を守っているのでは無く、森の中で何かを企み人を近づけないようにしているのか? それだといったい森で何が起きてるのか?
ゼラと同じくらい強く人の町を守る魔獣、だとするとひとつ引っ掛かることがある。
「クチバ」
「なんでしょう?」
「フクロウでさっきのハンター兄弟、その家を探ってくれ」
「はい、それは簡単ですが」
「その家の周りを警戒して欲しい。その家を観察、監視しているのがいないかを見つけて欲しい」
「いいですけど、あのハンターの兄弟に怪しいところはありませんよ?」
「あの二人には無いだろう」
エクアドが俺を見る。
「カダール、何か解ったのか?」
「いや、何か解ったというところまで至ってはいない。これにラミアのアシェンドネイルが関わっていればハンター兄弟の家の監視は無駄かもしれん。だが、エクアド、似てないか?」
「似てるって、何に?」
「ハイイーグルのケガを治すまで家に飼い、その後に放したハンター。町の人を守るようなことをする謎の魔獣。これは、俺とゼラに似てないか?」
「は? おいカダール。それだとあの緑羽は……」
「バカバカしい推理だと思うか?」
「可能性として無いとは言えんが、そうなるとまた進化する魔獣だと言うのか?」
ルブセィラ女史が眼鏡を指で押し上げる。
「ふむ、ですがその場合ハイイーグルと縁を結んだ人物は十年以上前に亡くなっています。緑羽はその曾祖父の子孫を守ろうと? そうなると五十年前のオークの群れからアバランの町を守ったというグリフォンも同じ個体ということも考えられますね」
「そこを確かめるにはその子孫を監視するのはどうだろうか」
「なるほど。かつてのゼラさんのように身を隠して近づいて様子を見てるかもしれませんね」
「この推理が的外れであの緑羽はラミアの支配下、という線でも調べる必要があるが」
クチバが立ち上がりテントの外に向かう。
「フクロウであのハンター兄弟の家の周りに張り付きます。家族構成も調べて血族全員を密かに見張ります」
「頼んだ」
あとはなんとかしてこの件の尻尾を捕まえたい。平原に出ればゼラと同じくらいに強いというあの緑羽の方が有利。あそこは緑羽の領域だ。
ゼラの顔を見るとゼラは、ンー? と首を傾げる。
「ゼラ、罠を仕掛けよう」
「罠? どんな?」
空を自在に飛び上空から襲うのがグリフォンの闘い方ならば、罠を仕掛けて獲物を待ち構えるのが蜘蛛の闘い方だ。
「アバランの町でこういうことできないか?」
これまでゼラを見てきてゼラの特徴、特性が解ってきて、思いついたことを話してみる。
「ウン、やってみる。それなら勝てる」
ニッコリと笑うゼラ。実に頼もしい。だが、
「ゼラ、上手く行っても緑羽は殺すのも食べるのもダメだから」
「えー?」
「捕獲するだけ、食べちゃダメ」
「ンー、解った」
振り向くと作戦を聞いてたティラスが青い顔をしている。どうした?
「……ハイラスマート領に、灰龍を越える魔獣? そしてゼラちゃんと二大魔獣頂上決戦? アバランの町で? ちょっとやめてよ」
「いや、そんなに派手なことにはならないんじゃないか?」
「カダール君にエクアド君、何処か神経が麻痺してるんじゃない?」
「失礼なことを」