第六話

文字数 5,835文字


 ハイラスマート領、その中心の街ミスタルナ。領主館のある大きな街だ。
 アルケニー監視部隊は支援活動を終えて、ウィラーイン領に帰る前にこの街に寄ることに。ハイラスマート伯爵がアルケニー監視部隊を労いたいと晩餐会を催してくれる。アルケニー監視部隊が廻った地域の領主関係者も、ミスタルナの街に集まっている。

 行った先でも俺とエクアドに娘を紹介して見合いさせよう、というのはいたが、またそういう話になりそうだ。
 明日の晩餐会まで暇そうにしていると、その手の輩が押し掛けて来そうなので予定を入れる。今はハイラスマート領ミスタルナの街の外れにある、一年訓練場を視察に来ている。

「なかなか設備が整っている」
「それだけ我がハイラスマート領も潤ってきたっていうこと」

 俺達を案内してくれるのはハイラスマート伯爵家長女、青風隊隊長ティラステアだ。

「一年訓練はウィラーイン領では昔からあるのでしょうけど、ハイラスマート領ではまだ新しいから。宿舎も新しいのは当然ね」
「いつの間にかスピルードル王国に広まっているようだ。俺は小さい頃から見ているから、在るのが当たり前だと思ってたが」
「本格的にすると予算がかかるから。でもウィラーイン領で効果があるって解ったから、真似するところも増えるわ」

 目の前ではハイラスマート領の若い領民がズラリと並び、一斉に鎌槍の訓練をしている。槍の穂先の下に鎌状のピックのついたポールウェポンを、かけ声に合わせて振り回している。
 彼らは俺の隣に立つゼラが気になるのか、チラチラとよそ見をしながらだが。ゼラは鎌槍の訓練をしている若者を眺めて、目が合った者に小さく手を振っている

 一年訓練。ウィラーイン領では昔からある領民の義務のひとつ。魔獣深森に隣接するウィラーイン領では魔獣被害が多い。そのことから領民にも武術を学ばせ、自衛ができるようにと鍛えている。
 ウィラーインの領民は身分性別を問わず、一年間の訓練を義務としている。この一年で剣、槍、弓、といった武術、集団戦闘での訓練、防護柵や防壁作りの為の知識と技術、魔獣との戦闘方法などを訓練する。身体の弱い者、病気がちな者は別のメニューで、最低限でも身を守る護身術を学ぶ。
 この為の訓練所がウィラーイン領にはローグシーの街含め、三ヶ所に施設がある。
 
 エクアドが鎌槍を振るうハイラスマート領民を見ながら、ふむ、と頷く。

「ウィラーインの領民は一年訓練で、誰もがウィラーイン剣術の基礎を学ぶ訳だが、ここではハイラスマート鎌槍術となるのか」
「ウィラーイン領のように、農民が鎌とクワでコボルトを追い返す、とまでは行かないけれどね」

 ティラスは肩をすくめて言うが、今、目の前で鎌槍を振るハイラスマートの民は、なかなかのものだと思う。それに、

「農民でもそれくらいできないと、畑を守れないじゃないか」
「半狩半農の多いウィラーイン領が特別なんじゃない? 森に近いほど畑の実りは良くて、森の浅部に入れば、森の恵みもあるけれど、代わりに魔獣の危険があるし」

 ティラスの言うことにエクアドが続ける。

「カダール。農民が気軽に魔獣深森の浅部でキノコや野草を取ったり、狩猟したりするのはウィラーイン領だけだ」
「それができるようにと、ウィラーイン家の先祖が始めたことなのだが。そうして鍛えた結果に今がある」
「ウィラーイン領兵は猛者揃いというが、兵とハンターだけでは無く領民ほぼ全員が最低一年は鍛えられている、というのが」
「これで畑が魔獣に荒らされることも少なくなり、作物の収穫が増えた。森に近いところでは食べ物に困る民はいない。一年訓練からハンターになる者もいて、魔獣素材もよく取れるようになった。いいことづくめだから、真似をするところが増えたのだろう?」
「領民全員に一年訓練をするだけの、資金に余裕があるところは、な」

 資金の面では確かに厳しい。だが領民が鍛えられた結果、畑の作物は守られ、魔獣の肉や素材もよく獲れるようになり、ウィラーイン領は豊かになった。
 灰龍のように手に負えない生きた災害が来たときには、ウィラーイン領は終わったかと暗くなった。それもゼラのおかげで灰龍はいなくなり、その被害は残っていても鍛えられたウィラーイン領民は逞しく、領地は復興している。それに灰龍が襲って来たときにも、領民はわりと冷静に集団避難ができた。これも一年訓練での成果だ。

 クインの言葉を思い出す。ウィラーイン領の民が逞しく鍛えられたのは、魔獣との戦いが続くおかげとも言える。魔獣深森から遠い中央では、人同士での領土争いがある。
 そして、今、スピルードル王国では第一王子と第二王子の派閥があるが、第一王子の方は俺の父上含め魔獣深森に近いところが多く、第二王子の方は中央寄りのところが多い。

 人同士で争うというのは、余裕があるからできることなのか? それとも魔獣という敵がいなければ、同じ人類を敵にしても戦いたがるのが人なのか?
 ウィラーイン領の民はお人好し、とは言われることがあるが、では人を信じないで何を信じるのだろうか? 誰もが善人とはならないが、目前に迫る魔獣相手に戦い生き延びるには、誰であろうと協力しあった方がましだろうに。
 魔獣という敵がいなければ、人は栄えてすぐに滅日を迎えるという。魔獣のいない中央の方が文化も技術も進んでいるが、その代わりに逞しさは無いらしい。
 もしも、魔獣を産み出す闇の母神がいなかったら。

「おい、カダール。訓練が終わったぞ」

 物思いに沈みそうなところでエクアドに呼ばれる。目の前で訓練していたハイラスマートの領民達は、座ったり水を飲んだりと休憩中。元気のある者がこちらに来る。
 先頭に立つ男、さっきまで一年訓練の指導をしてた背の高い教官が手を上げる。

「カダール! エクアド! 久しぶりだ!」
「ラーディ、ここの教官になっていたのか?」
「俺はもともとハイラスマートの出だ。彼女が噂の蜘蛛の姫か?」
「そうだ。ゼラ、挨拶を」
「ウン」

 集まって俺達を囲み珍しそうに見る者達に、ゼラは笑顔で挨拶する。すっかり慣れた感じで。

「アルケニーの、ゼラです。よろしくです」
「こちらこそよろしく。俺はラーディ、ここで一応先生なんてものをやっている」
「カダールとエクアドの友達?」
「王都の騎士訓練校の同期だ」

 身体が大きく俺とエクアドより頭ひとつ背の高いラーディが、笑って振り向く。いつも笑顔を絶やさないラーディは、同期の中でも頼り甲斐はあるが、ひとつだけ問題がある。
 ラーディは振り向いて周りの人達、ラーディにとっては生徒になるハイラスマートの領民に俺とエクアドを紹介する。

「皆、この二人があの、剣のカダールと槍のエクアド。俺の命の恩人だ」

 見てる者達が、おお、とどよめく。ラーディに悪気は無いが、言うことが少し大袈裟なのだ。エクアドが止めようとするが、それより先にラーディは語り出す。

「騎士訓練校での、遺跡迷宮の探索訓練。そこでエクアドとカダールと同じ部隊(パーティ)になった俺は、この二人に助けられたんだ」
「先生! それって先生が前に言ってた、地下迷宮のスケルトン異常発生事件ですか?」
「そうだ。訓練の為に入ったその地下迷宮は既に探索済みで、特に危険は無いもののはずだった。だが、何が起きるのか解らないのが古代の遺跡迷宮というもので、」

 嬉々として語るラーディを止める機会を失い、俺とエクアドは尊敬の眼差しで囲まれて居心地が悪い。ティラスはまた始まった、という顔で苦笑して、ゼラは俺の昔の話をワクワクとした顔で聞いている。

「俺達の部隊(パーティ)六人は下りたフロアで大量のスケルトンに囲まれた。一人が不意を突かれて大ケガをして、俺達は地上に逃げようとしたが、ウジャウジャいるスケルトンのせいで撤退も難しかった。通路に逃げたところでこのカダールとエクアドが、『俺達でこの通路で足止めする。地上に行って助けを呼んで来てくれ』と。たった二人でスケルトンの大群に立ち向かったんだ。俺達を地上に逃がす為に」

 熱く語るラーディの言うことを訂正するのに、ちょっと口を出す。

「あの通路が追ってくるスケルトンを止めるのに都合が良かっただけで、」
「そう、並んで戦うには二人が限界だった」
「だからと言って、仲間の為に捨て身になることを、この二人はサラリと言ってやってしまうんだ」

 俺とエクアドが口を挟むが、何故かラーディは更に盛り上げて話してしまう。周りで聞いてる者達も、おお、と熱が入る様子。調子に乗ってきたラーディが続ける。

「俺も残る、と言ったんだが一番力のある俺がケガ人を背負って運べ、と。それに地上に遺跡迷宮の異変を知らせるのも重要だ、と。俺達は二人にスマンと泣きながら地上を目指した」
「あのときのラーディの泣き顔は忘れられん」
「あぁ、あれは男泣きと呼ぶに相応しいな」

 この話は事実その通りなのだが、どうにもラーディ含めて、これぞ騎士の鏡というようにこの話を大袈裟に話す。それで俺とエクアドは背中がかゆくなるような思いをする。

「カダールとエクアドが命を捨ててスケルトンの大群に挑み、そのおかげで俺達四人は地上に戻れた。俺の背負ったケガをした仲間も一命をとりとめた。迷宮の地上出口で待っていた俺達の教官と先輩に、すぐに二人を助けに行ってくれ、と頼んだ。遺跡迷宮の異常を知り、先輩達は騎士訓練校に連絡。このときカダールとエクアドの生存は、誰もが諦めていた。当然だ、まだ騎士になってもいない見習いが大量のスケルトン相手に、生き残れるものか、と」
「囲まれる、という状況で無かったので、少しは粘れるのだが。ケガはしたが」
「スケルトンは知能が低く、数はいても連携はしないからな。死ぬかと思ったが」

 盛り上がり過ぎると更に居心地が悪くなる。なのに、抑えようと俺とエクアドが口を挟むと、何故か周りの人達は目を輝かせる。ティラスはそれを口を抑えて笑いながら見てる。ゼラが喜んで聞いてるのが、俺には恥ずかしい。

「救出部隊を編制するには、人が足りない。応援を待て、という先輩を振り切って迷宮に戻ろうとしたそのとき、足音が聞こえた。誰もが生還を諦めていた、この二人が地上に帰ってきたんだ。全身傷だらけで、肩を貸し合って足を引き摺りながら。地上の光を眩しそうに見て不敵に笑う二人を見て、なんて奴等だと、背筋が震えたものだ。たった二人でスケルトンの大群相手に戦い、俺達を逃がす時間を稼いで、その上でボロボロになりながらも生還したんだ」
「そのあと、すぐにぶっ倒れたんだが」
「そこが限界だったな。よく生きてたものだ」

 おおお、と声を上げる人達。ラーディもこの話を何回しているのか。この一件が俺とエクアドが、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と呼ばれることの、最初になったか。
 何よりこの一件、俺とエクアドが生き残ったのは、俺達の実力じゃ無い。だから讃えられても、それはちょっと違う。

 俺とエクアドが生還できたのは、ブラックウィドウが乱入して、スケルトンを蹴散らしたからだ。突然現れたブラックウィドウがスケルトンの集団に突撃して、その爪と牙でスケルトンを砕き、体当たりで突き飛ばした。その乱戦の中で、からくも逃げ出したのだ。

 そのブラックウィドウは隣で拳を握って、カダールスゴい、と言ってワクワクしてるゼラなのだ。
 今の姿、アルケニーに進化する前のゼラに、俺とエクアドは助けられた。当時も、ブラックウィドウに助けられた、とは言ったが。別の魔獣が現れるまで粘り、追い詰められた中で冷静に状況を利用した、とか良い方に解釈されてしまう。ブラックウィドウが人を助ける、というのは、誰もが有り得ないと考えていたから。
 教官には訓練中の騎士見習いが無茶をするな、とも叱られたが。
 ラーディはいい笑顔で語る。
 
「このときのカダールとエクアドの活躍を聞いて感動した者が、二人をモデルにして書いたのがあの『剣雷と槍風と』なんだ」

 それはラーディのように語る者が広めたせいなのではないだろうか。この一件で俺とエクアドは目立つようになってしまった。
 話を聞いて目を輝かせるハイラスマートの人達。その中の女性が声を上げる。

「『剣雷と槍風と』は私も読んでます。ということは、もしかしてカダール様とエクアド様は、剣雷ルーダスと槍風クアルトのように、」
「「それは無い!」」

 俺とエクアドの声が重なる。それは無いぞ、やめてくれ。

「今の『剣雷と槍風と』が変な方向に暴走してるだけで、俺とエクアドは違うぞ」
「俺とカダールは初期のモデルになった、というだけで俺達には行き過ぎた男同士の友誼とか無いからな」
「あくまであれは創作の幻想だ。俺達に重ねるな」
「そういう趣味を否定する気は無いが、俺とカダールにそっちの趣味は無い」

 ここはしっかりと否定しておかないと、これ以上おかしな評判を立てられても困る。
 言い出した女性の顔を見ると、なんだ残念というような失望した顔をしている。おいこら。
 ラーディは、ハッハッハと明るく笑い、

「互いに背を預けられる親友というのは良いものだよな」
「ウン、カダールとエクアド、いっつも仲良し。いつも一緒にご飯食べて、一緒にお酒飲むの」

 あの、ゼラ、それは間違って無いがフォローにはなって無い気がするぞ。ゼラを見るとエクアドを、じーっと見てる。

「ンー? そっちの趣味って、何?」
「あー、ゼラ、それは気にしなくていいから」
「この前の、ハハウエの書いたお話?」
「あれはそのシリーズのひとつになるんだが」
「ゼラ、文字を憶えてきたから、そろそろ絵本以外もどうって、ルブセがね」
「本にはいろいろあるが、あのシリーズはゼラが読むにはまだ早い。もう少し読みやすいのからいこうか」

 ルブセィラ女史とアルケニー調査班の研究員が進める本は、ゼラから遠ざけねば。そして、この場にいるあのシリーズを読んだ女性陣、数はそんなにいないようだが、並ぶ俺とエクアドを妙に熱い視線で見るのはやめてくれないか。なんだか寒気がする。

 
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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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