第一話

文字数 5,318文字

 朝、目が覚める。胸の上に感じる重みが心地好い。広がる黒髪を指ですくうと褐色の肌が見える。

「……んにゅー、」

 俺の胸の上にゼラがいる。俺の心臓の音を聞くかのように耳を胸に当てている。
 ゼラはいつもは俺より先に起きて、俺が起きるまで待っている。起こさずに寝顔を見てるのが好きらしい。ゼラが俺の髪を撫でたり、顔に触れたりする手で目が覚めることもある。
 それがいつもとは違い、俺が先に起きるときがある。それは、ムニャムニャした翌日だ。いや、その、ゼラが起きられなくなるまで、ぐったりするまでムニャムニャしてる俺が鬼畜とか、そういう話では無い。無いはずだ。
 
 ゼラとムニャムニャする為には、ゼラが魔力枯渇状態にならなければならない。
 なのでゼラはムニャムニャしたくなると、昼の内に半日かけて、全魔力を注ぎ込んで極上の布、プリンセスオゥガンジーを編む。これで魔力が少なくなり、身体強化が使えなくなる。このときゼラの人間体部分の筋力は、見た目通りの人間の少女のようになる。
 この魔力を込めた布を編む行為で疲弊するのだろう。その夜は眠りが深くなり、翌日は昼近くなるまで寝てたりする。
 
 ゼラが布を編めば、それを見た人達は『あぁ、今晩はムニャムニャか』と、暖かい視線でゼラを見る。俺を見る。
 いや、この何もかもバレバレというのは監視されている以上、仕方無いことだろう。いろいろと恥ずかしいが、少し慣れてきてしまった。
 それでもしてることろを見られるのは恥ずかしいので、寝床の回りはカーテンで覆い隠した。
 ただ、監視の隊員からは、シルエットで見えるのが余計にやらしい感じがすると言う。じゃあどうすればいいんだ? 俺が骨折騒ぎなど起こしてしまったために、ある程度状況が把握できないとまずい、ということで完全に隠すことができないし。

 俺もムニャムニャの回数を重ねてきたので、少し余裕ができて前よりはゼラに優しくできてるはずだ。と、思う。
 俺はゼラ以外の女は知らないし、経験は皆無なのでエクアドにこっそりと聞いたりする。エクアドは女遊びが激しい訳では無いが、モテる男なので俺よりはそういうことを知っている。

『カダール、女に触るときは壊れ物を扱うようにそっと優しく、だ』
『ああ、痛い思いをさせたくは無い』
『それと、首筋に舌を這わせるのもいいらしい。これはゼラが気に入るかは解らんが』
『首筋か、解ったエクアド。試してみよう』

 夜の技はこうしてエクアドに教えてもらう。どうするとゼラがより満足できるのか、毎回、考えて試してみながらだ。
 俺にできることで、どうすればゼラを幸せにできるのか。
 俺の胸にうつ伏せに眠るゼラ。起こさないようにその背にそっと手を置く。押しつけられる二つのポムンが実に心地好い。
 ゼラの下半身は黒い大蜘蛛、なのでゼラが寝るときはうつ伏せの寝姿が多い。人間体部分が仰け反って、蜘蛛の背に仰向けに寝たりもできるのだが、ゼラは俺を抱き枕にうつ伏せに寝るのがいいらしい。
 そのために倉庫の中の寝床は、布団とクッションを重ねて二段にしている。低いところは広く、そこに下半身の蜘蛛体がおさまる。
 一段高いところに俺が仰向けに寝て、そこにゼラの人間体部分が覆い被さる形だ。

 ゼラの下半身の蜘蛛体がひっくり返って、ゼラが仰向けに寝ることもできる。正常位でするときはこの形で、蜘蛛の脚が天井を向く。仰向けで俺を迎え入れるゼラが、目を潤ませて震えるのはたまらない。可愛い。
 ううむ、現在建設中の新領主館に入れるゼラのベッドは、どういう造りにすればいいのだろう? 

 横を見れば寝床の横の机の上には、小さなガラスの瓶が二つある。これには昨夜採取したゼラの唾液が入っている。
 ゼラは俺とムニャムニャしたくなると、唾液に回春効果のある成分が分泌される。夜元気とルブセィラ女史が名付けたこの成分は、男が口にすると戦闘形態からなかなかもとに戻らなくなる。ルブセィラ女史がこのゼラの唾液を調べたいと、ムニャムニャ前にガラス瓶に採取した。
 この元気薬欲しさにムニャムニャ直前にルブセィラ女史に乱入されたくは無い。なのでゼラに頼んで小瓶に入れてもらっている。

 昨日はこの唾液を採取するときに、ガラス瓶を手にするゼラに背後から抱きついてみた。ゼラのムニャムニャしたい気分が高まると成分がより分泌されるらしい。
 それでガラス瓶を両手に持つゼラを背後から抱きしめ、褐色の双丘を両手で揉みつつ、ゼラの首筋を舌でなぞるなど、してみた。

「は、あん、」

 首をすくめて身体をピクンと跳ねさせるゼラは可愛い。少し先の尖ったゼラの耳を、背後から唇で挟むと、ゼラの身体はふるふると震える。
 これでゼラの気分が高まったのか、昨夜の夜元気の成分の持続時間が長かったような気がする。
 ゼラの透明な唾液の入った小さなガラス瓶は、後で母上とルブセィラ女史に一瓶ずつ渡さねば。

「……んみゃ?」

 ゼラが目覚める。目が開く、淡く光る赤紫の瞳。

「カダール、おはよ」
「おはよう、ゼラ」

 寝起きのゼラが俺をじーっと見る。

「ね、カダール」
「どうした? ゼラ?」
「ムニャムニャは気持ちいいね」
「あ、あぁ、そうだな。こんなに気持ちいいことがあるとは、知らなかった」
「ン、でも、カダール、ちゃんと気持ちいい? 最初の頃みたいに、ちょっと乱暴にしてもいいのに」
「いや、その、あれは、あのときは昂ってしまって、もっとゼラのことを気遣わねばと、反省している」
「カダールは優しいよ? カダールはゼラのこと、好きにして。痛くしてもいいから」
「痛くしたら、ゼラが気持ちよくならないだろう?」
「ンー、でもでも、」

 ゼラの指が俺の胸をなぞる。そこには乾いた血と、かさぶたができた胸のキズがある。
 ゼラは俺の血を舐めるのが好きだ。血を飲むというよりは、血を舌で味わうように。俺の血の味が口の中に広がると、幸せで背筋が震えると。もっとくっつきたくなって、エッチな気分になるとも言っていた。
 ゼラとムニャムニャするときは、俺はナイフで自分の胸を浅く切る。そのキズに口を寄せて、ゼラが恍惚とした表情で俺の血を舐める。
 ゼラの赤い舌がキズを舐めると、俺はゾクッとする。少し痛いが、最近はこの痛みが無いと物足りない。

「カダールにケガさせて、痛くしちゃってる」
「俺の血はゼラのものだから、それにゼラの為の痛みというのも、これはこれで良い」
「じゃあ、カダールもゼラのこと、痛くしていいよ?」
「俺はゼラを痛くするより、幸せにしたいんだが」

 顔を近づけるゼラと唇を合わせる。いつもの朝の挨拶。ちゅ、と音を立てて啄むように。
 キスは親愛の表現と聞いたゼラは、優しくしてくれた相手には頬にキスをする。というか、キスが好きになったのか、アルケニー監視部隊と屋敷の全員にほっぺにちゅーをした。
 口と口のちゅーはツガイだけ、とゼラには教えてあるのだが。

「ゼラ、ケガを治してくれないか?」
「うん、なー」

 ゼラの指が白く輝き、光る指が胸のキズをなぞる。既に血は止まっている浅いキズが、じわりと暖かくなりキズが消えていく。
 寝ている間に魔力が回復するようで、ムニャムニャ後の胸のキズは、こうして寝起きに治してもらっている。ゼラの治癒の魔法はキズ跡も残らない。役目を終えたように、かさぶたがポロリと落ちる。

「あ、」

 寝床に落ちたかさぶたを、ゼラが指で摘まんで、ひょいと口に入れる。俺のかさぶたをゼラがむぐむぐと味わっている。

「ゼラ、そんなものよりちゃんとした朝食を食べようか。準備して」
「ウン、カダール、拭いて」

 ゼラの肌にも俺の血がついている。血の他にも、その、いろいろとついてるものがあったりする。
 ゼラの清潔にする魔法で消せないかと試してみたが、どうも上手くいかない。ゼラが汚れと悪臭のもと、と認識したものは水分除去して乾燥させる。ときには汚れを浮かせて細かい粉に砕く、というのがゼラの綺麗にする魔法らしい。
 分析したルブセィラ女史によると、

『この魔法で綺麗にならないものとは、ゼラさんが汚ない、臭い、と感じないもの、ということになりますか』
『床に落ちたニワトリの血は消えても、俺の血が消えないのは?』
『カダール様の血を消すのは勿体ない、ということかもしれません。カダール様の血液、汗、精液、などの体液はゼラさんにとって消したく無いのかもしれません』

 ということなので、ゼラの身体についた俺の血とかせ、ゲフン、は、拭き取らないと。たらいにゼラが魔法でお湯を入れる。湯気の立つたらいの中に手拭いを入れて、ゼラの身体を拭くことに。

「新しい領主館には、ゼラも入れる浴場を作っているから、完成したらそこで身体を洗えるようになる」
「ウン、楽しみ。ゼラがお湯を出すよ」
「ゼラ、じっとして」
「ンー、くすぐったいー」

 身を捩り笑うゼラ、その背中とお腹にも、俺の血がついている。胸を浅く切り、寝床をゴロゴロと転がればそうなるか。
 寝床のシーツにも血がつくのだが、血の染みはなかなか取れないし、染み抜きが面倒で生地も傷むと、屋敷のメイドが言う。なので今の寝床のシーツは色を変えた。血がついても目立たない、深い赤色の布を使っている。
 俺とゼラの暮らしも、こういった小さな工夫を重ねて暮らしやすくなっている。

 ゼラはアルケニーだから人とは違う。その人とは違うところもまた、ゼラの魅力だろう。
 キスが好きで、胸が大きくて、下半身が蜘蛛で、唾液に男を元気にする成分が出たり、血の滴る生の肉が好みだったり、服を着るのを嫌がったり、俺の血を舐めてうっとりしたり、血にまみれてムニャムニャしたりするのが好きな。

 そう、ちょっとばかり変わったとこのある純心な女の子、それがゼラなのだ。
 俺の愛する蜘蛛の姫。

「最近はイチャイチャするのに遠慮が無くなってきたか?」

 朝食を運んできたエクアドが食事しながら言う。

「監視される状況に慣れてきたか?」
「うぅむ、隊の風紀を乱してしまっているか?」
「それは問題無いだろう。ゼラとカダールが仲良くしてるのを見ると、隊員の士気が上がるし。公共の場で慎むのを忘れなければいいんじゃないか? ゼラもその辺り解ってきてるし」

 ゼラは鳥の生肉をもぐもぐごくんとして、

「ウン、人前で裸はダメ。皆が見てるとこで、イチャイチャするのも良くないって」
「ゼラがこちらの習慣に合わせてくれるから、あまり煩く言うつもりは無いから。ゼラがいい子で俺も助かる」
「いい子にしてたらエクアド隊長が絵本持ってきてくれるんだよね?」
「いくらでも持ってくる。しかし、それには新しい本棚をここに入れた方がいいか?」

 ゼラに読ませる絵本に子供向けの本など、かなりの量になってきた。ゼラに字を憶えてもらう教材でもある。中には俺とルブセィラ女史がゼラに教える為の算数とか歴史の本もある。

「ゼラは足し算引き算も憶えて、かけ算割り算もできるようになってきたし」
「ルブセィラが理解力が高いと褒めていた。半分人になってから一年経っていないのだから、凄いことかもしれん」
「比べる対象がクインとアシェンドネイルか。近くにいないから分からないな」

 エクアドがパンを指でちぎりながら俺とゼラを見る。エクアドは徹夜の夜警明け、少し疲れているように見える。

「どうした、エクアド? 何かあったか?」
「何かあったと言うほどでは無いが、部隊で少しな」
「気になることでも?」
「ゼラとカダールを見てると恋人が欲しくなるらしい」
「はあ?」
「隊員達もイチャイチャしたくなるのか、色恋話で盛り上がったり、いい出会いは無いものかと言っていたり」
「そこを俺とゼラのせいにされても」

 俺とゼラから目を離せないから、夜のムニャムニャも倉庫に隣接する監視小屋から監視される。それでムラムラモヤンとしてしまう隊員がいる、とは聞いているが。
 エクアドは苦笑して、

「恋愛沙汰でトラブルは無いし、隊員にそんな幼稚な奴はいない。ゼラとカダールを二人っきりにさせてやれないこちらが申し訳ない気がする。だからゼラとカダールは、この倉庫の中なら何も気にせず全開でイチャイチャしてくれ」
「ありがとう、エクアド隊長!」
「カダールも慣れてきたのだろう?」
「慣れてきた、というか、開き直るしか道が無かったというか」

 父上と母上に話して、隊員の見合いとか出会いの場とか考えた方がいいのだろうか?
 俺とゼラの付き合いはいろいろと考えることが多い。ゼラの頬につく鳥の血を親指で拭うと、ゼラは目を細める。
 うむ、今日もゼラは元気で可愛い。

「あむ」

 俺の親指をぱくんと口に入れて、ついた鳥の血を舐めるゼラ。ゼラの口の中はじんわりとあったかく、舌でレロレロされる親指がくすぐったい。
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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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