第二十四話◇◇◇アプラース王子 主役回前編

文字数 4,363文字

 私の名はアプラース。スピルードル王国の第二王子。
 優秀な兄と比較され、ボンクラ王子とか愚弟とか背伸びをしたいお年頃とか、嫌な感じで呼ばれている。かつてはそのことに憤慨していたものだが、今ではその評価も仕方の無いことか、と自嘲してしまう。

 私は王族としての実力は有り、兄上より二歳年下なだけで機会があれば認められる筈だと、膨れ上がった自尊心が私の目を曇らせ、私への評価を不当に感じていた。認めてもらいたかったのだ。それが子供じみている思い込みだと自覚も無く。

 私と兄上の決定的な違いがそこなのだろう。兄上は昔から要領が良い。何をしても器用にこなす。それを頭脳明晰と讃えられていた。

 兄上は人と見ているところが違うのだ。私が気がつかないことに兄上は簡単に気がつく。ひとつ高いところから凡人には見出だせ無いものを見つけるのが上手い。
 剣術にしろ魔術にしろ、学び身につけることのコツというものを掴むのが速い。誰もがなんとなくと見逃してしまうこと、数をこなしてやっと発見できるようなこと、それを見抜いてしまう。

 気がつくか気がつかないか、これは人にとって重要なことなのだろう。気がつかないままこれで上手くいく筈だと思い込み、突き進み自滅する。その結果だけ見れば、その者が愚かに見えることだろう。しかし当の本人はそのことに気がつき難いものだ。

 私は己の自尊心を満足させる為に兵を動かし、その結果に私に付き従う者に負傷を負わせ、私への信を失わせた。
 これは気がつかなかった、上手くいく筈だった、で済むことでは無い。こんな私に王の器は、無い。

 兄上がいてくれて良かった。私ではスピルードル王国の舵取りなどすれば、民の為にはならないだろう。
 力無き正義は無力、だが正義無き力は暴力。何を為すためかを、率いる者が深く知らなければ、そこで振るわれる力は碌でも無いことになる。
 そんなことを己で仕出かした。それでやっと気がついた。己が褒められたいだけの自尊心の亡霊だと。実に情けない。

 あの二人は、力を持ちながらその意志の向かう先は、愛する者の幸福。黒蜘蛛の騎士の幸せを願う蜘蛛の姫、蜘蛛の姫と王国の幸を願う黒蜘蛛の騎士。

『カダールという男はゼラの為であれば、王家にも教会にも立ち向かう覚悟をあっさりと決めてしまうだろう。しかし、それを望まずゼラを人から守り、また人をゼラから守ろうと考えてもいる。ゼラの力という誘惑に溺れず、真っ直ぐにこの意志を保つ。これぞ英雄の資質というものでは無いか?』

 兄上が惚れるのも解る。かつての私がゼラの力を手にすれば、いったい何をしようとする? その行いにどれだけの人が私について来る? 昔の私なら、傲慢におかしな方向へと無謀に向かうだろう。

 カダールの側に立つ者、アルケニー監視部隊にはウィラーインの者が多いが、あの絆の固さに自信ある堂々とした姿。
 人たらしと呼ばれるウィラーイン家、それは彼の者のように、強く正しく在ることが幸福に繋がると、そこに在りて魅せるからではないか?
 ならばそのような騎士の信を得るには、カダールよりも広く視野を持ち、正しさを知り、そこに身命を捧げる不屈の信念が無ければならぬ。そうで無ければ人を率いる王とはなれない。なってはいけない。

「アプラース王子には聖剣士団にご協力いただきまして、誠にありがとうございます」

 王城の中、私の執務室。聖剣士団を数名連れて一人の神官が頭を下げる。手で椅子を勧めて座らせる。
 中央の総聖堂から来た神官、名はジェンドラ。何処か狐のような風貌で、顔は笑みのまま固まったような、交渉担当の神官。
 私はこれまでの自省から人をよく見ることを心がけるようにしている。この神官からは教会の権威を背にした傲慢と、媚びるような視線を感じる。

「アプラース王子の行いに光の神々は加護を与えることでしょう」
「私はこれでも光の神々の信徒、ならば教会の要請にもできうる限り応えたい。ベレンド男爵の様子は?」
「手荒なことはしておりませんとも。ベレンド男爵も抵抗することなく大人しくしております。諦めたのでしょうか、どうにも覇気が無い有り様です」
「尋問にはこちらの者も立ち会わせてもらうし、ベレンド男爵の世話には王家の者をつける。ベレンド男爵の発言については、ジェンドラ神官からも書面で頂きたい」
「ええ、もちろん。我々はベレンド男爵から話を伺いたいだけで、スピルードル王国に混乱を持ち込むつもりはありませんとも」
「今回の件で、王国の貴族は教会との関係を考え直すであろう」
「ええ、ですがそれは不正を正し、より強く教会とスピルードル王国を結び、正しき光の神々の教えを伝えることになるでしょう」

 言葉は上手いが、この神官ジェンドラの言うことは何処か薄っぺらく聞こえてくる。

「ベレンド男爵のことで、他のスピルードル王国の貴族からもお話を伺いたいのですが」
「他にもベレンド男爵に関わる者がいるのか?」
「被害者となりますか、誘拐されたというウィラーイン伯爵カダール様と面会し、誘拐事件についてお聞きしたいのです」
「ジェンドラ神官も既に知っているだろうが、騎士カダールは今やアルケニーの主。スピルードル王国でもその扱いは慎重にならざるを得ないのだ」
「そこをアプラース王子にお願いしたいのです」
「カダールとアルケニーについては、兄であるエルアーリュ王子の管轄となっている。残念だが私の一存ではどうにもならないのだよ」
「エルアーリュ王子より許可を頂きたいのですが……」

 やはり目的は蜘蛛の姫か。カダールにどう取り入ろうと考えているかは解らないが。

「私と兄上の噂は聞いていないのか?」
「総聖堂はスピルードル王国の内政に手を出すつもりはありませんよ」
「国王である父上もまた、アルケニーについては兄上に委ねると言っているし、兄上は他国に対してアルケニーの情報をあまり伝えたく無いようだ」
「それでアルケニーを聖獣に認定させよ、というのは」
「それを言っているのはスピルードル王国の教会であり、我が王家が要請したものでは無いのだが。どうやら私では力になれぬようだ」
「そうですか、ではベレンド男爵について新しく解りましたらお伝えします」

 神官ジェンドラが席を立ち、一礼して私の執務室を出る。聖剣士達がその後に続くが、一人だけ厳しい顔をした壮年の男が残る。

「アプラース王子、少々よろしいでしょうか?」
「何か話すことでも?」
「はい、……お前たちは先に戻れ」

 ジェンドラ神官が振り向き、あのー、とか言うが、男が一睨みすると口を閉ざし、しぶしぶと離れていく。
 執務室に一人残った聖剣士。

「座りたまえ、聖剣士団団長殿」
「は、」

 短く答え椅子に座る聖剣士団、団長クシュトフ。聖剣士団についてきた神官とは仲が悪いのか、それとも派閥が違うのか。
 私も彼には少し聞いてみたいことがある。側に立つ文官に護衛の騎士を下がらせる。

「クシュトフ殿は白茶でよいのか?」
「はい、王子自ら茶をいただけるとは、光栄です」

 私も飲みたかったので、用意しておいた茶器で白茶を淹れる。団長クシュトフの険しい顔、だがその目は珍しいものを見るような、やや驚くような目。私はカップに白茶を注ぎながら団長クシュトフに聞いてみる。

「こういう風習は中央には無く、中央の者から見れば奇妙に見えるらしい。クシュトフ殿はどう思われる?」
「上に立つ者が自ら率先して事を為す、それを見て臣下も動く、盾の国らしい堅実さと感じます」

 スピルードル王国は客を迎えた主人が自ら茶を淹れるのは、歓迎の意がある。しかしそこは中央の者から見て、下働きの仕事を貴族がしているようにも見えるらしい。
 白茶を一口飲み本題に。

「さて、クシュトフ殿、このアプラースに話とは?」
「アルケニーのことです。アプラース王子はアルケニーのことをどうお考えですか?」
「フッ、いきなりだ。どう考えると訊ねられても、このスピルードル王国を救った奇跡の姫、だろうか?」
「ですが、アルケニーは魔獣です。人の半身持つ異形に、頭も良く人語を解するようですが、魔獣とは闇の神の尖兵、人に仇なす物です」
「教会はそう説いてはいる。だが、あのアルケニーのゼラは人に仇なすことはこれまで無い。それどころかこの王国の危機を救い、今や黒の聖女とも呼ばれている」
「それが今までに無い事態で戸惑うことも解ります。確かに奇妙なことですが、これで聖獣と認定せよ、とのスピルードル王国の教会は早計です」
「そこは教会での問題であろうよ」
「盾の国の教会は緩い。光の神々の教えを都合良く解釈しているのは感心できません」
「不愉快、か? クシュトフ殿。しかしスピルードル王国だけでは無く、南方ジャスパル王国もまた、土地柄に合わせて解釈しているようではないか?」
「神の教えを歪めるのは、あってはならぬ事です」
「信仰篤きクシュトフ殿にはそう見えるのか。しかしそれで北方メイモント王国のように対立することは、中央も望むまいよ。それにスピルードル王国は光の神の教えが広まっているが、北には祖霊信仰があり、南には精霊信仰もある。信仰の違いで民が争うことは、光の神々も望んではいまい」
「……話が逸れましたな。スピルードル王国はアルケニーをどうするおつもりか?」
「どうするつもり、と言われても、私には解らん。アルケニーのことは父上が兄上に任せた。兄上は監視をつけて大人しくさせるつもりのようだが、今のところアルケニーが人に害を為すことも無い。目は離せないが」

 聖剣士団団長は鋭い目で私を見る。

「危険な魔獣か、それとも人に害を為さぬ者か、それを見極めるにもアルケニーを総聖堂に来させよ。総聖堂の中にはそんな意見もあります」
「それは難しいだろう。兄上はアルケニーをこの王国の外には出したがらぬ。……クシュトフ殿はアルケニーのことを危険な魔獣と考えているのか?」
「一度顔を見ただけでは判断できません。ですが、私はあのアルケニーを聖獣一角獣と等しい聖獣だとは思えません」

 このクシュトフという男、融通の効かない頑固そうな男だ。聖剣士達を見ればこの団長に心酔しているようで人望もある。聖剣士を率いる長として優秀だが、政治的な分野は苦手でこのスピルードル王国に送られてきた人物、ということだが。
 総聖堂への忠信高く、誠実な男か。厳しい顔のまま固まったような歴戦の聖剣士。

「私はスピルードル王国が、知恵ある魔獣にたぶらかされているのではないかと、懸念しております」

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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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