第十七話

文字数 3,796文字

 フェディエアが来てから六日。ようやく準備が整った。フェディエアは七日以内に一度、奴等のところに報告に行かねばならないという。この日、六日目まで待ったのは、フクロウが奴等のアジトを見つけられないか探っていたというのもある。しかし、相手に見つからないように探すのは限界があり、いくつか候補が絞れはしたものの、何処の遺跡迷宮か確定はできなかった。
 七日という日数についてはルブセィラ女史いわく、

「それが“精神操作(マインドコントロール)”の限界なのではないかと。七日を越えると不都合が出るのか、それとも効果が弱まるのか。余裕を見ての七日という日数ならば、実質の限界は十日か二十日か。私は七日に一度“精神操作(マインドコントロール)”のかけ直しが必要なのではないか? と、見ています」
「ルブセィラの予測が当たっているかどうかは解らんが、奴等がフェディエアの“精神操作(マインドコントロール)”が解けてない、と思っている内が好機だ」
「相手が既に気づいている、という可能性も、お忘れ無く」

 馬車の窓枠から顔を出すルブセィラ女史に注意を受ける。その場合は次の策に移る予定だ。

「それでは行くとしようか」

 表向きには父上が部隊とハンターを率いて魔獣深森への調査へと。アルケニー監視部隊とゼラも合同で。俺とフェディエアは野営地から出発する皆を見送ることに。

「ゼラ、エクアドを落っことすなよ」
「ウン」

 顔を近づけるゼラの目尻が下がって不安そうなので、両手でゼラの頬をむにむにとして、いつもの表情に戻そうとしてみる。うむ、柔らかい。

「俺が操られてもゼラならすぐに解けるんだろ? 黒幕のアジトを見つけたら頼む」
「ウン、ぬっすでパチンする」
「エクアド、ゼラを頼む」
「こっちよりも自分とフェディエアの心配をしろよ」

 エクアドの声は少しくぐもっている。フルフェイスの兜で顔を隠しているからだ。完全装備でゼラの蜘蛛の背に乗って、ゼラの赤いブレストプレートの背中の取っ手を片手で掴んでいる。

「これでカダールに何かあって、ゼラが暴走するのが一番恐ろしいわい」
「父上、今さら何を」

 馬上から呆れたように口にする父上。
 こちらの作戦として、まず俺がフェディエアに騙されて奴等に誘拐される。奴等が警戒してるのは俺の側にゼラがいること。そのためにゼラと俺が解りやすく離れる状況を見せることにする。
 父上の魔獣深森調査隊にアルケニー監視部隊がゼラと共に同行。俺はエクアドを身代わりに出して調査をサボる。フェディエアの色仕掛けに負けて、フェディエアとイチャイチャとデートをするために。ウィラーイン家の跡取りにしては、とんだドラ息子になってしまうが仕方無い。
 雑なシナリオだが、相手が間抜けにこの策に乗ってくれるといいのだが。
 ゼラが魔獣深森に行けば点在する遺跡迷宮にも近くなる。俺とフェディエアにはフクロウが隠れて尾行して、逐一父上とエクアドに伝令を出す。
 たとえフクロウが俺を見失っても、ゼラには俺が何処にいるか解るというし。

「匂いなのか、それとも何か不可思議な繋がりでもあるのでしょうか? 実際に見て測るとしましょう」

 ルブセィラ女史とアルケニー調査班も魔獣深森調査隊に同行する。俺とフェディエアにはアルケニー監視部隊から五名が護衛に残る。身を隠して追跡するフクロウも、既に準備はできている。
 意気揚々と出立する魔獣深森調査隊。チラチラと振り返りながら進むゼラに手を振る。
 父上が率いて出立するのを見送って、いよいよ作戦開始。さて、無事に俺が誘拐されるかどうか。相手が警戒して誘拐を取り止めたら、俺も魔獣深森調査隊に合流。フクロウが目星をつけた怪しい遺跡迷宮から、ひとつづつしらみ潰しに探す方針へと変更する。

「さぁ、カダール様。仕事をサボって私とデートしましょう」

 フェディエアが冗談めかして言うが、その目は鋭く油断は無い。口元は微笑んでいるが。バストルン商会をいいように利用され潰されて、父も人質にされたまま、髪も切られて、“精神操作(マインドコントロール)”で自分の身すら好きに使われたのだ。クソ野郎共に天誅を、と呟く声に怒りがこもっている。そんな恐いフェディエアとこれから腕を組んで街をデートする。
 かつての結婚式の前はスカート姿のフェディエアしか見たことは無い。今のフェディエアはズボンを穿いていて、荷物を下ろした旅人か、鎧を外した女ハンターか、という格好に。
 短くなった髪と合わせて、以前とは印象が違う。お嬢様、という雰囲気はクソ野郎、と叫んでしまったのを聞かれたからか無くなった。開き直って気取って無いというか、前より気軽に話をするような感じだ。
 そんなフェディエアと腕を組み、ハンターの町ジツランをブラブラと歩く。魔獣素材を売り買いする店、飯屋に飲み屋、ハンター向けの道具屋に古着屋、屋台では串焼き肉に飴売り花売りなど。ハンターが多く賑わう町ならではの活気がある。

「またカダール様と会えて、こうして一緒にいられるとは思いませんでした」
「フェディエアにとっては災難だったか。だが、こうして再会できて良かった」
「少しは心配してくれましたか?」
「フェディエアが居なくなってから、どうなったのか心配はしていた。あー、だが、正直に言うと俺もあれからいろいろあって、人の心配をする余裕はあまり無くて。バストルン商会の追跡は父上任せだった。すまん」

 薄情と罵られても仕方無いが素直に頭を下げる。あの結婚式からいろいろあったのは本当だし。
 フェディエアはクスリと微笑んで、

「急な結婚式まで、私とカダール様は五回しかお会いしてませんから。憶えて貰えてるだけましですわ。ですが流石は剣のカダール様。武名を上げる機会に事欠きませんね」
「それも子供の頃にゼラと出会ったことからで、俺の武勇などゼラに助けてもらっただけのこと」
「物語のモデルになってるかと思えば、今は絵本になってますからね」

 クスクスと笑うフェディエアと屋台のアクセサリーを見る。安物だがデザインが面白い。トンボに蝶と虫をあしらったイヤリングにブローチが並ぶ。

「蜘蛛の姫の恩返しは、どこまで本当なのかしら?」
「あの絵本は、ほとんど母上の創作だ」

 こうして町をぶらつくのは随分と久しぶりの気がする。ゼラと倉庫暮らしを始めてからはゼラから離れる訳にはいかず、屋敷の敷地の外にはあまり出ていない。行軍中もゼラと一緒なので、ゼラと一緒に町中を彷徨いたりはしなかったし。
 ただ、これまでずっと側にいたゼラが近くにいないというのは、何か落ち着かない。作戦の為とはいえ、ゼラ以外の女とデートというのは、何やら後ろめたい気分だ。
 すぐ後ろにいる護衛の二人もアクセサリーを見て、ネックレスを手にしている。この二人はアルケニー監視部隊の女騎士と男ハンター。
 黒幕にとっては利用価値のある俺は命の危険は無いだろうが、最も危険なのはこの護衛だ。しかし、二人とも豪気なのかあっさりと引き受ける。女騎士は、

『アルケニー監視部隊なんてマトモじゃ無いのは解ってますから。期待してましたよ、こういうの』

 と、怪しい笑みを見せて、男ハンターの方は、

『これで戦馬ディストールを安く買えるなら、ありがたいってもんよ』

 と、応える。アルケニー監視部隊にはゼラにも驚かない者が集められてはいるが、その分くせ者揃いというか、恐れ知らずというか。危なくなれば逃げろ、と言ってあるが、一緒に拐われて敵の本拠地で暴れよう、とか言ってたりする。
 この護衛二人が敵に見せる為の護衛。見せない護衛には、今も隠れてフクロウがクチバの指揮で俺達を尾行している。

 黒幕の方は今もこちらを何処かから見ていることだろう。フェディエアにネックレスをひとつ買い、フェディエアに腕を取られて裏通りの酒場に入る。ウィラーイン伯爵の息子が調査をサボって昼間から女と酒場に入る。後でどんな噂を立てられてしまうのやら。
 フェディエアに引かれるままに奥のテーブルにつく。護衛の二人はカウンターの方へ。まだ日の高い昼間で、店の中はハンターらしき客が四人しかいない。
 フクロウの調べではこの酒場が奴等の拠点のひとつ。裏の物置に出入りしてるとか。
 ウィスキーとソーセージを頼みカウンターの二人にも好きに注文させる。料金はまとめてこちらで。

「ウィラーイン伯爵の魔獣深森の調査の無事を祈って」
「乾杯」

 フェディエアとカチンとグラスを合わせてウィスキーを呑む。店はイマイチだが意外といい酒がある。できればこのウィスキーは睡眠薬無しで飲みたいところだった。妙な苦味が少しある。薬を混ぜて酔い潰すなら、もう少し気を使って解りにくく入れてくれないものだろうか。
 どうやら奴等はフェディエアが予定通りに俺を連れて来た、と考えてくれているらしい。
 意識が少しずつ朦朧となっていく。同じ酒を飲むフェディエアも目が怪しくなってきた。
 さて黒幕、お前らの本拠地に連れて行って、居場所を教えてもらおうか。
 テーブルに突っ伏す前にひとつだけ心配したことがある。ゼラのデコピンはどれぐらい痛いのだろうか?
 
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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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